※ この小説はSO3より約20年後が舞台となっております。 そのためゲーム中とは登場人物の年齢、役職等が異なっていますので予めご了承ください。 なお、シーハーツの各師団に対する記述は作者の設定によるものです。 各読者さまが抱いているイメージを壊していたらごめんなさい。



陽は我が大地を照らし

 ペターニの町の一角にある質素ながらも重厚な石造りの建物。 夜ということもあり、その内部の廊下はすっかり暗くなっている。 要所要所に添え付けられている燭台しょくだいがあるのだが、ゆらゆらとした炎はなんとも心もとない。
 しかしそこを歩く一人の男性は特に困る風でもなく、律動的な歩調で目的の部屋へと進んでいった。
 たどり着いた場所にはどっしりとした作りの木製の扉がある。 中のひそひそ声が外に漏れたりせぬよう、厚めの板で作られているのだ。
 彼は一つ深呼吸をすると姿勢を正してノックした。
「二級構成員フォシル・ルイーズ、報告書をお持ちいたしました」
 フォシル・ルイーズというのが彼の名前である。
「どうぞお入りなさい」
 室内から彼の入室を許可する声がかけられた。いつもと変わらぬ優しい、穏やかな声。
「はっ!」
 扉に向かって一礼すると彼は扉をくぐった。

 ぱちぱちと薪のはぜる音が室内に響く。
 暖められた部屋の空気は彼にとってありがたいものであった。 丹精込めて作成していた報告書が完成した嬉しさのあまり、急いで持参したので全く気がつかなかったが外は随分と冷え込んでいたのだ。
「このところ、ぐっと冷え込みましたものね」
 明らかにほっとした表情のフォシルを見て部屋の主は微笑ほほえんだ。
「し、失礼しましたっ」
「よろしいのですよ。ここは私の私室ですからね、誰に気兼きがねすることもありません」
「しかし……ここは団長執務室でもある訳でして……」
 そう、彼の目の前にいる人は彼の上司であり、聖王国シーハーツが誇る防衛三隊が一つ連鎖師団『土』の団長、 アイーダ・グレシダなのである。この部屋は『土』の本部にある団長執務室であり、 部屋のすみにはその証である白地に黄色でカモシカのシルエットが染め抜かれた団旗が掲げられていた。
 彼女のにこにこと微笑む顔は穏やかそのもの。しかし年齢というものを彼女の実年齢以上に感じさせている容貌だ。 まだ40にはとどかないはずなのに、それくらいの年月をた雰囲気を持っている。
(疲れておいでなのだろう……。この方はどんなに忙しくとも仕事を人任せにはなさらないのだから)
 着席して待つように言われた彼は座りながらそう考えた。
 彼がこの上司に心酔している理由はそこにある。
 アイーダは人のせいにするということを良しとせず、不利になろうとも言い訳もしない。 もちろん誤解を解くことはするし、事実をしっかり説明することもする。 だが自分の失敗を誤魔化すことはおろか、部下の失敗は己の采配ミス――そう思えばを部下を叱責したりもしないのだ。
 些細ささいなことであっても決して手を抜いたりせず、着実に仕事をやりとげていく人。 その誠実さには周囲の人を安心させる効果があると思う。
 派手な動きをする人ではない。戦時下でもなければ防衛三隊はそもそも目立つものではないのだが、 クリムゾンブレイドとして名高いクレア・ラーズバードは国民の誰しもが知っている存在である。 クレア・ラーズバードは極端な例だから除くとしても、一つの師団を預かる者となれば防衛三隊・隠密三隊の中でかなり目立つ存在なのである。
「お茶を淹れましたよ、一休みなさい。冷えただけでなく、疲れてもいるはずでしょうからね」
 彼の目の前に白い湯気とかぐわしい香りを放つ香草茶が出された。
「ありがとうございます……と、その前にこちらを」
 フォシルは持参した報告書を差し出した。この上司であるからこそ必要なものは早め早めに提出したいと思う。 彼女の負担を少しでも減らすために。
「フォシルはいつも仕事が早いわね。他の子たちにも見習わせないといけないかしら」
「そんな、恐縮です」
 敬愛する上司の言葉にすっかり固くなった彼の前でアイーダは報告書に目を通していく。 不足があればすぐに指摘してくれるはずだ。彼女は後々になって……というやり方を好まない。 自分にしろ部下にしろ、仕事を円滑にこなしていくにはその場その場で処理した方が良いからだ。
「問題無いわ、ご苦労様」
「はっ」
 これでいくらか緊張が解けた。
 しかし次に上司が持ち出した話題は彼の眉間にしわを刻ませるのに充分なものであった。
