※ この小説は完全に運任せの小説です。最初から最後までを偶然に頼っています。 そして運任せ――くじ引きとサイコロを振り――と執筆を同時進行で行っているため、 どんな展開になるのか現時点では判りません(笑)。


神はサイコロを振りまくる

 シーハーツという国はアペリス教を国教とし、国民全てが――というのは少々無理があるな。 コホン、国民のほとんどが敬虔なアペリス教信者であるという非常に結構な国なのである。
 まあ、歴史書などというものは極めて限定的なもの。 主観に満ちて書かれたものであるから、それが真実を伝えているのか――という点では問題だらけだ。 聖典も然り。往々にして教団にとって都合の良い解釈、……つまり、「自分トコの神様が一番偉いんでぇ」と書かれている。 故に人々の持つ概念と我々の知る歴史には隔たりが生じるのである。  といっても、それらが間違いという訳ではないのだ。 物事ものごとの一つの側面を表していることは確かだ。 だからこそ、己の知る歴史が真実であると思い込み、他者の持つ歴史を否定してはならぬ。 大体においてどちらもが真実の一部なのだから。
 そのことは人々も解っていよう。 ただ、自らの正当性を確固たる形にしておかぬと生きていけぬ、人というのはそれ程に儚い生き物なのだ。
 さて、小難しい話はこの辺にしておこう。 今は少し興味深い出来事が起きたばかりなのだ。


 清浄な空気に包まれた聖堂に優しげな女の声が響く。 シランド城内にある大聖堂では大神官ロゼリア・テスタ・エミュリールの説教が行われているのだ。
 その日の集まりは幼い子どもが多かった。 ロゼリアはそのことを考慮し、解り易い簡単な言葉を選んで話を進めていく。
 その努力が報われたのだろう、子どもたちは熱心に話に聞き入っている。
「……これで今日のお話はお終いです。皆さまにアペリスの祝福があらんことを」
 いつもの締めくくりの言葉。どれくらい祝福してやれるかは色々な都合ががあるので確約はできなんだが……。
 こちらの思惑は人間には届かない。説教を聴き終えた人々は談笑したり、個人個人で祈りを捧げたりしている。 先程までとはうって変わった賑わいである。
 そんな中、一人の女の子がロゼリアのところへやってきた。名前は――キュリオという。
「大神官さまー、女王さまはアペリスの聖女さまなのでしょう?」
「ええ、そうですよ。聖陽暦696年に陛下はアペリスの聖女に認定されました」
 聖陽暦696年というのは今から約5年前のことだ。
「神さまに一番愛されてるってこと〜?」
「そうなりますね」
 人間たちの解釈だとそうなるな。実際はもっと複雑な理由があるのだが。
「あのね、じゃあね、女王さまは世界で一番運がいいの?」
「……そうですねぇ」
 この程度のことで怯むでないぞ、ロゼリア。
「キュリオね、いっつもジャンケンで負けるの。 お母さんにどうしたら勝てるかなって訊いたらね、運が良ければ勝てるわよって言われたの」
「そうでしたの……」
「でね、どうしたら運が良くなるかなって訊いたらね、神さまに愛されることよって」
「お母さまの仰る通りですね、キュリオちゃんも熱心にお祈りしましょうね」
「だからねー、一番神さまに愛されてる人は一番運がいいのかなぁって思ったの」
 幼い少女のあどけないひと言にロゼリアは過去を振り返った。そして周囲に気付かれない程度、眉間に皺を寄せた。
 なぜなら、女王陛下――彼女の姉はジャンケンに常勝していた訳ではないのだから。 二つ年上の姉は年長であるがためにその時のロゼリアよりも要領がいいこともあった。 だが幸運なのかと問われれば――。
 彼女はこの大聖堂を、ひいてはアペリス教をまとめる立場にある。 いくら神の恩寵豊かなこの地であろうとも、 「理想と現実」とか「建前と本音」とかいうものが存在していることは痛いほど理解している。 実際がどうであれ信徒の前でとるべき態度というものは心得ているのだが、 彼女がこの世に生を受けた時から共に過ごしてきた人とのことは濃く身に染み付いている。
(ああ、我らが父アペリス神よ、わたくしに答えをお示しください〜っ)
 信者の前では貼りついた笑顔が崩れることはない。 だが心の内側では神への訴えが大合唱だったのだ。
 そこまで言われれば動かざるを得ない。……決してヒマだったとか、面白がってるとかではないぞ?
「ここに――誰が幸運であるかを決定する大会を開催することを宣言します!」
 私はロゼリアの口を借りて言わせた。
 しぃーんと静まり返った聖堂内。
 ……外したか?
 一拍の間の後、ワァァァァ――と歓喜の声が湧き上がった。 「大会」というものが人々の魂を揺さ振るのは古来よりのお約束のようだ。
 ……ところでこの聖堂、こんなに人がいたか?


