アドゥレセンスィア

 虫が鳴くのも、風流というよりは喧しく感じる。 そんな盛夏に既に差し掛かっていることを感じたのは、このペターニでのことである。 張りのいいいつもの呼び込みの声すら若干元気が無いように聞こえるのは すべてこの夏の激しい暑さのせいであるようにフェイト=ラインゴットは思い込む。
 場所がらから鑑みれば実は割合涼しく、気候的にも年中過ごしやすいと評されるこのペターニとて冬も夏も訪れる。 結局夏ならどこでも暑いのは違いなく、それでも21世紀の某国ほどには湿気地獄ではないところが一応の救いでもあったりする。 まあそんなこんなでフェイト=ラインゴットが白いハンケチで頬の汗を拭いながら目指す場所は そのペターニ東区画の中心から僅かに外れた場所にある一軒家であった。

「あーつーいーですねー」
 だらだらとした気を振りまきつつテーブルの上にくたー頬をひっつけているのが我らがフェイトである。 コップに汲まれた水をぐいっと喉に流し込みつつも、いつもの機敏さを取り戻すことは無い。 因みにここはフェイトの家というわけではなく――
「お客様にこんなことをいうのも何ですが、もう少ししゃんとされては如何です?  フェイト殿。それでは千年の恋すら醒めますわよ?」
 口に手をあてて水を運ぶこの家の主人はころころと笑う。 水滴のついたそのコップをフェイトの額にあてると、ひんやりとした感触にフェイトがほう、とすっとしたような表情をする。
「御免なさい。シャーロットさん。でも僕どうしても暑いのが苦手みたいで……少し許して……」
「ええ、私も苦手ですよ。この季節は特にね」
 が、とてもその顔色、佇まいからはそうは見えない。むしろ涼しげである。 疑わしそうに見るフェイトに対して、
「あらいやですわ。別に施術の力でずるい事したりなんかしていませんよ。 そんなことしたら余計にこちらが疲れてしまいます。ロメリア殿ではありますまいに……そもそもなんでしたっけ?  あなたが住む世界の……その例の機械があらば暑さに悩むことなんてないのではありませんか?」
 軽い語調でそういわれると、むすとしたフェイトは顔を背けて、
「ここに住むって決めたときに全部持って帰らせましたよ。 一部のものはそれでも残してありますけど……通信機とか言語変換機とか…… まあ言語のほうも要らなくなるようには努力していますけどね」
 顔だけフェイトはそうして顎をテーブルにのせたまま言うと、どうせなら暑さも楽しみたいですしね、 ここに居る以上は、と継ぎ足すが、苦笑したシャーロットに楽しめているようにはみえませんが、と 返されて、そのままはぁ、とため息をついてしまう。
「どうしてもね……やっぱり苦手なのって簡単に克服できませんよ。 所詮僕はもやしっ子ですからね。っと……そんな苦手なところを態々来たわけですけど……用事ってなんですか?  また心底どうでもいいことでしょうけれど」
「ええ、心底どうでもいいことです。今思い出しましたし」
 ぽん、と手を叩いてにっこりと笑うシャーロット。フェイトは参ったなという表情でそれを見る。 矢張りクレアより一回り上などと言われても納得できない。 まあこの星の人はそういうものなのだなと最近妙な納得をしているのだが。
「やっぱり忘れてたんですか? 僕を呼んでたってこと」
「忘れてたわけないではないですか。そんな失礼なことはいたしませんよ」
「今思い出したって言ったじゃないですか」
「はて? そんなこと私が申しましたかしら?」
「……もういいです」
「ふふ、ほら、そうむくれないで下さいな。いいものをつくって来たのですから」
「いいもの? ……ってこれ……」
 すねていじけるフェイトは自分の目の前に出されたものをみて顔をひくつかせる。
「……そんなに僕を苛めたいですか?シャーロットさん。アイスとかにしてくださいよどうせ出すなら」
「いじめるなんてとんでもありません。ちゃんと出したのには意味があるのですよ?」
