永遠の絆 終幕

 惑星ワンダールに無数に存在する国の一つ、リング国の辺境の町オーエン。
 質素ながらも頑丈な作りのアパート。その2階に青髪の女性がいた。
 陽射しも柔らかな穏やかな午後。2階の窓から通りに目をやると、商売熱心な花売りや連れだってあるく恋人たちの姿が見える。ここで暮らしてもう2年近くが過ぎただろうか。これから町の外にある広場で何が行われるのかも知っている。今まで過ぎた時間が長いのか短いのか、それは彼女にも判らない。
「二度目の春ね。野に咲く花々は美しいけれど、また無為むいに時が過ぎていく……」
 リョウコ・ラインゴッド、そう呼ばれる女性は力なく呟いた。実年齢よりもずっと若く見える端正な顔は憂色を帯びている……。

 ハイダで襲撃を受けた時、転倒して頭に怪我を負ってしまった。朦朧とする意識の中で緊急脱出用のポッドに押し込められて、夫がポッドの起動スイッチを入れたのを覚えている。いつになく真剣な目で彼女を見つめる夫の顔。
「諦めるな。どんな時でも生きるんだ。そしてあの子たちを――」
 そこで彼女の意識は途切れてしまっている。
 もちろん、彼女には夫の言わんとした事が何であるか解っている。畏怖いふの念を抱いてしまうような事、だけど決して捨て置くことができなかった事。世界の在り様の禁忌に触れてしまった、彼女たちにとって罪の刻印のようなもの……。
 再び意識を取り戻した時は、見知らぬ宇宙空間にいて、ポッドのコンピュターで調べてみたら、そこはハイダからかなり離れたポイントである事が判明した。近くにある惑星は未開惑星で侵入するのが躊躇ためらわれたが、緊急事態ゆえにやむを得ず着陸しようとした。
 ――が、いざ大気圏突入をする段階になってポッドが悲鳴をあげた。こんなところまで無理に跳ばされ、機体にはかなりの負荷がかかっていたらしい。手動で着陸させることにはなんとか成功したが、ポッドは完全に機能停止してしまった。ポッド内の備品を手にして、空から見た記憶を頼りに近くの人里にたどり着くのに5日も要した。
 現在は医者として生計を立てている。紋章遺伝学を専門にしている手前、医学も身につけていたし、簡単な治癒呪紋も使えたので十分やってこられた。この惑星は地球でいうなら中世にあたる文明レベルで、紋章術に類するものはあるが一般的ではない。だから彼女の存在は近隣の住民に感謝され、最初の方こそ胡散臭く思われたものの、今ではすっかりこの町に溶け込んでいた。
 この町で親しくする友人もできたし、朗らかな気風のこの町がリョウコは気に入っている。とりあえず日々の生活にも不安はない。だがこの町に愛着を覚える程に、たまらなく切ない気持ちになるのだ。夫と息子の顔が思い出される。何処にいるのか……、無事でいてくれるのか……、何度も何度も考えてきた事がまた脳裏をよぎる。
 幸いにも小型発信機は壊れていなかったので、救難信号は送り続けている。しかしどこまで届いているのかは知れたものではないし、また辺境の空域の信号を誰が察知してくれているのか怪しい限りである。この発信機は光触媒動力チップを内臓しているので、光のある所では半永久的に信号を送り続けてくれるのだが……。

