そらに在りしは太陽と月
地に生きるは国と民

太陽は根源たる輝きを放ち
月は光とともに恵みを大地へ届け
大地は数多の命を造りだす

かの地に授けしは光と闇
光に従うは地・水・火・風
闇に従うも地・水・火・風
天地万里に恵みを届けん

太陽・月・星・命・法・夢・時――そして王
全ては秘められし古事ふること

汝 望むままに生きよ
怖れを越え 滅びを越え
永久の平和を求めて







第一章 少女リディア



「んっ……」
 森の木々の合間に少女と少年が一人ずついた。
 少女はまだ幼い眉間に皺を寄せ、何事かを呟いている。
 少年は少し離れた所に立ち、真剣な表情で少女を見守っていた。
「繋がれ、繋がれ。来たれ、来たれ……」
 少女が言葉を紡ぐと、まっすぐ前に伸ばした手の先から、きらきらと光る輝きがこぼれた。 ふわふわと不安定に大気中に撒かれたそれは、次第に円形をとる。
「――チョコボ、召喚っ!」
 澄んだ声が辺りに響く。
 同時に光の円がより強い光を発し、その中に異形の影が浮かび上がった。
「クエ?」
「……チョコボなの?」
「やったじゃんか!」
 目の前に現れた黄色い鳥に驚いている少女の下へ、少年が笑顔で駆け寄ってきた。
「初召喚、成功だな」
「うん」
 今まで失敗続きだった召喚が初めて成功した少女は、心底嬉しそうに微笑んだ。
「あれ? ちょっと小さくねーか?」
 少年はチョコボをしげしげと見ながら首をかしげた。
「そ、そうなの……?」
「この間、かーちゃんが召喚したのは、かーちゃんとオレが乗っても大丈夫だったぜ」
 少女が召喚したチョコボは子どもサイズだった。 世間一般で乗用とされているチョコボほどは大きくない。 彼女達に合わせたかのような小柄なチョコボだ。
「でも……かわいい」
 少女はクエ、クエっと鳴いているチョコボを抱きしめた。 成体のチョコボと違って、ふわふわの羽毛。 抱きしめると優しい匂いがした。

「おめでとう、リディア」
 リディアと呼ばれた少女は、母からの祝辞ににこりと微笑んだ。 だけど、彼女の関心は目の前にある大きなホールケーキに寄せられていた。
「今日は私がしっかり面倒見たから、この間の誕生日みたいなことにはなってないわ」
 そう言って苦笑したのは、隣家の住人であるアーシアだった。 彼女は菓子作りが苦手な少女の母に、丁寧にケーキ作りを教えてくれたのだ。 おかげでリディアの母フオリは、見た目もまずますの美味しいケーキを作ることができた。
 ピンク色の苺ムースの上には、クランベリーの甘酸っぱいソースがたっぷりとかかっている。 淡雪のような白いクリームと、新鮮な苺が表面を彩り、実に美味しそうだ。
「早く食べようぜ」
「こら、お前のケーキじゃないのよ。今日は誰のお祝いか判っているだろうねぇ?」
 アーシアはお行儀の悪い息子の頭をポカリとやった。
「おかあさん、早く食べよう」
 早く食べたい気持ちは彼女も一緒らしい。 隣に居た母親を促し、ケーキを切り分けるようにせがんだ。
「そうね、私も味が気になるし……」
 些か緊張した面持ちでフオリはケーキに包丁を入れた。 ケーキを八等分すると、アーシアと息子のカイ、リディア、それから自分の皿へと載せていった。 残りは明日のおやつにでもする予定。
 ケーキが載った皿を手にした一同は、それぞれ席に座るとドキドキしながらケーキを口に運んだ。 半年前のリディアの誕生日に、フオリが一人で作ったケーキは悪魔の所業としか思えない酷い味がした。 その時の記憶はまだ薄れていない……。
「あ、美味しい」
「これなら合格……よね?」
 カイとアーシアが二者二様の感想をもらす。
「ほ、本当!?」
 フオリは、ほっと胸を撫で下ろした。傍らにいる娘を見ると、もぐもぐとケーキを頬張っている。 その様子から判断するに、評判は上々のようだ。
(本当に良かった……)
 フオリは心の裡で再び呟いた。
 ケーキのことだけではない。 大切な一人娘が召喚士としての第一歩である“チョコボの召喚”を無事に成功させたのだから、それが何よりも嬉しかったのだ。
 このミストの村は召喚士たちの村である。 召喚術という奇異な力を有するが故に、召喚士は普通の町で安穏と暮らすことができなかった。 だからこそ、先人達は自分達だけの村を作り、緊密な関係と召喚術によって、彼らは自らの住処を守ってきた。
 召喚士として能力は、血の濃淡によって左右されると言われている。 故に召喚士たちはお互いに血を交わらせ、子を成して、古の時代より血と技を伝えていったという。 自分も両親ともミストの住人だったし、この村の全員が遠い近いはあれど姻戚関係にあると言える。 濃くなった血のせいで村の平均寿命が短くなってきているという弊害があるが、血統を守ることとこの村―― 召喚士たちの安息の場――を守ることは直結しており、積極的に現状を変えようとする者はいなかった。
 得意・不得意はあるものの、血を引いているが故に皆、召喚術を難なく使うことができた。 だが、娘は違った。彼女の父親である男性はこの村の住人ではなかった。 あの人との間に娘を授かったことは決して後悔していないが、この村で暮らしている以上、 村民以外の血を引いていることは無視してもらえない事実だったのだ。 血が濃ければ優秀な召喚士になれるというものでもなかったが……。
 リディアは半分がミストの住人で、半分は外の世界の人間。 幻獣と触れ合う力と、当たり前の生命力。 双方からの良いところを受け継いで欲しいと、フオリは心から願った。


