クイラスの審美眼

執筆者:guenさん

「……なあ、いっつも思うんだけどよ。聞いてもらっていいか?」
「何を今更。――それを言うためにここにいたんだろ?」
「そうだけどよ」
 クイラスは座りつつもレリクスに訊ねる。
「俺達の国の女ってさ、かなり美人がいるよな」
「――――そうか?」
「そうか? ってお前……女に興味ないのかよ!?」
 クイラスは立ち上がる。それを意外そうに見るレリクス。
「女性には人並みに興味はあるさ。ただそんな風に見れないだけだ」
「そんな風って、どんな風だ?」
「お前みたいな女性の見方」
「このやろ」
 こんな会話をしているが、実は二人ともシーハーツ六師団の団長なのだ。
 クイラスは幽静師団、師団長。
 レリクスは虚空師団、師団長。
 二人とも立派な肩書きを持っている。
 実はこの二人、とても仲がいい。 よくお酒を一緒に飲みに行くし、飯を食べる時も一緒に行く。
「でもよ、少しは美人が多いと思うだろ?」
「………………まあな」
「やっぱり、俺とお前は同士だな」
「レリクス様に余計なことを吹き込まないでください!!」
「うわっ!!」
 いきなり後ろから声が聞こえた。
 それに驚いてバランスを崩したクイラスは、恐る恐る後ろを振り返った。
 そこには真っ黒な髪をショートヘアにして少し青みがかった瞳を持つ女性、 虚空師団の一級構成員のインペラ・トールがいた。 彼女は主にレリクスの補助役をこなしている女性だ。
「び、びっくりするじゃねえか、インペラ……」
「レリクス様に変なことを吹き込まないでください、クイラス様」
「別に変なことじゃねえしよ……。だいたい、これは男の心の中には必――」
「それが変なことと言っているんです!!」
 さっきと同じ音量で怒鳴るインペラ。
 あまりの声の大きさにクイラスは耳を押さえた。それに対し、レリクスは平然としている。
 クイラスはくらくらしながらも、インペラに言った。
「も、もうちょっと音量を下げてくれ……。耳がやばい……」
「じゃあ二度とレリクス様に変なことを吹き込まないでくださいよ!?」
「わかった、わかったから……もうちょっと静かに……」
「わかりました……。大声を上げて申し訳ございません、クイラス様」
「いいってことよ」
 深々と頭を下げるインペラにクイラスは微笑む。それを見て、インペラはほっとした様子だった。
「さて――と。俺はそろそろ行くとするかな」
「ああ。じゃあ、またな」
「天国へでも行かれるのですか?」
「アホか! そんなところへ行くと思うか? 俺が――」
「冗談です」
「あったりめえだ。俺は地獄へ行く身だからな」
 クイラスは笑いながらレリクスの部屋を出て行った。
 クイラスが出て行った後、レリクスがインペラに話しかける。
「あんまりからかうなよ」
「からかってなどおりません。ただ、レリクス様に変なことを吹き込むおつもりみたいでしたから……」
「変なことじゃないさ。あいつ曰く、男が必ず一度は思うこと、らしいからな」
「レ、レリクス様!!」
「冗談だよ」
 あせるインペラに対してレリクスは微笑んだ。