「そうそう、昨日だったかしら。あなたのお姉様にお会いしましたよ」
「パルファンにですか――」
「まあ、そんな嫌そうな顔をしないで頂戴。実家のことを嫌っているのは私があなたを洗脳しているからだ、と言われてしまうわ」
「あいつ、アイーダ様に向かってそんな物言いをしたのですか!」
「姉君に向かってあいつはいけないでしょう?」
「あいつで充分ですよ」
 フォシルがいささ苛立いらだった様子で答えると、 アイーダは可笑しそうな表情になった。
「私はこの仕事が好きです、『土』にいるは自分で望んでのことです」
 あなたもそれは理解しているでしょう? と訴えるように上司の顔を見つめた。
「そうね……今のは少し私が意地悪だったかしら。家柄というものは助けにもなれば重荷にもなるから困りもの――ですものね」
 アイーダも少し哀しげに微笑んだ。

 フォシルは彼の生まれ育った家であるルイーズ家が好きではなかった。格式高い名家という言葉を耳にする度に嫌気がさした。
 名家である――それは先祖たちが功をなしてきた結果なのであり、そのこと自体は別に構わない。 問題なのは現在の家の構成員だ。名家であることをやたらと意識し、行動の端々に表すのは如何なものか。 家名に恥じない働きをしている人間がそう振舞うのは良い。 だが、さしたる働きもしない内に大した力量もない人間が家名の下にふんぞり返っている姿は 滑稽こっけい以外のなにものでもない。
 だからこそルイーズ家の権威を振りかざし、当時はただの新人に過ぎなかった彼を動かそうとする実家の行為は許せないものであった。 彼はまだ若く、潔癖と言ってもいいくらいに理想を信じられる年頃だったから余計に。
 彼の母はルージュ・ルイーズといい、抗魔師団『炎』の団長を務めた人物である。 当然のごとく彼女の子どもたちも抗魔師団に、あるいは光牙師団に入るものとされていた。 が、フォシルはそのどちらも望まなかった。四級構成員として最初に配属された連鎖師団にそのまま居着いてしまったのである。
 これに対しルイーズ家の面々は良い反応をしなかった。 最初の見習い期間を終えた後の正式な配属で抗魔師団に入れるつもりだったからである。 王都を守る光牙師団『光』、アーリグリフ王国との国境を守る抗魔師団『炎』。 この二つの師団に比べ、ペターニを守る『土』は一段低く見られていた。 もちろん、『光』の下に『炎』と『土』があるとされているのだら、『炎』と『土』のどちらかが上で……ということはない。 だが人々の心の中に穏やかならぬ感情が存在しているのもまた事実である。
 とにもかくにも、シーハーツ貴族の中でも名家であるルイーズ家の人間が『土』に居続ける、それはあってはならないことだったのだ。
 ルイーズ家は迅速じんそくに動いた。
 別の団に移るにはまず本人の希望がいる。さらにその時点で所属している師団の団長が出す離団許可、 受入れ先の入団許可が必要である――もちろん女王やクリムゾンブレイドであればそういった手続きは無視できるのだが。 受入れ先の方は問題無かった。何せ当時の抗魔師団の団長を務めていたのはルイーズ家の人間だったのだから。 本人の意向は無視するのだから、これもまた問題無し。そんな中、唯一の障害となったのが連鎖師団の団長であるアイーダ・グレシダだったのである。
 彼女は内密の使者に対して、「フォシルからの転属希望は出ていませんよ。これはあたたがたの意向なのではなくって?  ならば本人の望まぬ転属はさせられません。私自身も彼の働きを良く評価しています…… そんな彼を私の手元で働かせたいと思うのは当然のことでしょう? 望んでその仕事に就く、 それは良い働きをするのに何よりも必要なもの。優秀な人材を育てるのは聖王国のためになるのですよ」と、はっきりと答えたのである。
 フォシルは穏やかな表情と声で、だが毅然とした態度で実家からの使者を追い返したアイーダに非常に感動したのだ。 「実家の望むまま抗魔師団に入ると自分でいられなくなるから」そう彼女に相談した甲斐があるというものである。 また、それを差し置いても彼はこの『土』が好きであった。 見習い期間というわずかな時間であったが、その程度の時間であっても『土』の団員と団長の人柄の良さ、 そこから生まれる雰囲気の良さに触れるのには充分だったのだ。
 あれは今から10年近く前のことになるだろうか。それからというもの彼は同僚たちと共に懸命に職務をこなしていき、 同時に上司であり恩人でもある女性に対する敬意も募らせていったのである。
