非日常-02
執筆者:白鳳院さん

 ――その星は気候が穏やかで、人間が十分に棲息せいそくできるものだった。 文明はだいたいBC1200前後だろうか。だいぶ遠くには人が生み出す白煙。 双眼鏡でその人々の笑顔くらいなら見られるくらいの距離。そこに彼女はいた。
「……今回の仕事、ちょっと今までと違うな」
 ソフィアは高台に一人立ちながら、渋い顔でそう呟く。
 何となく最初から異常さは感じ取っていた。 依頼内容を伝えてくれる人物はいつもと違っていたし、周囲にいるのはいかにも調査団……といった風ではなく、 いかにもサングラスかけて黒服が似合いそうな男達ばかりなのである。 護衛を願いたいなどと依頼されてはいたが、どう考えても彼等の方が体力がありそうだった。
 クォッドスキャナーで探査しても、この未開惑星に遺跡のような物はなく、 彼等が「目的である」と言っていたオーパーツの反応もない――こちらに関して言えば、 スキャナーの目をあざむいている可能性もないとは言えないが。
 依頼料も異常。相場の三倍から四倍。餌としては最上級だが、罠としては三流である。
 そして決定的なものが――
「未開惑星保護条約違反。証拠写真ゲット……と」
 珍しい物があったら撮っといてくれ、と夫に言われているため、常に持ち歩いているデジタルカメラのスイッチを押す。
 そう、自分もその昔破りまくったこれだ。 自分はほんの数百メートルしか歩いていないのにもう集落がある。 見つからないために小型船に不可視処理をした所で条約からは逃げられない。 第一有人の未開惑星調査は委員会によって厳しく取り締まりされているはずではなかったか。
「工作が妙にずさん……?」
 ……というか、ここまで色々そろっていると疑わない方がおかしい。 もしかしてとは思うが、なめられているのだろうか。
「そりゃ、昔はそう言うこともあったけど……ね」
 今はそんなドジさ――もとい純粋さもなくしてしまったわーとちょっぴりヤケになる彼女。
「さて、そろそろ戻らないと怪しまれるか……」
 こんな見渡しのいい場所に立っていて気付かれても大変だし、 と彼女は慣れた手つきで苔が生えている岩を降り、ジャングルのように入り組んでいる森を駆け抜ける。
 先には中規模のテント。ソフィア用にあつらえられた特別仕様である。 ……入り口には男が二人直立不動で今も立っていることだろう。
 後ろから回り込み、布をめくって中に入る。――中はむっとする空気と湯気が舞っていた。 風呂に入ると理由付けして抜け出したのだ。ずっと湯を出しっぱなしというのは主婦としてちょっと許せないものがあるのだが、 自分の命のためだ、ここは涙を飲んで耐えるしかない。
 髪だけを濡らし、簡単な偽装工作をするとシャワーを止め、タオルを頭に巻いたまま外へと出る。
「はぁ、いい湯だった……あ、お疲れさまですわ」
 と、我ながらわざとらしくも男二人に挨拶をする。 その二人は無表情の中で頭を下げたが、刹那せつな瞳に怒りがこもったのをソフィアは見逃さなかった。 ……二時間くらい女性ならシャワーを浴びてもおかしくはないだろうに、待つと言うことが苦手のお二方のようだ。
「おやおやおやおや……ようやく疲れも取れましたか、エスティード殿」
 昔の名字が太い猫なで声で呼ばれる。仕事の方ではいまだにこっちを使用しているのだ。 その昔存在した魔術師には、産まれた時の名前が重要などと言われていたため、 ソフィアもその例にならってエスティードを名乗っている。
「あら、グライスラーさん。調査の方は順調ですか? 私の出番がないとちょっと寂しいんですがね」
 彼が今回の依頼主――らしい。 どこぞの大金持ちらしいが、ソフィアの偏見に漏れずふとっちょで、 一歩間違えれば縦と横の比率がひっくり返りそうな図体の――見る限りは、一応人間だった。 手も足もあるし、胴体も体毛じゃなくてちゃんと特注のスーツで覆われていた。 まあこんな森の中で会社に出勤するような格好というのは正直いただけなかったが。
