きみがくれたもの

 自分のことが嫌いというわけではない。 だけれども……いつも立派すぎる父親の影が我が身に付いてくる、そんな気がしてイヤだったのだ。 まとわり付く影を振り払おうとして無茶をして、見知らぬ土地に投げ出された。 そこではよくしてくれる人たちに出会ったけれど、ちょっぴり気に食わなくて負けたくない相手にも出会った。
 そして、あの人に会ったのは地球に帰るための方法を探して旅をしている途中の事。
 そもそもの始まりはハーリーの街で聞いた噂話だったはず。 誰が言い出したのかは憶えていないけれど、その噂の場所に行ってみようということになったのだ。 友達が新しく飼い始めた犬を見に行く、そんなとても軽い気持ちで行った……。
 その時点でどうして予想できただろうか、そこで出会った人をかけがえのない仲間として、友として好ましく思うことを。 もっとも最初は「幸薄いヤツだなぁ 」と思ったりもしたのだけれど。
 おっと、始まりの前に自己紹介をしておこう。僕の名前はクロード・C・ケニー、不慮の事故でエクスペルに転送された地球人だ。

 カンッ、カンッ、ガキ――ン!
 サルバ坑道の奥、龍の巣穴とおぼしき所から剣戟けんげきの音が響いてくる。 誰かが闘っているのだろうか? 僕とレナとセリーヌさんは歩調を速め奥へと向かった。
 そこでは年の頃は僕と同じくらいの男性が両手の短剣をきらめかせて双頭龍と戦っていた。 僕の眼にも男性の動きは洗練されていて、日頃の鍛錬たんれんをしっかりと行っているのだろうと容易に推測できた。
 援護すべきか迷ったが、この男性は互角に闘っているし、狭い坑道では下手に手を出すと邪魔になる。そこで僕は……。
「頑張れ――!」
 僕が応援し始めると、レナ達も男性に声援を送る。
「……えっ?」
 男性は僕達の存在に気が付いていなかったらしい……。 なんと突然の闖入者ちんにゅうしゃに思いっきり気をとられた 。 戦闘時においては一瞬の油断が命取りになる、もちろん今も例外ではなかった。
 シャギャ――! と龍は咆哮ほうこうをあげ、男性に襲いかかる。 何が起こったのか辺りは目も眩む様な閃光に包まれていく。僕は視界が真っ白になり、何も解らなくなった。

 僕の目がその機能を取り戻したので、周囲を見渡す。 大して時間は経っていないはず、男性はどうなったのだろうか。 僕達が声をかけたせいで龍にやられてしまったらどうしよう。それではあまりにも気の毒すぎる。
 僕の心配は杞憂きゆうに終わり、龍の姿はなく男性は自分の足でしっかりと立っていた。 閃光の中で果敢かかんにも反撃をしたのだろうか……いや、何かヘンだ。 そもそも龍はどこに行ったと言うんだ!
「あのさ……君達こんな所で何しているの? 急に声を出されたら驚くじゃないか。それに龍はどうなったんだい?」
 混乱している僕に男性が話しかけてきた。 それと同時に僕の混乱はきれいになくなった。 男性の声はその気性を表してか優しげだったが、その声音が僕の混乱を静めたわけではない、まったくもって違うのである。

 なぜなら、男性の双肩に小型化した龍が鎮座ましましていたからである……。


「……! うわ―――――っ!! 何なんだよコレはっ」
 レナにより現実を伝えられた男性は、かなり取り乱している。 まぁ……無理もないとは思うのだが。男性は僕らの方をじっと見つめて、半分あきらめた状態の顔で宣言した。
「君達が途中で声をかけたりするからこうなったんだよ――。責任、取ってもらうからね。 とりあえず、龍をはらい落とす方法を探すことにするから」
 おいおい油断したのは貴方じゃないか――などと思ったりもしたけれど後ろめたさが全く無いわけではないので、 渋々ながら僕達は龍祓いを手伝う事にした。
「フンフンフーン」
「ギャフ――ン」
 2匹の龍はすっかり男性の肩が気に入ったようで、ご満悦である。それに比べてこの男性、なんか不幸っぽい……。

 龍を祓う方法は割りとあっさり見付けられた。 紋章術に詳しいセリーヌさんが、自分の出身地のマーズ村にならその手の書物がたくさん保管されているからと教えてくれたのだ。 それが大当たりで文献によると、〈魔鳥の涙〉とそれを受けるための〈聖杯〉が必要らしい。 それらが入手できる場所も判明し、まずは一段落と言ったところである。
 僕はマーズの書庫で一休みしているアシュトンに話しかけた。
「アシュトン、良かったね。お祓いの方法が見つかってさ」
「うん……、そうだね。助かるよ」
 微妙に間がある返事。僕は単に調べ物に疲れているだけだと感じたのだ。 だから、この時のアシュトンの逡巡しゅんじゅnに気が付けなかった。

