この言葉 届かないのは何故?
暗い暗い夜 伝えたかったのに
とても優しい素敵な人へ

鍵が掛けられ 閉ざされた心
夜が明け 光が照らす時
この想いが届きますように





第四章 砂漠の薔薇と乙女の祈り



 夕暮れ時の宿屋はとても賑わっていた。 宿屋の一角が食堂となっており、宿泊客でない者達も一日の疲れを癒すために立ち寄るからだ。 少しばかり浮いた雰囲気である二人連れ――リディアとセシル――もその中にいた。
 今日の早朝、少女と騎士の誓いをした後、二人とも疲労を回復するために休むことにした。 だが、少し休憩をするはずだったのに、二人して夜まで眠り込んでしまったらしい。 気が付いた時はすでに窓の外はオレンジ色の光に包まれていた。
 寝過ごしたと慌てて起きた二人を待っていたのは空腹だった。 今朝方、宿の女将さんがサービスで出してくれた果物を食べたきりだったので、それも当然だろう。 二人は素直に食事を取る事にしたのだ。
 香草を混ぜて炊いた米の上に、酸味のあるタレを絡めた蒸した鶏肉を載せたものをセシルは食べていた。 最初はご飯の匂いが独特で美味しいのか疑問に感じたが、鶏肉と一緒に食べると全体の調和が取れていて食べやすい。 バロンの追っ手を気にしなければならないという状況でなければ、素直に食事を楽しめたのにと残念だった。
 リディアは小麦粉で作った麺に野菜と挽肉のソースを絡めたものを食べていた。 食べているうちにソースが服に跳ねてしまい、可愛らしい眉をしかめた。
 そんなリディアの世話を小まめに見てやりながら彼らが食事をしていると、隣のテーブルに数人の男達が腰掛けた。 彼らは飲み物と食事を頼むと、待っている間の退屈しのぎのために取り留めのない話に興じ始めた。 物価の話もあれば、芸術ごとの話もあった。ビールがテーブルに届くと、さらに話は盛り上がりを見せる。 健康法の話あり、子どもには聞かせられないような話もあった。そして――
「村はずれの家に行き倒れの娘が運び込まれたらしいぞ」
「へぇ……このご時世、行き倒れを面倒見てやる奇特な人がよくいたもんだなぁ」
「その娘は熱病にかかっていて、うわ言で“セシル”という名をひたすら呼んでいるそうだ」
 隣の席から聞こえてきた内容に、セシルは思わずスプーンを落っことした。
(僕のこと……なのか? しかし誰が……)
 このカイポの村に知り合いはいない。一体誰が自分の名をうわ言で呼ぶというのだ。
「何でも金髪の美女らしいぜ」
「ははは、それじゃセシルってヤツは相当悪い男だな」
「あ〜あ、俺もそんな風に言ってくれる美人に出会いたいよ」
 のん気に会話を続ける旅人たちとは打って変わって、セシルの顔は一瞬で蒼白になった。 金髪の美女にはとても心当たりがあったのだ。
「ま、まずは確認しないと!」
 セシルはリディアの食事が終わるのを待つと、急いで宿屋を出た。
 金髪の美女が保護されている家は村はずれにある。 そこを目指して急いで歩いてる間、セシルの心臓は早鐘の様に激しく脈動した。 耳元で心臓がどくどくと鳴っているような錯覚さえ覚える。 不思議そうに彼の方を見つめてくるリディアを不安にさせるまいと、なるべく普段通りの表情を作ったのだが、 ぎこちなくなっていたに違いない。

 問題の家は村の中心部から、少し外れた場所にあった。
 この地域で一般的な白茶色の土壁でできた一軒家である。 窓は大きくなく、いくつかあるそれには細長い葉を編んで作られた格子が嵌め込まれている。 強い日差しを照り返し、風を通し、少しでも室内を快適な温度に保とうとしてあるのだろう。
「夜分にすみません……」
「おやおや、お客さんとは珍しい」