 山間にあるミストの村は、周囲の山々に陽を遮られるため夜の訪れが早かった。 どの家からも煮炊きの煙がたなびき、一日の疲れを癒す夕食の時間を迎えていることがわかった。
「リディア、このお皿を並べて頂戴。お皿に盛ったら、もう出来上がりだから」
「はーい」
 ダイニングにぱたぱたと可愛い足音が響いた。 リディアは母親からお皿を受け取ると、慎重な手つきで食卓まで運んだ。 運ぶといっても小さな家なので、大した距離ではないのだが。
 食卓にはすでにパンが入った籠と、季節の生野菜を盛った椀が置いてあった。 後は具沢山の煮込みを皿に移せばお終いである。 女性の二人暮し――しかも片方は子ども――となれば、量も少なくあっさりとしたものだった。
「さ……お上がりなさい」
 手早く盛り付けたフオリはスプーンを握り締めて、今か今かと待っている娘にお皿を手渡した。
「いただきまーす♪」
 リディアは子ども用の小さなスプーンを元気に動かしていた。 その様子を見てフオリは満足すると、自分の席に腰掛けた。
「あれから召喚術の勉強は進んでる?」
「うん。森でカイと一緒にいっつも練習してるもの。今日は前よりも長い時間、チョコボと一緒にいれたよ」
「そう。それは良かったわ」
 召喚術は大きく三つの過程に分かれている。
 一つ、異なる場所に居る幻獣や精霊と精神を触れ合わせること。
 二つ、触れ合った彼らをその住処から、自分の手元に呼び寄せること。
 三つ、呼び出した彼らをこの場に留め、何らかの活動をさせること。
 魔力や召喚士としての血も大切だが、優れた召喚士となるには、何よりも日々の努力と対象と以下に関係性を築くかが大切だった。
 豊かな心や知識がなければ、そもそも幻獣や精霊たちの在所まで心の糸を伸ばすことはできない。 チョコボという存在を知らなければ、チョコボを召喚しようと思わないだろうし、 熱砂の大地で水の精霊を呼ぼうとするのは極めて愚かだ。
 呼び出した相手を以下に操るかは、己と対象との関係性がものを言う。 相手を完全に服従させる場合もあれば、力では適わぬものの相手に己を認めさせたり、友誼を結ぶこともある。 呼ぶ相手や呼ぶ状況に合わせて、やり方を選ばなければならないのだ。
 召喚士を目指す子ども達がまず最初にチョコボの召喚から行うのは、チョコボは地上に普通に暮らしており、 召喚士でない人間でも飼育することができるほどに身近な存在だからである。 絵や実物でその姿形をイメージできるので呼び出しやすく、チョコボの性格が温和で友好的なため、 呼び出したチョコボとすぐに仲良くなれる。力で屈服させなければならない相手に比べて、安全なのだ。
「おかあさん、お客さんだよ」
「――え?」
 玄関からベルを鳴らす音が聞こえた。考え事をしていたために、一瞬気が付くのが遅れたようだった。
「あらあら、こんな時間に誰かしら……」
 日没が過ぎれば辺りは真っ暗である。村の住人であれば、大抵の用事は明日に回してしまう。 余程急いでいる人なのだろうか?
 戸を開けるとそこに人の姿はなく、小型の妖精がいた。 特徴的な虹色の羽をしていたから村長の使いだとすぐに判った。
 物言わぬ妖精が自分の頭に小さな手のひらを押し付けた。 この行為が何を意味するか判っているフオリは、大人しく妖精の行使する力を受け入れる。
〈西ノ洞窟ニ、ばろん王国カラノ来訪者アリ。至急、我ガ館マデ来ラレタシ〉
 妖精が運んできた、村長からの伝言が頭に流れた。
 緊急の呼び出し――それは即ち、良くない知らせ? フオリは眉をひそめた。
「おかーさん、お客さんは〜?」
 ぱたぱたと可愛い足音を響かせ、リディアがやってきた。 幸いなことに妖精は伝言を伝えると姿を消していたので、嫌な知らせをリディアに感づかれることはない。
「長老様からお呼び出しだわ。お母さん、ちょっと出かけてくるわね」
「えぇ〜、ヤダよぉ」
 フオリはぐずるリディアを連れて中に戻ると、彼女が寝るまでに必要なものを整えた。 それから自分の外出用の上着を取ると、頬を膨らませるリディアの頭を撫でる。
「お留守番、一人でも大丈夫よね? もし一人で寂しかったら、お布団を被って寝てしまいなさい。 そうすれば何も怖いことはないから……ね?」
「……うん」
 リディアは不承不承という感じで頷いた。
「はい、良い子ね」
 フオリは腰を屈めて娘を抱きしめると、急な呼び出しに対する不安を追い払うように頭を振る。 そしていつもの母親の顔に戻すと、立ち上がり、寂しそうな顔をしている娘を元気付けるように微笑んだ。
「じゃ、行ってくるわ」
 家を出ると扉の鍵を閉めた。普段は大して気にならない金属の音が、その時はやけに耳に付いた。