 そうそう、僕達はマーズに来るまでに自己紹介を済ませていた。 男性の名はアシュトン・アンカースという名の旅をしている剣士。 歳は20で僕より一つ上。坑道の戦いで見せてくれたように優秀な剣の使い手だ。
 性格の方はいたって温厚で、ともすれば地味な印象を与えがちだった。 彼自身はそれを気にする風でもなく、いつも柔らかな微笑みでふわりと受け流していた。
 不幸っぽいなと僕が思ったのは当たっているようで、子どもの頃から自分の分だけお菓子が無いとか、そういう話がいっぱいあるそうだ。 かと言って他人の不幸を笑ったりはせずに自分のちょっとした失敗の話でこちらの笑いを誘う。 その話ぶりには卑屈ひくつさや自己憐憫れんびんと言うものは感じられず、 聞いているうちに暖かな気持ちになっているのに気が付いた。 どうしてそんな風に生きられるか、僕には全く解らなかった。 彼のその精神に近づきたいと憧れる心と、逃げているだけじゃないかと反発を覚える心が僕の中に同居していた。

「ねぇ……、アシュトン。本当にギョロとウルルンを祓ってしまうの……?」
 レナの沈痛な声で僕は回想から現実に引き戻された。
「私だって、今のままだとアシュトンが困ってしまうのは解るけど……。でも2匹とも可愛いし、アシュトンのこと気に入ってるみたいよ。それをさよならするんなて……」
 2匹の龍にギョロ・ウルルンと名前を付けたこともあって、レナはギョロ達に同情的だ。 僕もふと考える。子どもの頃に読んだ漫画ではお祓いをされた幽霊は消えてしまっている。 永遠の眠り、すなわち本当の死。ギョロ達は幽霊とは違うかもしれないが、お祓いによって死んでしまうことになるのかもしれない。
 同じ考えに至ったらしいセリーヌさんと僕に見つめらたアシュトンは、僕たちの瞳に込められた想いを察してしまう。
「困るよ、みんなしてそんな目で僕を見るなんて。僕だってギョロとウルルンには悪いと思っているよ。 でも……でも仕方が無いじゃないかぁ……」
 本当に困った顔をしているアシュトンを見ていると何も言えなくなる。 確かにギョロ達が消えてしまうのはかわいそうだが、もし自分がアシュトンの立場だったら……? それを考えると恐くなる。
 祓ってしまいたい、そう望んでしまう気がした。
 互いに押し黙る僕達に場違いな程に陽気な声がかけられた。
「ギャフフ――ン。気にするな、アシュトン」
「これは人間に憑いた者の定め。私達は十分長く生きたから問題ない」


 あの後、僕達は何も言えず結論を出すのは先延ばしにした。 山岳宮殿に〈聖杯〉を求めに行っている間も、その次に〈魔鳥の涙〉があるといラスガス山脈に向かって旅をしている今も、 全員その話題には触れようとはしなかった。
 旅の途中、ラスガス山脈へ至る街道沿いの町に一泊した。 夕食の後、レナとセリーヌさんは宿の部屋で女同士のお喋りをするらしく、彼女達の寝室へと行った。 食堂には他の客もいて程よく賑わっていたが僕はアシュトンを宿の中庭へ連れ出した。 幸いな事にギョロとウルルンはアルコールが入って夢の中だ。 剣の稽古けいこに付き合ってくれと言って誘ったが、本当の目的は別にある。

「クロード、稽古をするのはこの辺でいいかな? 人も来ないし、広くなっていて剣に引っかかりそうな植木とかもないし……」
「ん……そうだね、人がいなくて静かで丁度良いよ」
「その言い方だと剣の稽古が目的ってわけじゃなさそうだね。 最近さぁ、虚空こくうにらみつけて何か考えているのを見かけるけど ……聞かない方が良い? それとも?」
 もともと嘘が上手い方ではないけれど、気付かれていたのかと思うと情けない。 そんなことよりも無意識に考えてしまう程に自分にとって大きな存在だと言うのか――、あの人は。
 僕はすっかり動揺してしまった為にまとまりのない自分の胸中を吐露とろした。 全てを吐き出してすっきりしたかったのだ。 そしてアシュトンなら僕の話を聞いた後でも僕に対する態度は変わらないと、そう直感していた。

