Summer dream

 夏といえば水着だろう、そんなことを考えるのは一部の人だけなのだろうか。 それとも全知的生命体――水着がある文化圏に存在する――に共通する思考なのだろうか。

 さてさて、小さくも重要な問題について真剣に悩む存在が一人。
 幼馴染やかつての仲間たちが見たら全力で逃げ出しそうな、情けなくも真面目な表情で彼は“それ”を見ていた。 そして、ぶるぶると震える手で“それ”を掴むと……
「これだ――!」
 全宇宙に響けとばかりの大声で彼は叫んだ。
 地球と呼ばれる場所での出来事である。


 彼女のきれいなラインを描く眉がきゅっと寄った。
「なっ……何だっていうんだい、これはっ!」
 顔を真っ赤にしたネルが指差したのは要所要所を覆うだけの布、すなわちビキニタイプの水着だった。 色はネルが好みそうな服の色と考えてフェイトがセレクトした黒。形もすっきりしたシンプルなデザインのものである。
 スタイルのよいネルには似合いそうなものなのだが……如何せん文化の違いというものは大きかった。 伸縮性があり、水にぬれても動きを妨げない素材でできた最高級の水着(made in Earth)は、 エリクール生まれのシーハーツ育ちのネルにとっては、とんでもないシロモノにしか感じられないのだ。 一般的なシーハーツ女性が付ける下着よりも過激なものだと思ったようである。
 そうでなくとも水着だの下着だのを手渡されて喜ぶ女性というのは少ないのかもしれない。 その点に関してはフェイトに配慮が足りなかったと言えよう。
 普段はマトモな彼がどうしてそこまで愚かな行動を取ってしまったのかというと、それには大きな理由がある。
 まず周囲を見ていただきたい。そして耳を澄ましてもらいたい。
 爽やかな夏の日差しが照らしだすは金色の砂浜、果てしなく続く青い海原。 ざざざ……と寄せては返す波の音、海鳥の鳴く声。
 そう、ここは海辺なのである。それもシーハーツ国内に密かに設けられている王室御用達のプライベートビーチ。 フェイトが知っているハイダとはまた違った趣の場所だが、本物の海と風はとても心地好いものだ。 そこに夏の日差しが降り注ぐとなれば水着大会――ではなくて、海水浴をするしかないではないか!
「ほらほらぁ、ネルちゃん恥ずかしがってちゃダメだよぉ」
 水着に関してフェイトと押し問答をしていたネルの腕をぐわしっと飛びついたのはスフレだった。 先進惑星の文化圏にいる彼女はすでに水着姿。 可愛らしいワンピースタイプの水着を着た援軍の登場に力を得たフェイトは、ここぞとばかりにネルをプッシュ。 地球ではこれが一般的なんだとか、動きやすくて良いとか、ネルさんに良く似合うよとか……とにもかくにも理由をまくしたてた。
 そしてトドメはこれ。
「僕がせっかくネルさんのために選んだのに、着てくれないの?」
 恨めしそうな目でじっと見つめてみた。
「……っ! ず、ずるいじゃないかそんな言い方っ!」
 そこには文句を言いつつもフェイトのおねだりに逆らえないネルがいた……。