 セシルが表から声をかけると、ゆったりとした衣服に身を包んだ老爺が戸を開けてくれた。 もっとも、無用心なことに鍵などはかかっていなかったようだが。
「どうなさいましたかね?」
「ええと、その……ここに金髪の女性が運び込まれたと聞きました。 その人はうわ言で“セシル”という名を呟いているとか」
「はい、はい。よくご存知ですなぁ」
「宿屋で噂をしている人がいたので……」
 セシルの答えに老爺は、ふぉっふぉっふぉと笑った。
「近頃ではあちこち騒がしくなりましたが、ここはずっと平穏な村なんですよ。大きな事件なんて滅多にありゃしない。 それでも活気はありますがね、砂漠の旅の中継地点として商人が立ち寄りますから。 まあ、そんな村ですから美人が倒れていたというだけでも大騒ぎです」
 老爺は話好きらしく、初対面のセシルにいろいろと教えてくれた。 しかし、聞いているセシルは家の奥が気になってしかたなかった。 老爺に不快感を与えないように気をつけて、長広舌に口を挟んだ。
「あの、僕はセシル・ハーヴィと申します。倒れていたという人が知り合いかどうか、確かめさせてください」
「おや、まあ……! さあ、早くお入りなさい」
 老爺はさすがに話を中断し、セシルとリディアを家の中に招き入れてくれた。
 彼に導かれて家に入ると、奥の部屋に連れて行かれた。 そこにはベッドが一つあり、その傍らには老爺の妻である老婦人がいた。 つきっきりで看病をしてくれているらしい。
 その女性は来訪者の存在に気が付いたようで、セシルたちの方に顔を向けた。
「お前さん、そちらは?」
「そのお嬢さんの知り合いかもしれないんだよ」
 老爺は簡単にやり取りを説明し、セシルたちを紹介した。 そのついでに、自分と妻の名を明かした。老爺はギブリ、その妻はエテジアという名前だそうだ。
「おやまあ……困ったねえ」
「これ、無理を言うもんじゃない。さあ、セシルさん、こちらに」
「はい」
 恐る恐るセシルは室内に入った。 不安と緊張を抱える彼にとって、戸口からベッドまでの僅かな距離はとても長く感じられた。
 傍まできたセシルはベッドの中にいる人の顔を確かめた。
「ローザ!!」
 セシルは反射的に名前を口にした。
 病のためひどく顔色が悪いが、綺麗な顔立ちと豊かな金髪は彼の記憶と少しも違っていなかった。 間違いなく、彼の良く知るローザ・ファレルであった。
 清潔な寝台に寝かされたローザは、苦しそうに息をしている。 顔も赤味を帯び、明らかに熱がある状態だった。
「おにいちゃん、お友達?」
 リディアが彼の顔を見上げた。 心配そうな表情をしているのは、幼いなりにベッドの上の人物を案じているためだろう。
「彼女はローザといって、僕の子どもの頃からの友人なんだ」
「おねえさん、苦しそう」
「そうだね……ギブリさん、彼女はどうして?」
 セシルはローザの状態について尋ねた。その顔色は心配のあまり、蒼白になっている。
「この子は高熱病にかかっているわ。 村はずれで倒れているところをうちの人が保護したのだけれど、砂漠で相当無理をしたみたいよ」
 夫に代わりエテジアが答えた。 ローザを案じる眼差しは、まるで娘を慈しむ母親のように優しい。 彼女はその表情を一変させると、険しい表情でセシルを見つめた。
「あなた、彼女を危険な目に遭わせたんじゃないでしょうね? どうしてこんな女性を一人で砂漠にやったの」
 セシルに向けられたのは厳しい表情だった。
「エテジア、言葉が過ぎよう。セシルさんはこの子……ローザさんがここにいることを不思議がっているじゃないか」
「だって、あなた」
 エテジアはなおも口の中で、何事かを呟いた。
「妻が失礼しました。妻は……いや、私もなのだが、ローザさんを亡くなった娘と重ねてしまっていてね。 それで彼女を見つけた時も、迷わず家に連れ帰ることを選んだんだ」