「アシュトンは……辛くない?  龍に憑かれて、他にも運悪そうな事が多いし。 優しいから、優しすぎるから損をする事や不当な評価を受ける事もあるし」
「うーん、どうかな。苦しい時もあるけど、そればかりじゃないしね」
 曖昧あいまいな返事に誤魔化されているような気がして僕は声を強めた。
「僕は納得できないよ! 誰かの所為で勝手に僕という人間が作り上げられて、一人歩きしてしまうなんて!  僕の父はね、地球……僕の故郷なんだけどそこでは英雄なんだ。実際にそれだけの事を成したし、今だってそれだけの仕事をしている……。 英雄であることは僕にだって解るし認めてる。だからって僕まで英雄になれるわけじゃない……」
 最初の方こそ荒げていた声も尻すぼみで、最後はほとんどかすれてしまった。 アシュトンはそんな僕を静かに見ていて、冷静になるとなんだか急に恥ずかしくなってきた。
「ごめん……、急に大きな声を出して。忘れてくれていいよ」
「ねぇ、クロード。君は畑で仕事を終えて泥にまみれて帰ってきたところだとしよう」
 アシュトンが空を見上げてポツンと言った。 唐突に何を言い出すんだろうと思ったが、続きが気になったので先をうながした。
「ひと仕事終えた君はとてもお腹がすいている。そこでテーブルに用意された夕食を摂ることにする。 テーブルの上には、ハンバーグ、パン、サラダ、スープがある。そこでスープを飲むがまだ空腹だ。 次にハンバーグを食べるがまだ足りない。パン、サラダと食べていってやっとお腹いっぱいになった」
 アシュトンはこちらを見て話を続ける。
「そんな時に君がこう言っとしたらどう思う? サラダを食べてお腹いっぱいになったのなら、最初っからサラダを食べれば良かった! ってね」
 思わず吹き出してしまった。
「それは……ヒドイ話だ。スープとハンバーグとパンがあってこその満腹なのに。 過程を無視して結果だけを得るのはムリな話だ……。それでこの例え話のそのココロは何?」
「今、君が言ったろう。納得のいかない事や辛い事、逆に嬉しい事や楽しい事、いろんな事あるけれどその全てがあって今の自分がいる。 僕はもし昔に戻って人生をやり直せるチャンスがあったとしても、今まで見てきた事や出会った人達のことを失いたくはないなぁ。 それと……君のお父さんが立派な人なんだってね。すると周囲からやっかみを受けたりする事もあったんだろうね、きっと。 何とかしたいって思うのも解るよ。でもね他人からの評価は君自身には変えられない。 その人達のなかにクロード・C・ケニーという人間があるように、僕の中にもクロードがいる。 そのクロードはそれぞれ違っていると思うし、本物の君とはさらにちがっているかもしれない」
「じゃあ、本当の僕を理解してくれる人はいないというのか――」
 ――そんなのって辛すぎる。
「あぁ待ってくれクロード。さっきも言ったように他人からの評価は君には変えられないよ。 でもね、君自身というものも誰かの評価で変えられたりなんかしないんだ。君が自分を忘れたりしなければ大丈夫。 あの例え話のココロはまだあるんだよ。畑に行った君は泥まみれ、でも畑から収穫を得るには土に触れていかなくてはね。 何かを成そうとすれば、良い事ばかりじゃなく嫌な事も付いてくるさ。 君がお父さんの子として生きてくるのには嫌な事しかなかったかい? そうじゃないだろう?」
「でも、現状をそのまま受け入れるなんて僕には耐えられないよ。それに……それって世間との摩擦から逃げてるだけじゃないのか」
「僕は逃げているとは思わない」
 アシュトンは静かに、だけどきっぱりと言った。
「もし逃げるんだったら部屋に閉じこもって、ずっと独りでいれば良いんだ。 それに正面突破ばかりが良いわけじゃないしね。回り道をする事や休憩をする事も必要さ、人間なんだから」
「よく解らない……。けど僕は今のままでいいって事なの……かな?」
「それが僕の瞳に映る君自身だよ。僕だけじゃない、レナもセリーヌも君を見ている。そして君の事が好きだよ、みんな……」
 そうあっさりと言い切ってくれるアシュトンの表情はとても透明な微笑ほほえみで。 信じてもいい、信じたいとそう感じさせられるものだった。

 話を終えた僕達は部屋に戻ってそれぞれのベッドに入った。
 寝ようと思ったがなかなか寝付けず、アシュトンの話について考えていた。 となりの寝台からは寝息が聞こえてくるので、アシュトンはもう眠ったらしい。
「僕は――、僕か……」
 確かに世間が僕を見る目には「父さんの息子」というものがあったかもしれない。 けれど実際に行動したのは僕自身だ。テストの結果だって僕がやった分だけが返ってくる。 そこには父さんの影が入り込む余地は無い。そうなんだ、そういうものなんだ。
 そう考えるとすぅーっと楽になった。 単純なもので今までどうしてそんな事で悩んでいたのかと可笑おかしくなる。
 サルバ坑道で会った時から今までを振り返ってみると、ゆったりとした気持ちで呼吸ができるようになっていた事に気が付いた。 それはお日さまのニオイがするふかふかのタオルのようで、暖かくて居心地がよいものだ。
 レナとセリーヌさんと3人で旅をしていた頃には無かったもの。でも僕だけじゃなくレナ達もその雰囲気を気に入っていると思う。
「これも……、アシュトンパワーなのかなぁ?」
「そうそう、そうなんですよ」
 あー、あなたもそう思います? って誰なんだよッ! 僕はがばっと跳ね起きた。
「――――! ウルルン…?」
 僕の目の前にはアシュトンの肩からひょろりと体を伸ばしたウルルンの顔があった。