 村長の館までは大した距離ではない。月明かりもあるし、生まれ育った村であるから夜でも迷う心配は無かった。 ただ、一歩、また一歩と歩みを進める度に嫌な予感がしてくるのは何故だろうか?
 山向こうの彼の国については、不穏な噂が聞こえてきている。 そんな国と繋がっている洞窟から人がやってきて、なおかつ自分が呼ばれるとなれば、穏当なまま終わりはしないだろう。 きっと、守護竜の力を借りなければならないはずだ。
(もっとも、私の個人的な感情のせいでもあるんでしょうけれど)
 ふう……とフオリはため息をついた。 彼女は村長の家に行くのが――より正確に言うと、村長の周辺にいる人達に会うのが苦手だった。
 彼女は守護竜の力を使える唯一人の人間として、敬意と怖れの混ざった視線で見られたり、 あからさまな世辞や嫌味を言われたりした。 そんな生活に嫌気がさして村を出奔した過去があるものだから、一部の村人達が彼女を見る目は厳しい。 だから、彼女はあの人たちと関わり合いになどなりたくないと思っていた。
 何となく空を見上げると、二つの月が朧に光っているのが目に留まった。
 遠い国の伝承では、月は青き星に慈悲を与えてくれると言われているそうだ。 ならばどうか娘に安らかな一生を……と願わずにはいられないかった。
 程なく村長の館の前に着いた。
(――さて、と。気合よ、気合っ!)
 フオリは頬をピシャリと叩いて、軽く頭を振る。そして決心した表情で、館の門扉をくぐっていった。




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