 外見はそれほど似ていなかったが、彼ら夫妻の娘が無くなったのがローザと同じくらいの年頃だったそうだ。 儚げな様子で倒れていたローザを保護した夫妻は、娘の面影を彼女中に見出した。 そして再び失うことがあってはならないと、懸命に看病してきたのだ。
「ローザ……」
 セシルは彼女の頬をそっと撫でた。 高熱を発している彼女の身体は、とても熱かった。 苦しそうな呼吸が漏れ、額から汗がこぼれる。それと一緒に彼女の生命力も流れ出てしまうのではないかと思えた。
「彼女はよくなるのでしょうか?」
「このままでは難しいでしょう」
 ギブリが渋い顔をすると、妻も頷いた。
「この子……ローザさんの病気は高熱病といって、この辺りや山向こうのダムシアン地方特有の病気。 ローザさんのように高い熱が出て、段々と衰弱してしまうのよ。 特効薬である“砂漠の光”があれば必ず治る病気なんだけれど、その薬が……」
 最近では手に入らなくなってしまい、村にあった蓄えも無くなっているのだと、エテジアは無念さと憤りが混じった様子で言った。 目の端には涙が浮かんでいる。
「教えてください、“砂漠の光”はどこに行けば手に入りますかっ」
「あなたが持ってきてくださると言うの?」
「ローザは僕の大切な友人です。 僕のせいでローザがこんなことになったというのなら――そうでなくても彼女を放っておくことはできません!  ギブリさんたちのように、彼女のことを案じている人たちがいるんです。彼女を助けるためだったら、僕は……」
 セシルは夫妻にそう告げると視線を落とし、ローザの顔を見つめた。
 彼女は暗黒騎士の自分とは違い、皆に慕われている白魔道士。熱病で若くして倒れていい人ではない。 彼女の母親だって、家を留守にしている娘を案じ、ずっと帰りを待っているだろう。 セシルは彼女にまつわる人々のことを想い、胸を痛めた。
「高熱病の薬――“砂漠の光”はダムシアン地方から入ってきます。 かの地に住む生き物の分泌液から精製されていると聞いたことがあります」
「ダムシアン……」
 自分達がこれから赴かんとしていた場所だ。
「そこに行けば、手に入るのですね?」
「わかりません。ただ、何かしらの手がかりは得られるはずです」
 セシルはギブリの言葉に頷くと、傍らにいるリディアの様子を伺った。
「リディア、僕は“砂漠の光”を手に入れて、彼女を助けたい。そのためにダムシアンへ向かっても良いかい?」
 本来はクリスタルのために行くはずだった。 また、砂漠を越えて再び戻ってくるとなると移動中の危険も倍になるだろう。
「これは完全に僕の個人的な事情なんだけれど……」
「良いに決まってるよ、おにいちゃん。おねえさんがおにいちゃんの友達なら、絶対に助けなきゃ」
 リディアは勢いよく頷いた。

 セシルがギブリから道のりについて説明を受けている間、リディアはおねえさん――ローザをじっと見ていた。
(前に、お前が困っている時は必ず助けに行ってやるよ、友達ダチだからなって、カイは言ってくれたよね。 このおねえさんがおにいちゃんの友達なら、あたしも助ける……)
 あの日以来、別れ別れになってしまった友達のことを想い、リディアは両手を祈るように組合わせた。
(カイ。カイやおばさんのことも、いつかきっと助けに行くから……待っててね。 おかあさん、それまで二人を守ってね)
 止まっていた心の中の時計が、彼女の中でゆっくりと音を立てて動き始める。 リディアはあの炎の日以降、初めて友達の無事と母親の冥福を祈ることができた。


「すごーい、お水がたくさん流れてる」
