Xmasには……?

 12月24日、地球ではクリスマスムードが高まる日である。
 そんな地球のどこかにある高級住宅街。ここ数日の大雪のおかげで街中が白く化粧されていた。 今は雪が降っておらず、月明かりが雪に反射して辺りを淡く照らしている。 夜道を歩く人の足音は周囲の雪に吸い込まれ、街全体がひっそりと眠っているようだ。
 しかし家の中は違う。 ツリーや室内を色とりどりの電飾が華やかに照らし、食卓には聖夜の晩餐ばんさんで溢れている。 楽器が演奏される音、ダンスのステップ、子どもたちの歌声、賑やかな喧騒で満ちていた。
 だが、何事にも例外は付きもののようで……。

「キリカ、君は俺を殺す気かい?」
 笑顔――なのだが、いささ剣呑けんのんな目つきでイル・クライファートは彼付きのメイドを叱責した。 ひきっつた笑顔のおかげで、輝く宝冠のような金髪に銀灰色の瞳という、珍しいながらも美しい色彩を帯びた美人が台無しである。
 黒のショートボブにヘッドドレス、地味なデザインのメイド服に身を包んだ少女――キリカ・ハルハラが彼の前にいる。 主人の言葉にキリカは可愛らしい頬をぷうっと膨らませた。
「え〜っ、そんなぁ。そんなことないですよぉ。これは美味しいクリスマスケーキ……のはずなんです」
 そう言ってキリカが指差すものは彼女の申告通りであればケーキ、即ち食品である。 しかしこれを食品に分類するのはかなり無理があるだろう。
 スポンジはちっとも膨らんでおらず、ところどころ金属のような光沢がある。 クリームは液体に近く、様々な色が混じっていてやたらとカラフルだ。 本来であればフルーツが鎮座ちんざすべき場所からは鶏の手羽先――肉はなく骨だけ――が顔をのぞかせている。 これをケーキだと言うのは50代のおばちゃんが「私、ぴちぴちの16歳よ」と言うくらいに名称と実物がかけ離れている。
「君はこの本を見ながらイチゴショートのクリスマス仕様を作ると言っていなかったか?  どうしてイチゴショートに鶏の骨が刺さっているんだ!」
 彼のかたわらにある『簡単にできるケーキレシピ集 〜お子様にもオススメ〜』を手に取り、 勘違いの産物に容赦のないツッコミを入れた。
「この鶏はカルシウム補給のためです。イルさまはいっつも怒りっぽいからカルシウムが足りないのかなぁって思って。 ちゃんとイルさまのお身体のことを考えてあるんですよ」
「お前が俺を怒らせるような事ばかりするからだろうが。俺は他の連中に対して怒ったりはしてないぞ」
「嘘〜っ、ショック。うぅ、わたしだけが叱られていたなんて」
 キリカのぱっちりした黒瞳に真珠のような涙が浮かぶ。 しかしこれはいつものやり取りなので、いたいけな少女の涙に彼の主人が心動かされることはない。
「――とにかく、これは始末するかお前が食べるかしてこい」
「うぅ、始末してきますぅ〜」
「……お前、人に勧める割には自分で食べようとしないんだな」
「ギクッ」
 ――ブチッ。
 何かが切れるような音がした。そんなものはこの部屋にないが、とにかく何かが切れたのだ。
「何が『ギクッ』だ、このクソバカメイド――っ!」
 彼が私宅にいる時、1日に数回は邸中に響くという絶叫。それがいつものごとく唸りをあげた。
 でも邸の主の怒声に誰も動じない――――だって慣れてるんだもん。