 唯一の後悔はその一件以後、実家からささやかな嫌がらせを受けるようになったことだろうか。 もちろん表立って危害を加えられるということはない。だが、ルイーズ家とそれにおもねる者たち―― ルイーズ家の全員が全員という訳ではないが――と連鎖師団との間には深い溝が刻まれたのは事実である。
 その一例を紹介すると、元来あった『土』への蔑視べっし事寄ことよせて、 何かととげの含んだ言葉を投げつけてくるようになったというものだ。 普段はそれぞれペターニ、アリアスにいるから目立ちはしないが、王都で顔を会わせた時の舌戦といったら……。

 顔を真っ赤にして黙りこくってしまった部下を見ながらアイーダは記憶を反芻はんすうした。
 あの時、ルイーズ家からの難題を跳ねつけた理由は、フォシル自身が転属を希望していない、それであるのは間違いない。 だが、それだけでないのも確かだ。家名をかさに着て無理を言ってくるルイーズ家に反感を覚えたというのもある、 そして何よりも家というものに人生を左右されつつあるフォシルに味方してやりたいというのが大きかった。
 彼女は当時のフォシルにかつての自分を見出していたのである……。
「私が団長に就いたのは次代への単なるつなぎ役としてだったのよ」
 上司の突然の言葉にフォシルは驚き、思わず顔を上げた。
「アイーダ様が? そんなの信じられません」
 部下のあまりにも早い即答に彼女は微苦笑した。
「期待に応えてあげられなくて申し訳ないけれど、それは本当のこと。 クレア様やネル様のように団を率いる者として優れていた訳ではない、 ファリン様やタイネーブ様のように武術や探索術など誰にも負けない一芸に秀でていた訳でもなかったわ。 かといって全てを諦められる程に何もできない訳でもなくってね、当時の同僚たちの中ではすごく中途半端だった……」
 彼女の部下は沈黙を守り、ただ真摯しんしな瞳でアイーダを見ている。
「幸いというか何というか……血統限界値だけはそれなりの数値を出せたのね、我がグレシダ家は。 そのため施術を使うのには不自由はしなかったし、煩雑はんざつな事務処理も苦にはならなかったわ。 14で入団して四級構成員となり、二国間戦争も何とか生き延びて……そのまま地味に勤め上げて二級構成員ぐらいで出世はお終い、 そのまま退職するものだとばかり思っていたの」
 フォシルも彼の先輩たちから団長の若き日の仕事振りはよく聞いたものだった。 あのような時勢であっただけに構成員たちは外を飛び回り、時には武力をもって事にあたらなければならなかった。 そんな中、アイーダは刀術よりも施術に長けており、それよりも得意なのは事務処理であったとか。
 地味な仕事が得意というのは衆目においてぱっとしない。防衛隊という隊の存在意義もあって、 自然と国を守るために必要な戦いの力が求められていた。だから余計に地味な存在だったのだろう。 しかし『土』が預かっている町はペターニであり、その商業都市という側面を反映させた複雑な事件ばかり起こるのだ。 そこではアイーダの持つ巧みな事務処理の腕前はかなり重宝がられた。そしていつしか彼女は団になくてはならない存在となり、 気がつけば二級構成員どころか一級構成員の地位にまでなっていたらしい。
「アイーダ様が団長になられたのはご自身の実力が認められてのことでございましょう?」
「あらあら、今日は随分と持ち上げてくれること」
 アイーダは声をたてて笑った。
「私が団長になったのは前任の団長が事故で急死なさったからなのよ。それで当時、一級構成員だった私が後を引き継いだ。 上としてはもっと人目を引くような人材を持ってきたかったようだけど、その当時は適当な人がいなくて。 だから若い子たちが育つのを待ちましょうと私にお鉢が回ってきた、というわけ」
 団長というのは何かの式典や祭典の折には団旗と共に儀式に参加する。 そのため、見映みばえや団長たる風格というものも求められるらしい。
「一級構成員は当時も二人いらしたはず、その中であなたが選ばれたのではありませんか?」
「ええ。あなたも知っての通り、私にも相棒というべき女性がいたわ。だけどその子は結婚を控えていたの。 結婚をすれば子を成し、母となるかもしれない。あなたのお母様も一時期休職なさっていたように休職する可能性があったわ。 だからその心配がない私を……ということになったのね」
 私は婚約者を亡くした後、ずっと結婚する気配を見せなかったから――とさらりと付け加えてフォシルを椅子から転げ落ちさせた。