 上品に笑われても誤魔化される気にはならない。目の前にあるのはいかにも熱そうなコテコテの衣を まとった……あげものである。サクサクとした衣が立っていかにもおいしそうではあるが、こう昼間の暑い食欲が 減退したときに酒のつまみでもなくそれ単品で出されたら多少は腹がたとうものである。 因みに串にささっていることで食べやすくはなっている。
「というわけで、ぺろりと頂いちゃって下さいな」
「やです。そんなこってりしたの食べたくないです。自分で食べてくださいよ」
「そうですか。ご自分で食べれないとおっしゃるなら不肖ながら私がお手伝いをさせていただきます。ささ、口を開いて……」
「わ、わかりましたよ。食べればいいんでしょ食べれば! まったく……」
 顔を紅くして肩をいからせながらも、串を持ってさく、とそれを噛む。 食べさせられるという行為が余程恥ずかしいらしく、それは御免ということである。シャーロットはからかうようにして、
「あらあら。別に遠慮なさらずとも……そうですわね。クレア殿以外の女性にこういうことされてはたまりませんか? 一途なこと」
 げふげふ、とその台詞にむせるフェイトはじろりとシャーロットを睨み、 なんでそこでクレアさんが……とぶちぶちと言いながら口の中のものをよく噛んでいくと、眉を上げて再びシャーロットの方を見る。
「シャーロットさん、これ……やっぱり嫌がらせじゃないですか」
 じろりと睨むフェイトだったが、シャーロットはいいえ、これで正しいんです、とわけのわからない言葉を告げる。 正しいも何もあるものじゃないとフェイトは内心思ったが、まあちょっと聞いてくださいな、と言われてしぶしぶ串を置いて耳を傾ける。 シャーロットはそれを見てゆっくりと口を開く――


 ここで舞台は移り変わる。場所も勿論のことだが、時間を遥かに遡ってのことだ。 余り小さすぎも無く、大きすぎるわけでもない中位のごくごく普通の町並みがそこにはあった。 とはいえ夏の陽気にあおられた人々は陽気であり、活気はそこに住む人の数をより多く見せている。 そんな中の、 あきないを営む家でのことである。 軒先に顔を出している少女が居る。見かけの歳の割には静かな佇まいをしている少女が、 後にシーハーツを興すことになろうとはこの時点では誰も思いもしていない。
 つまるところ彼女こそが、あのクレスティア=ダイン、つまり後のシルヴィアT世である。 脚をまくりあげてぱたぱたする姿はあまり淑女には似つかわしくないが、まあ許してやって欲しい。
「よう、クレスティアちゃん。今日も頑張ってるみたいじゃん」
「あら、いらっしゃい。ふふ、でしたら折角だから買って行きません? そういえば今日は新しいお茶が入ったのですけど……」
 頭に布を巻いた歳若い男、というよりまだ少年に近いか――が店先で立ち止まり、クレスティアに声をかける。 溌剌とした声を返すクレスティアは勿論商売にも余念がない。少年はうむ、と唸ったあと急ににこっとしてから、
「そうだな〜先ずは試飲させておくれよ」
「むむ……確かにそうですわね。ちょっとお待ちくださいね。すぐにご用意いたしますから」
 そういって腰をあげるクレスティア。少年は要するにクレスティアに出してもらいたくてそう言っただけであった。 別段その道の達人というわけでもないクレスティアになんでそんなことをして欲しいと彼が思ったかは、聞かないでおいて欲しい。
ささいなことが嬉しくなるお年頃というわけだ。だがそんなささいな願いも、奥から聞こえる足音に砕かれる。
「……クレスティア、動く必要は無い。用意は出来ている。客人よ、一杯持っていくがよい」
 少年は顔をひきつらせたあと、露骨にいやそうな顔をしてそむけてからぼそっと呟くようにする。
「げ……いたのかよ」
「いたのかよ? とはまた面妖な。私が自分の家に居ることの何がおかしいのだ? 少年」