 ケーキ騒ぎが一段落した後、ようやっと部屋に落ち着きが戻ってきた。
『あれのドジっぷりにもまったく困ったものだな……』
 毎度のことながら、そのうち自分は本当にあのメイドの不始末で命を落とすのではないかと思う。 そうなる前に対処――早い話が解雇――しないとな、とも考える。
 キリカが不始末をしでかすのは毎度のことである。 それに対して彼がクビを考えるのも毎度のことである。だがキリカは未だに解雇通知を受けていない。
 他の使用人曰く、ドジっ子メイドに大甘のご主人。イル本人は気がついていないが、そういうことのようだ。
 もやもやを抱えながらイルが私室の窓から外を眺めていると、軽く戸を叩く音がした。 彼が入るように促すと1人の老紳士が現れた。
「若様、食事のお支度が整ってございます。どうぞ食堂までお降りくださいませ」
 うやうやしげに一礼したこの初老の男性はアレックス・ワイズという名。 イルが幼い時分から何くれとなく面倒をみてもらった彼付きの執事である。
「ああ、今降りていくよ」
 アレックスが呼びに来たということは正式な夕食だ。 専属のコックが厨房で作り、グルメをも唸らせる一品で構成された食事なのである。 先ほどとんでもないシロモノを見せられた手前、これからの美味しい晩餐に思わず笑みがこぼれる。
 彼は上着を手に取ると、いそいそとした足取りで階下の食堂に向かった。
 香ばしい匂いを放つローストされた七面鳥。 新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダ、鮮やかな色が目を惹くのは人参のポタージュ。 にしんのパイ包み焼きの隣にあるのは、隠し味にオレンジを使ったソースが添えられたローストビーフ。 もちろんクリスマスプディングや、ココアパウダーがまぶしてあるブッシュ・ド・ノエルといったスイーツも充実している。 食卓の上は「これぞクリスマスディナー!」と賞賛すべき料理でいっぱいであった。
 彼1人のために用意された最高のご馳走を眼前にして、イルは大いに満足した。
 連邦の軍人を職業としている彼は、毎日を自宅で過ごすわけではない。 戦闘艦の中であったり、軍の施設で過ごすことの方が多いと言っていいだろう。 だから自宅での美味しい食事はとても貴重だ、存分に賞味せねばならない。
 彼は優雅な動作で席につくと、さっそく食事にとりかかった。