 そこまで話すと彼女は席を立ち、冷め切ったお茶を淹れ直した。
「さすがに上だって無能な人間を団長に据え付けたりしないわ。 私も働き始めてから随分と時間が経っていたから人を使う方法やその責任の重さは理解していたもの。 けれどね、私の団長就任を決定的にしたものは家柄……なのよ」
 彼女の家であるグレシダ家は要職を占めるという意味ではルイーズ家に劣るだろう。 しかしながら聖王国シーハーツの前身である古王国シーフォートがあった時代から存在し、 古き血の濃さは確かなものだった。それは血統限界値として如実に表れている。 グレシダ家の人々は代々平均して30%という数値を出している、それに対してルイーズ家は25%ほど。 フォシルの母は極めて優秀であり例外的な存在だ。
 施術は血統限界値が高ければ良い術者になれるというものではない。 難解な学習書を読み解けるだけの知力、安定して術を使えるだけの高い精神力が必要なのだ。 グレシダ家は古いだけがとりえの没落名家などと揶揄やゆされるが、 優れた施術士を輩出はいしゅつしている家柄なのは動かしようのない事実である。
 自分が団長に推挙されたのはそのせいだ――と彼女は言った。
「……だからあなたがまだ見習い構成員だった頃、私の元に頼み込んできた時は他人事とは思えなかったのよねぇ。 あの頃は団長就任して一年ぐらい経過していた頃だったかしら? 何かと気苦労が絶えないものだから、 家柄とつなぎ役という理由で私をこの地位に就けた人を恨めしく思っていた時期でもあったの」
「それで同じような状況に陥りそうな私を――」
 アイーダはええ、と頷き、個人的な感情が多分に入っていたことを白状した。
「こんなことを言うとあなたは怒るかもしれないけれど、見習い隊員として入ってきた頃のあなたはとても純粋な瞳をしていたのよ。 わずかな汚れも受け入れない、それくらいにね。その瞳があんまりにも印象的で無垢な子どものようなものだったから―― 守ってあげないといけないわ、と思ったのね」
「は……はぁ」
 自分の子どもの頃を持ち出されるのは誰であっても恥ずかしいものである。フォシルもその例外ではなく、 耳まで真っ赤になった。新入りが団長に「実家と一戦構えてください」と頼み込むのがあまりにも無茶なことなのだと後々になって実感し、 その時は随分と恥じ入ったものである。しかもあの時は随分と青臭いことをまくし立てていた気がする。
「その節は本っ当に申し訳ありませんでしたっ!」
 平身低頭、机に頭を打ち付けるかの勢いで頭を下げた。
「顔を上げて頂戴、責めているのではないのだから」
「はっ……」
 フォシルは顔を上げると、熱を冷ますように手でぱたぱたとあおいだ。
「あの時のあなたの真っ直ぐな表情に私はとても助けられたのよ。自分にもそんな頃があったということと、 その時の気持ちを思い出したの」
「初心――というものですか?」
「ええ。私は昔っから地味で目立たない子だった。だから地味なら地味で堅実に生きてやろうと考えていて…… 10歳そこそこの子どもにしては随分と夢のない話ね、でもそれでいいと思ってた。 だから連鎖師団に正式採用された時に誓ったの、どんな仕事でも誠意をもって投げ出さずにやるぞって」
 彼女はそれを思い出せたからあの時に団長職を返上せずに済んだのだ。 そしてそれからは肩肘張らずに自分らしく仕事をしていくことができた。
「あの一件以来、仕事は精神的な苦痛にならなくなったわ。根を詰めれば疲れるでしょうけれど、それは休養を取れば回復する質のものですからね」
 偶然とはいえ自分が団長の役に立っていたと知り、フォシルは飛び上がりたいくらいに嬉しくなった。 が、彼の良き上司アイーダはそれとなく釘を刺すのを忘れない。
「だからあなたの実家には感謝しなくてはいけないのですよ?」
「それとこれとは話を別にしていただけると……」
「私は自分を見つめなおすことができ、あなたという素晴らしい部下を得ました。そのことを感謝しているのは天空の神々に誓って言えることです」
 アイーダの瞳にからかうような色はなく、真面目そのものだ。そういう表情をされると嫌悪する実家のことであってもフォシルは逆らえない。
「……善処します」
「はい、よろしい」
 不承不承そう答えたフォシルを見て、彼女はくすくすと微笑んだ。

「は、はぁっ――はっくしょい」
 静まり返った廊下にフォシルのクシャミが響いた。
(随分と冷えるな……今年は氷女神の冬シャール・ウィンターになるのかもしれない)
