君の全てを守りたい
どんなに遠く離れても
君のために在り続けよう

青い地球と真白き月
永久に回り続ける星達のように
ずっと君とともに





第三章 秘めた心の通い路



 深い緑の山野と透き通った青い空。 東の空から昇った太陽が美しい大自然の景色を浮かび上がらせた。
 命の躍動を感じさせる活発な小鳥達の囀りで、セシルは目を覚ました。
「ここは……?」
 ふらつく身体を叱咤し、彼はどうにか起き上がった。
 周囲は美しい木々からなる森。絵に描いたような爽やかな景色である。 だが、一番最後に見たもの――自分の記憶とは違いすぎる風景だった。
 昨夜、自分達は洞窟を抜けてミストの村の入り口にたどり着いた。そして……
「そうだ!! カイン、カイ――ン!」
 彼は一緒にいるはずの友の名を呼んだ。 何度か呼び続けて……ようやく諦めがついた。見て判る通り、カインはここにはいないのだ。
 あの時、少女の哀切な叫びに呼応するかのように巨人が現れた。 その巨人が唸りを上げると、激しい地震が起こったのだ。 自分もカインも何とか立位を保とうとしたが、無駄だった。 子どものように簡単にひっくり返った。その時に頭をぶつけるかしたのだろう。
 おりから発生していた火事――自分達が持ち込んだ“ボムの指輪”のせい――で、ただでさえ周囲は荒れていた。 大きな地割れが発生したり、周囲の木が倒れてきたり、はたまた遠くで山が崩れるような音までした。 それらの音を遠ざかる意識の中、聞いたように思う。
(よく無事だったな……)
 カインも自分のように無事であって欲しいと思う。
(それにしても……ここはどこだ?)
 どうやら辺りの地形が変わってしまったようで、自分達がやってきた洞窟も、惨劇のあった場所も確認できない。 それどころかミストの村の家並みさえ見受けられない。 たとえ残骸であったとしても何かしら痕跡があってよいはずだと言うのに。
〈気がついたようだね〉
「……はい!?」
 一人で物思いに耽っていたら、唐突に声を掛けられた。
「あなたは?」
 セシルはさして動じる風も無く、背後に現れた人影に向かって尋ねた。
〈なかなか面白い人だね、君は。急に声を掛けられて、しかも相手が宙に浮かんだ半透明の人間となれば大抵驚くはずなんだけど〉
 人影――本人も言う通り、宙に浮いていた半透明の人――は、少し残念そうに、それでいとどこか楽しそうに微笑んだ。
〈私はフィルカ。見ての通りの姿をしている……まあ、幽霊の類ではないから安心して欲しいな〉
 彼は全体的に青い色合いをしていた。一見、水の精霊か何かかと思ったが、そうでは無いらしい。 姿形は自分とさして変わらぬ人間サイズだったが、服装は全く見たことの無い様式をしている。 自分の評価尺度に全くといっていいほど自信はないが、なかなかに整った顔立ちをしている男性ようだ。
 ――これが幻獣というものなのだろうか? と、セシルは思った。
「僕はセシル・ハーヴィ……バロンに仕える暗黒騎士、です」
 セシルは伏目がちに最後の一言を付け加えた。この言葉を口にする度、彼の中のどこかがきゅっと痛むのだ。
 フィルカはそんなセシルの様子を気遣わしげに見やると、慰めるように彼の頭に手のひらを載せた。 そして不思議な輝きを送り込む。
「…………!」
〈少しは落ち着いたかい? 少し活力を送り込んだだけだから、心配はいらないよ。 こんな時はまず前に進むことを考えなければならない。例え、己に枷となるものがあったとしても――〉
「はい。そうですね……本当にそうです」
 セシルは無意識に手をきつく握り、唇をかみ締めた。 暗黒騎士としてしたことを嘆いていても何も始まらない。
〈さて、少々恩着せがましくなって申し訳ないが、君をあの混乱から拾い上げ、ここに寝かせたのは私だ〉
「ありがとうございます」
 セシルは素直にぺこりと頭を下げた。騎士がやたらと頭を下げるものではない、とよく怒られた彼の癖だった。