 口の端をつりあげる、この一見無表情な偉丈夫こそ、クレスティアの兄にして、 ペターニにて商売の神として祭り上げられることになるロナルド=ダインその人である。 といってもこの時点では傍目には一介の商人にすぎない。 キリッとした精悍な顔をしているが、どうにも顔の筋肉が鍛えられてないのか無表情に見えるのは欠点である。 また冷静で判断に長けていると評判なのではあるがその一方で――
「このシスコンが」
 ぼそっと少年が呟いたこの一言こそ、ロナルドを言い表すのに最も的を射ているのだろう。 そこまでは言いすぎ、と流石に思うかも知れないが、実に彼の原動力が妹そのものなのだから そう言われても仕方が無いのも確かなのである。まあそのあたりのことは徹底して彼の生涯を追っていくのが最も確実な手段なのであるが、 ここでの与太話のついでに話すような内容ではないので割愛させていただく。
「ふむ。コンプレックスなど私はクレスティアに対して抱いてなどいないぞ。君は勘違いをしているようだが。 あるのは純然たる妹を守りたいという気持ちのみだ。何かおかしなことがあるかね?」 「大声でそんなこと堂々と言う時点で……いや、もういいや」
 こいつには何をいっても無駄だろうなということがわかってしまっている少年は出されたお茶に口をつけるが、 飲んだ瞬間にけふけふとむせる。涙目になった少年は、
「に、にが……なんだこれ?嫌がらせか何かか? ふざけんなよ、一応客だぜ?俺……」
 そう寄って言われたロナルドはむっとして――といっても傍目には他人にはわからないのだが、 「嫌がらせなどではない。これはこういう茶なのだ」
「ええ、産地も違いますけど、煎り具合も特別なのですよ。……あまりお口にあわなかったでしょうか?」
 クレスティアがしゅんと首を傾けてしょげると、少年はおたおたとして、そんなことはねえぜ、と言って、
「一袋貰うよ。いくらだい?」
「まあ……ありがとう御座います。30フォルで構いませんよ。特別価格です。良くしていただいてるお礼も含めて」
 まあこうして笑顔は時として武器になるわけで、財布の紐を緩めた少年は金貨を数枚ぽい、と投げて、袋に詰めた茶袋を受け取る。 見かけより軽いそれを腰にさげると、兄のほうにむかって 舌をべーと出した後、思い出したように妹のほうに顔を向け、
「ああ、なんだか最近都のほう……サーフェリオが何だかきなくさいって評判だぜ、 サンマイト関係のほうは気をつけたほうがいいみたいだぜ。蛇さんがあそこに居座ってからここ暫くは平穏だったけど…… やっぱよそ者だからダメなのかねぇ……」
 嘆息まじりに呟かれたそれに、兄と妹は天を仰いで目を細めた。

「あ、兄様。店番はお任せいたします。ほんの少し街をみてまいりますわ」
「む……そうか。ついていこうか」
 籠を手に持って出かけようとしたクレスティアはくるりと首だけ振り向くと目を丸くして、そして流石に兄の申し出に嘆息をする。
「兄様、店番を頼んだのについてくるなどとそんな無茶苦茶なお話がありますか」
「む……しかしだな。お前は子供で」
 その言葉を唇を指で塞ぐことで続かせないようにしたクレスティアは、きびすをかえして、
「子供だって十分ですよ。私はお兄様の妹なのですし。ではいってきますからちゃんと大人しくしてて下さいませ」
 そのまま兄の返事を聞くことも無く街の喧騒の中へとささっと隠れてしまった。ロナルドも腕を伸ばすが既に遅い。
「待て……私の妹だからとは一体どういう意味が……いってしまったか……」
 むう、とあまり動かない眉をほんの少しだけ寄せると腕を組んで考え込む。矢張りついていくべきだろうか、と。 だが店をほっぽり出すわけにもいくまい。もう心配するような歳でもあるまいに。 回りでそれを見ていた町人たちはいつもの姿に苦笑しながらもどことなく微笑ましく思っていたとか。

