禁忌の棺
執筆者:白鳳院さん

 ピピ……。ピピ……。ピピ……。
 目覚ましにも似たその音に、だるそうにリクライニングシートから身を起こし、彼は閉じていた目を開けた。
「ふぅ……」
『おはようございます。ミスター』
 合成音声で作られた男性とも女性ともつかぬ声が、ここしばらく彼の話相手であった。 「ああ」と短く答えた後、彼はコンピューターに問う。――そういえば眠気に負けて、自分はコクピットで寝てしまったのだった。 床よりはマシだったが、シートで寝るというのは多少背中が痛くなるものだ。
「あとどの程度で目的地に着く? できるだけ正確に述べてくれ」
 低く、しかし優しさに満ちた声だった。 若いと言うには歳を取りすぎ、老いていると言うには少々早すぎる彼の年齢からすれば妥当なところなのだろうが、 その瞳だけはどこまでも純粋な色を持ち、子供のような輝きに満ちていた。
『転送可能区域まで一時間三一分前後と推定されます。目的地の惑星情報も調査済みですが、閲覧えつらんなさいますか?』
「ああ、たのむ」
 そう言いながらも彼は立ち上がり、顔を洗うためにコクピットから立ち上がった。 気を利かせたコンピューターは放送を館内放送に切り替え、彼の耳に情報を届ける。
 流暢りゅうちょうな声を耳に収めながら、彼は顔を洗い、朝食を取り、歯を磨き、着替える。
「呼吸は可能、昼と夜の寒暖の差が激しい、自然はあり、ただし地球などと比べると随分ずいぶん少なく、荒野の比率が地球の海ほどもある……と」
 機械の言葉を何の気無しに復唱する。
 表示されたその星の映像を見る限り間違いないだろう。 丸い星の大半は茶色で、ぽつんぽつんと雲が覆い、隙間から緑と青が少しだけ見える程度。
「寒暖の差が問題だな。……tempコントローラーなんてこの艦にあったか?  いや、どうせあいつの趣味で詰め込んで貰った艦だ。ないわけがないか……」
 tempコントローラーがあれば、寒暖の差を気にせず行動することができる。しかし普通は宇宙服を使うので、あまり流行ってはいない。 無くてもいいのだが、今回は特に生身の動きでないとまずいこともあるだろうし、できれば身体に制限を設けないそれを使いたかった。
 彼はこの艦を作った趣味人の顔を思い浮かべ、ぼやきにも似た声を出すと、倉庫に入って目的の物を探す。 様々なガラクタ――にも見える機械達をかき分けていくと、隅に目的の物を二つ見つける。
「壊れた時用に、二つ持っていくか……かさばる物でもないしな」
 故障がないことを確認すると、ポケットに入るくらいの機械をまとめてつっこみ、その他使えそうな器具諸々を引っ張り出した。 ライトやロープの類、傷薬に携帯食料などだ。
 それをまとめて袋に入れ、最後に長剣を背中に背負う。刃渡り一メートルほどの標準的な剣。 そして妻の形見となったガンホルダーに同じく形見のフェイズガンを入れ、軽く撫でる。
「…………」
 何を思い出したのか、細いため息が自然と漏れた。 ……しかしいつまでも浸っているわけでもなく、次に顔を上げた時は、元の顔つきに戻っていた。
『転送可能区域に入りました』
「現状で待機。トランスポーター機能はいつでも使えるようにしておけ」
『了解しました』
 合成音声はそれきり語るのを止めた。
 ――降下の準備はとうにできている。ただ、まだやっていないことがあるだけだ。
 自分の部屋に入り、ライトをつける。余り掃除をしていないいないせいか、部屋の中には埃と汗の匂いが充満していた。 少しだけ顔を歪めて、室内の空気をコンピューターに浄化させる。
「掃除か……ま、以前よりは綺麗にしてるから、これでいいのか」
 少し自嘲じちょう気味に苦笑して、彼は部屋の中で最も片づいている机へとやってくる。 その上には小さな写真立てがあり、彼の家族が変わらぬ笑みを浮かべていた。