 今は団長執務室から退室して彼の部屋に戻る途中だ。
 室内で長い間話し込んでしまったせいで時刻はすでに深夜である。しかしその事を後悔するつもりはない。 実家のことはさて置くとして、団長と交わした会話は彼にとってとても有意義なものだから。
 そういう想いは彼に限ったことではない。この連鎖師団『土』の団員はことごとく団長であるアイーダを敬愛している。 いっそ信奉者であると言ってもいいくらいだ。
 アイーダ本人はあんなことを言っていたが、ペターニという町の治安を維持するのは並大抵なことではない。 アーリグリフとの国境であるアリアスはかつての時代こそ防衛のかなめであったが、今は二国間で和平が維持されている。 王都から離れているがゆえの野盗やモンスターの相手の方が主であろう。 そして王都シランドでは女王の威光の下、住民は模範的な生活を送っているため犯罪の発生率は格段に低い。 そのため城と女王の警備が主だ、政争を防ぐのは隠密の仕事であろうし……。
 仕事の複雑さと犯罪の発生率はこの町が一番だろうと思う。 商業都市であるから多様な国・種族の者たちが出入りし、金銭や利権が絡むと人はいとも容易たやすく罪を犯す。 金は人を変えるとはよく言ったもので、アペリス教が国教とされているにも関わらず様々な犯罪が起きるのだ。
 最近でもフラウ族の子どもを樽に詰めて特殊な趣味を持つ相手に売りつける密売業者を摘発したり、 従来のものと比較して少量で気持ちよくなれる薬の売買集団を叩いたり……単純な盗みや殺人以外にも色々あるのだ。 また、商売上の契約違反だの偽造書類だのを調査したりと仕事の内容は多岐に渡る。
 そんな『土』の団長がアイーダに務まるのは彼女の優れた処理能力があってこそである。 彼女が団長に就任した経緯には上の思惑があったのかもしれない。 しかしその地位を保ち続けさせたのは彼女の実力に他ならないはずである。
 肉体のピークは過ぎているだろうから施刀を使っての肉弾戦となれば今の自分が勝つだろう。 だが、彼女の施術の腕前は『土』どころか王国全土でも随一だ。 適切な判断をし、部下を巧みに配置するという物事を見る眼も持ちあわせている。 そして部下からは絶大なる信頼を寄せていられているとあれば、彼女以上にこの地位が相応ふさわしい人間がいるだろうか?
(まあ、あの方は自慢げに振舞うのを好まない人なのだし)
 その謙虚さなどは彼の姉であるパルファンに見習わせたいくらいだ。 ここしばらくは顔を会わせていないがあの性格は変わっていないだろうと思う。 名家の誇りと称し、ただの新人に過ぎない時分から「わたしはルイーズ家の人間、名門に相応しい人間でなくてはならない」と、 他の新人たちと違うのだと言わんばかりの振る舞いが彼女にはあった。
 彼らの母親であるルージュ・ルイーズは実力が伴った人間であるから良いが、 当時の姉は自分と変わらぬ新人だったのだから周りの人間はさぞかし不愉快に感じたことだろう。 誇り高くあるのは悪いことではないが口先ばかりでは無意味だ。 姉のああいう振る舞いもそれなりに功を上げてからにしてくれれば、自分の姉に対する評価もずいぶんとマシになったのではなかろうかと思う。
「あ……いけない善処するんだっけか。いやいや、これは過去を思い出しているだけさ」
 上司の気遣いを無にするのは彼の信念に反する。しかし彼は上司ほどに人間ができていないので言い訳をしてしまうのであった。
 フォシル自身もこの歳になれば、家同士の確執や権力のある者が与える影響というものがどれだけ大きいか理解している。 若い頃の自分が取った行動がどれだけルイーズ家と連鎖師団の関係性を悪化させたかも充分すぎるほどに。
 幸いなことに『土』の団員たちからは「確実な出世街道を蹴って、この団にいることを選んだとは根性のある奴だ」 と気に入られたから良かった。そうでなければ無駄に厄介事を招いた新人として袋叩きにあっていただろう。
(それにしても、まさか婚約者殿がいらしたとは)
 初めて聞かされた話だった。アイーダのことを女としてどうこうしたいとは考えていないが、少なからず衝撃を受けたのは事実である。 彼は団長が結婚しないのは仕事に専念したいからだとばかり思っていたのだ。 二国間戦争の折に亡くなったという話だから、その後も独身を貫いているのは彼女の意志だと考えられる。 グレシダ家の一員となれば縁談はいくらもあったであろうから。
(死人には勝てない、そういうことだったのか――?)
