夢を見た。
 どれくらい前のことだろう? そこには僕がいて、カインいて、ローザがいた。 士官学校の仲間もいれば、飛空艇技師のシドやその娘さんもいる。  皆、笑っている。
 ああ、これは子どもの頃だ――と、ようやく思い至る。 自分を育ててくれた陛下のために、将来は王国に仕える騎士になりたいと願っていた頃の。
 陛下はとても立派な騎士であり、国中の若者達の憧れだった。 僕もその一人で、同じく早くに両親を亡くしたカインと共に訓練に励んでいた。 二人で武術の稽古をしていると、そこにローザがやってきて、いつも二人で遊んでばかりだと怒る。 するとカインは、遊んでいるわけじゃないさと苦笑いしながら彼女を宥める。
 二人は父親の代から付き合いがあったから、兄妹みたく育ったらしい。 そんな背景があるからだろうか、ローザはカインの言うことならよく聞いていた。 僕の注意はちっとも聞かないのに。
 そんなカインは僕にとっても兄のような存在。 彼の一声があるからこそ、僕達は繋がっていたように思う。
 つくづく暗黒騎士の僕は業が深い人間だと思い知らされる。 ミシディアとミストで惨劇を起こし、カインやローザを己の運命に巻き込んでしまった。 きっとこの剣と同様、僕の心も……。
 カインは今、どこにいるだろうか? ローザが熱を出して伏せっていることを知ったら、きっととても心配するはず。 “砂漠の光”の探索にも一緒に行ってくれるはずなのに……。 せめて夢の中にでも今の姿を見せてくれれば良いのにと思うけど、そう上手くはいかないらしい。 僕の意識は再びぼんやりと、暗闇の中へ落ちていった。





第五章 金色の海に戦火は訪れ



 数日しか経っていないというのに、随分と長い時間が過ぎたように感じられた。 それくらいに太陽の光が眩しく、暖かく感じられた。
 彼らは地下水脈の洞窟を通り抜け、ダムシアン側に到着したところである。
「あたし、お外の方が好きだなぁ。大きなタコさんもいないし」
 リディアがうーんと背伸びをしながら呟いた。
「そうだね。僕もしばらくタコは見たくないな」
 セシルもリディアに同意した。さらに言うと、しばらくはタコ料理も食べたくない。
「お前さんたち、良い度胸をしておるのう。なかなかに見所があるぞ!」
 洞窟の最後で出くわした巨大蛸との戦闘を思い出し、テラは大きな声で笑った。 命がけの戦いであったにも関わらず、彼らと一緒に居ると不思議と気持ちが軽くなる――老賢者はそう感じた。
「さあ、ダムシアンはもう目の前じゃ。お嬢ちゃんのお手並み拝見といこうかの?」
「うん!」
 テラに促され、リディアはさっそく意識を集中した。早くチョコボに再会したい、その一心である。
 目を閉じて、集中を始めたリディアをセシルとテラは少し離れたところで見守っていた。 セシルにとって、きちんと召喚術を見るのは初めてである。
「繋がれ、繋がれ。来たれ、来たれ――」
 リディアの声が高まると、彼女の手元から一筋の光が流れ、召喚円を形成する。
「チョコボ召喚っ!」
 かっと一際強い光が発生し、次の瞬間にはそこにチョコボがいた――それも三頭。
「増えちゃった」
 さすがにリディアもぽかんとした表情で自分が召喚した相手を見ていた。
「クエッ、クエー」
 リディアが良く知っている方のチョコボが、仲間を紹介するように二頭のチョコボを前に押しやった。 片方は白い石の嵌った首輪を、もう片方は緑の石が嵌った首輪をしている。
 リディア達の前に出ると、そのチョコボたちはクエっと一声鳴いた。
「こんにちは、あたしはリディアよ」
 リディアは小さな手を伸ばし、新顔のチョコボを撫でた。
「あっちはセシルおにいちゃんとテラおじいちゃん」
「クエッ」
 心得たようにチョコボは頷いた。
「リディア、名前を付けるんじゃなかったのかい?」
「そうだった。どうしようかなぁ……」
 リディアは人差し指をおとがいに触れさせると、きゅっと目を瞑って考えた。
「うん、決めた!」
 リディアはチョコボたちを見つめると、にこりと笑った。
「こっちの子は、青い首輪をしているからアオ。新しい子は緑の首輪をしている方がミドリちゃんで、 白い首輪の子はシロちゃん!!」
 一瞬、何とも言えない空気が大人たちの間に流れた。 しかし幼いリディアが自信満々に宣言したのだから、それに異を唱えることなどできはしない。
「ええと、ミドリとシロには“ちゃん”が付くのかい?」
「うん。この子たちは女の子だもの」
「そ、そうなんだ……」
 チョコボの雌雄の違いなど全く判らないセシルは、ただただ上下に頭を動かして頷くことしかできなかった。
「ふむふむ結構じゃ。名前も決まったところで出発するとしようかのう」
「クエ、クエー!」
 彼らはそれぞれチョコボに乗ると、ダムシアンの城を目指して移動を開始した。