 突然の開催宣言。それを止める者は誰もいなかった。
 というのも、この国で発言力――抑止力――のある二人、ロメリアとラッセルにも啓示を与えておけば問題無いからだ。 この二人が推進派となれば、そのイベントは国事と同様である。 じつにやり易い国だ――それでいいのか? という疑問が湧かないでもないが。
 さて、開催にあたっては主だった者を16名ばかり集め、彼らにトーナメントを行ってもらうことにした。 さすがに国民全てを集めてだとやってられないからだ……いや、だから面倒臭いというワケでは。
 以下が出場者のリストである。

01−アイーダ・グレシダ
02−アストール・ウルフリッヒ
03−アドレー・ラーズバード
04−イライザ・シュテンノ
05−ヴァン・ノックス
06−エレナ・フライヤ博士
07−クレア・ラーズバード
08−クレセント・ラ・シャロム
09−タイネーブ
10−ディルナ・ハート
11−ネル・ゼルファー
12−ファリン
13−フェイト・ラインゴッド
14−ラッセル執政官
15−ルージュ・ルイーズ
16−ロメリア・ジン・エミュリール陛下

 ちなみにあいうえお順である。だからこそ常にトップの娘が先頭なのだ。 某所からの情報によると、「とりあえずオリジナルキャラクターは入れてない」だそうだ。 苗字の有無に関しても良い子は突っ込んではいけないぞ。
 フェイト・ラインゴッドには一般代表として参加してもらった。しかし彼にはもっと切実な理由があるようだ。 それが明らかになるのはもう少し後なので、それまで待たれるがよい。
 さて、肝心のトーナメント表の作成について説明しよう。
 16個の出場枠があるトーナメント表を作成。それの左から番号を振り、それぞれ1〜16番とする。 先程のリストの順番通りにくじを引いてもらい、各自が何番枠で出場するのか決定するのだ。
 司会進行役は言い出しっぺの大神官ロゼリア――すなわち私が行う。
「では1番のアイーダさん、くじを引いてください」
「あ……はいっ」
 黒髪の少女は箱に手を突っ込み、ごそごそと中を探る。そして1枚の札を取り出した。
「えっと、9番です」
「9番はアイーダさんに決定です!」
 うぉぉぉぉ――と無駄に会場が盛り上がった。ここはただの抽選会場で、中にいるのは係の者と出場者だけなのだが。
 係の者が表に名前を書き込んでいく。
「オレは2番ね」
 存在を感じさせない素早さでアストールがくじを引いた。こっちが呼ぶまで待てよ。
 次の人間は逆に暑苦しいまでに存在感を放っている男だった。 彼は愛娘がジト目で睨んでいることに気が付いていない。まあ、例え気が付いたとしても都合のいい解釈しかせんだろうが。
 それにしても娘というものは父親の愛情をちっとも理解しておらん。 小さい頃は「わたし、将来パパのお嫁さんになる〜」と満面の笑顔で言うくせに、年頃になるとうざったげな様子で父親に接するのだ。 俗に言う反抗期。我が家はそれをとうに通り過ぎたとは言え、あの時の娘の冷たい態度といったら……。
 失礼。少々話が脱線してしまったな。少し時間を巻き戻そう。
「ワシは14番じゃ、クレアとは決勝でやり合いたいものじゃのう」
 次はコスプレ娘。
「アタシは〜13番だよッ♪ あー、アドレー様とかぁ……」
「なんじゃ、その嫌そうな顔は!」
 ……とまあ、抽選会は進んでいき、最後から二人目の番となった。
「私の番ね」
 ルージュは気だるげに微笑むと、優雅な動作で箱の中に残された札のうちの一方を取った。
「7番。フェイトさんの初戦の相手は陛下ね」
 フェイトと呼ばれた男性は頭を抱えた。 ここには尋常でない人物ばかりが集まっているが、それでも女王陛下を相手にするのはやりにくい。 そしてあいうえお順だとロメリアの番号が決定するのは一番最後という、実に心臓に悪い状態だったのだ。
 かくしてトーナメント表が完成した。
 わぁぁぁぁ――という歓声にフェイトの呻き声は消し飛ばされ、彼の苦悩に気付いてやる者はいなかった。
 そういったすったもんだの挙句、完成したトーナメント表がこれである。
トーナメント表
 ディルナ対アストールがAブロックの第一試合、タイネーブ対ヴァンが第二試合……となり、 Bブロックも同様に番号が若い方から処理していく。 そして最終的に両ブロックの勝者で決勝戦を行う。
 ちなみに大会は4日かけて行われる。初日がA・Bの第一回戦、2日目は第二回戦、3日目は両ブロックの覇者が決まり、 4日目は決勝戦。 なんでそんなに時間をかけるのか? それはロメリアの一声で決まったことであり、 その心中を覗くと単に盛り上がりたいだけのようだ。 ロゼリアの記憶の中にあるように、ロメリアという人間には遊び心が充分に備わっているのである。
 実に結構なことだ。

 そして大会当日。会場として急造したスタジアムは満員御礼の大盛況だった。 ちなみに場所はペターニの町の外である。 全員が集まりやすかったことと、広い平地であるために建造しやすい場所だったためである。
 ペターニというシランドよりも人口が多い場所であるために、このような盛況っぷりになったのだ。
「さてさて〜、第一試合を始める前にゲストの紹介とルール説明をいたします!」
 あまりにもいつもの大神官さまと様子が違うために驚いている国民が多いが、それは無視。 彼女の傍らにあって一番驚いている人間が知らぬふりを決め込んでいるのだし。
「一人目のゲストは〜、我が愛娘にして近々アーリグリフに嫁ぐことが決まったロザリアちゃん!」
「…………お母さま、乱心なさりましたのっ?」
 ロザリアは涙目で訴えった。知らぬふりは単に目を背けていただけらしい。
 乱心とは失礼な。
「二人目は〜、本大会を開催するきっかけとなったキュリオちゃんです」
「お父さん、お母さん、見てる〜♪」
 キュリオちゃんはのんきに手を振っている。子どもとはそんなものだ。
「次にルールの説明です。これは実に簡単。六面体ダイスを3個握り、ころころっと台の上に転がすだけ。 出目の合計が低い方を勝者とします」
 さらに特別ルールとしてクリティカルとファンブルを導入してある。
 クリティカルは合計が3もしくは4のことで、素晴らしい成功となる。 次の試合での出目の合計にマイナス修正がかかるのだ。4を出せば−1、3を出せば−2だ。
 逆にファンブルはひどい失敗。合計が17か18の場合をいう。 この出目になったら問答無用で失格としてみた。両者が共にファンブルの場合は振り直し。
「みんな〜、ルールは頭に入ったかなぁ? それじゃあ、本日第一試合の選手の入場です!」