「はうぅ〜、どうしてわたしってばドジばっかりなんだろ……」
 使用人たちの控え室で夕食をつつきながらキリカはぼやいた。 襟元えりもとから服の中に手を突っ込んでごそごそと手を動かすと、 レトロなデザインのロケットペンダントが出てきた。それをパチリと開き、中にいる人の顔を眺める。
「おかーさん、お姉ちゃんたちは優秀なメイドとしてそれぞれのお屋敷に奉公しています。 どーしてキリカだけドジっ子に産んだんですか」
 ロケットの中の写真には豪快な笑顔をした女性が映っていた。 顔はどことなくキリカと似ていて、2人が血縁関係にあるのを感じさせる。
 キリカの問いかけに答えはない。 写真だから当たり前なのであるが、それが彼女には自分のドジが一生直らないことを暗示しているかのように思えた。 空っぽになった皿を横に押しやり、そのままテーブルに突っ伏すとしばらく微動だにしない。
 そして何の前触れもなくいきなり身を起こすと両手を組んで瞑目めいもくする。 彼女の口から出てきた言葉はかなり怪しげなものであった。
「サンタさんサンタさん、この際だから某隠しダンジョンでアイテム売ってる惨太サンタさんでも構いません。 どうかキリカのドジを直すプレゼントとイルさまに渡すプレゼント、 それからアレックスさんと実家のおかーさんと……他は多いので省略……とにかく皆とわたしのプレゼントください」
 し――ん。
 部屋の中にはキリカの怪しげなお願いが響くのみであった……が、次の瞬間。
「ホッホー、クリスマスなのにぶちゃむくれなドジっ子メイドのお嬢ちゃん、おぢちゃんのことを呼んだかなぁ〜?」
「ほえっ?」
「だぁーら呼んだだろ、おぢちゃんのことを。『アイテム売ってる惨太さん』ってよォ」
 ポンっという音と共に現れたのは1人のオヤジ。背中にはやたらとでかい袋を背負っている。
「えぇぇぇぇ――っ! 本物のサンタさんっ!?」
「チッチッチ、某飲料メーカーの陰謀で赤服を着ている良い子の味方と間違えちゃいけねぇな。 おぢちゃんは悲惨の惨に太郎の太で惨太の方だ。良い子ではなく、金払いがいい消費者の味方なんだよ〜」
 人差し指を左右に振りながらオヤジ――惨太は人の悪そうなニヤニヤ笑いを浮かべた。
「納得がいったかな? へなちょこメイドのお譲ちゃん」
「あーっ、へなちょこメイドって言った〜。キリカそんなのじゃないもんっ」
「ホントにそう思ってんのかァ? だったらここにある『バカにつける薬(試作品) 混ぜるなキケン』をオススメするぞ」
「……うっ、もういいです」
 容赦のない一言にあっさり降伏したキリカは改めて目の前にいる男を見た。
 タチの悪い笑み、ナゾっぽい背負い袋。いかにも胡散臭げである。 ――ひょっとしてこれは危険な状況なのではないだろうか? 彼女の思考がやっとまともな答えを捻り出した。
「あのぅ、ひょっとして泥棒さんですか?」
「惨太だっつうの」
「じゃあその大きな袋にキリカを詰め込んで、 繁華街にある性的倒錯者とうさくしゃ御用達ごようたしのいかがわしいお店に売り飛ばしちゃうとか?」
「……バカっぽい割には世の中ってモンを知っているな、オマエ。だがおぢちゃんは惨太なんだよ、人間ナマモノは取り扱わないんだ」
「じゃあ何をしに来たんですか?」
「お嬢ちゃんが呼んだからだって言っただろうがァ! とっとと物を買わんかい、この妄想大暴走メイド」
 いつの間にか惨太のニヤニヤ笑いが消えてしまっている。これはまずい、とにかく何とかしないと……彼女は考えたのだが。
「あのぉ、キリカの今月のお小遣いあと640フォルしか残ってないんですけど……。それで買える物ってありますか」
「うーむ、でかい屋敷だったから下働きでも金を持ってると踏んだんだが……やっぱガキはマズかったか」
 渋い顔になった惨太。しかしキリカに怒るというより、判断を誤った自分に腹がたっているようだ。 これでも宇宙で手広く商いを行っている人間である。金というものに偏見はない、 だから持っている額が少ないからといって相手を馬鹿にするようなことはしないのだ。
「しょうがねぇ、日頃から運が悪い人間は年末に大逆転が起きるかもしれねから、そいつに賭けるとするか。 嬢ちゃん、今晩こいつを500フォルでレンタルしてやる。運を試しな」
「……?」
 そう言って惨太がキリカに手渡したものは白い袋。 ほんのちょっぴり暖かくて、わずかに動いているようにも感じる。
「そいつを枕上まくらがみに置いて寝る。 すると次の日、何かがある――かもしれない。何かが出たらそいつがお嬢ちゃんのプレゼントだ」
「ほわーっ、すごーい」
 珍しそうにその袋を眺めると、キリカはおっさんに500フォルを支払った。
「へい毎度あり……じゃあな。おっと、レンタルだから袋の方は後で回収すっからな」
「わっかりましたー」
 来た時と同様に、ポンっという音と共に跡形もなく消えてしまった。 後に残されたのはキリカと謎の白い袋――彼女は知らないが「うごめくもの」という名のアイテム――だけであった。