〈君を助けたのにはちゃんと理由があってね。純粋に善意だけで助けたんじゃないんだ〉
 済まなさそうに肩をすくめると、フィルカは続けた。
〈ある少女を守り、彼女と行動を共に欲しい。そして邪悪な手からクリスタルを守ってくれ〉
「クリスタルを!?」
〈そうだ。君は水のクリスタルに縁があったね……ああ、そういう顔をするもんじゃない。 君が行かなくたって、他の人間が奪いに行かされていただろうから結果は変わらない。 いや、君が行った分、余計な犠牲は出なかったはずだよ?〉
「僕は……」
〈誰かが君を使ってクリスタルを集めた。その者はきっとさらに集めるだろう。 他のクリスタル……火・風・土のクリスタルことは知っているね。この地上にある三つの王国がそれぞれ守っている。 それらを守って欲しいんだ。クリスタルが邪悪に染まれば、この青き星も歪められてしまう。私はそれを止めたい〉
「解りました。まずはあなたの言う通りにします。今は自分のことが信用できないから。 自分で考えて……考えたつもりで行動すると、きっとまた誰かを不幸にしてしまう」
 セシルの呟きに対して、フィルカは何も言わなかった。
「ところで、守るべき少女というのは?」
〈あそこに……。まだ眠っている〉
 フィルカが指し示した木陰には、緑色の髪をした幼い少女が横になっていた。
「あの子は――!」
 間違いない。昨夜、出会った少女――結果的にその母親を永遠に奪ってしまった少女だ。
「絶対に彼女を守ります……」
 セシルは顔を少し青ざめさせながら、強く頷いた。
〈旅には足が必要だろう。これを使うと良い〉
 フィルカが地面に光球を投げかけると、そこから一頭のチョコボが飛び出した。 野生のものとは少し違って、首に青い石のついた首輪をしている。
〈召喚士である彼女が呼びかければ、いつでも呼び出せる。 どこで放しても大丈夫だ〉
「へぇ、便利だなぁ……」
〈チョコボはあれでいてなかなかに不思議な種族なのだよ〉
 傍らにいるチョコボを優しい眼差しで眺めると、フィルカはふわっとした笑みを浮かべた。
「わかりました。大事にします」
 セシルは頷くと、さっそくリディアを抱きかかえてチョコボの背に乗った。 もし、フィルカの言うようにクリスタルを集めようとしている者――バロンが邪悪に染まっているのであれば、 いつまでもここに居るのは危険だ。
「まずはダムシアン王国へ向かおうと思います。あの国には火のクリスタルがあると聞いていますので……」
 水のクリスタルを収奪せよと言われた時に、一緒に聞いた情報だったと思う。
〈ならばこのまま北東を目指して進み、砂漠を越えて行くとよい〉
 どんな魔法によるものかは判らないが、フィルカは幻でこの辺りの地図を作り出した。 そして、ここはミストの村より少し東に行った場所であり、 砂漠を越えるには途中でオアシスの村カイポを経由していくと良いと教えてくれた。 カイポからさらに北東へ進むとダムシアンへ抜ける洞窟があるということだった。
「では、行きます」
 セシルが手綱を握ると、チョコボはクエーっという元気な一声を上げ、力強く大地を蹴り始めた。

 去り行くセシルらの姿を見届けると、フィルカは静かに目を伏せた。 その相貌に苦悩の色がにじむ。
(今の私には地球でできることが限られている。だから頼む、運命に導かれし者よ……)
 彼はセシルたちが向かった方向を見つめると、真摯な態度で頭を下げた。
 そして、次の瞬間にはその姿がかき消したかのように無くなっていた。


 セシルは砂漠の入口にある村へ立ち寄ることにした。 チョコボがいるとはいえ、十分な準備もせずに砂漠に入ることは危険だと判断したからだ。