 リディアは暗い洞窟を歩きながら、驚きのあまり目と口を大きく開いた。 洞窟に入った途端、砂だらけの砂漠の景色から一変した。 ごつごつとした岩肌と、深い青の水、ひんやりとした空気で周囲は満たされていた。
 セシルは携帯用のカンテラを片手に持ち、足元を照らしながら歩いている。 リディアは彼の後ろを付いてきているのだが、物珍しさから周囲をきょろきょろと見回していた。 そのため、足元への注意が疎かになっている。
「リディア、滑りやすいから足元気をつけて。足の裏に自分の体重を上手く載せるんだ」
 彼女が転んで怪我をこしらえる前にと注意を与える。
 何だか自分が学校の先生にでもなったような気分だった。 危険から守るということ以外でも、彼女の面倒をあれこれ見るのは楽しかった。 彼女との関係性が少しでも良くなったのが大きいのだろうと思う。
 ギブリ老人から借りた古地図を頼りに彼らはダムシアン地方とこちらを結ぶ地下水脈を進んでいた。 古くから道として使われているルートらしく、彼らが今進んでいる場所も細いながらも通路が出来上がっていた。 長い年月をかけてここを通る人たちが少しずつ整えていったのだろう。
 チョコボは洞窟に連れいけなかったので、放している。 リディアが大層寂しそうな顔をしたが、リディアなら呼び出せると説明したらすぐに明るい顔になった。 そして、今度呼び出す時は名前を付けるんだと張り切っていた。
 そして洞窟を進んでしばらくした頃。
「道、無くなっちゃってるよ」
 リディアが途切れた通路から身を乗り出し、水面を覗き込んだ。
「いや、ここは水の中を突っ切るようだ。季節によっては水量が減って、 歩いて渡れるみたいだけど……ほら、水没しているけど階段が刻まれている。まあ、今は濡れながら行くしかないけどね」
「泳ぐの?」
「まさか! 僕が君を肩車していくから大丈夫だよ」
 水深はセシルの太ももくらいまでだったが、この涼しい洞窟内でリディアを水に入れようとは全く思わなかった。 ――リディアにとっては、単に泳ぎに自信が無いが故の問いかけだったのだが。
 剣とカンテラは水に浸したくなかったので、それらを彼女に持ってもらい、セシルはリディアを肩車したまま水に入った。
(結構冷たいな……それに意外と流れもある)
 水没している道を慎重に辿りながらセシルは歩いた。このまま少し歩くと島のように少し高くなっている地面があるらしい。 そこまで行けば一度自ら出られるだろう。もっとも、そこを過ぎればまた水の中に入らなければならないが。
 ざぶざぶと歩いて、ようやく途中の小島までたどり着いた。
(これは思ったより消耗させられるな)
 想像していた以上に身体の熱を奪われている。
「おにいちゃん、大丈夫?」
 つい顔をしかめてしまったセシルを心配そうにリディアが見上げた。今は彼女も地面に降りている。
「大丈夫だよ。あまり慣れていないことだったから、少し戸惑っただけ」
 セシルは少女を心配させまいと表情を和らげた。
「さ、もう一回、水流を越えないといけないから頑張ろう」
「うん!」
 リディアが再びセシルの肩に乗ると、二人は再び水の中に入っていった。 水流に足をすくわれないように、転んだりしないように……気をつけながら進む。
「おにいちゃん、変な生き物がいる! 大きくてごつごつしてるよ」
「どこ!」
「えっと、動いてて……あ、あっちの岩の方からこっちに真っ直ぐに向かってきてる」
 セシルはリディアが指し示した方向を見る。 ここからではカンテラの明かりが届かず、はっきりと見えない。 しかし、姿が見えずとも、“大きくてごつごつしてる”生き物が一直線にこちらに向かってきているとしたら、 それは人間にとって危険な生き物と断定してもよいのではないだろうか?