 食事を終えたイルは紅茶の入ったティーカップを片手に、作り付けの立派な暖炉がある居間でくつろいでいた。 誰かさんがいないおかげで、和やかな雰囲気で落ち着いて食事ができた。なんて素晴らしいことだろう。
「イル様、少しよろしいですかな?」
「うん? 別に構わないが……何かあったのか」
 彼はこんな時間にトラブルでも起きたのだろうかといぶかしげな表情になった。 優秀な執事は主の表情の変化をすぐ見て取った。
「トラブルはございません。ただ……」
「キリカの事か?」
 この執事が言葉をにごすのはこういう時だけだ。 誰かと誰かを気遣って、両方を立てるのが中々に難しい時――。
「はい、左様さようで」
 我が意を得たり、とばかりにアレックスは頷きを返してきた。
「さっきのアレは客観的に判断したってあいつが悪いだろう。あの物体Xを食べろというのはお前の頼みであっても断るぞ」
生憎あいにくと私は料理が得意な方でして……あなた様にお出しする菓子は美味しい物を、といつも考えております」
 微妙に話を逸らされているような気がした。 しかし彼の作ってくれる料理は本当に美味しいのだから否定をするわけにもいかない。
「そりゃあアレックスの作ってくれるケーキなら話は別さ。お前はちゃんと食べる人間の事を考えて作っているんだから」
「キリカも、でございますよ」
「あいつがか?」
「あの子もイル様のことが大好きでいますから。今日のケーキも朝から奮闘しておったようです」
 キリカが自分のためにやってくれたのは判る。あいつはとことん単純なやつだから、判り易すぎるくらいだ。
「しかしなぁ……物体X」
 彼の眼には、幼児が見たらトラウマにでもなりそうな外観をしたケーキのヴィジョンが鮮明に焼きついていた。
「言葉が与える影響についてお考えになられませ。あなた様ならお解かりでいらっしゃるはず……」
「……考えておく」
 イルがそう答えると、このうえない優しい微笑を浮かべて世話好きの執事は一礼した。

 屋敷の北側、キリカたちが寝起きをする使用人寮へと続く廊下である。薄暗いそこに響く可愛らしい声。
「ふんふんふーん、わったしは可愛いメイドさ〜ん。優雅でおっとななメイドさ〜ん。今はダメでも明日はちっがう〜♪」
 自作の応援ソングを口ずさみながら廊下を歩いていく小柄な人影があり、 それがこちらにやってくるのを曲がり角の影から覗く長身の男性がいた。
『……相変わらずヘンテコな歌を唄ってるな。どうしてそんなにヘンなんだ!』
 ヒョコヒョコとヘンな振り付けをしながら歩いてくるキリカを見て、イルは至極まっとうな感想を抱いた。
『可愛いはまだしも、優雅と大人は無理があるだろ。っていうか1日で究極進化でもする気かあいつは』
 相手の挙動不審にマジツッコミをいれる若様。彼は真面目なというか融通が利かないというか、そんな面があった。
『あまり納得がいかないが仕方がない、とっとと済ませる事にするか』
 そう決意するとキリカの進路をふさぐように彼女の前に出た。
「あっれー、イルさまだ〜。こんな時間にこんな場所にいらっしゃるなんて珍しいですね」
「お前なぁ……」
 育ての親のような存在であるアレックスに言われ、一念発起してここまで来たというのにこの有り様である。 このまま何も無かったことにして自分の寝台ベッドにもぐり込んでしまおうかという考えが頭をよぎる。
『いや、紳士たるもの一度決めた事をひるがえすのは良くない。 ここはこらえて……』
 きょとんとした表情でこちらを見ているキリカ。イルは改めて彼女と向き合った。
「今日は……お前の好意を無下に扱って悪かった」
「ほえっ?」
「ただあのケーキはどうしたって良くない、もっと精進するように。そうしたら食べる」
 彼はそれだけを言ってしまうとくるっときびすを返す。 キリカが何か言っているようだが、それでも立ち止まらない。
 スタスタと早足で歩いているうちに何だか顔が熱くなってきた。
『何で……こんな、急に熱っぽくなるんだ。これじゃあ俺が照れてるみたいじゃないか』
 幸いにも廊下は薄暗い。彼の頬がほんのりと紅潮こうちょうしていることは誰にも悟られることはなかった――。
「あーあ、若さま行っちゃった。惨太さんのお話しようと思ったのに」
 後に残されたキリカがぽつんと呟いた。
『えへへ、でも嬉しいな。イルさまがキリカのことを気にかけてくださるなんて』
 よいしょっとレンタルした袋を抱え直すと、彼女の主人が立ち去った廊下を見つめる。 ほの白い月光に照らされたその顔には、どこまでも透き通るような笑みが刻まれていた。