 暗黒騎士の格好で村に入ろうものならば、もし追っ手がかけられていた場合、簡単に追跡されてしまう。 そう考えたので、兜と鎧は脱いで村の外の目に付かない場所に置いて村に入った。 最初に手頃なマント――砂と太陽光を遮るのにも使えるもの――と、大きめの背負い袋を調達すると、 一度村を出て、鎧だけ身に着けて上からマントを羽織った。兜は袋にしまった。
(手間のかかることだな……)
 煩雑に感じたが少女を連れている以上、危険は可能な限り避けなければならない。労を惜しむ訳にはいかないのだ。
 セシルは久しぶりに素顔を晒して歩いた。 世界を照らす太陽の光がとてもまぶしくて、頬を撫でていく風がひどく心地よくて、何ともいえない感慨が胸に溢れた。

 再び村に入ってから、村に一軒だけの宿に部屋を取った。
「ここで日暮れまで一休みしよう。昼間の砂漠を移動するのは良くないと聞いたことがあるから……」
 セシルはそう少女に説明したが、彼女からは何の反応も返ってこなかった。
 それも無理の無いことだと思う。彼女はまだ幼い子どもなのだから。
 少女はチョコボの背で揺られている最中に目を覚ました。 そして自分がセシルの腕に支えられて眠っていたことに気が付くと、凄い勢いで身じろぎした。 走っているチョコボの上でのことであるから、二人して落ちそうになったが、セシルは力強く彼女を抱きしめて、 その耳にいくつか言葉を囁いた。 もちろん、それで彼女が納得するはずもなく、しばらくは逃れようとする少女を抑えるのに必死だった。
 諦めか、疲れか、それとも怖れか、少女はようやく動くのを止めた。 そのままチョコボを走らせていると、セシルは彼女が大人しくしているのではなく、声も立てずに泣いていることに気が付いた。 どうしてやることもできず――慰めの言葉をかける資格が自分にあるとは到底思えなかった―― セシルはチョコボの手綱を握り続けた。無力感と罪悪感に苛まれながら。
 少女はやがて眠ってしまった。心身共に疲労が激しかったのだろう。
 その後も少女は、ぼうっとしているか、泣いているか、眠っているかのどれかだった。 食事もとらず、少量の水を飲んだくらいだった。 まだ一日と経っていないから良いが、このままでは彼女は次第に弱っていってしまうだろう。 バロンの追っ手よりも、そのことが気がかりだった。
 少女を部屋に寝かせ、簡単な食物と水を置いてセシルは部屋を出た。 砂漠の旅に備えて物資を整えるためである。 そんなに長く留守にする訳にはいかないので、宿の主人に近くの店を紹介してもらった。

「これでいいかね、兄さん」
 食料品を扱っている店の店主が、カイポまで必要な食料を上手く見繕ってくれた。 さらにかさ張らないように包んでくれたのだ。 一頭のチョコボに乗り旅をするのだから荷物は可能な限り減らしたかった。 そのため、店主の心遣いは非常にありがたかった。
「ありがとうございます。助かります」
「いいってことよ。また贔屓にしてくんな」
「はい」
 ぺこりと頭を下げて店を出ようとしたセシルは、店主に呼び止められた。
「なあ、兄さんはマントを被っているけどバロンの騎士様なんだろう?」
「……えっ!? あ、はい」
 不意打ちで問われて、反射的に肯定してしまった。しまったと思ったがもう遅い。
「なあなあ、大きな空飛ぶ船……あれ、何ていったっけ?」
「飛空艇、です」
「そうそれ、飛空艇。そいつがさ今日の昼前だったかな、この村に来たんだよ。 珍しいもんだから俺も見に行ったワケ。だけど乗っている連中ったら愛想がなくてさ――」
 セシルの心配を他所に、店主はこの村では滅多に無い出来事を得意げに語った。 セシルはただかくかくと首を動かして、話の聞き役を務めるのに必死だった。
「何か面白いことでも始まるのかと思いきや、水と食料を調達するだけときた。 船の偉いさんが村長の家に行ったりしたみたいだけど、俺たち村のモンは蚊帳の外さ」
「そうですか……」
「なあ兄さん、飛空艇がこの村に来た目的は何なんだい? 兄さんは知っているんだろう?  兄さんのその姿……実は密偵なんだろ」
