Summon Night

 月が一つも昇らぬ暗い夜。アリアスの村外れにある廃屋の前に二人の少女……一人は少女と言っていい年齢、 もう片方は少々歳が上だから微妙なところ。 ――とにもかくにもそこには二人の女性がいた。
 年下の少女は蜜柑色の髪をしており、何故か知らぬが長いコートを着ていた。 名をディルナ・ハートといい、彼女の親戚はシランドの街で武器屋を営んでいる。 そのため幼い頃より武器に慣れ親しんできたという、些か危険な経歴を持つ娘である。
 もう一人の女性は桜色の髪をしている。イライザ・シュテンノという名であり、ディルナの先輩にあたる人間だった。 彼女たちは抗魔師団『炎』に所属しているのである。
 同じ隊に所属しているのなら着ている服も似通っていそうなものなのに、イライザが着ている服装は奇妙奇天烈だった。
 つやつやとした藤色の布で作られており、提灯のように膨らんだ半袖に丸く広がったスカート。 頭には服と同じ布で作ったとんがり帽子を被り、首には薄布のチーフを巻いていた。 さらに要所要所に星をあしらったアクセサリーを付けており、手には魔女っ ステッキを持っているという気合の入りよう。
「先輩、その服……前に見た時よりもパワーアップしてません?」
「もっちろん! アタシの魔女っ娘ルックは常に進化してるんだゾ、ディルナ君」
 イライザはパチンと右目でウィンク。
「さ、ルージュ団長に無断外出がバレる前に今夜の任務を遂行するよ♪」
 るんたった……と弾むような足取りで古びた門をくぐるイライザ。
 ディルナは目の前にある廃屋を見上げて、ぶるるっと身震いした。 割れた窓ガラス、生い茂った庭木。妙に生暖かい風が吹いているような気がする……。 いかにも何か出そうな雰囲気ではないか!
(私、こういうのニガテなのにぃぃぃ)
 ディルナはすでに泣き顔である。
「ほら〜、早くしないと置いてくよー!」
「ま、待って下さいよぉ。こんな所に置いていかれたら死んじゃうじゃないですかぁ」
 ひんひん泣きながら先輩の後を追いかけた。どうやらこのまま帰ってしまおうという選択肢は思い浮かばないらしい。

 彼女たちはガサガサと伸び放題の草を掻き分けて屋敷の裏手に歩いていった。 梟が鳴く度に、また風が枝を揺らす度にディルナはびくついていた。
 そんな彼女とは対照的にイライザは楽しそうだ。 短杖の先に施術で明りを灯し、鼻歌を歌いながら歩いている。
「よ〜し、ここねっ」
 古井戸の前までやってきたところで彼女は足を止めた。足元に落ちている石を拾うとそのまま井戸の中に投げ入れる。
 ――――カツーン。
 わずかな空白の後、底にぶつかったとおぼしき音がした。 この井戸は枯れ井戸なのである。
「うんうん、本に書いてある通りだわ」
 どこからか分厚い革表紙の本を引っ張り出すと、イライザは満足げに頷いた。 それから後輩に厳命を下す。
「ディルナ、この下に降りるわよ〜っ」
「えぇぇぇぇっ! こんなっ、こんな中から髪の長い女の人が這い出してきそうな井戸に降りるんですかーっ!?  それ絶対に呪われますよ、他人に感染うつさないと死んじゃいますよぉっ」
 やけに細かい驚き方である。
 イライザの方はそんなディルナに構わず、ロープを近くの木に縛り付けて井戸の中に垂らすという突入準備をしていた。 このロープもどこから取り出したのか謎。魔女っ娘は謎がいっぱいである。
「ほらほら、ホラー映画の見過ぎみたいなこと言ってないで、さっさと中に入る」
 ……ホラー映画? いや、ホラーはともかく映画って、アンタ。
「うぅ〜、イヤですよう。こんないわくありげな井戸〜っ」
 ディルナはおっかなびっくり中を覗き込んでいる。上半身を乗り出して、イライザの方に背を向けて……。
「えい♪」
「ほわ? わ――っ!!」
 どーんと背中を押されたディルナは一瞬、宙を泳いだかと思うと一気に井戸の中に落ちていった。 ドンガラガッシャーンとすごい音と悲鳴が聞こえてきた気がするが、 それらは一切なかったことにしてイライザは自分も井戸の中に入っていく。
 もちろん、ちゃんとロープを伝いながら。