 ダムシアンに到着した彼らは、まず王城を目指すことにした。 テラが城に勤めている官吏に知り合いがいるから、そのツテで王と面会する機会を設けてもらう予定である。 セシルはテラの娘のことを気にしたが、テラ自身がまずはそこまで付き合おうと言ってくれたのだ。
「砂漠の真ん中にこんな大きな町があるなんて」
 セシルは大きなため息と共に周囲の町並みを見回した。 もの珍しげに辺りを見ているのはリディアも同様である。
 ダムシアンの首都は国名と同じ名前をしていた。 その町は砂漠の中の一粒の真珠と例えられていた。その由来はダムシアンの町並みの色にある。 砂漠の強い日差しを反射するため、城下の家々は白く塗られた壁をしていた。 窓には花々のように鮮やかな色のカーテンが掛けられており、空の青さと共に白色の壁をより美しく見せているのだ。
 商業国家とも言われているだけあって、市場の賑やかさは世界一と言えるだろう。 多くの商店が軒を連ね、売り子達の賑やかな声で溢れていた。 行き交う人々も多様で、見たことも無い異国風の衣服を着ている人もいる。
 そのおかげで緑柱石のような髪をした美少女も、長いマントに身を包み黒い鎧を隠している銀髪の美青年も、まったく目立たない。 テラは、こそこそと目立たぬようにしているセシルと、対照的にあちこちを面白そうに見ているリディアを可笑しそうに見ていた。
「さあ、そろそろ王城が見えてくるじゃろう。砂漠の中の一粒の真珠、そう言われる姿をしかと見るが良いぞ」
「え、この町並みは違うんですか?」
「これはまだまだ序の口よ。一粒の真珠の例えは町全体に使われることもあれば、城のみに使われることもある。 それはな、旅の者によく混同されているためじゃ。この国の住民は王城を指してのみ、真珠と言うらしいぞ」
 テラの講釈を聞きながら角を曲がると、視界に今まで見たことも無い美しい建物が飛び込んできた。
「うわぁ〜」
 リディアが感嘆の声を漏らす。
 そこには真珠の名に相応しい建物があった。
 薄青のドームを中心に、四本の白い尖塔がそびえている。おそらくそれがダムシアンの城なのだろう。 よく見るとドームは一つではなく、大きなドームを中心にいくつもの建物が寄り合わさって建っている。 屋根部分の薄青に対し、建物の壁面は白い石で出来ているようで、太陽の光を受けて輝く様はなるほど真珠である。
「城壁もきれい! きらきらしてる」
「よく気が付いたのう。あれはこの辺りで作られているタイルを使っているからなんじゃよ」
 城壁の大部分は白い石造りだったが、部分的に青や薄紫のきらめきがあった。 微妙に色味の違うそれらのタイルを所々に用いて、上品な模様を壁面に描いているようだった。
「お城までまだまだ遠いね」
 リディアが少しくたびれた様子で言った。 城下町は混雑しているため、ダムシアンに着いてからはチョコボから降りて歩いてるのだ。
 ダムシアンの王都は中々に広い。彼らが今、城を眺めている路地からも随分と距離がある。
「王様の住むお城が町の外から入りやすい場所にあったら、意味がないからね」
「どうして? 王様にもお客さんって来るんでしょ? 遠かったらお客さんも大変じゃないの?」
「ええと……」
 リディアの無邪気な問いにセシルは返答に詰まった。 防衛上の理由なのだと言いたいのだが、それをどう解り易く説明したものか……。
「それはのう、王様は王様らしくするのが仕事だからじゃ!」
「そうなの?」
「もちろんそれだけじゃないがのう。王様は気軽に訪ねられる場所にいてはいかんのじゃよ。 もし、王様がものすごく普通に過ごしておったら、仕える方は王様を敬う気持ちが減ってしまうかもしれん。 人間、頭に頂くお方は衆に優れた御仁であって欲しいと思うものじゃ。そうでないと自分が情けなくなるからな。 お嬢ちゃんも白馬に乗った王子様はカッコイイ方がよかろう?」
 物語で目覚めたお姫様の前にいるのが、熊みたいなおじさんだったら確かに嫌だなぁとリディアは考えた。 どうせなら素敵な騎士様の方が良い……ちらりとリディアは銀髪の青年を見上げた。
「うーん……そうかもしれない」
「お嬢ちゃんも女の子じゃのう」
 テラはううむと唸った。