 Aブロック第一試合、ディルナ対アストール。
「よろしくお願いします」
 ディルナはぺこりと頭を下げた。
「よろしく……キミがルージュのトコの招死武器娘リーサルウェポン・ガールのディルナ・ハートか。 噂通りのコートなんだな」
 アストールは人差し指で眼鏡を直すと、不敵な表情で笑った。
「これは……その、ダメなんです、これがないと」
 彼女のコートの下にはごっそり凶器――武器が格納されている。 幼い頃より武器に囲まれて育った彼女は、武器が周囲にないと落ち着かないという困った性癖を持っていた。
「アストール♪ うちのディルナに負けてあげて頂戴ね」
 横から入ってきた声はディルナの上司であるルージュのものだった。
「誰が負けるてやるもんか。キミにそう言われると絶対に負けたくなくなるね」
 何があった、お前ら。
「過去の愛憎劇はどうでもいいですから早くサイコロを振ってください。 このサイコロは神殿の宝物庫より持ち出した、聖別された特別なものなんですよ。 狂宴の黄水晶の名は聞いたことがあるでしょう!」
 ないぞー、と客席をはじめとする全員からブーイングの嵐が起こる。
 ついでに言うと、私もそんなものを作った憶えはない。
「でも綺麗なサイコロですよね〜」
 両者の間にあるテーブルの上には、黄色にきらめくサイコロが置いてある。 彼女はそれをつまみ上げて、もの珍しげに眺めていた。
「もーいいから、とっとと振っちゃって!」
 ロゼリアはあっさり言い放つ。彼女の隣では娘のロザリアが卒倒寸前という有り様になっている。
「それじゃあ……」
 ディルナがころころっとサイコロを転がした。
 1個目は6、2個目は6、そして3個目は……6。
「イヤ――! 獣の数字ぃぃぃ、呪われるぅ〜っ!!」
 出すか、普通? 最初っからファンブルなんて。さすがは悪魔に見初められている娘。
「おやおや、これはオレの勝ちのようだな」
 今度はアストールが振った。
「6・4・2で合計12だ。完全にオレの勝ちだな」
「うわーん、団長、ごめんなさーいっ」

 Aブロック第二試合、タイネーブ対ヴァン。
「よろし――」
「イリュース、アリス〜! パパの雄姿をしっかりと見るんだぞ〜!」
 礼儀正しく挨拶しようとしたタイネーブの声は、親バカのせいで見事に粉砕された。 観客席ではすまなさそうにヴァンの妻であるイリュースが謝罪の視線を送っている。
「さぁ、タイネーブ君。気合の入った一投を頼むよ。おぢさん、手加減しないからね〜」
「は、はぁ……」
 運任せなんだし、手加減のしようがないんじゃないのかなぁ……とタイネーブは思った。 イカサマという方法があるかもしれないが、さすがにこの状況でそれをする人間はいないだろうし。 何せ女王陛下が御臨席であり、胡散臭いとはいえ神殿から持ち出されたサイコロなのだから。
「振りますよ。えいっ」
 ころころ。
「2・6・1で……えーと、9?」
 それぐらい自信を持って言ってくれ――選手たちが控えている席でネルは頭を痛めた。
「まずまずの出目だなっ。ではいくぞ、妻娘ラブパワーよここに! たぁっ」
 妙なエネルギーのこもったサイコロは転がった。
「1・5・2で8! 勝ったぞぉぉぉぉ――!」
 リングの上で狂喜乱舞するヴァン・ノックス。娘は素直に喜んで見ていたが、彼の妻はものすごく恥ずかしそうにしている。
 一方、選手たちの控え席。
「うむ。見事な一投じゃった。ヤツめ腕を上げおったわい……そう思わんか、クレアよ?」
「知りません、そんなこと!」

 Aブロック第三試合、ファリン対ネル。
 見映えのする美女同士の戦いということで、男性観客のボルテージがぐぐっと上昇した。 風に乗って「ファリン萌え」だの、「ネル様萌え」だのといった声が聞こえてくる。
「ネルさまぁ〜、お手柔らかにお願いしますぅ」
「こればっかりはどうしようもないさ。ま、自然にやろう」
「でもネルさま、賞品って誰にも渡したくないですよ……ね?」
「――――なっ!」
 ネルの表情が険しいものとなった。
「みんな、狙ってますよぉ? あれは魅力的ですからね〜っ」
「馬鹿なことを言うんじゃないよ、ファリン! さっさと振りな!!」
 ――賞品。それが何なのか大衆に明らかにされるのはもう少し先のことである。 読者の方々もしばし待たれよ。
「それじゃ〜あ、いっきまぁす」
 ころころっ。
「5・5・2で12〜っ!」
「次は私の番だね、いくよ!」
 ころころりん。
「1・3・4で8! やった、勝った……」
 ほぉーっと肩の力を抜いたネルは何処かの方向を見つめた。