「怪物なのか?」
 セシルの疑問はすぐ答えを得られた。明かりの届く範囲に生き物がやってきたからだ。
「アリゲーターか!」
「後ろからも!」
 大きく口を開いた鰐を見たリディアが、悲鳴を上げた。
「リディア、僕の剣を」
「う、うん」
 セシルはリディアから剣を受け取ったが、このままでは非常に分が悪いと痛感した。 リディアは半分パニックになっているようで、セシルの頭をぎゅっと掴んだまま震えている。 これでは非常に動きにくい。
「リディア、ごめん!」
 鰐が仕掛けてくる前にともかくリディアを肩の上から下ろした。 それでも太ももまで水に浸かった状態ではどれだけ動けることか。
「まずは一匹目!」
 セシルは近くにいる一体に狙いを定め、走った――走ったつもりが大してスピードは出ない。 鰐は容易くセシルの剣から逃れていった。
「ならば!」
 剣に力を込め、黒い波動を放つ。
 人の速度とは比較にならない速さで迸った暗黒の力は、鰐をあっというまにずたずたにした。 それを確かめる余裕もなく、セシルはもう一体めがけて動いた。
「いやぁぁぁああ、来ないでぇぇぇ!!」
 鰐に睨まれたリディアが悲鳴をあげる。それでもカンテラを放り出さないのは彼女の矜持がなせる業か。
「リディア、今行く!」
「おにいちゃあああん」
 その時、横合いから青白い輝きが飛び込んできた。 輝きは鰐に命中すると、さらに続けて二撃、三撃と打ち込まれていく。
(これは、サンダー?)
 セシルの故国で黒魔道士たちが使っているのを見たことがある。
「さあ、今のうちじゃ!」
 電光が訪れた方から男の声が聞こえた。
 サンダーの呪文がよく効いたのだろう。鰐は動きを止めている。 その鰐に近寄ると、セシルは鰐の身体に切先を突き入れとどめを刺した。
「助かりま……」
「おにいちゃぁ〜ん、怖かったよう」
 リディアが飛びついてきた。カンテラをセシルに押し付けると、彼にしがまりつく。 綺麗な顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
 唐突に抱きつかれたセシルは、あわわと言葉にならない呟きをもらしながら、リディアの頭を撫でた。 相手は幼い少女とはいえ、女性に抱きつかれると平静ではいられないのだ。
「取り込み中になんじゃが、新手が来ぬうちに上がって来なさい」
 再びあの男性の声が聞こえてきた。どうやら笑いをかみ殺しているらしい。
 セシルがそちらを見るとぼんやりと青白い輝きがあり、そこに一人の老人がいるのが判った。
「い、今行きますっ!」
 セシルはリディアを小脇に抱えると、急いで老人のいる対岸を目指した。

 彼らを助けてくれた老人はテラと名乗った。ダムシアンに向かうために旅をしている途中であるらしい。 助けてくれたことに礼を言うセシル達に対し、テラは行く先が同じなら同行させて欲しいと申し出た。
 何でもテラは“賢者”を生業にしていて魔法を使うのが専門で、剣を使っての戦いは不得手だそうだ。 魔法を使うにはそれなりに時間がかかるので、単独で洞窟を踏破するのは難しいと思っていた。 どうしてもダムシアンには行かねばならぬため、出発していたものの水棲系の怪物たちに困らされていた。 ある程度は進むことができたが、このままでは魔力がもたないだろう――そう考えていたところにセシル達の声が聞こえてきた。
「最初から下心があったんじゃよ、だから礼なぞ言わんでよい」
 そう言うと、テラはからからと笑った。
 テラと合流してからの道は地面の上だったし、水流を渡らねばならない場所には粗末ながらも橋がかけられていた。 そのため随分と楽な道のりになった。 たまに巨大蛙が飛び出してきたり、陸地でも行動できる半魚人に襲撃されたりしたが、剣と魔法の組合せで難なく進むことができた。 リディアも隣にテラがいてくれたためかアリゲーターと遭遇した時の様に怯えたりせず、 テラの助言に従ってサンダーやブリザドの呪文を唱えたりもした。
