まっちろふわぷに

 もう三月だっていうのに今日は朝から冷え込んでいる。 この間も雪がちらついてきたし、まだまだ油断のならない日が続くのかな……。 あ、でも雪って好き。生活に支障がでるようになると困ってしまうのだろうけれど、幸いなことにそこまで酷い目にあったことはないし。 綺麗だなぁとか、ロマンチックだなぁって感じちゃう方が多いんだよね。 こんなこと言ったら雪国出身の子に怒られちゃうかしら?
 ……んっ? あ〜っ、またやってしまったわ。 ――コホン、申し遅れました。わたし、ソフィア・エスティードと申します。 現在は大学生で……幸せ〜な日々を過ごしておりますのよ! ホントに!!
 ああ、何だか言葉使いが変。 でもでも左手にキラリと輝く銀の指輪シルバーリングがあるとねぇ。 好きな人がいて、その人との将来を考えている女性なら誰でも口元が緩んでしまうよね。にへら〜って感じ?
 そんなハピネス万歳なわたし、今日はお出かけ。
 いつものように“書き手たちの天国ライターズ ヘヴン”という喫茶店で待ち合わせです。 ここは雰囲気もいいし、紅茶の種類がすごーく豊富なの。 ご主人が地球のみならず、宇宙の各地から取り寄せた様々な茶葉があるんだ。 わたしもいろいろ試しているんだけど、全種類制覇するのはまだまだ先になりそう。
 このお店にはオープンテラスもあるんだけど、今日は寒いから店内で待つことにしようと思う。 一人暮らしで風邪をひくのはいただけない……あ、倒れて優しく看病してもらっているシチュエーションは素敵かも。 ――いやいや、わざと風邪をひくのはフェアじゃないよね。
 扉を奥に押して開けると――このお店は自動ドアではないのです――カランカランとベルの音が鳴る。 アンティークっていうのかな? かわいらしいベルがドアについていて、これもお気に入りなんだ。 カウンターの内側にいるご主人マスターに挨拶をしたら、彼女もおっとりとした仕種で会釈をかえしてくれた。 それから奥の方にある卓を指し示す。
 あはは。常連とまではいかないけれど、よくやってくるお客として覚えれらているみたい、わたしたち。 ――そう、待ち合わせの相手は先に到着していたようです。
 まだこっちには気がついていないみたい。 テーブルを挟んで向かい合うように二つずつ並べられた椅子の一つに腰掛け、手にした文庫本を熱心に読んでいる。 視力が悪いわけでもないのにかけている眼鏡、はらりと顔にかかる前髪。 正面から見るとどこかほんわかした印象を与える顔立ちも、横からだと知的でかっこいい感じがするなぁ。
 ……などと考えてしまうわけなのだけど、好きな人だからプラス評価が多めになってもいいよね。 もちろん、ちゃんとマイナス評価をしたくなってしまう部分も理解してるんだし。
「こんにちは、ウィリアムさん」
 わたしは挨拶しながら向かい合う位置の椅子に座る。 こういう時ってお隣に座るのがいいって子もいるんだけど、わたしはお向かい派だな。
「こんにちは」
 ウィリアムさんは出版社の広告が印刷されたしおりを挟んで本を閉じ、 それからわたしの方を向いて挨拶をしてくれるの。何かをしながらじゃないって嬉しいよね。
「待たせちゃったのかなぁ……」
「そんなことありませんよ、今日はこの本の発売日だったから寄り道して来たんです。そうしたら少し早めについてしまってね」
「よかった。今は何の本を読んでいるの?」
「今はこれ」
 そういって差し出された本は今日買ったというだけあって真新しい。 タイトルには『試練の洞窟2ndシリーズ 05‐女の逆襲』と書かれているのだけど……。 このウィリアムさんが読んでいる『試練の洞窟2ndシリーズ』って毎回よくわからないタイトルなのよねぇ。 何でも全部で13冊が刊行予定で、本の帯についている応募券を各1枚、 合計13枚集めて応募すると抽選で1人の人間に「伝説の名器・白銀のトランペット」が当たるとか。 娯楽小説の懸賞の景品が楽器だなんてますます変な感じ。
 わたしが座って一息つくと注文を聞きにウェイトレスさん――といってもご主人の娘さんなのだけど――がやってきた。
「ごちゅーもんはお決まりでしょうか?」
 まだ10歳にはならない女の子なんだけど、お店にいるのが好きみたいでよくお手伝いしている。 ちょっぴりだぶだぶのエプロンを着けていてお人形さんみたい。
「そうだな……シーハーツブレンド03をホットのミルクティーでお願い、それと本日のケーキもね」
「あ、ケーキは私の分もお願いします」
 甘いものもイケるウィリアムさんが追加オーダー。彼の前にはお茶しかなかったしね。
「はぁーい」
 ちっちゃなウェイトレスさんはトテトテとカウンターまで戻っていった。
 あ、シーハーツブレンドっていうのはもちろんエリクールのシランド地方が産地の茶葉を使っているお茶のことです。 どうやって輸入したのかは謎だけれど、今日は懐かしい味を楽しみたい気分だからこれを注文。 そしてケーキ、これも美味しいんだ。
 わたしはさっきから気になっていたことを聞いてみた。
「ところで……その傘は何なの?」
「傘? ああ、これですか」
 ウィリアムさんの身体の横には、テーブルに柄を引っ掛けるようにして傘がある。 ここから見えるのは持ち手部分だけだけど……まさか、杖?
「今日は降りますよ〜」
 傘の持ち手をポンと叩きながら、のほほーんとした顔で言ってくれる。 そういうことは出かける前に教えてくれなきゃ意味ないよう。
 えー、というのもウィリアムさんはこういうのが得意なんです。 以前、天気予報で降水確率が0%なのにも関わらず午後から雨が降ったことがあったんですね。 その日、晴れなのにどうして雨傘を持っているのか不思議に思いました。 でも午後からバッチリ雨が降ってきたものでして……。 それから現在に至るまでもウィリアムさんが雨で困ってるトコって見たことがないんですよ。
「もしもーし、ソフィアさん。あの……怒ってらっしゃいます? 雨が降ったら降ったでちゃんと家までお送りしますから、ねっ」
 過去のエピソードを色々と思い出してしまったから、たまたま黙ってしまっただけなのだけれど。 うふふ、送ってもらえるのかぁ〜。雨、降ってこないかな。
「お待たせしました」
 トレイにポットとカップ&ソーサーを一組とホットミルク、さらにケーキを二つ載せてご主人が運んできてくれました。 これだけあると子どもが運ぶのは大変なのでしょう。 お嬢さんがしっかりした子だけあって、その母親もよく気がつく人みたい。 ホント、いい母娘おやこだなぁ。
 今日のケーキはレモンの風味を利かせたチーズムースに、ラズベリーソースがかかっているもの。 赤と紫のベリー類がころころとトッピングされていて目でも美味しさが感じられる一品です。
「「いただきます」」
 狙ったわけでもないのに、二人して子どもみたいに声を揃えて「いただきます」を発してしまった。 他のお客さんにも聞こえてしまっただろうから、ちょっと恥ずかしいかも……。