 はてさて籠を片手にさげて出かけていった妹のほうは、きょろきょろと探し物をするかの如く、街をうろつきまわっていた。 ただ籠の中は空のままでその空白を埋めようとはしていないようで、 そこからは彼女の財布の紐の堅さが想像できる――と言おうと思ったのだが、籠の持ってないほうの手には、 先ほどから喉を潤すラムネになったりこってりとしたじゃがバタになったり、 はたまたお腹の膨れるから揚げの串だったりが代わる代わるに来ていたりするので、そうとばかりは言えないようである。
 彼女は俯き加減で唇を動かすが、何かそこから言葉が出ているわけでもない。 考えごとでもしているのであろうか。そんな彼女に威勢のいい声がかかる。
「ダインのお嬢ちゃん、どうしたんだい? らしくないねぇ。何か悩み事でもあるのかい?」
 そう気さくに声を掛けてくるのは出店の親父である。もとよりダイン家はそこそこは知られた家である上、 クレスティアは半分小町的な存在でもあるので色々気に掛けられてはいるのである。 最もその実兄から言わせるとそんなことですら全て余計なお世話の一言で片付けられかねないのが怖いところであるが。
「ありがとう御座います……いえ、ちょっと……」
 口の中のものを嚥下してから笑顔を返すとそのまま通り過ぎていうことしたクレスティアだったが、 ひょこ、と顔を戻して、
「ええと、少し聞いていただけますか。実は――」
「おう、聞くだけなら聞くぜ」
 するとクレスティアは耳打ちして、考えていたこと、というより、こうして今出かけている理由を語るのだが、 親父はぷっと吹き出して、そんなの簡単さね、と耳打ちをし返すと、なぜだか彼女は今度は困った顔をしてしまった。
「だからさ。そんな難しく考えなくてもいいって」
「いえ、ですが……」
「まあどうしても悩むってんならさ、こうやって決めたらいい――」
「――成るほど、といいたいところなんですけれども……でもそうですね。 もうちょっと見て回って、参考にしたいと思います。助かりましたわ」
「いや、いいってことよ。でもよ、そう思ってくれるなら何か買って……」
 謝辞を述べられるとにんまりと笑ってさりげなく商品を、と思ったらすっかりクレスティアは視界のはじまでいって 手を振ってしまっている。売りつけられるタイミングを完全に把握されてしまっていたようである。 親父はお手上げだ、とでも言うように、
「全く参ったね。流石っていっていいのかどうかは知らんけど、大物になる気がするよ」
 などと腰に手をあてて呟いたが、手を振って見送るその顔は妙に晴れやかであった。

 そして夕刻、店番のため不本意ながらも留守番をしていたロナルドは、いかにも落ちつかない態度で妹の帰りを待っていた。 こういうところだけは人一倍どころか三倍くらいは分かりやすい。 これさえなければ、と思う女性が当時いたかどうかは預かりしらぬことであるが。
「遅い……いつものことだが遅い……」
 誤解を招くかも知れないが、遅いといったところで、日も沈んでいるわけでもなくまだ人通りも多い時間で、 この回りでも店じまいにしているところなどまず見当たらないくらいのものである。 と、まあ過度に心配性――と単純に言っていいのかはわからないが――の兄が指で壁を小突きはじめるあたりになると、 ようやくにして口に何か頬張った妹が帰ってくる。
 ロナルドはそれを見てようやく気を落ち着けたらしく、常のような態度をとりつつも文句の一つや二つは言ってやろうと 思ったものの、妹がいやに嬉しそうにしているのを見て、先の言葉を詰まらせた。 何も言わない兄を見てかえって怪しんだクレスティアは、
「兄様、どうなさいました?いつもなら口やかましく……」
「……私のことをそんな風に思っていたのか」
「ええ、ですが勿論私を心配してのことだということはわかっておりますけれども……ちゃんとお留守番して下さったようですし、 兄様のほうは今日はいい子なのですね」
「……そうか?」
 一応これでも小ばかにしているわけではなく褒めているらしい。
「ええ、では引き続き店番お願いしますね。私は奥に……」
「うむ。任せておけ」