 その後、彼らは小さな食堂に立ち寄り休憩をした。 地下水脈を出て以来、まともに休憩をとっていない。リディアでなくとも疲れてくる頃だ。 椅子に腰を落ち着け、少し遅い昼ご飯を食べると気持ちがさっぱりした。
 気分を改めて城に向かったその時、空から不思議な音が聞こえてきた。
「何だろう?」
 リディアは首を傾げる。
「あれは……!」
 セシルは空の一方を睨みつけた。
 空の中程に現れた人工物。セシルにはとても見覚えのある物だった。
「バロンの飛空艇! 遅かったか!」
「まだ諦めてはならんぞ! お嬢ちゃん、チョコボを呼ぶのじゃ!!」
「う、うんっ」
 リディアは大人たちに促されるままに三頭のチョコボを呼び出した。
「町中じゃが仕方あるまい、急いで向かうぞ!」
「はい!」
 セシルはリディアをミドリの背に乗せると、自分もアオの背に飛び乗った。 馬ならともかく、チョコボを町中で疾走させるのは初めてだ。 だが、今はそんなことに構ってはいられない。
 ミドリの首筋につかまったリディアは、彼女が走るままに任せていた。 このチョコボたちはとても賢い、だから自分が下手に指示を出すよりもこの方が安全に走れるだろうから。
(この後、どうなっちゃうんだろう。おにいちゃんも、テラおじいちゃんも急に怖い顔になって……)
 リディアはまだ空にいる不思議な船が何なのか知らなかった。 ただ、セシル達のただならぬ様子や、船の方から感じられる嫌な気配から、漠然とした不安を感じていた。
(おにいちゃんが“バロンの”って言ってたから、おにいちゃんの国の船なんだよね、きっと。 おにいちゃんを連れ戻しに来たのじゃないのなら……あのお城に行こうとしているの?)
 リディアはぶるっと身を震わせた。 あの城にはクリスタルがあって、バロン王国はそれを狙っているのだとセシルは言っていた。 と、言うことは――
 ミストでの出来事が脳裏によぎった。止めなくてはいけない。もう誰も悲しい想いをしてはいけない。
「ミドリちゃん、急いでっ!」
 リディアは震える心を何とか叱咤して顔を上げた。 もう、怖いことがあっても目は背けない。セシルおにいちゃんとの約束がある限り、逃げ出したりなんかしないと決めたのだから。
 リディアを乗せたミドリは、風のような勢いで王城に向かって走り続けた。