 枯れ井戸とはいえ、地下は少々湿っぽい臭いがした。 井戸の底には横道があり、それは石材で舗装された人為的な通路だったのだ。
 暗い通路を施術の明りで照らしながら二人は奥へと進んでいる。 イライザの後ろを歩いているディルナは頭をさすりながら頬を膨らませていた。 たんこぶで済んでいる時点で何かがおかしい気がするのだが、幸いなことに大きな怪我はなかったらしい。
「これ、絶対に腫れますよ? どうしてくれるんですかぁ」
「だってぇ、ディルナ君が早く降りないんだもーん」
「殺す気ですか、まったく。この間だって黄色いマントを着せられて、夜の森の中を徘徊させられて。 あの時は目隠しまで勝手に付けるからつまづくし、枝葉であちこち切り傷できるし……」
 恨みがましい目で睨むディルナ。
 さすがに哀れに思ったのか、イライザは立ち止まるととんがり帽子を脱いだ。
「くるりんぱ」
 そう呟きながら帽子を回すと中から小瓶が出てきた。 フタを開け、中の青い軟膏を手に取る。
「ブルーベリー軟膏塗り塗りぃ〜っ」
「……………………あぅ」
 ディルナの頭――こぶがあると推定される場所――に薬をつけたのである。 イライザとしては不甲斐ない後輩のための大サービスなのだが、 髪の上からべとべとする軟膏をいきなり塗られた方としては複雑な気持ちだ。 薬のおかげで嘘みたいに痛みが引いたから良いものの、 そうでなかったら眼前の不思議系魔女っ娘に何をしていたか判ったものではない。
「さあ、どんどん進むぞ〜。先はまだ長いっ!」
 イライザは可愛く叫ぶとずんずんと歩いて角を曲がった。
「……はぁ」
 ここまで来てしまった以上は仕方がない。ディルナはそう諦めると、すたすたとした足取りで道を進んだ――が、 勢いよく角を曲がったところでイライザの背中にぶつかった。
「えへっ、先はあんまり長くなかったみたいだねぇ」
「いちいちやる気を削ぐのが得意ですねぇ、先輩はーっ」
「それよりも見てよ、あれ」
 イライザが短杖で指した先には薄ぼんやりと光る魔方陣があったのだ!