 Aブロック第四試合、ルージュ対クレセント。
 ……む、何々。某所から「この二人はキャラが完成していないから早めに展開させろ」との圧力がかかった。 というワケで飛ばしていくぞ。
「さぁて、ディルナも負けてしまったことだし……私まで負ける訳にはいかなくなったわねぇ」
 ルージュは流れるような金髪をかき上げると、小さく溜息をついた。
「私としても負ける訳には参りませんよ、ルージュ様。何せ『風』から出ているのは私だけですから」
 儚げな風貌をしたクレセントは微苦笑。
 この大会は『土』と『風』からは一人ずつ、『水』にいたっては0名という選手構成である。 アドレーを『光』に所属させてしまえば、随分と『闇』と『光』と『炎』に偏っているからな。
「じゃあ、いこっか」
「はい」
 ころころ、ころころっ。
「1・2・1で4。あら、いい目が出ちゃったみたいね」
「2・1・5で8です。負け、ですね」
 本大会初のクリティカルを出したルージュの勝ち。

「これから午後の部を開催するまでお昼休みとなります」
 試合中とは別の意味でざわつく場内。
「お母さま、わたくしはもう見ていられませんわ。花嫁修業に戻りますわよ」
 よろよろしながら出て行くロザリア。その方が彼女の精神衛生上はよろしいのかもしれぬ。
「ロザリアさま行っちゃったー」
「ふふふ、女の子にはそういう時期があるのですよ」
 ロゼリアは得意げな表情でキュリオちゃんを諭した。 そのまま食事が用意されているVIPルームへと連れて行く。 そこで姉とラッセルとエレナ博士と食事をとる予定なのだ。
 一方、選手控え席はというと、半分近くにまで人数が減っていた。
 家族と一緒に食事をとるために出かけているのはヴァンとルージュ。 家族と食事をとろうとしてフラれて追い出されたのがアドレー。 VIPルームへ行っているのはお偉方三人衆。
 残されたのは若い者たちばかりだ。 しかし、気の張る人物がいなくなったせいで和やかな雰囲気なのかというと、そうではなかった。 凄まじいまでに空気が張り詰めていた。
 ものすごい視線にさらされながら持参した弁当を食べているのはフェイト。 周りからの視線がイタすぎて味は全然判らない。カクカクとした変な動きで箸を運んでいた。
 凄まじい視線の主は彼の周りにいる女性たち。 具体的に名前をあげると、ネル、クレア、タイネーブ、ファリン、アイーダ、クレセントの6名。
 彼女たちもそれぞれ持参した弁当を食べているのだが、その背後にはもう一つ弁当箱が置かれていたりする。 つまり、あの人にあげたい食べてもらいたい――なのである。 しかし当のフェイトが先頭をきって持参した弁当箱を開けてしまったのである。
(彼は男性だし、2個ぐらい食べられるかも)
 恋する乙女たちは皆そう思った。
 問題なのは誰の弁当を――である。
 一番熱っぽい視線を送っている二人は社会的地位があるために不用意に行動できない。 っていうか衆目の前でそんなことできない。
 対する残された三人は憧れとも恋ともつかない微妙な感情だ。 そのために明らかに危険な目付きをしているクリムゾンブレイドの二人をはばかって行動できない。
 フェイトが重苦しい雰囲気に耐えながらもここにいるのはそのためだった。 うっかり別の場所で食事をしようものなら、どんな目に遭うか判ったものではない。 最悪、弁当6個が口の中に押し込まれるかも――!
 それに対して、 蜜柑色の髪をしたディルナと気合の入ったコスプレ服に身を包んだイライザの先輩後輩コンビは平和そのものだった。
「ディルナ君、午後からの試合に挑む先輩がから揚げをもらってあげよう」
「ああああ――、ひどいじゃないですか〜。美味しいから最後にとってあったのに〜」
「ふはははは、そんな甘い考えをしているからいけないのだー。さっきの出目は間違いなくキミの人生を表してるね」
「え? ええっ? 止めてくださいよ。ホントに呪われちゃったらどうするんですか〜っ!」
「それじゃあ良い解呪の方法があるんだけど……試してみる? 深夜に教会裏のほこらに行ってだね……」
「ダメです、そんなのコワくてできませんっ」
 わあわあ、きゃあきゃあ。
(平和だねぇ……)
 独りで弁当を食べていたアストールは冷めた目で控え席を見回した。 そして強く誓う。こんな奴らには負けたくない――と。

「てすてすてす、マイク良好。気分爽快。これより午後の部を始めたいと思います」
 ロゼリアの仕切りにより予定通りに進行していた。
「午後の第一試合は――アイーダ・グレシダ対クレア・ラーズバードォォォ!」
 ――瞬間、会場が揺れた。
 雄たけびなのか声援なのか判らない。 とにもかくにも“優しいお姉さま”クレアの信者たちと、“地味で健気”アイーダの信者たちが「萌え〜」と叫んだのだ。 それは先程のファリン対ネルの比ではない。
「……し…………い……す」
「こ………そ」
 会場の騒音に邪魔されて、かなり大きな声で喋っても何も聞こえない。 ちなみに、彼女達は「よろしくお願いします」「こちらこそ」といっている。
 その時、轟音と閃光が発生し、会場を一瞬で静かにさせた。 選手たちを含め、会場内のあちこちにいる施術士たちがサンダーストラックの呪文を一斉に唱えたのである。
「サンキュー、ロメリア姉さま、あーんどラッセル兄さま。ついでにその他大勢のみんなッ♪」
 ロゼリアはぐっと親指を立てて拳を突き出す。
「今日のあの子、いつになく楽しそうですわね……わたくしももっとはしゃいでしまいましょうか?」
「何を仰るのです、陛下。いくらアペリス神のお告げがあろうとも、このようなバカ騒ぎをやること自体が言語道断なのですぞ」
 む、私の素晴らしいアイデアをバカ騒ぎ呼ばわりするとはけしからんやつ。
「それじゃー、選手のお二人どうぞ〜!」
「私、やりますね」
 アイーダはぎゅっとサイコロを握った。
「えいっ」
 ころころ。
「4・1・4で9です。クレア様、どうぞ」
「ええ、私も負けられないわ――」
 ころころ。
「4・3・3で10――!? そんな、ネルは勝ったというのに負けてしまうなんてっ」
 エリクールの大地が真っ二つに割れてしまったかのような悲惨な顔つきになるクレア。 ふらふらと倒れてぴくりとも動かない。
 それを見ていた両者のファン同士で乱闘が始まったりしたのだが、 それは警備の人々――ペターニ近郊ということで連鎖師団が動員されている――の手によって速やかに排除された。 『土』の構成員が『光』の隊長に勝利したせいで、 喜びのあまりいつも以上に仕事に精を出している感がなくもない。