「ネルちゃ〜ん、こっちだよぉ」
 スフレに連れられてネルが入ったのは着替え用の天幕だった。 彼女たちの私物の他、水辺で使う遊具がごちゃごちゃと置かれている。
(何だい、これ?)
 ネルはぺたぺたした手触りのくしゃっとした物体をつまんだ。 透明な生地のようなものと、色柄がついた生地が縫い合わせあるようにも思える。 しかし縫い目らしいものは見当たらない。
「これはね、ビーチボールっていうんだよ……そっか、ここエリクールには 持ってきちゃいけない物だっけ? でもいいよね、これがないと楽しくないし〜」
 ネルへの解説もそこそこにスフレは独りでうんうんと頷いている。
 彼女の解説によると空気を入れて膨らませる大きめの球であるらしい。 ビニールという素材でできており、水を弾くからプカプカと浮いて楽しいのだとか。
「ふーん……よくわからないモンがあるんだね、アンタたちの国には」
「あとでビーチバレーしようねっ!」
「……ビーチバレー?」
 知らない単語の連続にネルの頭の中は疑問符でいっぱいだ。
「んーっとね、浜辺でやる戦い、かな? 激突ってカンジ?」
「……?」
 ますますよく解らない。
 それはとりあえず置いておくことにして……ネルは黒い布切れ改め水着を卓の上に置いた。
(こんなはしたない格好、できるわけないじゃないか)
 そう思いはするものの、フェイトの期待に満ちた顔が脳裏にちらつくわけであり……。 ここで水着を着ないと彼のがっかりする顔を見ることになるのだから、執拗に固辞するもの躊躇ためらわれる。
(……くっ)
 彼女は意を決すると自らの服に手をかけた。その動きは彼女の内面を反映してか、のろのろとした緩慢なものであるのだが。
「手伝ってあげる〜」
 横からひょいと伸びた褐色の細腕がてきぱきとネルの服を脱がしにかかった。
「あ、こら。やめなってばスフレ!」
「だーめ、待ってると太陽が沈んじゃうもん」
 しゅるりとマフラーが外され、かちゃかちゃと音を立てて留め具が取られ、ばさりと上着を脱がされる。
「うにゃぁ、やっぱりネルちゃんもおっぱいが大きいねぇ〜」
 ネルはあわててタオルを巻きつけたが、その間にしっかりと裸をみたスフレは自分の胸元と彼女のそれを見比べて感嘆の声をあげた。 腰とともに細い胸元はスフレにとって重要なお悩みなのである。
(アタシだって、あと何年かすればお母さんぐらいにはなるもん、きっと。ううん、ゼッタイにっ!)
 スフレが悶々としている間にネルはそそくさと水着を身に付けた。 鏡の前に立ってみると恥ずかしいような、でも意外と決まっているんじゃないかなという気持ちになった。
(これなら……皆の前にも出て行けるか?)

「ネ〜ル〜さ〜んっ♪」
「え!?」
 だだだだだだ、ガシィッ。
 着替え用の天幕から出てきたネルにタックルをかましたのはもちろんフェイト。 そして飛びつくや否や、瞬く間にネルによって張り飛ばされた。
「ひっ、人前でどういう考えしてるんだいっ!」
 見事にノックダウンされたフェイトは砂浜に倒れて、よよと嘆く。わざとらしい態度で白い砂に「の」の字を書いている。
「だってー、せっかくネルさんが黒ビキニを着てくれたんだもんっ」
「いい年して“もんっ”とか言うんじゃないよ! それにいじいじするのも止めな、みっともないったらありゃしない」
「ふみぃ〜、フェイトちゃんったら可愛いねぇ」
 そんな二人の様子を見て、きゃらきゃらと微笑んでいるのはスフレ。 手には膨らませたビーチボールを持っている。
「ネルちゃん、あんまりフェイトちゃんのこと苛めちゃダメだよう。今日のために5時間ぐらい水着販売コーナーにいて、 お店の人にヘンタイさん扱いされるくらいじっくり水着を選んでいたんだから」
「……そ、それとこれとは話が別だろうっ?」
 自分のことをそこまで気遣ってくれたのは嬉しいのだが、衆目の前でそれを素直に言えるネルではない。 どうしてもトゲトゲした口調になってしまう。
「ああ、僕のことを解ってくれるのは君だけだよ、スフレ〜」
 ネルの葛藤を知ってか知らずか、フェイトはワザとらしくスフレの手にすがりついた。
 ――ごんっ。
 途端にフェイトは鋭い蹴りを脳天に食らった。
「色ボケ爺ィみてーねなことすんじゃねえ、クソ虫が」
ッ! ――まったく、容赦がないなアルベルは」
 そう言いながらフェイトは苦笑い。
 恋愛という甘ったるい言葉、それに伴う感情表現が似合わなさそうなアルベルなのに、 こうもあっさりと大切な人への感情を行動で示す。 人目がある場所では恋愛ごとに関して、ことさら冷静なネルとは大違いだ。 それでも、大勢といる時と二人きりの時とでのギャップを楽しむくらいにはフェイトも大人である。
(あとは各自バラバラに行動して、二人っきりになればオッケー、かな?)
 彼はニヤリとして今ここにいる人々の顔を思い浮かべた。