「……コさん、リョウコさん? いるかね?」
 ノックの音と共に、声がかけられていたのに気がついた。考え事に熱中するあまり、現実から遠ざかってしまっていたようだ。
 この声はリョウコが生活しているアパートの、大家である老夫婦の奥さんの方。自分の娘たちが遠くの町へ嫁にいってしまったとかで、現在は夫婦で2人暮らし。娘を可愛がるかのように、リョウコの事を何くれとなく面倒をみてくれた心優しい女性である。
 待たせてしまって申し訳ないとばかりに、慌てて扉を開けた。
「はーい、います。少し考え事をしていたのよ。ごめんなさいね、マリーさん」
「あら…そうだったの? 悪い事をしてしまったわね」
 マリーは人の良さそうな顔に少し心配そうな表情を浮かべたが、リョウコの事情を理解してくれているので問い詰めたりはしない。すぐにいつもの表情に戻って話を続ける。
「もうすぐ日が暮れてダンスの時間になるでしょう、だからうちのお爺さんと一緒に出かけるのだけれど、リョウコさんも一緒にいかが?」
「あ、いいですね! 私はダンスを踊れないけれど、会場の雰囲気って好きなんですよ。それにお祭には美味しいごちそうも出ますしね」
 笑いながらそう言っていると、マリーはことさら大きなため息をついてみせる。
「……まったく、その器量が勿体もったいないこと。去年も男どもが花束を抱えて群がってきたというのにねぇ」
「あら、わたしはもう大きな息子がいる歳ですよ」
 そんな風にとりとめのない冗談を言い交わしていると楽しい。このまま自室にいても進展のない悩み事に時間を費やしてしまいそうだったので、リョウコはマリーとその夫と共に出かけた。

 夕焼け色に染まったオーエンの町。そこにあるアパートの一室の前に男性の二人連れがいた。片方はずり落ち気味の眼鏡にのほほんとした表情で、もう一人は青い髪に期待と不安が入り混じった表情だ。
「うん、ここで間違いない。この部屋の中から信号が出されていますよ」
 ウィリアムが手にした小さな機械――ナビゲーション機能付きの受信機――から目を離し、へらっとした表情でフェイトの方を向く。神妙な顔をして頷いたフェイトはドアを軽くノックした。
 中からの反応があるまでのしばしの間、ここへ至るまでの苦労に思いを巡らせた。
 彼らのきまぐれで始まった花探し。これがなかなかに難儀な出来事となってしまったのだ。母親に似合う花は白いものだろうか、そんな事を考えつつ花を探していると――。
 ――その花はわたしのよ〜ッ!
 今年こそはと思っている女性に吹っ飛ばされ。
 ――俺の花に触るんじゃねぇぇッ!!
 恋人いない歴○年の男性に足蹴にされ。
 ――お兄ちゃま、大丈夫?
 幼稚園児にあわれまれて。
 ……と、散々なめにあったのである。苦闘の末に花を手に入れたときにはすっかり夕暮れ時となってしまっていた。意地でも今日中に花を渡してやると思ったフェイトは、祭り会場でのん気に飲み食いしていたウィリアムを引っ掴むと、シーカーと命名された受信機の指し示す方へと爆走した。

 やっとたどり着いたアパートの戸を叩くが、しばらく待っても部屋の中から反応がない。
 さらに木製の扉を叩いてみるが、ひそとも音がしない。気まずい雰囲気の中、2人は顔を見合わせた。
「……留守だな」
「……留守みたいですね。でも発信機がここにある訳ですし、中になにか痕跡こんせきがあるかもしれません。ちょっと見てみましょうか」
 そう言ってウィリアムはウェストポーチから小さな針金を取り出した。それを鍵穴に差込みゴソゴソと動かすと、カチリと気持ちの良い音がして鍵が開いた。
 この時、未開惑星研究員というのは一体どういう資格なのだろう……と、フェイトが疑問に思ったのは言うまでもない。しかし、己の精神安定のためにもその疑問を口にはするまいと決心した。
 部屋の中はきれいに片付けられており、物の並べ方のクセは母親と似ているようだ。窓際にある小物に紛らわすかのように発信機が置いてあった。その識別番号は母親の乗ったとされているポッドに搭載されていたのと同じもの。
(母さんはここに……いる?)
 家捜しをしつつ期待に胸をはずませていると、不意に声がかけられた。
「あっ、ドロボー! リョウコが留守だからって入り込むなんて、あたしが成敗してくれるわ!!」
「は、はい?」
 振り向けばそこに小柄な女性の姿があった。年齢はフェイトと同じくらいだろうか。かつてエリクールでも見た、モップという名の掃除用具をこちらに突きつけている。
「リョウコはおばさんたちと一緒にパーティへ行ったはずなのに、隣の部屋からなーんか気配がするって思ったのよね。とうとうあたしの腕前を……」
「ねえ、君! 母さん……リョウコって人の居場所を知ってるんだね。案内してくれ!!」
「え、えぇ!? きゃぁ、何するのよ〜」
 左手に花束、右手にモップ娘をそれぞれ抱えると、フェイトはアパートを飛び出していった。かすかにモップ娘の叫び声がこだましている――。
「やれやれ、若いってのはイイもんですねぇ。ここのお祭のごちそうは美味しいですからね、私も追いかけるとしましょうか」
 見かけだけならフェイトよりも幼く見える未開惑星研究員は、そう呟くと家捜しした後を整えた。部屋の扉をそっと閉め、入ってきた時と同様の手口で鍵をかける。そうすると何の跡も残らない。まるで誰も訪れはしなかったかのように……。
 未開惑星研究員には秘密がいっぱいあるのである。