 ヒュルルルル――と大きな何かが風を切る音がした。それも一つではなく、立て続けにいくつも。 飛空艇から次々と黒い塊が射出されているのだ。それが王城の壁や屋根にぶつかると、轟音と炎を上げて爆発した。
 上空からの攻撃がひと段落すると、飛空艇は城の上層に横付けする。おそらくそこから中に突入するのだろう。
「急ぎましょう!」
 セシルたちは呆然と城の方を見やる人々の間をすり抜けると、広い通りに出た。 ここからなら城まで一直線である。
「ぬう、もどかしいものよ」
 テラの悔しそうな呟きに、セシルも心中で同意した。
 城門までの距離はそれなりにあるものの、チョコボの俊足では大した時間はかからない。 だが、ただ走るしかないという事実がとても歯がゆく、目の前まで来ているのに間に合わなかったことがとても悔しい。
 すでに後方となった城下町では、ようやく事態の深刻さに気が付いた人々がパニックを起こしているようだった。 悲鳴や騒ぎの声が聞こえてきている。 神ならぬセシルたちにはそれに構う余裕などなく、今は城へ向かうことを優先せざるを得ない。 バロンのせいでまた騒乱が起きたと思うと、セシルは胸が痛み、この町の人たちに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 そこは城内に設けられた壮麗な造りの回廊であった。いや、正確には回廊であった場所というべきか。 よく手入れされた中庭に面した回廊は、飛空艇の攻撃で無残な姿を晒していた。
 そこには何人もの人が倒れていた。 これから会議に臨むべく、官服に身を包んだ人の姿。 まだ城に勤め始めたばかりの下働きの少女の姿。 庭の手入れを終え、家に戻る途中の庭師の姿。 つい先程まで、この城でいつも通りの毎日を過ごしていた人たちが物言わぬ身となっていた。
 ぽつぽつと生きている人の姿もあった。 しかし彼らも生きていると言えるかどうか。 彼らは暗い表情をするか、止まらない涙を流しているか、虚ろな瞳を宙に向けているかだった。 心が完全に打ち砕かれている、そう感じられる様子である。
「ひどい……」
 リディアはテラのローブの袖を握り締めた。
「まったくじゃ」
 テラは少女の手を取り、そっと自分の手につかまらせた。 そして荒れ果てた城内を進んでいく。
 王城に入ろうとする彼らを見咎める者などいなかった。 飛空艇も彼らが城に付く頃にはすでに離脱しており、全てが終わった後だった。 それでもクリスタルだけは無事であるかもしれないと、儚い期待を抱いて城に入ることにしたのだ。
「なぜ、こうも酷いことを……」
 セシルはとても悲しげな様子で二人の前を歩いている。 その手は万一に備えて、剣の柄に載せられている。
 城から逃げ出そうとする人の集団とすれ違った後、負傷者を手当てしている人に行き会った。 王の居場所を訊ねると不審そうな眼差しを向けられたが、リディアとテラがケアルを唱えて負傷者の怪我を治すことで、 敵意が無いと信用してもらえた。
 教えられた通りに歩いていくと、上階へ続く階段へたどり着いた。
「この階段を上がった所が王の居場所らしい」
「気をつけるんじゃぞ、まだ残敵がおるやもしれん」
「はい」
 セシルが先頭に立ち、扉をくぐった。 その部屋は西側の壁が壊れてしまったらしく、そこから真っ赤な西日が差していた。 部屋の中には今まで通った場所と同じく、何人もの人が倒れていた。 玉座の間だけあって、ここが一番激しく争ったのだろう。 無事な人はほとんどいなかった。
 部屋の中心には立派な衣服を着た人間の姿があった。俯いているため、顔は判らないがおそらく男性だろう。 その人は床にぺたりと膝をつき、床に横たわっている人――こちらは女性のようだ――に取り縋っていた。
 ――からん、と乾いた音が部屋に響く。
 リディアにはそれが、隣にいたテラが持っていた杖を落とした音だと判った。 どうしたのだろうとテラの様子を伺うと、テラは目を大きく見開き、目の前の光景――倒れている女性を凝視している。
 ああ、いけいないとリディアは思った。 この人の目はあの時の自分と同じだ。
「ア、アンナァァァァ!!」
 怒号とも悲鳴とも付かない絶叫が老賢者の口から迸る。

 この日、ダムシアンの王城を満たしたのは慟哭だった。




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