Innocent sweets

 スフレ・ロセッティという少女がフェイト・ラインゴッドの一行に加わった。 快活な笑顔を絶やさない彼女はすぐに彼らに溶け込み、今も当たり前のように彼らと行動を共にしている。
 それは一体誰のためであるだろうか?
 自分のため? それとも――?


 アリアスの村の片隅でアルベルがぼんやりと空を眺めていた時のこと。
 ととと……と走り寄ったスフレは彼の胸元に顔を寄せると、ぷぅっと頬を膨らませた。
「あーっ、アルベルちゃんたらクレアちゃんの匂いさせてる〜っ!」
「ああ?」
 これといった芳香を漂わせているつもりはないアルベルは顔をしかめた。 それから腕を鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。
「別にヘンな臭いはしねーぞ」
 汗の臭いといったものを除けば無臭といってよい状態だ――少なくとも本人にとっては。
「クレアちゃんが使ってるお香の匂いがするもん。女の子なら誰だって判るんだから」
「……そうか?」
「そうなの!」
 スフレはそれだけ言うと、ぷいっと顔を背けた。
(さっきのアレが原因か――?)
 おおよそどうでもいい日常の記憶を振り返り、アルベルは目の前の少女を不機嫌にさせている原因について考えた。


 移り香がするほどクレア・ラーズバードと密着したのは数刻前の話だ。
 といっても、なにも裸で引っ付きあったというのではない。断じて違う。 彼らが一時滞在中であるアリアスの村でヒマを持て余していたら―― フェイトらがアイテム作成に異常なほど熱中しているため――クレアに呼び出しをされたのだ。 領主館にある執務室に呼ばれ、シーハーツからアーリグリフ王国への親書を渡された。 アルベルには中身を知る権利はないが、おそらく戦争の後始末についてのものだろう。
 その時にクレアが机越しに身を乗り出してきて、いつの間にやら隣に寄り添うように立っていた。 親書を渡すついでに少々話し込んだ……雑事に関する細かい話をしてなかなか解放してくれなかったので、 その際に香りが移った可能性がある。
 何故、光牙師団の団長がやたらと身体を擦り寄せてきたのかは謎だが。