 魔方陣がある空間は直径10mぐらいのドーム型をしていた。 そして便利なことに――奇妙なことに彼女たちが入り込んだ途端、広間のあちこちに据え付けられていた燭台に火が灯ったのだ。
「ふっふっふ、ついに我々は辿り着いたのだよ!」
 勝手に灯りがつくことを微塵ほども疑問に思わないイライザは、短杖を振りかざしニヤリとしながら宣言した。
「ついにって程、先輩は苦労してないじゃないですか。痛い思いをしたのは私だし」
 興味深げに魔方陣を調べているイライザを尻目にディルナは小声でぼやいた。 施術を使う方はさっぱりの彼女としては、うんうんと唸っている先輩をただ待つしかない。
「概ねここに書いてある通りね……となると後は例の呪文を……」
「そーいえば先輩はここで何をするつもりなんですか?」
 そんなことは最初に確認しておけ。
「悪魔メフィース・ト・フェーレスの召喚」
「へー、悪魔の召喚……って何ナメたことぬかしやがるんですか先輩っ!」
 ディルナの反応はいたって普通であり、イライザの感覚の方がおかしいのは言うまでもないことだろう。 アペリス教的に考えてもアレだし、そうでなくても悪魔の召喚なんてマトモな人間の試みることではない。 放課後の学校で1枚のコインに3人で指を載せ、狐といぬと狸に質問をするのとはワケが違うのだ。 もちろん同様の方法で天使エンジェル様に……いや、もう何も言うまい。
「せんぱ〜い、ホントにやるんですかぁ?」
「やるさ、せっかくセカンド博士とかいうオッサンから魔術書グリモアを巻き上げたんだモン」
「巻き上げたって……何だって魔術書なんていう怪しげなものを」
「酒場でメイドの格好をしていた時に〜、カードゲームで勝って〜、 スッテンテンになったオッサンから賭け金代わりにもらったの」
「すごーく胡散臭いんですけどー」
 大体なんでそんなものを持ち歩いて酒場に行っているのだ、そのセカンド博士とやらは。 っていうか、何で先輩は酒場でメイドの格好をしているんだろう……。
「とにかくね、この魔方陣の前で呪文を唱えれば魔界とこっちが繋がって、 魔界の住人さんいらっしゃ〜いになるんだよ……たぶん」
「たぶんって。そんなんじゃ失敗するに決まってるじゃないですか! 前々回の合わせ鏡の時だって、 前回の風の精霊を捕まえるとか言った時だって結局失敗したし……あ、今日は失敗した方がいいのか」
 ディルナはポンと手を叩いた。
「さ、先輩、とっととやって、とっとと失敗して帰りましょう」
「むかー、その言い方ムカつくー」
 ぷんぷんと怒ったイライザは魔術書を広げると、魔方陣の前に座り込んだ。 そして、「始めるよ」とディルナに声をかけ、呪文の詠唱を始める。
「エロイムエッサイム 我は求め訴えたり エロイムエッサイム 朽ち果てし大気の聖霊よ  万人の父の名のもとに行う 我が求めに答えよ エロイムエッサイム!」
 ――いいのか、その呪文で。
(そーいえば、ホントに召喚できちゃったらどうするつもりなんだろう? 悪魔っていかにも世界を滅ぼしそうなものなのに)
 イライザの呪文に反応したのか、魔方陣が輝きを増す。 光はどんどん強くなり、目を開いていられなくなる。
(嘘ぉぉっ、こんな時に限って成功しちゃうのォ。ああ、短い人生だったなぁ ……実家のお父さんお母さん、先立つ娘をお許しください)
 縁起でもないことを考えながらディルナはぎゅっと瞳を閉じた。