 また、テラはリディアの素養を見て取ると、自分のお古だというロッドを与えてくれた。 ロッドの力を使えば、自分の魔力を消費せずに遠距離攻撃ができるという優れものだった。 リディアは初めて手にした魔法使いの証であるロッドに目を輝かせ、笑顔でテラに「ありがとう、おじいちゃん」と言った。 テラが“おじいちゃん”の一言に目を白黒させたが、すぐに大きな笑い声をあげ、リディアの頭をくしゃりと撫でた。
 二人ともとても幸せそうな様子だった。

 おそらく外では日が暮れているだろうという頃、彼らはテラの勧めで休憩をすることにした。 不思議な柱と魔方陣がある場所で、そこには守りの力が発生しており、敵に襲われたりしないのだという。 テラの説明によると古の時代の遺物らしく、世界の各地にこんな場所がいくつもあるらしい。
 焚き火を熾して濡れた服をきちんと乾かし、簡単な食事を取った。 歩き通しであり、戦闘もいくつかこなしたので、ようやく一息つくことができたという感じだった。
 セシルとテラはまだ眠いという気持ちにはなっていなかったが、リディアは早々にうとうとし始めていた。 大人たちの話を聞こうとして頑張って目を開くのだが、すぐに瞼が落ちてしまう。 しばらくそんなことを繰り返していたが、やがて睡魔に負けを認めたらしく、焚き火から少し離れた所で横になった。
「もう眠ってしまったか。余程疲れておったんじゃろう」
 すぐに健やかな寝息をたてたリディアを見て、テラは静かに微笑んだ。 彼のリディアを見る眼差しはとても優しい。まるで我が子に接するかのようである。
「この子は随分と強い魔力を持っているようじゃの。こんなことを聞くのは不躾かもしれんが、どういった出自の……?」
 リディアから視線を外し、テラは興味深げに尋ねてきた。
「彼女はミストの召喚士です」
「ふむ、ふむ。そうか……合点がいったわい。あの村の者は召喚術だけでなく、白魔法・黒魔法も心得ているからのう」
「そうなのですか……だから」
「うん? 何か気になることでもあるかね?」
「あ、いえ……」
 この老人に全てを話して良いものか、セシルは少し迷った。
 リディアに向ける眼差しや、自分達に対する態度から判断する限り悪い人ではなさそうだし、 賢者の名に恥じない豊かな学識の持ち主である。 この人であれば何か有益な情報をもたらしてくれるかもしれない。少しの間、黙考したセシルはそう結論付けた。 浅薄な考えかもしれないが、要はリディアに危険が及ばず、自分達の進むべき道にとってプラスになれば良いのだ。
「見ての通り、僕はバロンの暗黒騎士です……もっとも今は国を追われた身ですが」
「ふむ、そうさのう。お前さんの使っていた技はまさしく暗黒剣のなせるもの」
「僕は陛下のご命令に疑念を持ったということで、ミストへ赴くように命じられました。 そこへ“ボムの指輪”というものを届けるように――と」
「なんと! “ボムの指輪”じゃと!!」
「その様子ではあれがどんな物であるかご存知なのですね」
 テラの言わんとしたことを察し、セシルは悲しげに微笑んだ。
「村へ行く途中、霧の様な竜を倒してその結果、彼女の母親の命を奪ってしまった。そしてミストの村もあの指輪のせいで……」
 セシルはすやすやと眠っているリディアを見た。その瞳は後悔と悲哀で満ちている。
「私は陛下が何をお望みになっているのか解らなくなりました。 以前の陛下は立派なナイトで、国を平和に治め、僕のような孤児を引き取ってくださったりもしたというのに」
「それで出奔したというのじゃな?」