 Bブロック第二試合、ロメリア対フェイト。
「さーてさてさてさて、本日一の好カード、ロメリア姉さま対フェイトさんの試合がやってまいりました!  ここで姉さまが負けるようなことがあれば、本企画の意味はなんだったのだとアペリス様を問い詰めなければなりません」
 ――――そうだね。
「皆さんご心配していらっしゃるかもしれませんがぁ――、本試合では一切のサイコロの目の誤魔化しはしていません!  これホント、絶対! だから例え姉さまが負けようとも容赦はしません、大会も続行です!!」
 フェイトは重い足を引きずってリングへとやってきた。 その顔色はすでに死人と同じであるが、ラッセルからの「イカサマしてでも負けろ」という視線を受けてますます白くなった。
(僕も負ける訳にはいかない、でも勝ったら殺されるッ)
 そんなフェイトの葛藤を知ってか知らずか、ロメリアの表情は至極穏やかなものだった。 彼女は堅苦しい城から外出できて、大勢で楽しめる今日を存分に味わうつもりなのである。
「それではわたくしから……」
 ロメリアの細い手がサイコロを放つ。
「6・4・1、11ですわね」
 期待値通りの出目にとりあえずほっとした空気が場内に流れた。
「よし……今度は僕……」
 ロメリアが11なので勝つか負けるか予想ができない。まさに運を天に任すしかない状況である。
 ころ、ころ、ころと黄色いサイコロが卓の上を転がる。そして――
「5・4・3で12……。負け、負けた……あははははっ」
 フェイト・ラインゴッドの糸が、ぷつんと切れた。

 Bブロック第三試合、イライザ対アドレー。
「ふははははは、見ておるかークレアよー!」
 クレアは精神に変調をきたしたために神殿に運ばれたフェイトを追いかけていったので、ここにはいない。 そのことに全く気が付いていないアドレーは背中のペイントを自慢げに披露している。
「俺も明日の試合であれやろっかなー」
「絶対にやめてくださいね、あなた」
 そんなノックス夫婦の会話もあり。
「魔女っ娘イライザちゃんでぇ〜す♪」
 対するイライザも怯むことなく勝負服を披露していた。
 こちらは幼い少女たちや大きなお友だちに大人気だった。 「ぷりぷりできゅあきゅあ〜」とかなんとか、異文化でしか理解不能なエールが飛んでいる。
「筋肉怪人アドレーをやっつけちゃうぞ〜」
「筋肉はともかく、怪人とはなんじゃ! いざ尋常に勝負せいっ!」
「おっけー、イライザ・プリズム・スロー!」
 妙な振りと共にサイコロを投げた。
「4・3・2! 全部で9〜っ!」
「ぬぉ、中途半端な目を出しおって。おとこならファンブルかクリティカルを出さんかい!」
「そんなのし〜らない、アタシはキュートな魔女っ娘だもーん」
「黙らっしゃい! 今度はワシからいくぞ、ゴッドファーザー・ハンドォォォ!」
「2・3・4……ぬぅ、引き分けか」
「引き分けの時は両者とも振り直しです」
 ロゼリアからのアナウンスが入った。
「じゃあ、もう一度。イライザ・ブルーコメット!」
 青い流星のエフェクト付きで投げた。見た目がハデなだけで特に効果はない。
「2・3・6で11だね♪」
「ではワシの番。ゴッドファーザー・キィィッス!」
 止めてくれ。
「3・4・3、10じゃ!」
「うぇぇぇ、アドレーさんの必殺技に負けたぁ〜」
 そういう問題か?

 Bブロック第四試合、ラッセル対エレナ。
「限りなく地味な組み合わせ、陛下の隣のポジションは誰のものだ! ラッセル兄さまとエレナ博士の試合です!」
「別にあたしはラッセル君ほどそこに固執してはいないんだけどねぇ」
「な、なななな何を仰るかエレナ博士」
 判りやすい反応だ。
「そのような物言い、陛下に対して不敬であろう!」
 そっちかよ。
「でもね、賞品は魅力的なんだよね。きっと、あたしは皆と違う意味でだろうけど。 ラッセル君は賞品をどう思ってるの?」
「…………それについてはコメントを控えさせてもらおう。では参る!」
 ころころ。
「1・5・6、12だな」
「確立でいうなら勝てそう――かな?」
 ころころっ。
「4・6・3……あら、負けちゃった。良かったね、ラッセル君」
「…………いちいち言うな!」
 ラッセルはもの凄い勢いできびすを返すと、リングの石畳を粉砕しそうな勢いで去っていった。 その表情は観客からも選手控え席からも見えない。ただ近くにいたエレナだけが面白そうに微笑んだだけである。