 強い光を放った魔方陣から顔を覗かせたのはゴツゴツとした巨体の持ち主。 角が生えていたり、翼があったりと、いかにも〜な外見。 もっとも半分以上は魔法陣の中、つまり地面の下に埋まっているような感じなのでせっかくの巨体も意味がなかった。
「GYAUUUUUUN」
「何コレ、ちっとも可愛くない。返品〜っ」
「GALU?」
 名乗るヒマさえ――名乗れるかどうかはさて置き――与えてもらえなかったレッサーデーモンは問答無用で魔界に送還された。
 部屋に静寂が戻った。
「せ、せ、先輩っ! ヤバいじゃないですかっ。早く帰りましょうよう」
「何言ってるの、せっかく成功したんだから」
「悪魔が襲い掛かってきたらどうするんですか〜っ」
「そういう時のためにキミがいるんじゃないか♪  我らが抗魔師団が誇る招死武器娘リーサルウェポン・ガールのディルナ君。 キミのそのコートの下の武器は何のためにあるっていうんだ〜い?」
「私はコレがないと落ち着かないんですっ!!」
 ディルナが年中身に付けているコートの下には大量の武器が収納されていた。 外からはコートの中に何かを隠しているようには見えないという、完全に物理法則した状態である。
「とにかく次いくよー。エロイムエッサイム……以下略っ!」
 再び魔方陣が輝いた。
「ハァイ、小娘ちゃんたち元気ィ?」
 今、魔方陣から身を乗り出しているのは青い髪に黒レザーな服が魅力的な女悪魔だった。
「先輩、今度は美人さんですよ」
「うーん、でもちょっと歳を取りすぎてるよねぇ。アタシとしては綺麗系よりも可愛い系が……」
 好き勝手なことを言う娘たち。それを前にして女悪魔――リリティは気だるげに髪をかき上げた。
「褒められてるんだか、けなされてるんだか判んないってカンジー。 そっちの事情はどうでもイイんだけどォ、イイオトコ紹介してくんなーい?」
 リリティは最近の魔界にはロクな男が……と文句を言っている。 悩ましげな表情といい、腕を組んだ格好といい、やたらと仕種が色っぽい。 思わず研究してしまうディルナとイライザである。
「ねーねー、どうなのぉん?」
「えーっと、うちの団にはイイオトコっていないです」
 紹介しろと言われても困るのでディルナはそう答えた。抗魔師団『炎』にイイオトコがいないワケではない……たぶん。
「じゃー帰るぅ」
 リリティはしゅるるるっと魔方陣の中へ引っ込んでしまった。
「今度も上手くいかなかったなぁ。何がいけないんだろう……ま、とりあえず再挑戦っと」
 再びイライザが呪文を唱えて現れたのは巨大な眼だった。 青黒い色の皮膚――のようなものまとっていて、触手のようなものが何本も伸びている。
「……………………」
 当然、口がないから喋れない。迫力満点の紅い瞳で彼女たちを睨みつけるのだが。
「何コレ、キモっ!」
「ですねぇ」
「…………!」
 巨大な眼球――インフェリア・アイは明らかにショックを受けたようだった。 彼らの種族は他の知的生命体に恐怖を与えるためにこんな外見をしているが、 面と向かって「キモい」と言われると精神的な打撃を受けるようだった。
 インフェリア・アイは文字通り大粒の涙を流しながら帰っていった。
「何か可哀相でしたねー」
「そう? キモいんだからしょうがないじゃん。それにしてもなかなか上手くいかないな〜」
「もう止めて帰りましょうよ〜、ねっ」
「そうだ! 今度はキミが呪文を唱えてみてよ」
 イライザは魔術書を強引にディルナに手渡した。
「私、施術が全然ダメなの先輩だって知ってるじゃないですかぁ。どうせ上手くいきませんよ〜」
 上手くいかない方がいいのだが、先ほどからの驚きの連続ですっかり失念しているらしい。
「大丈夫っ。これは施術じゃないっ!」
「そんなぁ」
「じゃあさ、これならどう? ディルナ君が唱えてもダメだったら今夜はもう撤収する」
「――うっ!」
 ディルナは悩んだ。イライザから「今晩、廃屋前に集合」って伝言をもらって、行くかどうするか悩んだのと同じくらいなやんだ。 同じくらい悩んだものだから、結論も一緒だった。すなわち、是――と。
 呼び出しも今も拒否すれば良かったのに、そのことに少しも気が付いていないあたりにディルナの性格が表れていると言えよう。 ついでに言うと、呪文を唱えるのを拒否しなかったばかりに後々まで禍根を残すハメになるのだが……。
「うー、読みますよぉ」
「ゴーゴー!」
 ディルナはすぅーっと深呼吸。そして呪文を読み上げた。
「エロイムエッサイム 我は求め訴えたり エロイムエッサイム 朽ち果てし大気の聖霊よ  万人の父の名のもとに行う 我が求めに答えよ エロイムエッサイム!」
 ぴかーっと魔方陣が輝きを放つ。これには呪文を唱えたディルナ自身が一番驚いている。