「いやぁ、若い人達の語らいっていうのはイイモンですね。私、すっかり感動して聞き惚れてしまいましたよ」
 コイツ、龍のクセに寝たフリをしてやがったのか。くうぅ……、恥ずかしい。
「それで、何の用だよ」
「貴方がねアシュトンの力に気が付かれたようだから、ちょいとばかり話をしてみたくなったのですよ。 年寄りの話は聞いておくものです。付き合いなさい、どうせ眠れないのでしょう」
「ん、まぁいいけどさ」
「貴方はアシュトンが不幸だとお考えで? そう思われるのは仕方の無い事ですがね。アシュトンは不幸ではありませんよ」
「なんでウルルンがそれを言えるのさ? 君らがいている事を棚に上げる気か?」
「おや、心外ですね。なぜ私達が憑いていると不幸になるんです?」
 何を言い出すかと思えば……。不幸なのかはともかく幸せだとはとてもじゃないが思えない。彼女を作る時だって困りそうだ。
「だってプライバシーは無いし、食費は増えるし……。 こんな事言ったらウルルンは気を悪くすると思うけど、肩から龍が生えてるのを誰かが見たらビックリすると思うし。 2人の事は嫌いじゃないよ、でも、いい事ないなぁって思う」
「そう、そこなのですよ! あくまでもそれは貴方が思っている事。貴方がアシュトンに不幸という評価をしてしまっているのです。 貴方は先程、誰かの所為で勝手に僕という人間が作り上げられて、一人歩きしてしまうなんて納得できないと仰いませんでしたか?」
 何も言い返せなかった。自分がされて嫌でたまらなかった事をしていたなんて。冷水を浴びせかけられたようにヒヤリとした。
「アシュトンは怒るかな? こんな風に僕が思っていた事」
「怒ったりなんかしませんよ。それが貴方の中のアシュトン自身だと言う事を知っていますしね。 それに貴方は今までは不幸だと思っておられました。でも、これからはどうですか?  今の貴方にはアシュトンを幸せにする気持ちはありませんか?」
「ある……」
「ふふふ……、いい子ですね。私達もアシュトンが気に入っているんですよ。 この人と一緒にいると心が安らぐ。長い人生でいろいろ見てきましたがね、こんなのは初めてなのですよ」
 あの雰囲気が故にアシュトンはウルルン達に気に入られてしまったようだ。そこでふいにとんでもない考えが頭をよぎった。
「ねえウルルン。アシュトンの人生が今まで不幸っぽく思われてきたのって、ひょっとしてそのせいもあったりする?  何て言うか……アシュトンパワーに惹かれて色んなものが集まってきた」
「きっとそうなのでしょうねぇ……私達もそのクチですし。本人に自覚が無いのが何とも哀れですが」
「はぁ――――。何だかなぁ」
「集まってきたもの達を全て受け入れてしまうのは甘いのかもしれませんが、 その甘さがあってこそ私達が好きになったアシュトンなのですよ。もっとも相棒はそこまで考えているのか怪しいものですけどね」
 そう言ってウルルンはアシュトンの横で気持ち良さそうに眠っているギョロを眺める。 小馬鹿にする口調とは裏腹に、その目線には相棒に対する親愛の情が込められていた。
「ふぁ〜ぁ、うぅん欠伸あくびが」
 そろそろ眠気が出てきたので、もう眠る事にしよう。
「ウルルンお休み。いろんな事話してくれて、ありがとう」
「お眠りなさい、クロード。また明日」
「う……ん、また……明……日」
 次第に眠りに落ちていく意識の片隅で、かすかに声が聞こえたような気がした。 眠気には勝てずその声をしっかり確かめる事はなかった。

「……自信をお持ちなさい。貴方が彼から貰ったように、貴方も皆に何かを贈っていますよ。 私と相棒も彼を幸せにしたいのですが……それにはあまりにも残り時間が少なすぎる。 でも、貴方ならそれができるのですよ。皆で幸せにおなりなさい、人の子よ」