「ソフィアさん」
ふぁいはい?」
「今日はこれを差し上げようと思いまして。この間のお礼です」
 ケーキを食べ終えたウィリアムさんが小ぶりな漫画雑誌ぐらいの大きさのものをテーブルに置きました。 それは水色の包装紙にくるまれ、茶色のリボンが結ばれている箱みたい。 ケーキを飲み下して受け取ると結構軽い。 底にはイワムラ・センセイドーと菓子店の名前が記されたシール。
 何が入ってるんだろう? 訪ねるような目でウィリアムさんの方を伺うと、彼が答えをくれました。
「先月のバレンタイン、あなたからチョコレートを頂戴したでしょう。ですから、今日は私から贈るんですよ」
 おおぅ、もうそんな時期だったのね。 細かいところに気を遣ってくれるのはウィリアムさんらしいなぁ。 そういうところが良いのよね……どこぞのニブちん青髪ヤロウとは大違いだわ。 バレンタインにはウマイウマイと言いながらチョコを食べるのに、ホワイトデーはいっつも忘れていたんですよ、あの人。 その日が過ぎてから何かしてくれたりしたんですけど、来年こそは忘れないよ……と毎年言っててそのままです。 うーん、何だかなぁ。
 そんな話はさて置いて、わたしはとびっきりの笑顔でお礼を言うとさっそく包みを開けてみました。 中に入っていたものは――。
「マシュマロ?」
「マシュマロですよ」
 箱の中には淡いパステルカラーのふわふわが、それぞれ透明な袋で個包装されて並んでいます。 全部で4色ぐらいかな、かすかに甘い匂いが漂ってきてどれも美味しそう。
「他のものも考えたのですが、やはりホワイトデーといえばマシュマロですからねぇ」
「そうなの?」
 初めて聞いた話だなぁ。
「バレンタインに頂いたチョコレートを純白のマシュマロで包む。 つまり、頂いた気持ちを今度は自分の気持ちで包んでお返しする、ということですね」
「へぇ……そうなんだ、何だかロマンチック」
「そもそもはホワイトデーではなく、マシュマロデーと呼んでいたそうですよ」
 それは驚き。何かお菓子の記念日みたい。 ウィリアムさんは教壇に立っている時の顔になって、さらにホワイトデーに関する講釈をしてくれた。
「バレンタインにチョコレートというのは製菓業界の陰謀だという話は知っているでしょう?  ホワイトデーも同様で、このマシュマロを作っているメーカーさんが始めたんですよ」
「イワムラ・センセイドーって、亀乃子かめのこってお菓子で有名なお店よね。 白くて中にあんが入ってるの」
「そうですよ。当時からマシュマロを使ったお菓子を売っていたので、バレンタインの返礼用としてのマシュマロを売るようになった。 けれど当時は他にその目的の菓子を売っている店が無かったので、マシュマロデーと呼ばれていたそうです」
「そして次第にホワイトデーになった、ということ?」
 ウィリアムさんは良くできました、という顔で頷いた。3月14日にはそんな由来があったんだ。 商売柄なのか、相変わらずヘンなことばっかり詳しい……。