 店主は最後の一言は小声で囁いた。顔はにやりと笑っている。
「……え!? ええええっ。あ、あの勘違いですから! 僕はそんな立派なのじゃなくて、ただの一兵卒ですから!!」
「またまた、そんなこと言って〜。俺の目を誤魔化そうったってそうはいかないぜ」
 どうやら店主はこの村一番の情報通を自称しているらしく、謎の飛空艇の情報を得たくてたまらない様子だった。 目が好奇心で爛々と輝いており、納得できる情報を得るまで放しませんという意思が明確に感じられる。
 自分の立場がばれたのではないと知り、セシルは安堵したが、この店主を納得させるのはなかなかに大変だった。 真実を話す訳にはいかないので、もっともらしい作り話をでっちあげなければならない。 セシルはもともと嘘が得意な性質ではないのだ。冷や汗をかきながら何とか言葉をつないだ。
 店主がセシルを解放してくれるまで、少しばかり時間を要した。 飛空艇は何か探索の任務を負い、近隣の村々を回っているのではないか――と、 嘘とも本当ともつかないことを言って誤魔化したのだ。
 きっと今夜はこの話が酒場で語られ、翌日には村中に広まるのだろう。 自覚が無いまま嘘の情報を得意げに話す店主を想像し、セシルは気の毒になった。 心の中で謝罪すると早々に宿に戻った。


 夜の砂漠は静かだった。
 二つの月が冴え冴えとし、砂の大地を白く浮かび上がらせている。 その上をチョコボがひた走る音だけがセシルの耳に残った。
 昼間はとても熱い風が砂漠の方から流れてきていると感じたが、夜の砂漠は涼しかった。 砂除けとして買ったはずのマントはセシルと少女の身体を冷えから守ってくれている。
 セシルは自分の腕の中にいる小さな少女に意識を向けた。
「寒くないかい?」
「…………」
「お腹が空いてきたらいつでも教えてね」
「…………」
 少女は空虚な瞳を前に向けたまま、彼の方を見向きもしない。ただ、セシルの言うままにチョコボの背に乗っていた。
(そろそろ無理にでも何か食べてもらわないと……)
 今日も少女は何も食べ物を口にしていないのだ。 セシルが買物から戻ってきた時も、水が少し減っていただけで、少女が何かを食べた痕跡はなかった。 自分がいない所では何か食べてくれるのではないかと期待していただけに、セシルの失望は大きかった。
(子どもが好きな甘いお菓子とかだったら、食べてくれるかもしれない。 ……あ、今時の子どもってどんなお菓子が好きなんだっけ?)
 自分の子ども時代はあまり菓子類とは縁がなかった。 士官学校に通っていた頃には、幼馴染の少女がよく「作ったから食べてみて!」と菓子を持ってくることがあったが、 その頃には甘いものをたくさん食べることができなくなっていたのだ。 カインと二人して押し付けられた大量の菓子類――幼馴染以外にも彼らの下へ菓子を持ってくる人が多かった―― の始末に難儀したものである。
(それにしても何で女の人は男に菓子を持ってくるんだろう?)
 セシルは己の不明を棚に上げ、そんなことを考えた。
 ザザザザザ――。
 不意にそんな音が耳についた。音は大きい、近くから聞こえる。
 耳障りな砂の音に混じり、シューシューという荒い息遣い。砂漠の怪物か?
(くそっ、こんな時に!)
 セシルはチョコボの手綱を握り、速度を上げるように合図を送る。
「クエッ」
 チョコボは一声鳴くと、見事な快足を披露してくれた。だが、今日ばかりは相手が悪かった。 平地では敵無しとも言われるチョコボの俊足だが、砂地では首位を譲る相手がいたのだ。
 少しの間、二者の追いかけっこが続いたが次第に差を縮められた。
(サンドリザード!)
 砂地に生息する大型の蜥蜴だ。 砂漠に隠れるような淡い茶色の鱗をしており、大きく裂けた口もとからは短剣のような牙が覗いていた。
(どうしてバロン兵がそれに乗っている!)