 窓から入り込む陽射しで僕は覚醒かくせいし始めた。 しかし布団の中は気持ち良いので起きる気にはなれず、再び眠りの世界へと旅立ちそうになった。
 ドンドンと何かを叩く音が聞こえる。それが部屋の扉を叩く音だと知って僕はようやく目が覚めた。
「クロード、アシュトン起きてよ! もう朝食の時間よ」
「早くしませんと、私達だけで食べてしまいますわよ」
 レナとセリーヌさんに急かされて、アシュトンと僕は急いで支度を整えて食堂へと向かった。
 最初は食事をのに集中していたが、食べるのが落ち着いてくると気になる事が出てきた。
 ウルルンは昨日、アシュトンは集まってきたもの達を全て受け入れてしまう、と言っていた。 という事はギョロとウルルンの事も? でも龍をはらいたがっていたし……。
 ひょっとして……アシュトンは迷ってる? 一度そう思い込むと、思い当たるふしが出てくる。 最初こそ祓いたいと言っていたが、普段はその事はあまり口に出さなかった。ギョロ達と過ごしているのは楽しそうだった。 それに……何よりもアシュトンは優しいから。
 アシュトンの方をちらりと見てみたが、彼はギョロ達から自分の食事を守るのに必死で、話かける事は止した方が良さそうだった。

 高山特有の冷たい風が頬に吹きつける。それも山登りで熱くなった体には丁度良い。下の方に目をやると遠くにクロス城が見える。
 ここはラスガス山脈の奥深くにある、名も知れぬ山の頂上付近。この山の頂上には龍祓いに必要な〈魔鳥の涙〉があるという。
「ギャフギャフ、何だかイヤ〜なニオイがするぞ」
「おや偶然ですね、相棒。私もイヤなヤツの事を思い出したところですよ」
 ギョロ達が急に言い出した。二人は何か知っているのだろうか。 二人に聞いてみると、行けば判るとしか言ってくれなかった。よっぽどイヤな相手らしい……。
「これって、鳥の巣かしら?」
「だとすると、かなり大きな鳥ですわね。魔鳥と言うからには、こんな大きさなのかもしれませんけど……」
 頂上にある巨大な鳥の巣らしき物を見て、好き勝手に感想を言っている。その時だ。
 バサバサバサァァ――――――ッ!!
 にわかに影に包まれたかと思うと、上空から大きな鳥が降りてきたのだ。 大きさが大きさなので、その羽ばたきにより発生する風圧は凄まじく、僕達は地面に身を伏せて風が止むのを待つしかなかった。
 風が収まったので顔をあげてみるとそこには……。
 小屋ほどもありそうな巨大な体。しかし愚鈍なイメージは感じられず、流麗なラインを描く体からは気品さえ感じられるものだった。
「これが――魔鳥なのか」
 誰が呟いたものか、その声音には感嘆の色が滲み出ていた。しかし、僕達には目的がある。 本当に必要なのか解らないけれど、〈魔鳥の涙〉を貰わなくてはならない。
「すみませ……」
「おう、ジーネ。久しぶりだな。ちょっくらオマエの涙よこしやがれ」
 ――――。僕の意を決した発言は、ギョロによって中断させられた。さらにウルルンが続ける。
「私達、聖杯までわざわざ持って来てあげたのですよ。さっさとお寄越しなさい。 それにしても人間達の文献で〈不死鳥の棲む山脈〉と記述されていたのでね、驚きました。 よもや貴方の家があるとは欠片カケラ程も思いませんでしたよ。 不死鳥とは……いつからそんなに偉くなられました?」
 おいおい、お前らそれが人にものを頼む態度かよ。
 魔鳥も同じように感じたらしく、口……じゃなくてくちばしを開いた。
「無礼な物言い、誰かと思えば双頭龍ではないか。まあ良い、汝らに礼節を期待するのは無理というものであるからの。 ところで汝らは何故人間などと共におるのじゃ。牙を抜かれ、人間に飼い馴らされてしまったのかの?  その割には人間から離れるために必要な我の涙を欲しておる。汝らの意図は何ぞ?」
「オマエの言っている通りだよ。コイツから離れる為だ」
「アシュトンに彼の生活を取り戻させる為、自由にさせる為ですよ。 貴方もそれくらいお察しなさい、私達よりも歳だけはとっているのでしょう」
 ギョロもウルルンも辛口だなぁ。よっぽどこの魔鳥との相性が悪いらしい。
「それでは解せぬ。その人間に憑いてしまった以上、離れた汝らは存在が儚くなり終いには消えてしまうのじゃぞ。 汝らは人間の自由の方が大事だと言うのかッ。魔物としての矜持きょうじを失うとは…… そこまで堕落したのか双頭龍!」
 ジーネは2匹の考えが許せず、怒り心頭といった様子だ。両者の意見は平行線で、彼らは睨み合いを続けている。
「ふざけるなっ!」  
 ……! 何とその沈黙を破ったのはずっと黙って話を聞いていたアシュトンの怒鳴り声だったのだ。
 初めて聞くアシュトンの怒鳴り声に皆が注目した。皆の視線を集め、ジーネを真っ直ぐに見据えたまま、アシュトン静かに語り始めた。
「ジーネさん、ですか。ギョロとウルルンの事をののしるのは止めて下さい。 僕が馬鹿にされるのは我慢できますが、僕の友人がこういう扱いを受けているのは見過ごせません。 ましてや2人は僕の事を気遣ってくれているのに……」
 アシュトンはさらに続ける。
「話を聞く限りあなたは長い時間を過ごしたそうですね、その間ずっと孤独ひとりだったのですか?  大切に想う誰かは存在しなかったのですか? 人間だとか魔物だとか関係無く……。 ギョロ達が僕から離れていく事が許せないのだから、大切な相手がいないという事はないように感じられます。 ギョロ達が存在するのが当たり前だから、いなくなってしまうのが許せない……」
 会うとケンカばかりしてしまうヤツでも、いなくなると調子が狂うって事なんだろうか? わかる気がする。
「黙って聞いておれば……、調子に乗るでないぞ人間。双頭龍が消え逝く事を我が悲しむとでも申すのか。 我が許せぬのは、同族が魔物たる矜持を失う在り様を目の当たりにする事のみ! 汝の主張は断じて違う、ただちに訂正せよ」
 ムキになるトコが怪しいんだよなぁ。僕はそんな事を思ったけれど、アシュトンはただただジーネを見ている。 その瞳に宿る想いが何なのか僕には読み取れない。
「まあ、よかろ。汝は汝が主張と双頭龍のほまれ、我は魔物の矜持を賭けて勝負じゃ。 どのみち我が涙を欲するのならば、我が前にその力を示してもらう必要がある。 力およばぬ時は死が待ち受ける、汝らにその覚悟はあるかや?」
「おう、まかせとけ!」
「相棒、貴方に言っているのではありませんよ。アシュトン、嫌なら止めておしまいなさい。 魔物の同士の意地の張り合いに貴方が命を賭ける必要はありません。私達は貴方に辛い思いはさせたくないのですから」
 アシュトンはどうするのだろう? レナもセリーヌさんもこちらの様子を見ている。
「ありがとうウルルン。2人が自分達の存在を賭けてまで僕を自由にしようとした、その勇気を……強さを僕にくれる?  自分でも馬鹿だって思うけど、今ここで退いたら自分ではいられなくなってしまうんだ。心の一番深いところで……」
 戦うのは好きじゃないけれど僕自身も引き下がる気にはならかった。それだけにアシュトンの決断に反対する気は全く無い。 レナとセリーヌさんも同じ気持ちのようだ。僕はこれから始まる戦いに備えて気を引き締めた。
 風がビョゥ――ッと山頂を駆け抜ける。それが戦闘開始の合図となった。