「それじゃ、行ってくるよ。マリア、それに子供達……」
 優しい笑みで彼は写真立ての縁を撫で、そうして祈るよう目をつぶった。
 目蓋まぶたの裏に焼き付いた映像を何度も反芻はんすうし、未だ自分の中で色あせていないことを確認する。
 これが彼の日課――どんなにつかれた日でも欠かすことの無かった祈りである。
「……よし」
 満足げに頷くと、彼は部屋に背を向け、長いこの宇宙船の廊下を走り出した――

 ヒュイイ……ィィィン。
 甲高い音と共に地表に降りたって、彼がまず最初にしたのは砂埃を巻き上げることだった。 草木も生えぬ赤茶色の砂を軽く蹴り、微風すら流れぬ静かな――むしろ空恐ろしげな沈黙を保った大地に彼は嘆息した。
 なるほど、宇宙の側からは緑が少し見えたが、今のところ見渡す限りの大荒野である。 目印となりそうな物は、土と同じ色をした巨岩の類だが……あまりあてには出来ぬだろう。
 懐からクォッドスキャナーを取り出して周辺の調査及び地図を表示させる。
 一番近い水源はここから約五十キロ、生命反応は範囲五百メートル内に一切なし。 ――微生物も含めてだ。どれだけこの星が「死」に近いのかよくわかるデータである。
 地図を頼りに、彼は目的の場所を見つけだす。……相変わらず粗雑なトランスポーターで、目標地点から少しずれてしまったらしい。 まあ少し歩くのも健康のためかと彼は思い、大きく一歩を踏みだした。
 ともすれば絶望感さえ感じてしまう巨大な荒野の中を歩くのは肉体的ではなく、精神的に少々辛い。 彼の場合目的地がはっきりしているからいいものの、そうでなければ心に黒い物がたまっていくのは道理であろう。
「少年は荒野を目指す……ってのは誰の言葉だったか? って、もう少年って年齢でもなかったか」
 クックと、何がおかしいのか彼は笑い声を漏らした。胸の内にたまった小さな不安を吐き出しているのだろう。 ……小さく独り言を呟き続け、そうして目的地までたどり着く。
 荒野の中にある小さな白い点のように、ドーム型の建物が唐突に建っていた。 ――スキャンすると、半径五百メートル級の、大きさで言えば中規模に位置する施設である。 しかし内部は何百もの細かい施設に別れており、この規模の建物からすると明らかに部屋の数が多すぎである。 ――おそらくは隔壁かくへきでどのような場所でも隔離かくりできるような作りなのだろう。 問題なのは、「何を」隔離したいかだ。 それも彼には見当が付いていた。
 ――生命反応を示す点が、彼のスキャナーにいくつも表示された。
 ふと気付くと、横にオブジェのような物があった。赤い砂が積もっているということは、この辺りにも少しは風が吹くのだろうか。
 手でその砂を振り払うと、それはこの建物の名称を表す看板だった。……よく見れば入り口の大きな扉にも同じ物が刻まれていた。
 辺境の、誰も住んではいないはずのこの未開惑星に、しかし書かれていたのは地球語だった。 ……スキャナーを通すまでもなく、彼にはその言語が読める。
 そこには「惑星開拓研究所」と、そう書かれていた。
「……フン」
 鼻が自然と鳴った。バカらしいと喉の奥で言っているのは誰にも明らかだろう。
「なにが惑星開拓だ……世界征服研究所とでも名付けたらどうだ? もしくは人権無視最低研究所とか」
 憎しみに満ちた言葉を吐き捨て、彼は巨大な扉の目の前に立った。 ――自動ドアなのだが、もはや機能していないのだろう。 指紋チェックの機械に手を押し当てても、偽造したカードキーをスロットに差し込んでも何の反応もない。 ただ暗い色を宿した二つの監視カメラが、無表情に彼を見下ろしているだけだった。
「…………」