 セシルは追ってくる生き物と、その背に乗る人影を見て呻いた。
 バロンには飛空艇団や竜騎士団の他、黒魔道士団、海兵団とさまざまな部隊を抱えているが、 サンドリザードを飼いならしている部隊などいなかった。 そもそも獰猛なことで知られる砂漠の怪物が人を乗せていること自体が異常と言える。
(くっ、回り込まれた)
 敵は三体。一体が驚異的な軌道を描き、セシルたちの前に回りこんだのだ。
「止まれ! バロンの裏切り者」
 前後を取り囲まれてしまっては仕方がなく、セシルはチョコボの手綱を強く引いて急制動をかけた。
「ベイガン様の命により、貴様を捕らえに来た。その娘を渡し、大人しく我らに降れ」
 三人の追っ手の内、首領格と思われる男がすらりと剣を抜いた。 月光を受けてぎらりと輝くそれをぴたりとセシルたちに向ける。人間の皮膚など簡単に切り裂いてしまえる冷たい輝き。
 だが、それに怯える訳にはいかない。この少女を守ると誓ったのだから。
 セシルは相手をしかと見据えると、静かに口を開いた。
「教えてくれ、陛下は本当にミストを滅ぼすことを望み、クリスタルを手中に収めんとしているのか!」
「貴様に答える義理などない! やはり貴様は陛下に疑念を持っているのだな。とんでもない不忠者だ」
 兵士の言葉に内在する感情をセシルは読み取った。
(こいつはただ殺したいだけだ。主命よりも、殺戮を重んじている――)
 だからこそ、問答に応じようともせず、こちらを愚弄するようなことを言うのだ。 穏当に済ませたいと思ったが、そうもいかないようだ。
(ならば……!)
 セシルは腰間の剣を鞘走らせる。
 彼の手には夜空よりもなお暗い、漆黒の刃を持つ剣があった。
「身の程知らずが……仕方が無い、ベイガン様には抵抗したので已む無く討ったとお伝えしようではないか!」
 首領格の男の声に呼応し、後ろにいる二人も剣を抜いた。
「暗黒騎士セシル、参る!」
 セシルはチョコボを真正面に向かって突撃させる――そう見せかけ、右斜め前方へ走らせた。 そして自分は途中でチョコボから飛び降り、少女とチョコボを戦場から距離をとらせた。 不思議なくらい利口なチョコボだから、セシルの意は汲んでくれるはずだし、 敵の狙いの第一が自分を殺すことなのだから、まず心配ないだろう。
 彼がそう考えていたのはほんの一瞬だった。身体の向きを変えながら、感覚だけで剣を振り下ろす。 凄い勢いでサンドリザードが彼の横を通過していき、彼の銀髪が数本中に舞った。
「やるな!」
 そう叫んだのは首領格のバロン兵だった。
 セシルはすれ違いざまに蜥蜴の左側面を綺麗に切り裂き、自分は乗り手の攻撃を紙一重で避けた。 セシルの持つ黒い剣――暗黒剣――は通常の剣とは一味も二味も違う。 岩のように固いとされるサンドリザードの固い鱗を易々と貫いていた。もうあの蜥蜴はまともに動けないだろう。
「今度は我らが! 連携攻撃を受けてみろ」
 後方にいた二体が密着しながら彼に向かってきた。通常なら互いが互いを邪魔してしまう位置だ。 それを気にせぬとは確かに絶妙な連携である。おそらく敵にぶつかる直前で二手に分かれ、両側から挟み撃ちにするのだろう。
「そうくるなら……!」
 セシルは剣を正眼に構え、次いで切っ先を真正面に向けた。
「やぁぁぁ――っ!」
 彼の鋭い呼気と共に、暗黒剣の黒い刀身から無数の刃を生じ、敵へと襲い掛かる。
「ぐわぁぁぁぁ」
 こちらに突進していたところに、きれいなカウンターが決まった。 蜥蜴の背に乗っていた二人のバロン兵はそれぞれ左右に落ちていった。 あの勢いで走っているところで落馬――落蜥蜴――をしたのだから、無事では済まないだろう。
 だが蜥蜴は野生の生命力と慣性の法則のおかげで前進をやめなかった。 傷ついているが故の予測不可能な動きでセシルに迫ってくる。
――っ」
 寸でのところで横に飛んで直撃は避けたが、一体の爪が腕を掠ったらしい。痛みが走った。
「おのれ!」
「やっ!」
 セシルは唯一の敵となった首領格のバロン兵の剣を何とか防いだ。 そのまま姿勢を起こし、幾合も切り結んだ。
(こいつ、変だ――)
 セシルの剣は何度となく敵の身体を傷つけた。 それなのに弱る様子もないし、何よりも敵手の剣の振り方が変だった。 時々、有り得ない方向から剣が落ちてくるのだ。関節の異常でもあるというのだろうか?