「イヤー、成功してるぅぅぅ」
「そこは喜ぶトコだって。ずごいぞディルナ君」
 イライザはすごく嬉しそうだ。
「我を呼びしは汝か――娘?」
 耳に心地好いハスキーボイスとともに現れたのは銀髪の男悪魔だった。 赤いファーの付いた上着を着ており、先が変に曲がった長剣を手にしている。 言葉使い同様、妙に偉そうな雰囲気を放っていた。
「これも可愛くないね。失敗だよディルナ君」
「でも結構イケメンですよぉ」
「ふーん、ディルナ君ったらこういう主人あるじ気取りなのがタイプなんだ。 でもねぇ、私としては手の平サイズのが欲しいワケよ。 それにこの人、絶対に将来はえぎわがヤバいって」
 きゃあきゃあ、わあわあ。またしても言いたい放題の彼女たち。
 そんな彼女たちを目の当たりにして、魔界のお偉いさんである男悪魔――アークデーモンは 苛立いらだった。
「お前たち、余を無視して話を進めるでない。悪魔を召喚した人間は我らにへいこらするのがセオリーでないのか。 あるいは高圧的な態度で束縛しようとするとか。……汝らは態度がなっておらん」
「テヘッ♪」
「何度も魔界と人界を繋いでおるのは汝らであろう。無駄に騒がせおってからに……。 いや、そもそも最近の魔族どもは態度がなっておらん、威厳というものがまるでない。 だからこのような小娘どもにホイホイ呼ばれてしまい、やたらと醜態をさらすのだ」
 何やら怒りの矛先が別の方に向かってしまったようだ。
「まず教養が足らん。筋肉ばかり鍛え、ぎゃーぎゃー喚くことしかできん下等魔物がおる。 さらに精気を吸うのサボり、ゴロゴロとしながら週刊誌を読んでいるうちに肌の艶が失われたサキュバス。 ちょっと何か言われたくらいで傷つく腑抜けた魔法生物。 ファッションに拘泥し、女悪魔のケツばかり追ってる若者世代。 ただでさえ小説やアニメの影響で不死生物の吸血鬼なぞに人気を奪われて、業界全体が不景気だというのに ……嘆かわしいことこの上ない」
「苦労なさっているんですねぇ」
 迷惑な先輩を持っているディルナは共感したらしく、うんうんと頷いた。
「解るか、娘よ。ならば余は帰るぞ」
 喋りたいだけ喋ったアークデーモンはしゅわわわーと魔方陣の中に吸い込まれていった。 その表情がやけに晴れ晴れとしているように見えたのは気のせいではないだろう。
「は〜、何事もなく済んで良かったですね」
「良くないよう。可愛い悪魔をゲットしてマスコットにしよう大作戦はちっとも進んでないんだから」
「知りませんよ、そんなの。悪魔が出てきて無事な方が僥倖ぎょうこうなんですよ? さー、帰ろっと」
「ぶ〜。……あ」
 ディルナは足取り軽く、イライザは渋々といった感じでここを後にしようとしたその時。
「おい、娘たちよ」
「はいっ?」
 ぎくりとしたディルナが振り返ると、先程のアークデーモンが首から上を魔方陣から突き出していた。 床の上に生首が置いてあるみたいな格好だ。
「汝らに尋ねたいことがある」
 まさかまさか、ここにきてセオリー通り襲いかかってくるのでは――?  ディルナは自分の鼓動が早鐘のように鳴っているのを感じた。
(やばいよ、やばいよぉ)
「悪魔さんも魔女っ娘ルックに興味があるの?」
 恐れる気配が微塵もないイライザがアホな質問をした。
(あああああ、先輩ったらどうしてわざわざ神経を逆なでするようなことを〜っ)
 ディルナ、パニック寸前。
「…………そうではない。アレだ」
「アレ?」
 イライザは可愛く首を傾げた。
「汝がさっき言っておったやつじゃ!」
「何だっけ?」
「だから、その……」
 態度は偉そうなのに歯切れが悪いアークデーモン。
 二人のやり取りを見ていたディルナは、いつもの悪い癖でひらめいたことをすぐ口にしてしまった。
「生えぎわ!」
「大きな声で言うでない! 誰かに聞こえたらどうしてくれるッ!!」
 勢いなのか何なのか判らぬが、いつのまにやらアークデーモンはほとんど全身を乗り出していた。
「す、すみませ〜んっ」
「なぁーんだ、気にしてたんだ」
 イライザは満足げな様子である。
「とにかく、だ。その方らは腕の立つ調剤師を知らぬのか? 知っておるのなら隠さずに答えるがよい」
「何か偉そうだね、この人。知ってても教える気なくなるかも〜」
「何じゃとッ!」
「えーと、えーと、調剤ならサーフェリオの占い師さんがレベル99だとかーっ!」
 これ以上こいつらに会話をさせてはいけない、そう悟ったディルナは大声で叫んだ。
「ふむ、そうか。娘たるもの素直でないとならん。汝には感謝するぞ」
 もの凄く大切な情報を手に入れたアークデーモンは今度こそ魔界へと帰っていった。
「はぁ〜、疲れた」
「楽しかったじゃん♪」
「そんなの先輩だけですよ。もう帰る〜っ!!」