 ぺたぺたと、何かを確認するようにかれは三メートル近い扉を触ったり、軽く叩いたりして扉の状態を確認する。 念入りにスキャナーでも確認。確信すると一歩体を引き――
「……はぁっ!」 
 気合の声と共に、彼のブーツが鉄よりも固いはずの扉を蹴り飛ばす。
「…………っ!」
 足の裏に電気が走ったような錯覚と共に、彼は身をかがめた。軽く口で何かを唱え、手の平から生じた淡い光を足にあてがう。 癒しの効果を持つその光は、あっと言う間に彼の足を治癒した。
「……年だな。この程度で痛みが走る」
 そうして彼が立ち上がった先には――
 奇妙にひしゃげた扉を床に這わせた、研究所の闇が広がっていた。
 ――ピピピ。
 警戒音をスキャナーが出す。この音で「気付かれた」か。
「……行くか」
 彼は剣を引き抜き、銀色の光を携えて研究所の中へと侵入した。

「こんなゲームがどこかにあったな……剣で戦うようなゲームじゃなかったが」
 ライトに照らされて、また新しい敵が目の前に現れ、巨大な牙を突き立てようと迫る。 ――とはいえ、この程度の動きなどすでに飽きるほど見ている。彼の服にべったりと付着した血液に彼の物は一切混じっていない。
 先程の個体と同じような軌道を描いての攻撃を、体を一歩分横にずらすだけで軽くかわし、それの着地と同時に首をはねる。 ……犬か狼にも似たそれは、糸の切れた人形のように余った体を横倒しにし、血を吹き出すスプリンクラーとなった。
 キリキリキリキリ……。
 金属の擦れあう奇妙な音。
「そりゃ、確かに優秀な防衛システム様なんだろうけどさ、そんな錆びたブリキ人形みたいな音を出したら……」
 背後から聞こえるその音に、彼はフェイズガンを抜き、連射する。 結末は見るまでもない。金属音が止まったことを確認すれば十分だった。
「バレバレだよな……っと」
 前方の隔壁が開き、そこから再び数多くの獣たちが押し寄せる。 その光景をライトでしっかりと見てしまった彼は、少々げんなりした表情だった。
 ――なんというか、ようするに見た目ゾンビなのだ。こいつらは。
 おそらくは大事故――この研究所が閉鎖されるきっかけとなったバイオハザードの影響を全身で受け止めてしまった実験用素体。 この星の生物とは違い、地球か、その他の星から連れてこられた獣たちなのだろう。 その中でも生命力が抜群に強かった奴らだけがこうして生き残り、彼を襲っている。 ……蠱毒虫こどくちゅうという単語を思わず思い出してしまった。
 耳は半分腐り、眼球は片方が落ちてそこから白い変な液体が漏れだしていた。 足なんかは骨が完全に露出していたし、張り付いている肉は黒く変色し異臭を放っていた。 気持ち悪さと臭さの方が彼を苦しめていたのだ。
 理性などとうになく、あるのは生への欲求と食欲、あるいは闘争本能のみ。 例えここにいるのが見慣れた研究員の白衣だったとしても、彼等は問答無用で腐った牙をそこに突き立てただろう。
 目をつぶり、臭さから散漫しがちな意識を何とかまとめ、手の中に光球を作り出す。
「ショットガン・ボルト!」
 手の中の光を放ち、同時に反対側へと彼は大きく飛び退いた。
 ――閃光。轟音。
 熱せられた空気が彼の肌を撫でる。 それがおさまった頃、彼は顔を上げ、全ての敵をなぎ払ったことを確認すると、再び歩き出した。
 ぶすぶすと肉の焦げる嫌な匂いが鼻を突く。その中で彼はスキャナーを起動させた。
 ここまで来ればそろそろ施設の中心角――最もセキュリティーレベルの高い区域であった場所である。 ……老朽化ろうきゅうか、バイオハザードの影響か、最高レベルの抵抗と言いつつも微風ほどであったが。
 再度内部をスキャンし、立体地図を表示させると、この施設には地下があるようだ。……まあ何とも念入りな偽装工作である。