 ちょっと人間かどうかの疑問が残るのは――もうどうしようもないくらい直接的に言ってしまえば顔だった。
 造形美の欠片かけらもない顔立ちはじゃがいもか、丸めた状態で放って置かれた餅みたいにごつごつしていて、 アゴを引けば三重アゴくらいの脂肪率。 気候は安定しているのにハンカチがびしょぬれになるくらいの汗をかき、なによりも香水のセンスが最悪だった。 なんというか……体臭? みたいな。
 一言で言えばブサイクなのである。ソフィアに言わせればブッサイクなのである。
 そんなことはつゆ知らず、グライスラーと呼ばれた男は顔の脂肪を歪ませる。 ――たぶん、愛想笑いなのだろう。
「いやいや、かの高名な紋章術師と名高いエスティード殿の手は、我々一同どうしても借りねばなりません。 すでにご存じとは思いますが、今回の目的はオーパーツでして、それの回収に危険がつきまとうのは常、 我々の力は、その力の前になすすべがありません……いずれ遺跡への扉も開きます故、 その後の事は、なにとぞよろしくお願い申し上げます……」
 猫なで声とはまさにこのこと、穏やかな人間を装う人間とは総じてこんな声を出すものだ。
「なるほど〜。まあその時は任せてください。ちゃちゃのぽいっとやってしまいますから」
「これは頼もしい! それでこそエスティード殿!」
 自然と男が伸ばした手を、内心うっわぁとか思いつつも握った。手はやはりサラダ油にまみれた時のような感触を伝えてきた。
「ああ、そうでした。 これからエスティード殿に対するささやかなパーティーを開こうと思うのですが、参加して頂けるでしょうか?」
「パーティー……ですか?」
「ええ。各種ケーキやワインも用意してあります。甘い物、お好きでしたよね?  まあきっと私の方が大好きなのですが。はっはっはっは」
「あははは……」
 怪しい。怪しすぎる。ここまで堂々と罠に来ませんかと宣言できる神経を持つのはこの男くらいだろう。
「さ、こちらでございます。お前達、エスティード殿をお連れしろ」
「はっ!」
 黒服が似合いそうな男二人は、軍人みたいに滑舌のよい声で返事をする。 敬礼でもしていたら完璧だった。
 四人は連れ立って歩き、ソフィアは男達に挟まれる形で身を進める。
 どれくらい歩いただろうか。森という緑の中に、ぽっかりと地面が露出した場所があった。 上空から見れば緑色の紙の上に落とされた茶色のインクに見えるのではないだろうか。 その場所だけ、何かの力が働いたのか自然が消滅していた。
 まあそんなことはどうでも良く、そこには共にこの星へと来た男達十数人が椅子へと座り、 こちらの姿を見つけると誰からともなく拍手を送ってくれた。 彼等の前にはそれなりに豪華な食事と、真ん中にはそれなりの大きさをもったケーキが置かれていた。
 まるで誰かのバースデーみたいだなとソフィアは思った。
 最後の晩餐ばんさんのつもりなのだろうか、ソフィアは十分な歓迎を受けた。 もちろん食事に毒物の類が仕込まれていないことをしっかりと確認し、念のため何度か席を離れ、 隠れてアンチドートをかけたりもしていた。
 ――宴のたけなわも過ぎ、一通りの食事を食べ尽くして休んでいる時、にわかに周囲が慌ただしくなる。 その音を少し離れた樹に寄りかかりながら聞き、心を引き締めた。
 来たか――ソフィアはロッドを握りしめる。柄の最下部に取り付けられた猫のマスコットが軽く揺れた。
 十七の頃、あの旅の時。――その時出会い、今も使い続けている年季の入った杖。
 握りの部分はボロボロで、金色の棒部分は所々傷ついている。 小さな傷だったが、明らかに剣を受け止めたような跡も多く残っている。