 ピピピピピ……目覚まし時計の電子音が、キリカを夢の世界から現実へと連れ出した。 布団の中から腕だけを伸ばして、目覚まし時計のスイッチを押す。
 ――バンッ! 時計を止めるには過剰な力が込められているような音がした。 彼女が使用している時計が特注品でなければ、その寝起きの一撃で壊されていたことだろう。 頑丈な特別製の時計を買った方がいちいち時計を買い換えるより安くつく、そう判断されたのだ。
 現在は年の瀬も迫った12月、寒い季節である。 普段なら布団からでるのに多大な労力と時間を要する彼女であるが、今朝ばかりは違った。えいやっ、とばかりに飛び起きる。
「わくわく、惨太さんはどんなプレゼントをくれたんだろう〜」
 いそいそと枕上に置いてある袋の方を見た。
 白い袋の脇には昨晩までなかったものが二つ。 一つは小さなペンダントで、ウサギの絵が描かれている。もう一つは妖しい光を放つ赤褐色の石のようなものであった。
「あ〜っ、ウサちゃんのペンダントだ〜! ……でも面白い形。 金属や石じゃなくって布製のちっちゃい袋がついてる。まあ可愛いからいっか〜」
 彼女の興味はウサギに集中したようである。もう一つの方はとことん無視シカトされているようだ。
 ――ポンっ。
「よーう、お目覚めの気分は如何かなぁ? ヨダレが口の端についてるお嬢ちゃん」
「あ、惨太のおじちゃん! おはよーございます」
「挨拶するのは感心だけどよォ、とりあえず口元を拭けや」
 キリカがタオルでごしごしやっている間に、寝台の上に並んでいるものを惨太は見つけた。すると、とたんに驚いた顔になる。
「……嬢ちゃん、これは二つとも出てきたのか? もとから嬢ちゃんが持っていたってワケじゃないんだよな」
「うん、そうだよ。朝起きたら二つあったの。キリカはウサちゃんペンダントが気に入ったなぁ」
「ううむ……これが聖夜の奇跡サンタマジックってやつなのか? いやしかし……」
 ぶつぶつと何か呟いてる惨太。それを不思議そうに眺めているキリカはもうすぐ始業時間になる事を思い出した。
「惨太さん、キリカもうお仕事の準備しなきゃ」
「……ん、ああ。ところで嬢ちゃん、そっちの赤い石を持っているのに何ともないのか?」
「……? 別に何もないよ」
「うーん、ますます解らん。ま、これでこの『うごめくもの』の実績も上がったワケだし結果オーライってことにして立ち去るとするか」
 色々と気になる点はあるようだが、どうやらふっ切れたらしい。
「行っちゃうの?」
「おうよ。金払いのいい客がおぢちゃんを待ってるぜ」
「惨太さんありがとう。わたし、ウサちゃんペンダントを大事にするね」
「そんじゃーな、万人に一人の奇運の持ち主のお嬢ちゃん。Good Luck!」
 惨太は白い袋を自分の背負い袋に収納する。 そしてニヤリと胡散うさん臭い笑み――本人曰くニヒルな笑み――で親指をぐっと立てると、来た時と同様に宙に溶け込むように消えてしまった。
 あとに残されたのはウサちゃんペンダントと赤い石、そしてメイド服に頭を突っ込んでいるキリカの姿だけであった――。