「……目的の物はそこだな。……ここから、そんなに遠くないか」
 しばらく研究所を歩けば、陥没かんぼつした廊下に突き当たった。 ――それを飛び越えるなど彼には造作もないことだったが、あえて斜めに傾いた廊下に足を付け、滑り台の要領で下まで降りる。
 その奧にあるのはこの土地の土などではなく、明らかに人の手が加えられた金属の廊下だった。 多少通常の研究施設よりも金がかけられているのか、それとも何かの理由があるのか、目立った傷はあまり見られなかった。
 しばらくブーツを鳴らし続け、たどり着いたのは巨大な扉――ではなく、何か大きな穴であった。
「…………?」
 目を細め、眉間みけんしわを寄せて彼はそれを見る。
 まるで巨大な花を見ているようだった。丸い扉、というのも何度か見かけたことがあったが、これはそんな物ではない。 扉の役割をしていた物は現在彼が踏みつけているガレキだろうし、この穴の表面はぶつぶつと泡立っている。 強烈な熱線を浴びた時に一瞬にして沸騰したのだろう。手で触ると、やはり同じような感触が伝わる。
 何かの熱量が――それも核爆弾近くの熱量がこの場で炸裂したのは言うまでもないだろう。 金属は飴のように溶かされ、そうして固まった物はまるで針か茨のようにその先端を彼に向けていた。 床にもところどころにその現象には起こっていて、そのまま歩いていればズボンを貫き肉を切り裂いて怪我はまぬがれない。
「なぎ払うしかないか」
 刃こぼれ覚悟で剣を振り、金属の凶器をなぎ払っていく。 キィンキィンと高い音が鳴り響き、床に次々と折られた物が転がっていく。
「……母さんの国の故事に似たような話があったな。よくは覚えてないけど」
 そう言いながら進む彼。……しかしここに来て、彼の頭には当初無かった妙な疑念がこびりついていた。
「…………」
 破壊された扉の入り口に立ちライトを向け――そうして彼は息を呑んだ。
「これは……何か爆発でもあったのか?」
 理性を失った獣たちに荒らされたのとは違う、焦げ目や何かの足跡。――それは小さな子供の足跡としか思えなかった。
「もしかしたら、まずいことになっているのかもな。今は先に進むしかないんだろうが……」
 心の中に芽生え始めた黒い思い。……それを拒否するかのように彼はしっかりとした一歩を踏みだした。

 改めてみれば、これは確かに人間の――それも相当に幼稚か、興奮状態にあることを示すような落書き。 それらは全て赤黒いペンキで描かれており、原料がなんであるかを容易たやすく想像させた。 まるでスラム街に入るような錯覚を彼は覚えた。
「……クソ」
 口汚くののしり、無人の通路をひたすら進む。 この区域には何故かあの獣たちや、他のセキュリティマシーンもここには入ってこない。 機械ならば何らかの命令をされている可能性があったが、あの理性も何もない獣たちがいないと言うことは……。
「……こういうことか」
 理性を殺されていても獣は獣と言うことか。至る所に山積みとされた獣たちの死体がそこにはあった。
 殺し方も様々だ。斬殺、焼殺ならまだ良い方。 中には原形を留めないほどミンチにされた物や、おかしなくらいに体をねじ曲げられた死体まであった。
 まるで怪力な赤ん坊に滅茶苦茶に扱われた人形みたいだと、そう彼は思った。
 血は赤い氷になっていて、死体も腐食はしていない。 ――そういえばtempコントローラーの影響でわからなかったが、周囲の温度はマイナスになっているのだ。 tempコントローラーの許容範囲内ではあるのだから、三十や四十のマイナスではないのだろうが……。
 パリパリと血の氷を踏みつぶしながら、彼は小さな光の灯る部屋を見つける。まだ電源が生きているのかと、彼はその部屋へと足を踏み入れた。