「……今回も力を貸してね」
 ロッドにキスし、ソフィアは自分を呼ぶふとっちょの元へと向かった。
「……お、おおっ! こちらにいらっしゃいましたか、エスティード殿! 探しましたぞ」
 急に現れたソフィアに少々驚きながらも、男は両手を広げ、オーバーリアクションによって歓迎してくれた。
「そうですか。それで、皆さん銃を構えて私に一体何の用でしょうか」
 油断無く周囲を見渡す。がっしりとした体型の男達が十八人。 さりげなく、しかし確実に自分を取り囲むような位置に移動し始めている。 何だか目の前の太い男が汗を拭き拭き世間話をしている内に、ソフィアを中心とした円が形成された。
 内心舌を巻く。……この太い男はさておき、こいつらは完全なプロの動きである。 無表情で人間に向けて引き金を引けるタイプの人間。
 だが――この数ならば問題はない。
 円の形成を待って、ソフィアは口を開いた。
「とりあえず、いい加減バレてますからさっさとしてください。グライスラーさん」
 ――ぷっ。
 周囲の男達が皆一斉に失笑する。
 ……想像通り、無能な上司と有能な部下の図そのまんまな関係らしい。 いや、それどころか上司ですらないのかもしれない。そう思っているのはこの太男だけで、黒幕は別。
 頭を抱えて一人だけ苦しむ太男。
「な、何故ばれていたのだぁぁ――!?」
 いや、ばれるって……。
 この場にいる十九人が同じ感想を持ったのは言うまでもない。
 気を取り直して、ソフィアはデジカメを頭の上に上げ、全員に見せる。
「未開惑星保護条約違反、私に対する誘拐、強制わいせつ罪諸々含めて、全員この場でふんじばります。 抵抗したければしてもいいけど、骨折の十カ所や二十カ所は覚悟して」
「最後のは全然関係ないだろうが!」
「世の中には外に顔を見せるだけで強制わいせつ罪になるような人もいるのよ!  フォーイグザンプル的に言うとあなたとか!」
 あまりに無遠慮なソフィアの物言いに、男は顔を赤黒く染めた。
「ぐぐぐぐ……もう許さんぞ! お前達、やってしまえ!」
 と同時に自分は背を向けて必死に走る。体を大きく揺らして走るその姿は何とも情けない。
 その背中を、むんずと掴み、ロッドを男の首筋に当てる。
「動かないで。動けばこの人の安全は保証しな――」
 ドシュゥゥン!
 何のためらいもなく、十八人の男達はトリガーを引いた。
「プロテクション!」
 あらかじめ唱えていた紋章術を発動し、自分の周囲をガードする。 効果は自分だけ、やっぱり建前だけ上司だった男は地面に蹴り倒し、ソフィアはそのまま大地を駆けた。 彼が生きるか死ぬかは運次第だろう。元より自分の知るところではない。
 銀色の光がフェイズガンの連射を全て吸収する。 しかし立て続けに自分を――特に動きを止めるために足を狙ってきた光の槍は、 プロテクションの光をあっと言う間に消し去ってしまう。
 ガラスが割れるような音と共にプロテクションの光は消え去った。
 だがその間に次の紋章術の詠唱は終了していた。
「ヘイスト!」
 ……っぐんっ!
 足に圧迫感。内側から弾けてしまうような錯覚を味わいながら、ソフィアは適当な位置に向かって地面を蹴った。
 実銃の発射音と間違えてしまうような音がジャングルに響き渡り、驚いた鳥たちが奇声を上げて一斉に飛び立つ。
 一瞬だけ男達の気配が鳥に向いた瞬間。ソフィアは一人の懐に飛び込んでいた。
 ばきっ!
「がっ!」
 アゴの骨が砕ける音。 下から伸び上がるようなゴルフスイングは男の頭をボールに見立て、その体を数メートル吹き飛ばす。 頭を揺らされ、男はあっけなく気絶した。
 一瞬だけ悪いなと思い、駆け出す。一瞬の出来事に手を止めていた残り十七人も、慌てて銃を構え直す。
 その前にソフィアは近くの樹木の陰に――
 ダァンッ!