「おはようございます」
「「「おはようございます」」」
 使用人たちの朝礼の場である。使用人たちのまとめ役であるアレックスの挨拶に、残りの者たちが唱和する。
「本日12月25日は何の日だか判っていますね。 前もって説明したように若様主催のパーティが催され、お客様が23名程お見えになります。 皆、粗相がないよう気を引き締めて職務にあたるように」
「「「はいっ」」」
 使用人一同による歯切れのよい返事が返された。
 クライファート家ほどの名家ともなれば、来訪する客も立派な身分の紳士淑女ばかりである。 使用人であろうとも、些かの粗忽も許されない。
『うぅ〜頑張ろーっと。せっかくイルさまが気にかけてくださったんだもん。 この前みたいに、お菓子の入ったお盆を空中三回転二分の一捻りさせなきゃいいんだけど……』
 常人ではありえない過去の失敗談を思い出し、一人顔色を悪くさせるキリカ。 ふとエプロンのポケットに入れた手が何かに触れた。
『大丈夫、大丈夫だよね。惨太さんにもらったウサちゃんが一緒にいるんだもん』
 ポケットの中のものの感触に顔をにこりとさせる。今朝から妙に身体が軽い。 きっと機敏きびんに動けるだろう、客人の前で非礼を働くこともない……たぶん。
 顔をあげるとアレックスと眼が合った。
『……あっ、ちゃんと集中しなきゃっ』
 執事は周囲の人が安心するような暖かな笑みを浮かべている。キリカを叱責をするつもりはないようだ。
「キリカ、若様のお目覚めの時間です。お支度に参るように」
「はいっ!」

 カーテンの隙間から爽やかな朝日が入り込んでいる。 うっすらと明るい室内には、 天蓋てんがい付きの立派だが古風とも言えなくもないデザインの寝台が添えつけられていた。
 もう朝だ……起きなければいけない時間なのは判っている。 しかしもう少しこうしていたい、そんな気持ちでイルはふかふかの寝台に埋もれていた。
 昨晩はどういうわけか悶々もんもんとしてなかなか寝付けなかったのだ。 実際に眠りについたのは日付が変わって数時間してからだろう。彼が再びまどろみかけたその時。
「イルさま〜っ、朝ですよぉ。起きないとアレックスさんにアレコレ言われて子供の頃のネタで脅されちゃいますよ」
「何なんだ、それは――っ!」
 思わず跳ね起きるといつもの調子のキリカがいた。昨日のことなどけろりと忘れてしまったかのよう。
 彼女はパタパタと走りながら部屋のカーテンを開けていく。 その次は彼の室内着をタンスから引っ張り出し、彼のいる寝台まで持ってきた。
「イルさま、お着替えですよ」
「……そこに置いといてくれ、あとで着るから」
「わかりました。朝食のお時間になったらまた呼びに参りますね」
 彼女はいつになく軽やかな足取りで退出しようとしたが、不意に立ち止まった。
「そうだ! わたし、イルさまにプレゼントをお持ちしたんですよ」
 そう言うと、エプロンのポケットをごそごそやりながらイルの方へと戻ってきた。
「ケーキ、なのか?」
 さすがに先回りして尋ねてしまうが、どう考えても彼に罪はないだろう。
「違いますよ。惨太さんからもらったプレゼントです」
「サンタ?」
 ケーキでなくてほっとしたが、彼女の口から出てきた言葉はこれまた胡散臭い。
『……いや、ひょっとしたらアレックスがこいつにまともな物をあげたのかもしれない。 それをサンタからのと勘違いしているだけかも……』
 そう考えると納得がいくし、安心もできる。
「で、何をプレゼントしてくれるっていうんだい?」
「これです、きれいでしょう?」
 そう言って彼のメイドが差し出したのは赤く輝く妖しい石。彼はこれが何であるのか知っている。 軍の倉庫で一度見たことがあるからだ。
 ――デーモンズストーン。Factorは『戦闘中一定時間毎に全員のHPが−1』だったはず。
 職業がメイドの彼女はこれが何であるか知っているはずはないだろう。 悪意があっての行動ではないはずである。そもそもどこで手に入れたのか、という疑問もある。 っていうかサンタって何だよと問い詰めたい。
 ――が、次の瞬間、彼の口からほとばしり出た言葉はこれだった。
「キリカっ、君は俺を殺す気か――っ! このクソバカメイドっ!!」
 いつものような静かな朝。いつものようにイルの屋敷に絶叫がこだました――。


― Fin ―


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