 そして翌日。各ブロックの第二回戦が行われた。

 Aブロック第六試合、アストール対ヴァン。
「さあ、本日の初めの試合は『闇』と『光』のマジバトル!  哀愁漂う独身パワーと余裕たっぷりの既婚者パワーのどちらが勝つのでしょー?」
 この実況には当事者だけでなく、多数の独身者の肩がビクっと揺れた。 ロゼリア自身が既婚者だから言えるセリフなのは間違いない。
「独身男としては親バカには負ける訳にはいきませんよ、ヴァンさん」
「ふっふっふ、どうかな〜? これ羨ましいでしょ?」
 そういってヴァンがどこからともなく取り出したのは1枚の絵。
「何ですか、それ?」
「アリスを抱いたイリュースの絵。これぞ幸せの縮図って感じがしないかい?」
「……くっ」
「アストール、そんなのに気圧されてるんじゃないよ! ヴァンはタイネーブを負かした相手。 今度はうちが勝つ番なんだからね!」
「おーっと、セコンドから応援が入りました。入ったところでそろそろサイコロを振ってください!」
実況ロゼリアさまもああ言ってることですし、そろそろ行きますよ。 独りモンの意地を見せてやるっ」
 ころころっ。
「4・6・5……くっ、15か。まずいな」
「今度はこちらの番。妻娘ラブパワー再び!」
「うぉー、こんなのに負けたくねぇ!」
 ころころりん。
「6・4・3の13だ。いよっしゃ!」
 ヴァンは観客席の妻子に大きく手を振る。その笑顔は実に晴れやかであった。
「チッ、使えない男だね……」
 ネルの小声の呟きがアストールにトドメを刺した。
 なお、ヴァンのコレクションである絵に関する件は『愛娘は我が光なり』を参照していただけると有り難い。

 Aブロック第七試合、ネル対ルージュ。
「さてさて、続く二試合目も独身者対既婚者です!」
 独身――そのひと言がネルにぐさりと突き刺さった。 魂まで消し去らんという強力なオーラを放ちルージュを睨みつける。
 対するルージュにはヴァン同様、既婚者の余裕というものがあり、 幼児が泣き出しそうな気迫も柳に風といった態で受け流している。
「ここで皆さんにお知らせです。 ルージュさんは昨日の試合で4を出しているので、今日の出目に−1のボーナスがあります。 これが明暗を分けることになるのでしょうか? さあどうぞ!」
「私は負ける訳にはいかない――黒鷹旋ッ!」
 ネルは精神力を吸い取る黒い渦と共にサイコロを投じた。 技を叫んでいるのは周囲を見習ってのこと。それほどまでに必死なのである。
「やった、1・1・6で8!」
「何だか必死ねぇ……。今度は私」
 ルージュはやる気なさげにサイコロをころころっと転がした。
「あら、1・2・5で8だわ。振り直しね」
「違います、ルージュさんには修正がかかるので合計は7になり、あなたの勝利です」
 無常にも会場に鳴り響くロゼリアの声。
 ネル・ゼルファーの夢と青春はここで終わった――。

 Bブロック第六試合、アイーダ対ロメリア。
「昨日の試合を辛くも勝ち抜き、女王の威厳を保ったロメリア姉さま。アペリスのご加護は本物なのか!?  対するはアイーダ・グレシダ。 こういう企画では得てして一番目立たないキャラが無欲の勝利をつかむが、その神話は今大会でも再現されるのかーっ?」
 わぁぁぁぁ――という大歓声に笑顔で答えるロメリア。 地味っ娘好きの応援団もさすがに女王の前では大人しくしているようだった。
 当のアイーダは緊張でガチガチに固まっていた。何せ目の前にいる人は彼女にとってもっとも高貴な人なのだから。 さらに昨日のフェイトの時と同様にラッセルから圧力がかかっているし。
「そっ、そっそっそ、それじゃあ私から振らせていただきますっ」
 アイーダは震えるてでサイコロを投げた。
「5・6・4で15ですっ」
「あら……結構大きい目が出てしまいましたわね。振り直しますか?」
「え、えぇぇぇっ?」
「そこ、姉さま。勝手にルールを変更しないように!」
 ロメリアの無茶苦茶な物言いに対し、即座にロゼリアの一喝が飛んだ。
「そうですか……残念ですねぇ。ではわたくしの番」
 ころころ。
「1・4・5で10ですわね」
 ふぅぅぅ。