 ジーネとの戦いが始まった。僕とアシュトンが前に出てレナとセリーヌさんは呪紋で援護するべく後へと下がる。
「我が指先から放たれよ、紅き炎のつぶて。ファイアーボルト!」
 セリーヌさんが呪紋を放つ。ジーネの注意を引くためのもので、彼女自身も命中するとは思っていないものだった。 しかし、狙いの甘い炎の一撃はジーネに届いた。
「あら……? 当たってしまいましたわ?」
 本人が一番意外そうだった。ウルルンがそのわけを解説してくれる。
「言い忘れましたがね、ジーネには火と風の紋章術はあまり効果がありません。他の属性の術をお使いなさい」
悠長ゆうちょうに解説している場合ではありませんわよ。そういう事は事前に言って下さいな!」
 そう言ってセリーヌさんは別の呪紋に集中し始める。
 アシュトンは果敢に攻めたてているが相手が空中にいる事もあって有効な一撃を出せないようだ。 ジーネの唱える火の紋章術にも邪魔されていた。 ここに至るまでに手に入れた炎の攻撃から身を守る〈フレアリング〉というものが無ければ、もっと被害が大きくなっていただろう。
 僕はジーネをめがけて高く跳び上がる。 
「兜割ィィ――ッ!」
 兜割。そう名付けた技でもって、ジーネの頭部に剣を繰り出す。が、かわされる。かすっただけだ。
「面白い技よの、我の頭上を狙うとは。じゃが動きに無駄がある。決まっておれば、汝らの勝ちであったかもしれんな。 では今度はこちらから参るぞ。我が奥義、その身で味わうがよいッ!!」
 ジーネは僕達から離れて距離をとる。すると、その巨体は真紅の炎に包まれる。綺麗だとちらりと思ったが、それどころではない。
「散るんだ!」
 アシュトンに言われるまでもなく散開しようと思った。 だがジーネの動きの方が先んじており、僕は紅い奔流ほんりゅうにまき込まれた。