 あるのは数々の器具類及び破壊された半透明の筒。……はやり何かの液体が入っていたのか、床には氷が張っていた。
 これと同じ物を、彼は何度か目にしたことがある。 ――いや、記憶はないが、自分もこれと似たような機械に一時期入れられていたのだ。 父親が自分に巨大な力を埋め込むために。
 そう、この機械は人を入れるため。
 頭の奧がかぁっと熱くなり、同時に全身に青いオーラが浮かび出す。
「……僕としたことが、まだまだだな」
 怒りで我を忘れかけるといつもこうだ。 このまま怒りにまかせてこの施設を完全に消去してしまってもいいのだが、それでは何の意味もない。 精神を落ち着かせ、体を包む光を消した。
 何か他に無いかを探すために首を回す。小さな光がある区画から漏れていた。そこに駆け込む。
「……パソコン? 随分旧式のヤツだが」
 おそらくはこの機械を制御するための物だろう。幸いまだ電源が生きている。破壊も少なかった。 適当に操作している内にその情報へと行き当たる。
「戦闘用人造人間……! やはりこの研究か、畜生」
 思わずパソコンを叩きつけたい衝動に駆られるが、目を血走らせながらも何とか堪える。
 気持ちを落ち着かせようとしてももう元には戻らなかった、髪をかきむしりながらも片手でパソコンを操作する。
 ある項目で文字を追う彼の目が止まる。
「……作成された素体の数と性能……。なるほど、これだけの性能を持った兵器を投入すれば未開惑星の一つや二つは簡単に滅ぼせる ……先進惑星の暗殺にも使えるんじゃないか? ははっ!」
 身体能力は人間の数倍。獣並みの感覚とそれぞれに特殊な能力。それらは発動すればそれぞれ脅威になるような物ばかりだ。
「破壊するしかない……こんな危険なモノはな」
 コンピューターを操作し、素体が収められている部屋のロックを解除……。
 ――?
「解除、されている?」
 ロックの部分は確かにグリーンのライト。部屋の扉は解除されて、すでにこの実験室内から全ての素体を見渡すことができるはず。 目の前には数多くの人間を入れるポッド。……最初目にした時何となく想像していたが……。
「……やっぱりこのポッドの中にいたのか? じゃあすでに全て持ち出されている……?  いや、そんな感じじゃない。これはむしろ――」
 ポッドの外に飛び散った数多くのガラス片を見ていると――むしろ中側から破られたような。
「……しまった。なんで気付かなかったんだ」
 この研究スペースの入り口時点で気付くべきだった。あそこの扉は前倒しに倒れていた。 ……つまりは内側から力を掛けられたとしか思えない。 そしてあの金属を沸騰させるほどの超熱量を出せる存在など、「奴ら」くらいしか存在するはずがないのだ。
 これで通路にあった落書きにも納得できる。あれはこの封縛から解き放たれた興奮を表していたのだろう。
「もう全員逃げられたのか? せめて一人でも生き残っていないか……? これじゃ無駄足だ」
 焦りの表情で小部屋を出て、再びこのポッドがある部屋の探索を開始する。
 ――破壊された数多くのポッド。その奧に彼女はいた。
「……生き残っているのはこれだけか」
 ポッド自体が淡い光を放ち、その中に浮かぶ形の少女を見る。
 ミストグリーンの髪に幼い身体。一糸まとわぬ姿で、気品の溢れる整った顔。 彼がこの姿に芸術作品を鑑賞する時にも似た感動を覚えたのは何故なにゆえだろうか。 それは精巧な人形を彷彿ほうふつとさせる程、幼さの中に完璧を供え持っていた。
「……って、いつまでも見ているのはロリコンだな。ああ、でもうちの息子達も今これ位なのか」
 少し懐かしげな声を出し、彼はとにかくこの子を外に出そうと剣を引き抜いた。ポッドの表面に向かって剣を振るった。
 バリ!