 ご一行さまの核であるのはシーハート27世ことロメリア・ジン・エミュリール。 何せここは王室御用達のプライベートビーチ、彼女の存在なくしてはここに立ち入ることはできない。 今は傍らにラッセル執政官と侍女たちを控えさせ、国章が染め抜かれた特別製の天幕の中にいた。 そこで景色を楽しみつつ、王宮から離れたという開放感を味わっているようだった。
 ちなみに彼女とラッセルは生地こそ夏物であるが正装である。 それなのに汗一つかかずにいるあたり、彼らが王族・貴族という 一般人パンピーとは別の生き物であると感じさせられる。
 その天幕内に異彩を放っている人物が一人紛れ込んでいた。
 青い髪をなびかせ絶対に日焼けはしないわよとばかりに抗紫外線ジェルを塗っているマリアである。 どこから用意したのかビーチチェアに貧乳ひんぬーの呪いを一身に受けたような肢体をさらけ出していた。 ……歳のわりにはとか、身長がありスタイルが良いのにとか、その当たりと比較してのぺったん加減なのだけれども。
 沖の方へ目を向ければ波間から金色の輝きが二つばかり見えた。クラウストロ人のクリフとミラージュだ。 彼らは持ち前の身体能力の良さを発揮して遠泳に励んでいるようである。
 意外なことに言い出したのはミラージュであるらしい。彼女は存分に身体を動かせる機会を楽しんでいるのだろうか。 スポーツ向けのデザインの水着に身を包んでいるだけでなく、その豊満な胸が水中に没したままというのはかなり勿体無い。 そんなことを男心に考えたのは誰だろう……。
 そしてフェイトとネル、スフレ、アルベルの四人がいる。
 ソフィアはこの場にはいない。フェイトも声をかけたのだが、何やら先約があるとのことだった。 彼女の兄貴分を自称するフェイトとしては約束の内容――より正確に言うと約束の相手――が非常に気になったのだが、 さすがにそこまで聞き出すことはできなかった。

「こんなクソ虫と一緒にいるとバカが伝染うつる。さっさと向こうに行くぞ」
「引っ張んないでよう、アルベルちゃん」
 銀色のツーテールの片方を引っ張られたスフレが抗議する。しかしそれも口だけで、特に行動で抵抗しようとはしないようだった。
 付き合っていると公言している二人でもないし、双方の歳の差と放っている雰囲気の極端さを考えると不釣合いな気もするが、 どういう訳か仲がよろしいようである。
 まだまだ可愛い盛りのスフレに不良犬みたいな大人がキスの一つでもしている状況を想像したフェイトは――
「ちょっと待てぃ! どう考えてもお前の方が犯罪者っぽいじゃないか」
 バカの感染源扱いされた手前、ツッコミを入れずにはいられない。
「あぁん?」
「どう見たってそうだろ? この変態プリン」
「んだと、このクソ虫が」
「クソ虫、クソ虫っていつもそればかりだ。たまには他のセリフでも言ってみろよ」
「くっ……こ、このエロ虫!!」
 ……センスゼロの悪口だった。
 んぎぎぎぎっと、ガンを飛ばしあう二人の青年。年甲斐も無く……という表現が一番ぴったりだ。
 彼らが不毛な視殺戦・舌戦を繰り広げていると……。
「ほらぁ〜、二人ともケンカしちゃダメだよー。せっかく本物の海に来たんだからさ。これで遊ぼうよ、ねっ!」
 野郎共の間にスフレがひょいと差し出したのはビーチボール。 これを使って皆で遊ぼうというのが彼女の目指すところなのである。
 しかし予定というのは往々にして狂うものであり、今回も彼女の描いた未来が実現することはなかった。
「アルベル、これで勝負だ!」
「負けねぇ。絶対に負けねぇぞ!」
 フェイトはぐわしとビーチボールを掴むとアルベルを誘う。 予めスフレからビーチバレーが何であるかを聞いていたアルベルは、それに応えるかのように砂浜に走り出た。
「いくぞ!」
 たぁ――とジャンプしてフェイトはサーブを放つ。
 ビーチでのレジャーであればきれいな放物線を描くように飛ぶべきビーチボールは、 フェイトの異常なまでの気合を受けて直線で進んでいった。サーブというより突撃って感じである。
 それに対するアルベルは猫のようにしなやかな動きでボールの軌道上まで駆け寄り、パンといい音を立てて打ち返した。 こちらもかなりの気合の入りよう。ラリーをするよりもボールごと相手を叩き潰せという感じだった。
 そんな理解不能な熱のこもった応酬はあっけなく終わった。
 度重なる激しい攻撃のため無理な姿勢になっていたアルベルは左手でボールを打ち返そうとしてしまったのである。