 お会計を済ませて外へ出ると雨――ではなく雪がはらはらと降っていました。 これじゃあ冷えるはずだよね。用意のいいウィリアムさんが傘を差し出してくれたので、わたしは遠慮なくお邪魔しました。
 歩きながら彼の片腕を捕らえて、ぎゅっとしてみると暖かい。 特に嫌がったりされなかったので、そのままぴったりひっついていました。 こうしていると幸せそうなカップルに見えるのかなぁ……そうだとよいのだけど。
 上から下へと舞い落ちる雪を見ていると、さっきのマシュマロの話が思い出されてくるんです。 白いふわふわに包まれた愛情っていうのかな、雪の中を歩いていると自分たちがマシュマロに包まれたチョコになったみたい。 あったかくて甘やかな気持ち。
 誰かのことを真摯に愛せて、その相手も自分のことを想ってくれている。 そのことがとっても尊くて神聖なもののように思えた日でした。
 ――これからもずっと一緒にいてね、ウィリアムさん。


― Fin ―

※ 文中に出てくる「イワムラ・センセイドー」は、「石村萬盛堂」さんのことです。 この「石村萬盛堂」さんには「鶴乃子」というお菓子があり、形状はソフィアが言っているようなものです。 ホワイトデー(マシュマロデー)を世に先駆けてやったのもこちらのお店です。^^;


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