「……ド、クロード!」
 レナの声で目が覚めた。不覚にも気を失ってしまったらしい。
「火傷、全部治したんだけど……。まだ痛いところある?」
 心配そうに聞いてくるレナ。治癒呪紋の使いすぎのせいか、顔には疲労の色が滲み出ている。
「ありがとう、レナ。もう大丈夫だ」
 僕が気絶していたのは、ほんの一瞬らしい。その間、一人で前線を支えていたアシュトンを援護に行こうとして、ふと立ち止まる。 レナに呪紋でアシュトンを支援しているセリーヌさんへの伝言を頼んだ。
 それからアシュトンの所へ行き、ジーネが飛び上がって離れた隙にアシュトンにも同じ事を伝える。
 もう一度奥義を喰らう前に決着を着けなければならない。

 アシュトンがジーネの攻撃を剣で受けて体勢を崩す。
 それを隙と受け取ったジーネは攻撃に移る。 しかし、先刻のアシュトンの動きは欺瞞フェイントで今度の攻撃も難なくかわす。
 そこにセリーヌさんのエナジーアローの呪紋が炸裂した。 アシュトンに気を取られていたジーネを負の力を秘めた紫色の矢が貫く。
 一瞬動きの止まったジーネに僕は兜割を叩き込む。刃は今度こそジーネの頭部を確実に捕らえた。
 ジーネの巨体がかしぎ、大きな音をたてて地面に横たわる。
 レナに治癒してもらった後、こっそり示し合わせておいた。だからこその連携で、だからこそジーネを倒す事ができた。
「一人じゃなかったから、力を合わせる仲間がいたから、僕の未熟な剣の腕前でもあなたを捕らえる事ができた。そういう事なんだ」
 ジーネに向かって自然と言葉が出てきた。それに対する答えはない。
 倒れているジーネに向かってギョロとウルルンが体を伸ばす。
「オマエが言った約束だぜ。俺達が勝ったんだから、涙よこせ」
「アシュトン達は貴方の前に己の力を示しましたよ。そして貴方に勝った……。クロードが言っている事ももっともですよ」
「聖杯を持て……」
 ジーネが重々しく告げる。
 アシュトンが荷物の中から聖杯を出し、前に進み出る。僕の方からはその背中しか見えず、彼の表情を見る事はできない。
 ジーネの目元から透明な雫が滴り落ちる。それは頭から流れ出る血と混ざり合い薄紅色に染まってゆく。 それは血が混じっているというのに凄惨せいさんな感じはせず、とても神聖なものに思えた。
「貰うモン貰ったし、レナに少しでも傷を塞いでもらえよ。そうすればオマエならそれくらいでは死んだりしないだろ」
 ギョロが言う。レナも前に進み出る。
 しかしそれは止められた。他ならぬジーネ自身によって。
「笑止! 我を何だと思うておるのかッ、双頭龍! 我は約定は違えぬ、人間などからの治癒も受けぬ。 そのようなものを受ければ我が魂はけがれてしまうわ。 我は信念にじゅんじる、魔物としての矜持きょうじを喪失した者達がのうのうと生きる世界など見とうない。さらばだ、双頭龍!」
 そう言うやいなやジーネの体は炎に包まれた。 その炎はジーネの想いと命の輝きを反映してか峻烈しゅんれつで鮮やかな色をしていた。