 思い出となってしまえばそれは手垢にまみれることもなく、永遠に美しいまま彼女の心に残り続けるだろう。 彼女に群がる男どもはその清らかな面影には勝てなかったということだ。
 彼女の婚約者であったという男の顔、少し見てみたいと思った。死人相手に張り合っても詮方ないことだと解っているのだが、 こんなにも彼女の心を占める相手に嫉妬を覚えるのだ。
「何を考えているんだ俺は――」
 他人の過去を探るのは悪趣味なことである。ましてや敬愛する上司のこととなれば尚更だ。彼は頭を振って余計な考えを追い出した。
 彼女にとってはこの『土』こそが我が家で育て上げた部下は子のようなものなのだろう。 だからこそ団員の一人一人に身内であってもできないくらいの気遣いをするし、 常にこの団と共にあることができるのだ――そう結論づけた。それでいい、余計な詮索はすまいと自戒する。
 気がつけばもう自分の部屋の前だ。
「――っ!」
 ほんのかすかにだが鉄錆てつさびのような臭いが鼻をついた。
(血臭……向こうからか!) 
 彼はくるりと身体の向きを変え、来た道を急いで戻った。

 時間はわずかにさかのぼる。
「今宵は随分と話し込んでしまったこと……」
 アイーダは茶器を片付けながらそうつぶいた。 香草茶のおかげで今は目が冴えているがすぐに眠気が押寄せてくるだろう。 今日やるべき仕事は片付いているし、翌朝からの仕事に支障があってはいけないから今夜はもう休むことにしようと彼女は思った。
 茶碗を棚に戻したところで彼女の動きがぴたりと止まる。
「そこのあなた、お入りなさい」
 部屋の中にはアイーダ以外の人間の姿は見受けられない。戸は閉まっており、窓もこの寒さ、ましてや深夜ともなれば閉めきられている。 にも関わらず彼女の声に反応する者がいたのだ。
 音もなく扉が開くと一人の若い女が入ってきた。その服装はシーハーツのものである。
「……さすがですね、連鎖師団の名は伊達だてではないらし――うっ」
 女は左腕を抑えた。そこには布を裂いて作った即席の包帯が巻きつけてあり、 血やら泥やらであちこちが汚れているが彼女がひどい怪我を負っているのが判る。
「その動きに服装、隠密部隊のものですね……あ、動かないで頂戴。すぐ癒すから」
 アイーダは小声で何かを呟くと、手の平に現れた淡い光を女の傷に当てた。
「……感謝しま……す」
「あなたの転がり込んだ先が私の部屋で良かったわ――と考えてもいいのかしら?」
 荒い呼吸の中も礼を言う女にアイーダは問う。対する女は息を整えると口を開いた。
「ご無礼お許しください。私は幽静師団『水』の三級構成員、ミラ・トークスにございます。 急ぎお伝えせねばならぬことがありまして不躾ぶしつけな面会手段をとらざるを得ませんでした」
 よく顔を見ればミラは少女といってもいい年頃の容貌をしていた。その瞳には一片の曇りもなく真剣そのものである。 アイーダは彼女を安心させるために、ことさら穏やかな表情を作って話を促した。
「まあ……そうでしたの。あなたの努力を無にするわけにはいきませんね、事情を聞かせてくださるかしら?」
「――はっ。私共はモーゼルの古代遺跡を調査する任を与えられていました。 あそこに最近怪しげな者どもが出入りしているという情報が入ったからです。 かの遺跡はサンマイト共和国領内にあるとはいえ、聖王国にとっても重要な遺跡にございます」
 ――モーゼルの古代遺跡は灼熱の砂地を越えた向こうに存在する遺跡である。 この遺跡はアペリス教の教えにおいて、アペリス神と月の三女神がこの地より飛び立ったとされている。
「私共が入った地上部分には異常はございませんでした。次いで探索した地下水脈、そこには……」
 遺跡内でのことを思い出したのだろう、ミラはわずかに身体を震わせた。傷は癒したとはいえ、 出血のために顔色が青白くなっているので余計につらそうな様子である。
「あっ、申し訳ございません……そこには、そこには異形のものどもが徘徊していたのです!」
「異形とは、どのような姿形なのです?」
「私が確認しましたものは、立体化した動く人影、金属片をでたらめに付着させたようなもの、 白い脂の巨大な塊……などです。他にも書物でも見たことのないものが多数。それも明確な意思を持って動き回っていました」
「意思? では意思の疎通ができたのですか?」
「いいえ、私が意思と申しましたのは奴らと相対した時に感じた激しい敵意によるものです。 奴らは私共が縄張りを侵したから襲ってきたのではありませんでした。侵入者である私共を決して逃さぬよう、執拗に迫ってきたのです」