「ええ。陛下のことを恨んでいるだけでは仕方ありませんし……。 それに陛下が悪い目的で何かを成そうとしているのなら、僕は仕える騎士として止めなければなりません。 だから今は陛下が次に手の者を向かわせるであろうダムシアンへ向かい、せめてかの国の人たちへ事の次第を伝えたいのです」
「ダムシアン……クリスタル、かの?」
「あなたは何でもご存知なのですね。僕はミシディアから水のクリスタルを強奪しました。 陛下がクリスタルを求めるのなら、次はダムシアンの火のクリスタルが危ないのではと教えてくれた人がいるのです」
 テラはミシディアの名を聞いた時、僅かに顔をしかめた。しかしそれも一瞬で消えうせる。 さまざまな感情が彼の中で渦巻いたようだが、それをありのままに表に出しているようでは賢者という職業は務まらない。
「ふうむ……どうにも良くない感じがするのう。クリスタルは一つでも凄まじい力を秘めておるそうじゃ。 また、周囲の自然を豊かにし、恵みをもたらすとも言われておる。 それを四つも集めようとする輩がまともなことを考えるとは思えん」
「そうですか、やはり陛下は……」
「そうお悩みなさるな。ワシの知るバロン王も賢明な人柄じゃった。 急に変心したとも思えぬし、クリスタルが伝えられた通りの力を持つというのであれば、個人でどうこうできる代物ではない。 何者かの手が王に及んでいる可能性が高いぞ」
 テラの言葉にセシルはいくらか元気付けられた。 陛下が自らの意思でクリスタルを集めようとしたのでなければ、陛下をお恨み申し上げずに済む。 また、邪悪な者の手が及んでいるのなら、そこから陛下を救い出せば良いのだから。
「ワシもその方面のことに鼻を利かせてみるとしよう。何かあれば、セシル殿に連絡を入れよう」
「はい、ありがとうございます」
 男達は固い握手を交わした。
「色々と話し難いことを言わせて悪かったの」
「いいえ、テラさんのおかげで何か希望のようなものが見えてきた気がします」
「そうか、それは何よりじゃ。では、今度はワシの旅の目的を聞いてみんかね?」
「はい」
 セシルもテラの素性に興味を覚えていたので快く頷いた。
「ワシはのう、一人ばかり探しておる人間がおってな。人探しのために旅をしておるんじゃよ」
「へぇ……どなたを?」
「探している相手か? まあ、その……うちの娘じゃ」
「お嬢さんが行方知れずに?」
「何とも言えん。一応、行き先はダムシアンのようじゃが、いつまでもそこに留まっているとは限らんし……」
 まったくあのバカ娘は――とテラは呟いた。
「お嬢さんはどうして行方を?」
「……ううむ、恥ずかしい話なんじゃが家出というヤツよ。 ワシが留守勝ちにしておるものだからその隙に出ていったようでな。 何でも旅の吟遊詩人にのぼせて、後を追っかけてダムシアンに行ったらしい」
 テラの話を聞き、セシルは内心どきりとした。カイポにいるローザのことが思い出されたのだ。
 彼女は時に極端な行動をとることがあるから、今回も急にいなくなった自分やカインを案じて、 母親に何も告げずに飛び出してきたのではないかと思われる。 ローザの母親はとても娘のことを大切にしていたから、間違いなく心配しているだろう。
「――テラさんはお嬢さんのことをとても心配しておられるのですね」
「まあな。二人きりの家族じゃし、あれは遅くに出来た子じゃからのう。 小さい頃はうんと可愛がったもんじゃよ。それなのに年頃になってからは親を煙たがりおって」
 テラは娘の気性を思い出し、苦笑した。
 そんな彼の表情を見ていると、セシルは何ともいえない暖かい気持ちになった。 家族に縁が薄い自分としては、こんな優しい眼差しがとても尊いもののように思えるのだ。
「ダムシアンで会えると良いですね」
「ああ、そうじゃの」
 次第に夜も更け、二人はそれぞれの想いを抱きながら眠りへ就いた。




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