「……というワケだ」
「もー、アルベルちゃんのニブちん」
「ンだと、コラ」
 意図は判らないが非難されたのはよく判ったので、アルベルはむっとした口調になった。 そのままスフレの柔らかい頬をむにむにと引っ張る。
「ナメた口きくのはこの口かァ」
 もちろん本気ではない。彼女が痛みを感じないよう力加減は厳密に計算されている。 そんなだからスフレも楽しそうだ。
いひゃいよういたいようハルフェルひゃんアルベルちゃん〜」
 スフレとじゃれあっている彼の表情は実年齢よりずっと幼く見える。 イタズラ大好きの悪ガキがそのまま大きくなったような感じだ。
 彼がこんな表情をするのは極めて稀で、おそらくスフレ相手の時にしかしないだろう ――甘えているのだ、自分よりも一回りも若い少女に。
 彼の周りにいる女性たちは美女ばかり、そう言って差し支えないだろう。 だが、彼がその女性たちに心を奪われるようなことはない。
 ネル・ゼルファーはつい最近まで敵国同士だった国の人間で、どうしたって腹の探り合いになる。 しかも軍人らしくあれと振舞っているくせに、何かと甘い行動が目立つという一貫性のなさはどうにも気に入らなかった。
 マリア・トレイターは何かと高飛車な物言いがカンに触る。 ミカイワクセイだの何だのと、心なしか小馬鹿にしたような態度が感じられなくもない。 そもそも頭でっかちの女は好きじゃないのだ。
 ソフィア・エスティードは彼をフェイトの後ろに隠れて、彼を狂犬でも見るような感じでびくびくしている。 ……俺が噛み付くとでも思っているのだろうか?
 クレア・ラーズバード、これはよく判らない。長い時間を共有したわけでもないので、これといった印象がないのだ。
 そんな中、一人だけ異彩を放っていたのがスフレだった。
 “歪みのアルベル”と呼ばれていた彼を特に恐れる様子もなく近づいて、あろうことか彼のことをちゃん付けで呼ぶ。 くるくるとよく動く表情は子どもガキそのものだ。それなのに――
「どーしたのアルベルちゃん?」
 じっと彼の表情を覗き込む曇りなき瞳。
 自分はこれに弱い――と、思う。
 スフレの言葉や行動には他意というものが感じられない。 裏表がなく、山間にある湖のように透明で清らかだ。そのため彼が嫌いな腹の探り合いをしなくて済む。 安心して言葉を、本音を返せるのだ。それはとても落ち着いて、優しい時間――。
 だから自分はこの少女と過ごすのが倖せに感じるのだろう――もっとも、時間が過ぎるにつれ彼女にも人に 見せない素顔というものがあるのを知りもしたのだが。
 スフレがふと見せる寂しげな表情は、触れれば一瞬で消えてしまう淡雪のように繊細だった。 彼女のそんな一面を知ってしまうと普段の誰をも元気付けるような微笑がとても痛々しく感じられるようになった。
 見ているのが辛かったから止めさせたくて、無理をするなと、お前はまだ子どもなのだからと、何度も言った。 そんな彼のセリフに彼女は耳を貸さず、ただ、「あたし、倖せをいっぱいもらってるよ」と言った。 だから皆にもそれを返すのだ……と。
 彼女に対しての感情が安らぎから愛情へと変化したのはその一件があってからだったと記憶している。 守りたいと、倖せにしたいと心を決めた。 彼自身が彼女の前だと自然でいられたように、彼女の真実を自分の前だけでも自由にさせたいと願った……。
「だいじょーぶ? 具合悪いの?」
 スフレは先ほどから反応がないアルベルを心底気遣うような表情になった。
 それに対してアルベルが何でもないと首を振ると、彼女はこくりと頷いた。 その辺りの意思疎通は円滑にいく。 察しがいい相手、不用意に心の内側を探ろうとしない相手といると心地好い。
「はぅ〜、どうしてもうちょっと早く生まれなかったんだろ」
 スフレは人差し指を軽く唇にあてて、誰にいうでもなく呟いた。
「何で早く生まれる必要があるんだ?」
「だってさぁ、そうすればクレアちゃんたちと同じ舞台で戦えるんだよ? 早く大人になればアルベルちゃんだって……」
 そこから先は口の中でもごもごと。
「大人、ねぇ……」
 そんなにいいものでもないぞ、とアルベルは胸の内で呟いた。 何かと束縛を受けるし、面倒だし、細かいことまで気にしなければいけないし……無駄な労力ばかり求められている気がする。
「ま、そう焦るモンでもないぜ」
「そうかなぁ〜」
 スフレの脳裏によぎるのは明らかに漆黒団長に好意を寄せている光牙師団の女性だった。 年齢の差というものばかりは努力をしてもどうしようもなく、大人の女性の魅力に乏しい自分が恨めしい。 クレアが立場というものを意識しており、激しいアタックをしかけていないのが幸いなのだが……。
(アルベルちゃんだってオトコの人なんだし、ああいう体型に感じるものってある……よね?)
 聞いた話では愛情と何とやらは別物だって言うし。
 むぅぅぅ……と考え込んでしまったスフレを面白そうに眺めたアルベルは、気にするなとばかりに彼女の頭をぽんぽんと撫でた。 そして手元に引き寄せ、彼女の耳元で低く囁く。
「お前はまだ大人にならなくていいさ。もう少し今のままを味わいたいからな」
 そう言ってアルベルはスフレに口付けた。
 いとけなさを残した唇は砂糖菓子のように甘く柔らかい。 クセになりそうなその感触は、一度触れるとなかなか放す気にはなれない。
 彼女も人間なのだから放っておいても成長する、ならば大人の付き合いはそれからでよい。
 自分好みに仕立て上げるのもまた一興。だから……
(今はこのままが一番……だな)
 小さく、だけど幾度も執拗に少女の唇を吸いながらアルベルは独り満足した。





−Fin−


【文を書いた人のあとがき】
 今回のお話は絵具林さまとコラボで書かせていただきました♪(絵・絵具林さま、文・くろ)  私の遅筆――というかスローペースな作業ゆえにお待たせしてしまって申し訳ないです。
 絵具林さまの初スフレ画像、非常によろしゅうございますねっ。 そして私の萌えカプであるアルベル×スフレなんですよー、幸せです♪  書きなれないキャラ・カップリングを快く引き受けてくださった絵具林さまには大変感謝しております。 また何かの機会があれば、是非ご一緒いたしましょう!

【絵を描いた人のあとがき】
 今回くろさんとのコラボ作品で、光栄にも挿絵をやらせて貰いました。
 アルベルの刺々しさが、スフレの可愛らしさによって打ち消され、 ほのかなラブっぷりに変わっている様が、文章を通じて感じ取れました♪  まさに、くろさんの文筆力の高さを感じとれたお話だったと思います。
 そして、このお話から妄想を膨らませ、本能のままに描いたらこのような絵が……(;´∀`)  正直お話の内容に沿うようなアルスフが描けているのか不安だったんですが……。 何はともあれ、このような形でくろさんと作品をコラボレート出来て、とても嬉しかったです!♪ ありがとうございました!
  銀竜亭