 簡単に乗せられているロナルドだが、自覚をしていないということではなくて、要するにそれでもいいということらしい。 こういった関係でも存外心地よいもの、なのだそうである。 完全に奥に引っ込む前に、クレスティアは思い出したように顔を出して、兄に向かって、
「そうそう、今晩は楽しみにしておいて下さいませ」
「……む? 何をだ」
「まだ秘密ですよ。あと僅かな時間なのですからそう焦らずとも」
「……そうか。では楽しみにしておこう」
 そして鼻歌でも歌いそうなくらいな雰囲気でクレスティアは奥へ戻っていくのだが、やはりそれが気になって 家業に身が今一歩入らないような状況だったとかどうとか。

「ふむ、今日も終わり、か……早いものだな。変わらぬはずの一日なのにこのところ……」
 店じまいをして、庫の整理を簡単に終えるロナルド。 流石にこの時間になると、夜の空の星もくっきりと見えるようになってくる。 西を見渡したときに見えるの大きな山の上の光はサーフェリオである。 ぼんやりとそれを眺めていると、後ろから最も聞きなれた声が聞こえる。
「お待たせいたしました。兄様」
「む……? どうしたのだ? 今から戻ろうと思っていたのだが……」
「ふふ、兄様が中々戻られないので……」
 すす、とすり脚で近寄ったクレスティアは、盆にのせた湯のみと、紙につつんだあるものを手渡す。 その髪から覘く狐色を見たロナルドは、
「揚げ物か……。買ってきてくれたのか?」
「いいえ、私が先ほど作ってきましたの」
 はた、と目をしばたたかせて、その言葉を反芻したロナルドは、顔を多少崩して、また“なぜ?”といった疑問を抱く。 するとクレスティアはその顔を待っていたというような顔で、
「たまにはお世話になっている兄様に恩返しがしたくて。それで何か買ってこようと思ったのですがね。 出店のご主人が私に自身で何か作ってはどうかと仰って下さって。 それで何にしようかなと思ったのですが、兄様はカツレツがお好きでしたわよね」
「……うむ。確かに好きだが……」
「ええ、ですから、折角ですから互いが好きなもの、ということでそれを選ばせて頂きましたわ」
 ふむ、と呟いて感慨深げに串にささったそれを見る。こんがりとした衣は思わず食欲をそそる。ふ、と笑って、
「……礼を言いたいのはこちらの方なのに、それこそいつとて……」
「? ……何か仰いましたか?」
 ふと妹を見ると既に自分の作ったそれを口にぱくぱくと運んでいるようであった。 なんでもない、と柔らかな声色で再び呟いてから、ロナルドも串をつまんで口に運ぶ。が、サクッと衣に歯を立て たかと思うと――
「な……なんだ、こいつは……」
 ロナルドは途端に声を堅くして、情け無さそうにクレスティアのほうに首を返したのであった。 その内心は恐らく妹と正反対だったのであろう――


 さて、時代は戻ってシーハーツ27世の御世のペターニ。やはりむす、としたままのフェイトは、
「で、結局嫌がらせ以外のどういう意味があってこんなものを出してくださったんですか? シャーロットさんは」
「あら、クレスティアのほうの理由を聞いてくださるのではないですか?」
 するとフェイトはばん、とテーブルを叩いて立ち上がるが、角が丁度当たって苦痛でもんどりうつ。 そして手をふう、と吹くと、涙をながしそうになりながらも、
「そ、そっちはどうでもいいです。だからなんで、ぼ・く・に、一々こんなことをしたのか教えて欲しいだけですから。 そっちの昔話はとてつもなく崇高で玄妙な理由でも、女王様のほうが悪食だったとかそんな理由でもどうでもいいんですよ」
 ドスの聞いたような声にも、口に手を当てて微笑むだけで返す。
「あら、ココからが素晴らしいお話ですのに」
「いや、人の話聞いてくださいよ。頼みますよ。もう……」
 マイペースをつらぬくシャーロットに心底参った様子のフェイトは首をたれて、 はぁ、と盛大なため息をついて椅子にごとん、と座る。 が、ふと時計を見ると、いつの間にか相当時間がすぎてしまっていることに気がついた。