「そう……それは気の毒なことでした」
 アイーダは得た情報を分析する。ミラの「私共」という言い方や、 遺跡という広い建物の調査であるということを考慮すると、今回の件は隊を作って任務にあったのだろう。 そして遺跡での異形のものどもとの遭遇。無事に帰ることが出来たのは彼女だけだったのだ。 それならば負傷し単独で行動している理由も納得がいく。
 が、引っかかることが一つある。
 なぜ彼女は私に報告してきたのだろう。もちろん遺跡に人を襲う怪物がひそんでいるとなれば、 一番近くに存在している『土』が防衛隊として事にあたる。 それは確かなのだが、まずはペターニにいる他の同僚に伝えるのではないだろうか?  そして翌朝には私の耳に入る、その方が自然だ。
「今回の一件、あなた以外の『水』の団員は知っているのかしら?」
 表情は先ほどまでと少しも変えずにアイーダはミラに尋ねた。
「いいえ。この話は他の誰も存じておりません」
「それは何故?」
 ミラは苦しそうな表情になり顔を伏せた。
「……信用できぬのです」
 少女はぽつりと言葉を発した、必死に絞り出したような小さな声。
「え?」
「調査に派遣された隊の中に裏切り者がいたんですっ」
 そこまで言うと堪えていたものが我慢できなくなったのだろう、彼女の両目からぽろぽろと涙がこぼれた。
 ――と、その時。
「ご無事ですか、アイーダ様! 廊下よりこちらの部屋に血痕が――む、賊め!」
 勢いよく扉が開かれるとフォシルが飛び込んできた。彼は見慣れぬ少女の姿を見つけるやいなや抜刀、 駆け込んできた勢いを殺さずに斬りつけ――
「およしなさい!」
 ――ミラに触れるか触れないか、ぎりぎりの所でぴたりと止まった。
 アイーダの制止が少しでも遅ければミラの斬殺死体が転がっていただろう。 部下の誰が飛び込んで来ても同じ行動をとると予測されたので、扉が開いた瞬間に相手が誰であろうと構わず制止したのだ。
「まったく、いきなり少女に向かって抜刀とは何ということですか」
「は……いや、暗殺者は目的達成のためならどのような手段もとりますし」
「彼女が暗殺者であるのなら私はすでに冷たくなっていますよ」
「あの、その……申し訳ございませんっ」
 フォシルは彼より頭一つ分小さい団長に詰め寄られて訳が解らぬまま平謝りだ。 こういう時の団長が容赦なしであるのは『土』の誰もが知っている。
 彼は事情を知らぬのだから、今の彼の行動は忠実な部下がとった行動としては悪いものではないのだ。 だが一息ついて考えてみると、少女とアイーダは暗殺者と暗殺対象という様子には思えなかった。 そもそもこの団長なら暗殺者の嘘ぐらい容易く見抜くだろう。 部屋に入ってまずそこに気が付け、団長の叱責の意図はそこにあるのだと悟った。
「怖がらせてごめんなさいね、どうにもうちの子たち職務熱心で。 こんな時間だから誰も来ないと思っていたのだけれど、私が部下をあなどっていたようね」
 アイーダはそう言いながらミラに近づくと、すっかり床にへたり込んでしまった少女を起こした。
「あ、は……いえ。『土』の方々をお頼りして良かったと思います」
 皆が皆、この様子なら外敵と内通している者はいなさそうだと判断できる。 防衛三隊・隠密三隊のどの師団においても言えることなのだが、団長への信奉者っぷりはここでも激しいらしい。 もっとも今となっては『水』の結束は疑うしかなく、他の団においても安心はできない。 しかし噂で聞いた以上にこの団は良い絆で結ばれているように思われた。
(団長にお会いしただけだけれど、わたしの判断は間違っていなかった――不思議とそう思えてくる)
 ミラはモーゼルの古代遺跡を抜け出して以来、張り詰めっぱなしだった神経が落ち着いていくのを感じた。
「フォシル、悪いけれど本部に待機している二級以上の者を起こしてきて頂戴。会議を開き、皆で今回の件に対する対応を考えます」
「はっ、承知いたしました」
 団長より指示を受けたフォシルは機敏な動作で退室する。それを見送るとアイーダはミラに向き直った。
「ミラさん、あなたには着替えが必要ですね。それから……何か食べる物も」
 ミラが唯一の生き残りである以上、彼女からの話はとても重要なものとなる。 見た目通りの年齢ならばこの仕事に就いてまだ日が浅いはず。そんな彼女に落ち着いて正確に事実を思い出してもらうためには、 まずは身を清め着替えをすることだろうとアイーダは判断した。
 そうと決まれば動くのは早い。必要な小物を整え、浴室へと連れていく。