「――やっぱり長年住んでるけどシーハーツには美人が多いよな」
 クイラスはシランドの町に出て、歩きながら女性を見ていた。
「なかなかいい国に生まれたんだな、俺って……」
 しみじみと思うクイラス。
 その時、前方から知っている人が姿を現した。
「おっす、ネル。今日も元気か?」
「ああ、元気さ。あんたも元気そうだね」
「まあな。俺から元気を取ったら何も残らねえぜ」
「確かにそうだね」
「…………直球に言われるのも、けっこう辛いもんだな」
「冗談さ」
 少し落ち込むクイラスを見て、ネルは苦笑した。
 自分よりも格が高いネルにこんな言葉遣いができるのはクイラスとルージュくらいなものだろう。 もちろんクレアは別、彼女らは親友同士でもあるのだから。
「でもなんでここにいるんだい? あんたは」
「ん〜……。レリクスに話をしに来ただけだ」
「あんた達は本当に仲がいいね」
「ネルとクレアだって仲がいいだろ? それと同じだぜ」
「でも……レリクスとあんたじゃね……」
「ひ、酷え…………」
「冗談だよ、冗談」
「……今日は冗談ばっかりだ」
 クイラスもレリクスもどちらもかなり二枚目だ。 しかし、クイラスは性格が大雑把なせいかレリクスよりも女性からの人気がない。
 逆に男に好かれている。もちろん、ホ○というわけではない。 正確に言うと、クイラスは男からしてみれば憧れの存在のようだ。
「で、どんなことを話してきたんだい?」
「ああ、シーハーツには美人がたくさんいるって話をしてきた」
「あんたらしいね。インペラに怒鳴られなかったかい?」
「もちろん怒鳴られたさ。死ぬ思いだったぜ」
「そうかい、あの子の声はでかいからね」
 ネルはそう言うとクスクス微笑んだ。それを見て、クイラスは思う。
(やっぱり……レベル高いよな)
 しかし、前はここまで簡単には笑わなかったような気がする……。
 そこで気づく。ああ――あいつがいたんだっけな……。
「ところで、今日はあいつはどうしたんだ?」
「あいつ? あいつって誰だい?」
「ネルの彼氏」
 その言葉がネルの耳に届いた瞬間、ネルの顔が真っ赤に染まった。
(……昔からここまで素直だったか、こいつ……)
「ば…………、な、なに言ってるんだい!!」
「じゃあなんだ? 夫と言えばいいのか?」
「クイラス!! 冗談は顔だけにしな!!」
「怒るなよ。でもよ、いずれはそうなるかもしれないんだぜ?」
「べ、別に……フェイトとはまだそんな関係じゃ……」
「ほ〜う。俺は『フェイト』なんて言ってねえな〜。しかも、『まだ』ということは『いつか』は夫になる……と」
「……あんた、殺されたいらしいねえ……」
 ネルのオーラが膨れ上がる。さすがにやばいと感じたクイラスはすぐに口を開いた。
「冗談だよ。そんなに怒るなって」
「冗談でも、言っていいことと悪いことがあるんだよ――?」
「げ……」
 クイラスは逃げた。決して後ろを振り返らずに。 たとえ足がもげてしまおうとも構わずない、彼は走り続けた……。
「ちっ……逃げ足が速いね。今度会った時は覚えておきな」
 ネルはクイラスを追うのをやめて、シランド城の中へと入っていった。