「バカだな……」
「バカですね。でも貴方らしいですよ、ジーネ……」
 二人がぽつりと言った。それは悪い意味のものではなく、好意と哀悼の意が込められていた。
 炎が収まると、そこにはルビーのような物質でできた卵型のものが残された。 何だろうと思って手に取ろうとするとウルルンに止められた。
「触らない方が良いですよ。それはジーネの卵です。放置する分には問題ないのですが、触ろうとするとする者に対しては高熱を発します。骨まで焼けてしまいますよ」
 僕は慌てて手を引っ込めた。火傷はもうこりごりだ。
「彼らは命を絶たぬ限り死なず、卵も産みません。その身が滅んだ時に炎の中で新たな卵に生まれかわる……。 それが不死鳥と呼ばれる所以ゆえんなのでしょうね。 もっとも、記憶も何も持ち合わせちゃいませんから、普通に死んでいるのと何も変わらない気がしますがねぇ……」
 ウルルンは誰に説明するでもなく、神妙な顔をして述べた。
「ところで……その涙、どうするの?」
 恐る恐ると言った感じでレナが聞いてくる。
 アシュトンは一体どのような決断を下すのだろうか。ギョロとウルルンとはこれでお別れになってしまうのか――。
「アシュトン、ひと思いにやっちまいな。やっとここまで来たんだからよ」
「迷う事はありません。ジーネがそうであったように私達にも終焉しゅうえんの時が来るのは当然の事なのですから」
 ギョロ達がアシュトンを促す。
「アシュトン、私イヤよ! 二人とお別れなんかしたくない」
「そうですわ、こんなのってありませんわよ」
 レナとセリーヌさんが、アシュトンに詰め寄る。
 僕は――――。
「みんな――僕の話を聞いてくれるかい?」
 アシュトンが声を出す。その声には不思議な抑制力があるのか、みんなが黙りアシュトンの話に耳を傾ける。
「僕はギョロ達を僕から離してあげたいと思ってた。僕なんかのそばにいても二人にとって良い事なんてないと思ったしね。 サルバ坑道ではホントにビックリして取り乱してしまったけれど」
 アシュトンはあの頃を思い出したのか、僕達の方を見てにこりと笑った。
「今では二人がいるのが当たり前っていうか……その、いないと落ち着かなくなりそうだよ。 二人がいるとさ、肩の辺りがじんわりと暖かくなるんだ。二人が離れるのも消えてしまうのも僕は嫌だなぁ。 ……ごめんね、龍はらいの方法を探すために協力してくれたのにみんなを騙すような形になってしまって」
 アシュトンは僕達に向かって深く頭を下げた。
「みんなといるのが楽しかったんだ、本当に。 今までは一人旅をしていたけれど、例えば朝起きて誰かにおはようを言う、それがとても幸せな事のように感じられたんだ。 ギョロ達の事も何とかしてやりたかっけど、反面それを望んでいなかった事、ずっと言い出せなかった……」
今度はギョロ達に向かって改まった口調で言う。
「もし、君達さえ良ければ僕と一緒にいてくれませんか? 僕はこれからの人生を二人と共に歩んでいきたいです」
 峰から峰へと渡る冷たい風が吹き付け、風に弄ばれた髪の毛が僕たちの視界を塞いだ。 二匹の表情がどういう想いを表しているのか、とても気になるのに見えない。 皆が黙ってしまったその一瞬の沈黙のあと、二匹の答えがもたらされた。
「へへっ、しょうがねーな。アシュトンは俺がついてねえと危なっかしいからな」
「何を言っているんですか、貴方の方が危なっかしいですよ、相棒。 アシュトン、私達も貴方と一緒にいたいのです。これからもよろしくお願いしますね」
 その時の嬉しさを何て言ったらいいだろう。レナとセリーヌさんは手をたたいて喜んだ。
「本当、嬉しいですわ」
「ギョロ、ウルルン、ずーっと一緒だからねっ!」
 レナがギョロ達をぎゅっと抱きしめる。
 みんながいる、一人じゃない。エクスペルに来てその事が感じられたのはこれが始めてで僕にとってとても大事な出来事だった。

 こうして僕らは来た時と同じ4人と2匹で山を降りることになった。
「アシュト――ン! 行くよー」
 ジーネの卵がある場所に佇んでいるアシュトンに声をかける。
「あ、今行くよ」
 僕の声にはっと気が付いたアシュトンは急いでこちらにやって来た。
 ズルッ、ドサササ――――。
「「「「わ――――っ!」」」」
 こっちに来るアシュトンが斜面に足をとられた。小石でも踏んづけたんだろうか。 一番後にいたのは彼だったので、みんなして派手に転んでしまった。
「ご、ごめん……。みんな大丈夫?」
「いったーい」
「お、重い……。セリーヌさん、早くどいてぇ」
「まっ、何ですって――!!」
 みんな泥だらけで、お互いに可笑しくなってしまって。ラスガス山脈には僕らの笑い声がこだました。
 さすが! これでこそ僕らのアシュトン。な〜んてね♪

 これが僕達の出会いに関する一連の出来事だった。あの後も僕達は一緒に旅を続けている。 いろんな事があったし、新しい仲間も増えた。それでもアシュトンは変わらなかった。いつもその雰囲気で僕達を護ってくれる。
 地球に帰る方法は見付けたいと思っているけれど、みんなとは別れたくない。 でも父さんに会って話をしたい。その時はちゃんと向き合えると思う。英雄とその息子としてではなく、父親と息子として。
 そうそう、アシュトンにラスガス山脈を降りる時、ジーネの卵の前で何をしてたのか? って聞いたらこう答えたんだ。
「おやすみなさい、ジーネさん、って言ってたんだよ。それからありがとう、ともね」
 僕はアシュトンやみんなから、いろんなものを貰ったけど、アシュトンもジーネから何か受け取ったみたいだ。
 君がくれたもの……、それを胸に抱いて僕は生きる。今度は君に何かを贈れるようにね。 胸を張って贈れるものができるには、まだまだ時間がかかるかもしれない。だから今はこの言葉を贈るよ。

「 ありがとう、アシュトン。君に出会えた事に感謝を」


― fin ―



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