 アルベルの左手。

 こんな場所だというのに手甲がついた左手。

 尖がってる左手。

 …………。

 ビニールでできたボールは易々と切り裂かれた。そもそも今までパンチで破壊されなかったのが不思議なくらいだったし。
 ボールは破れ、空気が漏れる。それは自然な流れ。
 だけど漏れ出たのは空気だけじゃなかった。
 人魚の宝物であるよな一粒の真珠。それを大きな瞳に浮かべた人間が一人。
 もちろんビーチボールの持ち主であるスフレである。俯いた彼女の顔からは透明な雫がぽろぽろと零れ落ちていく。
「アルベルちゃんのばか〜」
 先ほどまでの熱は一気に冷め、ぎこちない表情で固まっていたアルベルに いとけない少女の言葉が突き刺さる。
 フェイトの方にもネルの冷たい視線がビームのごとく襲い掛かっていた。 年下の、しかも女性を泣かせたとなればそれも当然だろう。
「……まったく、最低だね」
「…………」
 僕は悪くない、悪くないんだぁぁぁぁとラインゴッド氏は叫びたかったに違いない。 しかしながらこの状況でそんなことを主張できるはずもなく――。
 うぅぅ、と頭を抱えるしかないのだった。

「若いって、いいわね……」
 砂浜の一角を見つめながら、そんなことを呟いていたのはマリア・トレイター(19歳)。
 いや、あなたもまだまだ若いですから!