(まるで――)
「人間じゃないようだ――か?」
 バロン兵の口元が弦月のように変化した。
「これこそが俺の授かった力! 戦うための肉体よ」
「お前……悪魔に魂を売ったとでもいうのか!?」
「違うぞ、偉大なるバロン王が授けてくださったのだ。貴様のような裏切り者を倒すためにィィィ!!」
 ぷつりとセシルの中で何かが弾けた。
「そんなこと許されないっ」
 陛下は力を得るためにクリスタルを略奪したのですか?
 召喚士の力を恐れるゆえに、村を滅ぼしたのですか?
 僕を殺すために邪悪な力を求めたのですか?
「許されない、許されないんだぁぁぁっ! 僕もお前もっ!」
 そうだ、誰が許すというのだろう。 闇の力を振るう自分を、ミシディアとミストに悲劇をもたらした自分を――。
「僕は進む。その果てにあるのが何であっても」
 セシルは自分が何を言っているのか解らなくなってきた。 ただ、ここで倒れてはいけない、進むのをやめてはいけない――それだけは確かなように思えたのだ。 己の罪に一生苛まれようとも、背負ったものを放り出す訳にはいかなかった。
「消えろ!」
 張り裂けそうな叫びと共に振るわれた漆黒の刃が、バロン兵の胸板を貫いた。
 セシルが剣を抜くと、傷口から大量の血が流れ出る。それは人外の色をしていた。
「……終わった」
 セシルは大きく息をついた。短い戦闘だったはずなのに、とても疲れていた。
「クエー」
 チョコボがトコトコと走り寄ってきた。その首筋には顔色を蒼白にしたリディアがしがみついている。 どちらも無傷だった。
「良くやった。お前は賢いね」
 セシルは刃の汚れを布で拭うと、剣を鞘に収めた。そして、その手でチョコボを撫でてやった。
「クエッ」
 チョコボは嬉しそうに目を細めると、彼に擦り寄ってきた。 首筋に触れるチョコボの羽毛が少しくすぐったい。
「……!」
 少女がびくりと身を慄かせた。彼女の視線はバロン兵の死体に向けられている。 いや、正確には死体が消えつつある場所に向けられていた。
 少女の視線を追うようにしてセシルが見たものは、急速に干からびて塵のように消えていく何か、だった。


 空がうっすらと明るくなる頃、カイポの村に到着した。 彼らのように夜の砂漠を旅する人たちがいるせいか、こんな時間だが、村の門が閉ざされているということはなかった。
 街路は朝市の準備をする人がぽつぽつとおり、バロンの朝とはまた違った風景だと感じた。
 村の中を歩きながら、セシルはまず何よりも休みたいと思った。 腕に負った傷も簡単に処置をしただけであるし、昨日の朝から起きっぱなしでチョコボを走らせていたので、 心身の疲弊が著しかったのだ。
(チョコボも休ませてあげないといけないし……)
 彼はちゃんとした厩のある宿を見つけると、うとうとしている少女を抱えて中に入った。
「朝早くに申し訳ありません。部屋は空いていますか?」
 無人のカウンターの奥――厨房になっているようだった――に声をかけると、中から恰幅の良い小母さんが出てきた。 宿の女将さんなのだろう。
「はいはい。お客さん相手だったら、うちはいつでも商売しているよ……おや、そのお嬢ちゃん具合が悪そうだね」
 女将さんは妙な組合せの二人に一瞬目を細めたが、少女の顔色を確かめると何も追求せずに二階の一室の鍵を渡してくれた。
「表にチョコボがいるので、厩もお願いします」
「はいよ。砂漠を旅したチョコボには美味しいご飯を、お前さんたちにはさっぱりした果物でも持っていってやろうね」
「ええ、お願いします」
 セシルは頷くと、少女を連れて二階へ上がった。
 部屋にはベッドが二つあり、窓際には花を生けた小瓶が飾ってあった。 少女を片方のベッドに寝かせると、花を倒さないように気をつけてカーテンを引いた。