 ロープを使ってひょいひょいと古井戸をよじ登ったディルナは、外の空気を吸ってようやく安心感と開放感に浸った。
 実際に地下にいたのは短い時間だったと思うが、随分と長い間のことのように感じられる。 早く宿舎のベッドに戻ろう、そう思って歩き出した彼女の目に映ったものは――
「ル、ルージュ団長――ッ!」
「素敵な夜ね、ディルナ」
 金髪美女はうふふ、と微笑んだ。 その笑顔はとても美しいものだが、同時にとても怖くて危険なものであることを彼女は知っていた。
「よいしょ〜っと……あ」
 後から出てきたイライザもルージュの存在に気がついて、さすがにギクリとした顔になる。
「二人とも、夜間の無断外出をした際の罰則は解っているわよね……?」
「えー、これは〜大事な研究なんですよぉ」
「問答無用、覚悟なさい!!」

 アリアスの静かな夜に絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
 これはイライザの実験の度に繰り返される出来事であり――彼女たちが行った場所は後になって、 夜中に女の悲鳴が聞こえるという怪奇スポットになっていることを当人たちはまだ知らない。
 いやはやまったくもって迷惑な話。

 人界時間で10日後の魔界某所。
 一人(?)の魔物が熱心に宙に映し出した映像を眺めていた。 彼の傍らのテーブルには 「100年たっても2323ふさふさ♪」と書かれたラベルが貼られた瓶が置いてある。 ――注意深く彼の周囲を観察すると、その瓶がたくさん入った木箱がいくつか積まれているのに気付くだろう。
 映像を見ていた悪魔は銀色の髪をかき上げると、くつくつと喉をならした。
 彼の視線は映像の中にいる蜜柑色の髪の少女に釘付けになっている。 その少女はオトボケな格好をした女と一緒に召喚術士サモナーのセカンドをボコボコにしているのだ。 その様子が何とも言えず滑稽だった。
 ほとんどの人間は知らぬだろうが、セカンドは魔界でも名の知れた優秀な召喚術士なのである。 人界の住人のくせに魔界を行き来するという変わり者。そのため彼自身もセカンドとは面識がある。 しかしセカンドはギャンブル好きで金にだらしないところがあるため、立派な魔族である彼との相性は最悪だった。
 好ましく思っていない相手が酷い目に遭うのは結構なことである。 魔族である彼は恥じることもなく他人の不幸を味わっていたのだ。ほら、他人の不幸は蜜の味って言うでしょ?
 彼は空中から紙束を取り出すと、一枚目に貼り付けられた写真を熱っぽい視線で見つめた。
 写真の隣にはディルナ・ハートと名が記され、2枚目以降の紙には彼女の詳細なプロフィールが載っている。 写真に写っている当人はもちろん撮られていることなんて知らないし、 そもそも彼女の惑星の文化レベルでは「写真って何?」という状態だろう。
「人間なぞに召喚されたのは何年ぶりじゃったかのう? 1000年は経っておらなんだ気がするが……。 くくっ、余を召喚するとは面白い娘じゃ」
 魔界の女悪魔どもと違ってひねた所がないのも彼の好みだった。 やたらと肌を露出させていないところも好感が持てる。
 ありていに言うと、彼は真面目かつ古風な性格をしていたのだ。もちろん人間のそれとは大分違うだろうが。