 Bブロック第七試合、アドレー対ラッセル。
「本日最後の試合は今大会中最高齢の組み合わせ!  シーハーツ随一の筋肉を持ち、それで伝説を作った男アドレー・ラーズバード。 対するは宮廷の知性派代表にして反筋肉アンチ・アドレーのラッセル兄さま。 かつてはそれぞれに美女のハートを鷲掴みにした両名ですが、今日ここで熟女のハートを捉えるのはどっちだァ!」
 えー、念のため言っておくが、実況――司会進行は大神官ロゼリア・テスタ・エミュリールである。 確かに私がこのような大会を開催するように仕向けたし、実況もさせている。 だがボギャブラリーも基本的な会話の方向性も彼女自身のものなのだ。 私の言語中枢がこのような単語で形成されているわけでは断じてない、そこのところを勘違いしないように。
うぬ死合しあいをするのは久しぶりじゃのう。 今日はあの時のようにアフロにはさせぬぞ」
「笑止。アドレー殿の暑苦しい肉体、今日ここで完全に滅して差し上げましょう。 そもそも何だというのだ、その格好は。 あれほど見苦しい物を晒すのは止めるようにと言ったではないか」
「フン、若造が何をぬかすか。お前こそ相変わらず肉食ってない体格をしおって。 お主の頼りなさを示すためにも今回もあの時のように剥いてやるわッ」
「品のない……。だから貴様のような男を城内に、いや国内に置いておくわけにはいかんのだ!」
 この二人、約25年前にいろいろあった。詳しくは『静謐なるは我が祈りと世界』を参照してくだされい。
「貴様の姿を見ているだけで気分が悪くなる、早く振れ」
「言われんとも振るわい。たぁっ、ゴッドファーザー・パンチィィィ!」
 アドレーは卓を殴りつけんばかりの勢いでサイコロを放った。
「5・4・3で12じゃ。まずまずの出目じゃな」
「今度は私からいくぞ。サンダァァァ・ストラァァァック!」
 青白い電光と共にサイコロは振られた。
「3・3・4で10だ、私の勝利だな。アドレー・ラーズバード敗れたり」
 フフンと勝ち誇るラッセル。 熟女の皆さんの黄色い声が会場に溢れたのだが、この会場で誰が一番熱心にラッセルを応援していたのか。 それにはあえて触れないでおいてやることにしよう。ああ、私って良い神さまだなー。


 そして次の日。各ブロックの決勝戦が行われた。
 Aブロックでは人気どころを抑えてヴァン・ノックス対ルージュ・ルイーズ。 Bブロックではロメリア女王対ラッセル執政官の主従対決である。
 さて、勝敗の行方はいかに?

 Aブロック決勝戦、ヴァン対ルージュ。
「よーし、妻と娘のためにもこのまま勝っちゃうぞ〜」
「あら、私もダンナと生まれたばかりの娘のためにも負けられないわねぇ」
「なれば本気で勝負だ。妻娘ラブパワー、かもーん」
 ころころ。
「6・5・1……12か、微妙なとこだな」
「我が家もダーリンと娘からの応援、無駄に出来ないのよっ! たぁっ」
 ころころ。
「6・4・2で12ね。今日は修正がないから引き分けだわ」
 そして振りなおした結果――
「6・4・5で15ぉ!? やっべー」
「5・2・3で10! お母さん勝ったわよ〜!」
 勝者のルージュは観客席に向かってVサイン――え、この国にVサインがあるのかだって?  今さらそんなこと気にしちゃいけないな。 そうそう、ルージュ・ルイーズの結婚・出産の件は『陽は我が大地を照らし』を参照だッ。

 Bブロック決勝戦、ロメリア対ラッセル。
「さあさあさあっ、本日も危なげなく勝ちを収めて女王の貫禄を見せ付けるのかっ、ロメリア・ジン・エミュリール!  対するラッセル兄さまは陛下相手にまともに戦うことができるのかーっ!?」
 私の――アペリスの加護が本物であるのかどうかが判明するこの試合。 今大会の発起人であるキュリオちゃんは興味津々といった様子である。
 ……ここで負けるなよー。
「陛下、私は棄権いたします」
「まあ、いけませんわ。それはここまで懸命に戦ってくれた皆に対しても失礼と言うもの……。 それにロゼリアがそんなずるい勝ち方は許してくれないでしょう、ね?」
「もちろんでーす。ラッセル兄さま、諦めてサイコロを振っちゃってくださいな」
 弱りきった顔のラッセルは不承不承サイコロを握った。 が、それでもなお会場の顔色を窺う。
「早くしろー!」
「しょっぺぇ試合すんじゃねーぞ!」
 喧喧諤諤けんけんがくがく。ぎゃーぎゃー、わーわー。
 振らないと、暴動が起きる――ラッセルは悟った。
「……やむを得ません。大きな目よ、出るのだ」
 ころころ。
「1・6・2ぃーっ!? なぜここで9が出るのだっ!」
 ラッセルはむむむっと唸ると、サイコロが載っている台を傾けてみた。 が、サイコロは張り付いたように動かない。曲りなりにも神殿に収められていた宝物の一つであるらしい。
「なぜ動かーん」
「あーラッセル兄さま、無駄な抵抗はしないように。さ、今度はロメリア姉さまの番ですわ」
「ええ。ではさっそく」
 緊張の一瞬。
「1・2・5で8です。良かったですわね、ラッセル」
 くすくすとロメリアは微笑した。 そして、安堵のあまりどっと肩を落とすラッセルの耳に何事なにごと かをそっとささやいた。
「陛下ァァ――ッ、それは仰ってはなりませぬ――っ!」
 顔を真っ赤にしたラッセルの絶叫が会場を貫いた。
 まったく、何をやっているのやら。


 そしてまた翌日。すでに3日続いている大会の勝者が決定される日がやってきた。
 本日行われる試合により、「神の恩寵=幸運」が成り立つか否かが決定される。 神の恵みとは何ぞやという、この国の人間にとっては非常に重要な事項が確立される記念すべき日でもあった。
 ペターニの町の近くに建設されたスタジアムは超満員。 長に渡る戦いの結末を見届けようという人々でいっぱいだ。
 Aブロックの代表は抗魔師団『炎』の団長ルージュ・ルイーズ。 この世界では夫・子ありという設定が付加されており、他所とは違った――他所って?――味わいを持つ人物だ。 「母は強し」という言葉があるくらいだし、決勝戦でも見事な戦いっぷりを披露してくれることを期待しよう。
 Bブロックの代表は聖王国シーハーツの女王、ロメリア・ジン・エミュリール。 アペリスの聖女にして我が代弁者である彼女はこの大会において勝たねばならぬ立場にいる。 まあ、本当はそれ以外にも勝ちたい理由があるようだが。 展開的に初戦で負けるかと思いきや、主人公であるフェイト・ラインゴッドを蹴落とし、 続く二回戦・三回戦も勝ち上がってきた。
 さて、勝利の栄光はどちらのものに?