 日が落ちてすっかり暗くなった広場にはランタンの明りがきらめいている。人々の着飾った衣装は手にした花にも劣らぬ美しさ。楽団が奏でる音色が心を高揚させ、テーブルに載せられてある料理が食欲を刺激する。
 ダンスに興じる恋人たちや、悲喜こもごもの人間模様を遠目に見ながら、リョウコはグラスを片手にベンチに腰掛けていた。
 ランタンや松明の明るさで若干見えにくくなっているものの、空には無数の星々が光を大地へとなげかけている。
「空に手を伸ばせば星に手が届きそうなくらいに、ここの空は澄んでいるわ。だけどわたしの想いは届かない……か」
 ふう……とため息をつく。
 リョウコは星海の中に真理があるという言葉を聞いた事がある。しかし今の彼女にはこの惑星の外を知る術がない。もちろん別れ際の夫の言葉を忘れたりはしない。遠くに離れているからといって絶えてしまうほど、家族の絆は弱いものではない。その事は彼女自身が一番よく解っている。だけど不確かな現状がもどかしく、それ故に悪い想像もしてしまうのだ。
 あの襲撃の時に夫も息子も、親友の娘も命を落としてしまったのではないか。
 だから自分を探す者がおらず、2年近くが経過しても救助がこない……。
 つい悪い方へと考え勝ちな自分を叱咤しったし、考えを振り払うかのように頭を軽く振る。
 この町で暮らしている間にすっかり伸びてしまった髪を手櫛で直していると、なんとも奇妙な悲鳴が聞こえてきたではないか。
「きゃ〜、人攫ひとさらい〜! これでぇぇあたしもぉぉヒロインにぃぃぃ。あっ、あそこ〜」
 なんだかよくわからない内容だが、声の主は隣室の少女のものだ。「正義」という言葉に熱血していて、元気だが少々お調子者な女の子である。『町が手薄になるときは悪がハビコるものなのよッ!』とか言って、アパートに残っていたはずの人物が何故ここにいるのか気にはなったが、正直言って関わりたくはない。
 今では仲良くしているが、リョウコがここへ来た当初はかなり胡散臭く思われて、彼女の好奇心の対象になってしまったのだ。そんな過去があるものだから、妄想全開中の彼女に見つからぬように背を向け、こそこそっと照明の暗くなっているところまで移動した。

 ほどなく静かになったので安堵あんどしていると、背後からカサリと草を踏みつける音が聞こえた。まさかとの思いに振り向くと、そこには背の高い人間の影。辺りが暗いので顔がよく見えない。だけど、彼女と同じ色の髪をしている……。
 リョウコはその人の事を間違えたりなんかしない、生まれた時から慈しんできた相手なのだから。湧き上がる喜びで胸がいっぱいになり、名前を呼びたいのに声をだせない。かわりに抱きしめたくて、頭を撫でてやりたくて。相手の方へ1歩、また1歩と近づいていった。
 同じ色の髪をした二人の男女が向かい合う。
 二人の視線が絡み合い、互いにふわっとした微笑を浮かべた。
 それだけで長い空白が埋まったかのような気持ちになる。
 男性は白い花を集めて作った花束を差し出した。
「やっと……やっと会えた。遅くなったけど迎えに来たよ、母さん」
 リョウコの眼から涙か溢れて、息子の顔を見ていたいのに邪魔をする。
「――フェイト!」
 だから今度は名前を呼んで、その胸に飛び込んでいった。思っていたより逞しくなった手が彼女の身体をそっと抱きしめた……。


− Fin −



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