 かくしてミラは師団の団長に手ずから風呂に入れてもらうという貴重な体験をすることになったのである。 もちろん後でそのことを『土』の団員たちから羨ましがられたのは言うまでもない。

 あれから小一時間ほどが経過した。いくつかある会議室のうちの一つでは話し合いの真っ最中である。
 10人弱の男女が集い、ミラから詳細を聞き遺跡内に潜むものたちにどう対処すべきか検討しているのである。
 異形のものたちが強い怪物であるのならそれに立ち向かえるだけの者を揃えなければならない。 シーハーツの正規兵だけでなく、一般から傭兵を募るべきだという意見も出された。 傭兵、あるいは冒険者という稼業の人間は小回りが利くし、特殊な戦法にも対応できる。 そしてこのペターニの町ではそういった人材には事欠かないのだ。 連鎖師団にとっては身近な存在であるだけに、頭の固い執政官のように彼らに偏見を持ったりもしない。
 次に出た話題は『水』への対応だ。誰が背信者なのか見極めなければならない、どの程度の数かいるのか――も。 そしてそれがはっきりするまでの間やらねばならぬことが一つ。
「ミラさんの護衛にはあなたに就いてもらいますよ。いいですね、フォシル」
「はっ」
「出会って早々に怯えさせたのです、これも何かの縁だと思いなさい」
 フォシルへの団長の言葉に皆から忍び笑いがもれる。
「よ、よろしくお願いします……」
 出会った時の斬撃浴びせかけ事件を引きずっているのか、ミラは恐る恐るといったていで頭を下げてくる。 フォシルとしては気まずいことこの上ないが、あれは自業自得でもあるし団長からの指示とあれば仕方がない。 気持ちを切り換えて仕事に向き合うことにした。
 団長の命令を受け動くことは彼にとって生きることそのものだ。 彼女に助けられた日に誓った、自分は生涯この人のために在り続けよう、と。
 それはこの町、この国を守るため。彼の生きる大地に降り注ぐ光を絶やさぬために。


− Fin −




あとがき……というか言い訳
 今回の話はさすがに補足を入れた方が良さそうなので、ちょいとばかり書かさせてくださりませ。
 まずはアイーダについて。公式設定資料集において「あいうえお順では常にTOP。悲しいことにそれだけの存在」 と書かれている彼女。「うわ、ひでぇ扱い」そう思ったのが今回の話を書くきっかけです。 何とも可哀相な扱いではありませんか! というワケで彼女を持ち上げまくった話を作ってやれと(笑)。
 彼女はこの小説内では36歳(スタオ3の時点では14歳)という設定です。 「クレアの報告書」にある、「指揮:47、武力:62、政治:78、人望:46」は時間の経過とともに 指揮・政治・人望がガンガン成長していったと解釈してください。 14歳ならまだまだ伸びたでしょうからね。ただ作中にあるように術士系の能力の持ち主です。 団員にとっては良きお母さんという感じで、皆に慕われています。
 フォシルは20歳(スタオ3では誕生前)です。優秀な団員なのですが、団長の前では反抗期を引きずってるヘタレっ子ですね(笑)。 彼は実家のことが嫌いなので悪し様に罵っていますが、実際のルイーズ家がそこまで堕ちているのかは微妙なところ。
 血統限界値の遺伝の仕方について。「母親が40%、父親が20%」という夫婦に子どもが生まれたら、 両親の平均である30%になるのが最もよくあるパターンで、大体±10%の範囲で修正が付くと設定しています。 なので兄弟姉妹の中で数値にばらつきが生じます。また、極端な遺伝をすることもあります。 要はどれだけ両親から「古き血」を持ってこれるかなので、上の例だと60%〜1%の値を示す子どもが生まれる可能性があるのです。
 アイーダの実家であるグレシダ家は「古き血」を遺伝させやすい家柄という設定です。 なので生まれてくる子どもは両親の平均以上の数値を示す場合が多いのです。 そのため必然的に一族内に施術士が多くなります。なので幼い頃より複数の良い師匠の下で勉強ができる……ということです。
 文中に出てきた「施刀」という言葉。これはゲーム内でネルさんが使っているタイプの刀を指します。 あのテの刀術(技)を使うのに必要な刀、ということですね。アルベルが使う刀と区別をするためにこういう名前を付けました。 アーリグリフの刀、シーハーツの施刀、どちらについても製造方法とか考えてあるんですがここでは割愛します。^^;



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