 表面に蜘蛛くもの糸のようなひび割れができる。もう一発たたき込んだところでそこから中の液体があふれ出した。
「…………」
 彼が手を伸ばすまでもなく――その少女は液体と共に外へと飛び出していた。
 うつろに目を開け、細い足で地面を支え、しかし足で身体を支えるというのは初めてなのだろう。 バランスを崩し、前のめりに倒れていく。
 何も考えずただ自然に、彼はその細い身体を支えていた。
「……だ……れ?」
 ――喋った。ピンク色をした小さい唇が確かに言語。それも地球語を紡ぐ。 その髪の色に似合わぬ黒い瞳が彼の瞳と合わさった。
 きょとんとした、小動物を思わせる愛らしい瞳。その瞳を見た瞬間、彼の心臓は跳ね上がった。
 ……一応彼のプライドのために説明しておくと、性的な興奮によるモノではない。 それとは全く別の、まだ幼い家族の瞳と重なったのだ。この、汚れを知らない純真な瞳と。
 服の裾が、ぎゅっと掴まれる。この年代の子供にしては強すぎるその握力。 だが決してそれは脅威ではなく、むしろ彼女が何かに怯え、それから救いを求めるかのような必死のしがみつきに思えて仕方なかった。
「ひとり……いや」
 そう、一人。彼女は一人だ。他のポッドは全てもぬけのカラ。この静かで暗い闇の中にずっと彼女はいたのだ。
 その脳天を穿うがとうとする、剣の握力が急激に弱まった。いや、弱めざるを得なかった。
 成長すれば脅威になるかもしれない。一秒後にはその戦闘本能に目覚め自分を八つ裂きにするかもしれない。 ――そう思いながらも、彼には剣を彼女の身体に突き立てるという残酷な考えはどうしても思い浮かばなかった。
 腹の辺りにかかる白い息――そういえばここはマイナスの世界だった。このまま全裸の彼女を放置すれば凍死は間違いない。
 いっそ全てを見なかったことにして、それを実行してしまおうかと、彼の頭に無責任な考えがよぎる。
 ……それもすぐに瓦解がかいする。
「……あったかい」
 彼の半分にも満たない全体重が彼にかかる。そうして、白い息を吐き出したまま、彼女は眠ってしまった。 これで助かると、救出され、嬉しさと安堵あんどの表情を浮かべる遭難者のように。
「……さて、どうするか」
 右手には剣。腰のガンホルダーにはフェイズガン。――そうしてポケットには使われなかったもう一個のtempコントローラー。
「はぁ……」
 考えはもうとっくに決まっていたのに、何故自分は迷っているのだろうかと、彼は胸の中で自分をあざけった――

「本日のノルマはこれでおしまい、と。……随分かかってしまったわね。腕が落ちたのかしら」
 マリエル・ソワは細工用の顕微鏡から目を離し、眉間を軽く揉みほぐした。 その後老人のような仕草で肩を回し、料理でも作ろうかと作業室を出る。
 すでに太陽は落ち、ランプの赤い光が彼女の頬を赤く照らしていた。 木製の机の上には今月の稼ぎ――まあまあの額だ――と数枚の布。あとは買っておいたいくつかの食料品の類。
「今日のレシピは……簡単なのでいいかな。疲れたし」
 そう独りごちながら、自分よりも濃い緑色や赤色を適当に持ったままキッチンへと入る。
「にしても、父さん帰ってこないなぁ……」
 その小さな呟きを耳にした者は誰もおらず――ただ後は彼女の鼻歌だけが小さな小屋の中に響くだけだった。


− Fin −



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