「ハア……ハア……こ、ここまでくれば大丈夫だろ……」
 クイラスは両手を自分のひざに当てる。
(危なかった。完璧にネルは俺を殺ろうとしてたぞ……で、ここはどこだ?)
 レクリスは息を整えると周囲を見回した。
「うん――? なんだ、サーフェリオまで来ちまってたのか」
 どうやら、ペターニを抜かしてサーフェリオまできてしまったらしい。 どうせサーフェリオに戻ってくる予定だったから別にいいのだが。
 サーフェリオの町を歩き、ある場所へ向かうクイラス。
そして彼はある一軒家のドアをノックした。
「どなたですか?」
「俺だ」
「――あいにく、『俺』なんていう人の名前は知らないので……」
「おいおい、いじめんなよ。クイラスだ、クイラス」
「……最初からそう申してください」
「わかってるくせに」
 ドアがゆっくりと開く。
 すると中から髪が水色でロングヘアーの女性が姿を現した。 その女性はクイラスを見て微笑み、軽くお辞儀をする。
「お帰りなさいませ、クイラス様」
「そんなに固くなるなよ。二人きりなんだぜ?」
「まだ、家の中ではないですから」
「相変わらず律儀なんだな」
 クイラスはぶつぶつ言いながらも家の中に入る。
 彼女の名は、ピネラ・ルーン。水の師団の一級構成員である。 そしてクイラスの忠実なる右腕でもある。
「どうでしたか? レリクス様は……」
「相変わらずだ」
「どのようなことを話したんですか?」
「ああ、俺らの国には美人が多いということを話したな」
「それはそれは……インペラが怒鳴りそうな内容ですね」
「実際に怒鳴られたぜ。かなりきつかった」
 それを聞くとピネラはクスクスと微笑んだ。
 クイラスは椅子に座り、ふぅ〜と息を吐いた。それを見てピネラは口を開く。
「でも、どうしてそんなにお疲れなのですか?」
「ああ、それはな……戻ってくる途中でネルに会ってな」
「ネル様に?」
「ああ、んでちょっとからかったらマジギレして、追いかけられた」
「……何を仰ったのですか?」
「要約するとフェイトとはいつ結婚するんだ? ということかな」
「――マジギレして当然です」
「やっぱりそう思う?」
 クイラスは頭を掻いた。ピネラは呆れたようにクイラスに言う。
「もう少し言い方を変えないと他の人からも反感を買いますよ?」
「もう十分に買ってると思うけどな」
 クイラスはそう言ってアハアハと笑う。それを見て、ピネラは苦笑した。
 苦笑するピネラを見て、クイラスは笑うのをやめてつぶやいた。
「お前も――美人だよな」
「は?」
「いや、ネルも美人だしお前も美人だなっと思ってよ」
「そんな戯言を……。私がネル様より美人だなんて……」
「そうか? いい勝負していると思うぞ?」
「……………………」
 その言葉にピネラは頬を少しだけ赤く染める。
 それにまったく気づかないクイラス。椅子に座って「やっぱり俺はいいところに生まれたな〜」とぼやいている。
「――クイラス様」
「ん……なんだ?」
「先ほどの言葉は私を口説いていたのですか?」
「そんなつもりは欠片カケラもねえな。ただ、自分が思ったことを正直に告げただけだぜ?」
「そうですか……」
 クイラスは不思議に思ってピネラを見る。
 彼女は直ぐに後ろを向いてしまった。
(なんか不味いことでもいったか? まあいいや、とりあえず仕事でもするか……)
 彼は珍しく殊勝なことを考えた。
「さて、今日の仕事は書類整理か」
「そうですね。他の兵達はペターニにいますし……」
「かったり〜、一番面倒なんだよな書類整理……」
「そう仰らないでください」
 大きくため息をつくとピネラが突っ込んでくる。
(まあ、しょうがない。やるとしよう――)

 しばらく書類整理をしていると、めずらしくピネラから話しかけてきた。
「クイラス様、ちょっとよろしいですか?」
「いいぜ。書類整理よりもお前と話したほうが面白いからな」
「……じゃ、じゃあ……お伺いしますが、クイラス様は誰が一番美人だと思うのですか?」
「――――は?」
 珍しく話しかけてきたと思ったら、内容も実に珍しい。彼は少し考えて口を開いた。
「うーん……そうだな……。誰だろ?」
「……わからないんですか?」
「だってよ……たくさんいすぎるぜ。うーん…………」
「そうですか……。無理に答えをお出しにならなくても構わないです。 すみません、仕事をお邪魔してしまって」
「うーん、そうだな……。ピネラ――かな?」
「――はい?」
「だってよ、お前は俺が一番知ってる人物だ。それに他のヤツラは性格まで完璧には知らねえしよ。 となると、性格も含めて今のところピネラが一番――だろ?」
「…………ご冗談を」
「うそじゃねえぞ」
「……………………」
 またしてもピネラの頬が赤くなる。
 やはりそれに気づかないクイラス。
「訊きたいことはそれだけか?」
「は、はい……」
「また訊きたいことがあったらいつでも言えよ。すぐに答えるからよ」
「わかりました」
 その言葉にピネラは微笑み、頷いた。
 そして、クイラスは大嫌いな書類と格闘するのだった……。


− Fin −




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