 自分はマントを壁にかけ、鎧と上着を抜いた。
 そしてむき出しになった腕の傷を確かめ、顔をしかめた。
(あとでポーションを使わないとダメだな)
 旅の間は気が張っていたせいか気にならなかったが、落ち着いてよく見てみると傷口は思ったより深く、 嫌な痛みと熱っぽさがあった。
 部屋の隅にあった水盤の水で傷口を洗い、乾いた布で水を拭った。 そして荷物入れからポーションを取り出そうとしていると、彼の腕に小さな手が触れた。
「ああ、起こしてしまったね」
 少女はセシルの言葉など耳にも入らないようすで、彼の傷を凝視していた。
「…………せい」
「え?」
「あたしのせい」
 ぽつりと少女が呟いた。
「そんなこと無いよ。これは僕が避け損なったせいだから」
 セシルは少女を安心させるように、優しく微笑みかけた。
「それにほら、大したことないから」
「そんなことない! 痛いよ」
 少女は頭を左右に振った。
「あたしも怪我したとき、痛かったもの。おにいちゃんのだって同じだよ」
 少女はぶつぶつと小声で何かを呟きながら、セシルの腕に小さな手をかざした。
「……ケアル!」
 淡い光がセシルの腕を包んだ。途端、何ともいえぬ暖かさで溢れた。
「ありがとう、君はとても優しい子なんだね」
 一瞬で治った腕と少女を見比べ、セシルは驚き混じりの表情で礼を言った。 彼女が口を利いてくれたどころか、憎むべき相手である自分に対して治癒の魔法を使ってくれるとは思いもしなかったのだ。
「おにいちゃんもとても優しい人だと思う……。最初は怖い人だと思ったけど、ずっとあたしのことを守ってくれたもの」
「違う! 僕は……僕は悪い人間なんだよ。君のお母さんを……」
 セシルはたまらず彼女から目を背けた。
「こっちを向いて! あたしの方をちゃんと見て!」
 少女の鋭い声にセシルはびくりと身を震わせた。
「おにいちゃんはおかあさんを……でも、それは怪我したおにいちゃんを放っておいていい理由にはならないよ。 おかあさんが言ってた。自分が嫌な目にあったからって、他の人に同じことしていい理由にはならないって」
 少女はぽろぽろと涙をこぼしていたが、それでも懸命にセシルを見つめていた。
「おにいちゃんのこと怒っても、何にもならないもん……」
 少女の言葉にセシルは心を打たれた。
 本当に彼女の言う通りだと心底思った。 陛下に不信を抱き、恨んでも何も変わらないではないか。 前に進むということは、罪を背負うということは、そういうことではないのだ。
 事実を受け止め、己の最善を尽くす。まずはそこから、そこから始めなければ。
 誰かから許しを得ようとするなど今の己には必要ないことだった。
「僕は何て愚かな人間だろう……」
「おにいちゃん?」
 セシルは少女をぎゅっと抱きしめた。
「僕は君を絶対に守る。そして君の村が何故あんな目に遭わなければならなかったのか、その理由を突きとめる……必ず」
「約束、だよ。リディアとおにいちゃんとの」
「ああ!」
「じゃあ、指きり……」
 そういうと、リディアはおずおずと細い指を差し出した。
 セシルも小指を差し出し、少女の繊細な指と絡めた。
「我が名はセシル・ハーヴィ。我、ミストのリディアの忠実なる騎士。 主命に従い、御身を守り、その手の剣となること、ここに誓う」
 友達との指きりとは違った難しい言葉の羅列に、リディアはきょとんとしたが、セシルの真剣さは解ったのだろう。 不安げだった彼女の表情がやわらぎ、あの夜以来、久しぶりに彼女の瞳に生気と呼べる輝きが灯った。




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