 試しにそっくりな人形を作ってみようか? 彼がそう思い、 指をパチンと鳴らすと一瞬にしてディルナそっくりの人形がそこに現れた。 髪の色、手足の格好、何から何までそっくりである。
 ――が、何かが違う。
「野に咲く花は野にあってこそ美しい――か? 使い古された陳腐な言葉だと思っていたが案外そうでもないようじゃな」
 人形を消すと、彼は再び映像に集中した。
 いつの間にやら決着がついたらしく、勝利のガッツポーズを決めている少女がいた。その笑顔はきらきらと輝いている。
 命の時間が短い人間というものは、それ故に一瞬にとても強く輝く。 その輝きにすっかり魅せられた魔族――しかも結構お偉いさん――がそこにいた。
 側にはべっていたインプがちょろちょろと動き、逃げるように主の側から離れた。
 その時のインプの気持ちをここに記しておこう。

 この人間フェチの人形マニア――っ!

 人界でも魔界でも下っ端はいつも苦労させられるものなのである。


− Fin −



補足説明
 この話には「元ネタ」がある描写が多数出てくるので、それらについて記しておきます。

「中から髪の長い女の人が……」
→ 角川ホラーの『リング』から。説明するまでもないですね(笑)。

「くるりんぱ」
→ ダチョウ倶楽部の上島さん……。

「黄色いマントを着せられて……」
→ 映画『ヴィレッジ』より。

「放課後の学校で1枚のコインに3人で指を……」
→ 言わずと知れた「こっくりさん」もしくは「エンジェルさん」ですね。 「こっくり」はから来ているという説あり。

「悪魔メフィース・ト・フェーレス」
→ メフィストフェレス。 スタオ3に出てくる「星の海物語」でアスモデウスがアース・モ・デウースになっていたので、似たような感じで変化させました。

「セカンド博士」
→ ファウスト博士をパロって「1st」から「2nd」に(笑)。 実際(?)のファウスト博士は15、16世紀のドイツに実在したと言われている魔術師。 ゲーテの戯曲『ファウスト』あたりが有名でしょうか。

「前々回の合わせ鏡……」
→ 合わせ鏡は悪魔を捕まえる方法の一つ。 悪魔は合わせ鏡(二枚の鏡を向かい合わせに設置し、無限に像が映し出される状態)の通路を通る。 夜中の12時や逢魔が時といった境界が曖昧になる時間は悪魔が道を通行する時間なので、その時間を狙って鏡を用意。 悪魔が鏡と鏡の間を通過した瞬間に鏡の位置をずらす。 すると行き場を失った悪魔はこちら側に落ちてくるという。 そこをガラス瓶に封印して閉じ込めるのである……だったかな?

「エロイムエッサイム 我は求め……」
→ 妖怪漫画の大家である水木しげる先生の著作、『悪魔くん』に登場する呪文。 小説に出てきたのは一部で、この呪文の全文はもっと長い。 「エロイムエッサイム」はヘブライ語で「ヘブライの神(神々?)よ、集え」みたいな感じの意味だとか。 『悪魔くん』という漫画には、山田真吾少年(悪魔くん)とファウスト博士、悪魔メフィストなどの登場人物が出てきます。



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