「ああ、いけない……そろそろ帰らないと……全く、余計な体力つかっちゃったじゃないですか。……って用事は?」
「もう終わりました。お気遣いなさらず」
「……これが用事だったんですか? 勘弁してくださいよ」
 一層疲れた様子のフェイトを微笑んでみつつ、あげものを紙につつんで箱につめて渡すことで更に追い討ちを食らわせる。
「お土産にもどうぞ」
「いりません……って言いたいけど絶対無駄ですよね」
「良くお分かりですね。流石ですわ」
 憎らしげに嫌々ふんだくって、もう来たくないなどと内心涙を流さんばかりの勢いだが、それでも笑顔をつくって、
「では、また参りますから。でも変なことで呼び出さないで下さい」
「あら、変なことで呼び出した覚えはありませんが……」
 く、と苦虫を噛み潰したようにするが時間を確認すると、軽い礼をして、帰路を急ぐ。 そんなフェイトを見るシャーロットが実に愉快そうな表情を必要以上にしていることは知らずに。

「全く……僕も律儀だよなぁ……こんなものをちゃんと……」
 結局、帰宅して訪れた客人たちのもてなしをしたり、業務に携わったりしているうちに時間が過ぎてしまったわけだが、 目に留まった例のあげものが目に入ると、一応超一流博士の息子というどう考えても裕福としか考えられない 家柄の出のくせに変なところで貧乏性を持ってる性質なのか、眉をしかめながらもさく、さくと口に入れていく。 やっぱり不味くも無いけど美味しくもなく、そのくせとてつもなくクドイ。 救いは本数がそれほどでないことだけか。 ソースをつけたり醤油をつけたりして、半ば菓子みたいな間隔で食していくが、水分を沢山とらないとやっていけない。
「くそ……絶対さっきの一日で話作ったな。 いくらシーハーツの女王家の先祖といえどこんなものを美味しそうにたべるなんてありえないな。うん、ありえない」
 涙を流しながら食べていくと、だんだんと慣れてきて舌がひょっとしてあやしくなってきているのかと錯覚する。 いけない。これ以上は。だがあと一本、これで終わり――横からそれにかみついて串から外すと、ついにそれを食べきる。 フェイトはなぜか勝ち誇り、
「よし、克服した!」
 腕をぐっとあげてガッツポーズする。 もう食べたくない、そうぼやきつつ、そういえば今日のお客からも何か貰っていたなと思い出す。 その中でも先に開けておかねばまずいであろうものはこれであった。
「クレアさんの……だよなぁやっぱり。お世話になっているし。うん。変な意味は一切ないから」
 誰に言い訳しているのかは知らないが、実に楽しげに顔をにやけさせて貰ったものの外装を開いていく。 実に軽快であるが、こうして傍からみているとちょっと気持ち悪い。 いや、失礼。気味が悪いような気がしないでもないくらいに改めておこう。 が、彼の眼前にあらわれたのは、彼にとってだけ世にも恐ろしい事象であった。 例えると武将が関羽と出合った時のげぇ、くらいには。 少々分かりづらくてすまない。
 そう、目の前にあるのは先ほど口にたっぷりとした例の串あげである。 流石にもう無理と叫びたい。でも捨てることは本能が許してくれない。 更に質の悪いことに、クレアの料理は見た目はともかく味のほうのイマイチっぷりはそれはもう他に類を見ない。 もの凄く不味いのじゃなくてイマイチ不味い。しかもこの料理自体が元々味がイマイチ不味いのである。 なんだか良く分からないが兎も角この組み合わせは酷そうだ。
 しかし一所懸命にクレアがつくってくれたこれを食べないわけにはいかないのである。 ううう、と唸りながら昔だったら紋章を発動させてしまいそうなくらいになるフェイト。 その脳裏に浮かんだのは、どっかの誰かの陰謀だ、ということだが、果たしてそれだけなのであろうか。
 ひょっとしたらそれはペターニという土地がもたらした――まあ、 次の日フェイト=ラインゴットが寝込んでしまったことくらいを記して、さらっとここで終わることになる。


−Fin−