「――! うあっ……つ」
 右足を熱いものが貫く。全然注意していない方向からの熱線は、確実にソフィアの右足を貫いていた。 百円玉大の大穴が太股に生まれ、反対側へと突き抜け地面の草を焼いた。
 叫び出すのを必死に堪え、残る左足で地面を蹴った。
「スナイパー……油断した、ああ、もうっ!」
 こんな事ならカッコつけて相手の準備が終わるまで待つんじゃなかった。今更後悔しても遅いが。
「ぐっ……!」
 激痛が脳みそを突き刺してくる。 傷口は焼かれて血も出てないけれど、痛みは気絶してしまうんじゃないかと思うくらいに強い。
 歯を食いしばって痛みに耐えながら、ソフィアは氷の紋章術を樹の影から連射する。 目標も定まらない無差別攻撃だったが、数人の叫び声が聞こえたところからすると命中したらしい。 樹を削るフェイズガンはソフィアの紋章術が発動するたびに減っていった。
 ――どれほどの間作業のような攻撃を続けただろうか。いつの間にか世界は戻ってきた鳥と虫の声だけになる。
 運のいいことに、アイスニードルの紋章術は全員の動きを封じ、フェイズガンを故障させたようだ。 全身に凍傷を受けた男達は皆凍り付いていた。
 その様を確認し、ソフィアは治癒の紋章術を発動させた。
「……ヒーリング」
 その言葉と共に、詰まっていた息が吐き出される。
「ぅ……ん」
 熱に浮かされた時のような声が上がる。彼女の瞳はどこか虚ろだった。
 ……激痛はここに来て、意識の半分を刈り取っていた。このままなら死神の鎌は全部の意識を持っていくだろう。 そうなったらショック死で目覚めることはないかもしれない。
 逃げる余裕も、打開策も数多くあったのに、なんとなくかっこいいからという理由で罠に深入りした自分を心の中で殴りつけた。
「やっぱりこの性格、直した方がいいのかな」
 じゅくじゅくに焼けただれた足を治癒しながら、いい加減無茶は止めようかと空を見上げる。 ジャングルの緑に阻まれて、青色は全く見ることが出来なかった。
「旦那も娘もいるのに、だめだなぁ私。子供の頃から時間が止まってるみたい」
 苦笑して、今も地球で仕事や勉学に励んでいる家族を思い出す。 自分が死んだら家族はどれだけ泣いてくれるだろうか。
 自分が死んでくれた時に家族が流してくれる涙は、それだけ自分が愛されていたという証拠。 ……嬉しいけど、それだけ自分が罪深い人間だと言うことだ。
 愛する事、愛されること。その両方は人間が背負うごうだ。
 ああ、そうだ。自分はその典型を知っている。
「ああなりたい? ん……そんなわけないじゃない」
 意識が混濁こんだくし、夢うつつの状態におちいるのを確かに感じながら、 頭の端で自分はとても大事なことを忘れて入るんじゃないかという事に思い至る。
 その証拠と言わんばかりに、目の前に長いライフル銃が突きつけられた。
「……あ、しまった。だから遠くに一人残ってたんじゃない。バカだな」
 容姿を判断することは出来なかった。そんな必要もなかったのだろう。 わかったのは乱暴に腕を掴まれ、どこかに連れて行かれていくということ。
 今殺しはしない、というのは何かに利用されると言うこと。
「…………」
 ボソボソ男が何か独り言を呟いたが、ソフィアの耳には届かなかった。
「ソナーレ、ごめんね」
 最初に思い浮かんだのは、極めて不安定な娘の顔。
 ――ざんっ!
「――――ぅ」
 急に自分を掴んでいた男が前のめりに倒れた。自分もそれにつられて地面に叩きつけられる。
「な――に?」
「……っと! 大丈……!」
 テレビでカメラを倒した時の映像みたいな景色。それが自分の見ている映像だと認識するのに数秒かかった。
 頬に感じる湿った草の暖かさ、鳥の声、虫の音色。
 ――赤く揺れる長方形のひらひらした何かと、駆け寄ってくる誰か。
「誰……?」
 残った意識で見たその人の姿はどこまでもぼやけていて、度の合わないレンズをかけた時のよう。
 とても華奢な手が、自分の身体を抱き起こす。
「フェ、イト……?」
 何一つ共通点のないその姿に、しかしソフィアはその名を発した。
 ずっと昔に別れた幼なじみの顔。今も行方不明な男。トルシュとクレール、フォルサの父。 ……誰より残された者の悲しみを理解しているはずなのに消えた彼。
 心の中でそんな彼に対する罵倒ばとうを浴びせながら、今度こそソフィアは意識を失った。


++ To be continued ++



目次へ