 決勝戦、ルージュ対ロメリア。
「いよいよクライマックスを迎えた本大会。 姉さまが無事にアペリス神のお力を証明できるのか、それともルージュさんの母親パワーが全てを粉砕するのか!  会場の皆さんと共に最後まで見守っていきたいと思いまーす」
 ワァァァァ――と会場は大いに盛り上がった。
「さて、ここで今まで参加者以外には秘されていた賞品について説明したいと思います。 メインはこの記念トロフィー、大きいだけで特にファクターはついていません。 そして副賞は職種・地位に限らず10日間の休日とウルザ観光温泉の宿泊券です」
 実はこの副賞が騒動の元だった。 この温泉旅行はペアでご招待なのである。 純粋に休暇目当てのエレナと既婚組はいいが、独身組の人々はいろめきたった。 何せこれには温泉への旅の道連れの指名権というものまで付いた。 そして指名された人間は拒否権を行使できないのである。
 かくしてフェイト争奪戦を繰り広げる女性たち、 そうでなくとも意中の誰かと温泉に行きたい者たちはやたらと気合を込めて勝利を目指したのだ。
 ――見事に皆、夢破れたようだが。
「さて、そろそろ決着をつけるとしましょうか? 陛下が相手でも容赦はしませんよ」
「もちろんですよ、ルージュ。わたくしも全力で臨ませていただきますわ」
 ルージュにロメリア、両者とも表面上は穏やかな笑顔をしている。 だが水面下では熾烈な視殺戦が繰り広げられている。
 ……女って怖いね。
「ルージュ・ルイーズ、いきます!」
 ころころっ。
「1・6・4! 11ね、まあまあだわ」
 ルージュは小さくガッツポーズ。
「それではわたくしも……」
 ルージュの出目は11だから、ロメリアが勝ち・負け・引き分けのどれになる可能性も充分にある。 全くもって先が読めない勝負だ。
 そして最後の一投――になるかもしれない――が行われた。
 ころ、ころ、ころん。
「3・1・4で8です」
 よくやった! 私の面目もこれで保たれるというものだ。
「わたくしの勝ち――で、よろしいですわね?」
 ロメリアはおっとりと微笑むと、実況席の妹に尋ねた。
「――! すごい、すごい。ついにこの大会の覇者が決定されました。やはりアペリス神の御加護は本物だったのです!  勝者にして偉大なるロメリア・ジン・エミュリール陛下に惜しみない拍手をどうぞ!」
 うぉぉぉぉ――と大歓声に、やんややんやの拍手喝采である。 いつの間に仕込まれたのか、くす玉からは紙吹雪が舞い散っていた。
 やはりアペリスの聖女には勝てぬと選手たちの誰もが実感している。 そしてフェイトを巡るライバルの誰かが優勝しなくてよかったと女たちは思ったし、 何とか復帰したフェイトも強くそう思った。均衡が崩れるという現象は大体においてろくでもない結果を引き起こすからな。
 キュリオちゃんも納得しており、非常に結構なことである。


 それから何日か後のこと。
 ロゼリアは床に伏せっていた。宮廷付きの医術士の診断では「はしゃぎすぎ」とのことであった。 娘のロザリアは「だからあれだけご注意いたしましたのに……」と文句をいいながらも母親の看病をしている。
 ロゼリアが倒れた本当の原因は、単に私と長時間接続していたことによる疲労だ。 おそらく彼女は目覚めた時には全てを忘れているだろう。 すまぬな、我が愛し子たちよ。

 シランド城からはロメリアの姿が消えていた――という訳にはさすがにいかなかった。 曲りなりにも一国の女王がお忍びで国外の温泉地に行き、そこでのんびりとくつろぐのは難しかったからだ。
 何よりも口うるさい人が身近にいるし。
「温泉はお諦めください、陛下」
「お黙りなさい、ラッセル――いいえ、ラッセル兄様、あなたに拒否権はなくってよ。 それにラッセル兄様が勝利していたら副賞はどうしていましたの?  私を温泉に伴ってくれるのではなかったのですか? だからこのような副賞を大会の賞品に設定したのでしょう?」
「そ、それは――」
 ほほほ、と笑うロメリア。その表情を見る限り、まだ彼女は温泉行きを諦めた訳ではなさそうだ。
 城内にラッセルの苦悩の呻き声が響いた……。

 数日の後、王城から二人の姿が消え、城中が大パニックになったのは言うまでもない。 余裕だったのは大会以前から事実に気が付いていたエレナ博士と大神官ロゼリアくらいなもの。
 それでも、世界は動く――。


− Fin −


あとがき
 くじ引き、サイコロ振りとも一切不正はしていません! いや、ホントに(汗)。
 ……なんちゅーか、アレですね。サイコロの神さまってホントにいるんだなーと思いました。 本当にロメリアが優勝するなんてびっくりですよ(笑)。
 試合結果をまとめると↓な感じ。
試合結果




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