 ちゃぷちゃぷと彼の眼下では小さく水面が揺れている。 磯の臭いというものが鼻腔を満たし、潮溜りには小さな魚やヘンテコな形をした生き物がいた。
 彼は傍らにあった小石を掴むとそれをぽちゃんと放り込んだ。 驚いた魚が慌てて岩陰へと身を寄せるが、彼はそんなことには少しも感心を寄せずに盛大に溜息をついた。
「何で、こうなるかなぁ……」
 彼――フェイトは今、一人で砂浜から離れた岩場に来ていた。  アルベルはスフレを追いかけてどこかへ行き、ネルは付き合ってられないとばかりにスタスタと歩き出してしまったのである。 その場にぽつんと残された彼はその場にいるもの気まずく、あてもなくフラフラと徘徊していたのだ。
 そうしているうちにたどり着いたのがここである。
 岩場というのは砂浜とはまた違った趣があり、一歩海中に踏み出せばある程度の深さがある場所へとすぐ届くから泳ぐのにも便利だ。 海流が些か荒い気もするが、この海独特の生き物はなかなかに興味深い。 そんなことを考えて、少し潜ったりもしているとその間だけは先ほどのことを忘れられるのだが、 その場しのぎになってしまうのは仕方の無いことだった。
「はぁ……」
 岩に腰掛けている彼は、再び溜息をついた。
「ネルさーん」
 恋に悩める男がぼそりと名前を呟いてみると。
「そんな恥ずかしい声で呼ぶんじゃないよ」
「……え!?」
 彼がぐいと首をのけぞらせて背後を見ると、苦笑しながらネルが立っていた。
「あぁぁん、勿体無い〜」
 ネルの格好を見たフェイトは思わず気持ち悪い声を出してしまった。 というのも、ネルはマリアあたりから借りたと思われる上着を一枚はおっているのだ。 ファスナーは襟元近くまで上げられているから、せっかくの水着姿が全く拝めない。 それどころか普段よりも露出度減である。
「まったく、アンタって子は何を考えているんだか」
「うげげげげ」
 ぎゅうぎゅうとネルにヘッドロックをかけられ、フェイトは呻いた。 密着状態には変わりは無いのだけれど、窒息状態はつらいものがある。
「た、たちけてー。勘弁してくださーい」
 あまり感情がこもっていない謝罪の言葉だったが、本気でフェイトを絞殺したいワケではないネルは彼を解放してやる。 すると、そのまま彼の横にぺたりと腰を下ろした。
 二人して並んで座っているのに微妙な気まずさが場を支配して、やたらと話しづらい。 いつもの調子で軽口でもたたくとか、先ほどの失態を取り消すためにも甘い言葉を囁くとか、 そんなことができればいいのに、それさえもままならない。
 それはネルも同じようで、もどかしいような困ったような表情で黙りこくっている。
 この状況を何とかしたい、そんな風にフェイトは考えているし、それをするのは男である自分の役目だろうとも思っている。 思っているのだが……たまたま近くを歩いていた不幸なヤドカリを弄ってみても、 海鳥の声に耳を傾けてもただの時間稼ぎになるだけ、これといった妙案は出てこない。
 だけどいつまでもこうしているワケにはいかないのだ! フェイトはむーんと気合をためて、やっとのことで言葉を搾り出した。
「…………ネルさん」
「なっ、何?」
 押し殺すような、いつもより低い声で名前を呼ばれたためか、ネルの頬がほんのりのと赤い。
「さっきは、その、ネルさんの気持ちを無視して無理やり水着を着せてごめんなさいッ」
 言った。とにかく第一に言うべきを言った。
「でっ、でも、僕は純粋にネルさんが着たら似合うだろうなーって思って買ってきたし、 一緒に夏の海をエンジョイしようと思ってたわけでっ!  全ては大好きな人と人生楽しみたいということから来ているのでありましてー」
 何か他にも言うべきがあったような気がするけれど、言葉にしようとすると途端に上手くいかなくなる。 でもそれでいいとも思う、大切なのはネルが愛しいということだけなのだから。
「……うん、もういいよ」
 ――もういい、それは拒絶の言葉なのか? フェイトはどきりとした。
 だがそうではなかった。す、と伸ばされたネルの手がフェイトのそれに重ねられる。 顔はこちらを向いていないけれど、それは照れているためだと判った。そんな彼女らしい表情。
「この格好は今でも恥ずかしいって思うし、スフレを泣かせたのは関心しない。 それでも……さ、あんたが私のためを思ってくれたのは嬉しいから、ね」
 これだけ言っただけでも顔が真っ赤になるのは彼女の気性ゆえだろうか。
 そんなことを言いつつも、彼女はどこか考えてしまう。 “ネルのため”とか、“大好きだから”とか。そんな言葉をあっさり口にしてしまう彼はずるい、 自分のためであると言われたら、怒るにも怒れなくなってしまうではないか、と。 元来、生真面目な彼女はそう考えてしまうのである。
(そしてそんなこの人に逆らえない――)
 思わずまじまじとフェイトの顔を見つめる。空を映したかのような青い髪、一片の曇りもない翠瞳。 きりりとしながらも人の良さそうな雰囲気をしたこの顔を見ていると、不意にわだかまりが雲散霧消した。
 まあ、いいかと思うのである。好きでたまらないのはこちらも一緒なのだから。
 ネルが不思議と爽快感のある気持ちになったその時。
「ねえ、やっぱりネルさんの水着姿が見たいんだけど」
 フェイトがきらきらと期待に目を輝かせ、こちらを見ている。
「あ〜、うん。そうだね……あんたの前でだけだよ?」
 微苦笑しながらネルはうなずき、ぎこちない動作でファスナーを下ろした。やはり恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。
 そして再び現れた水着姿のネル・ゼルファー。その立ち姿はすらりとした肢体のおかげで大層美しい。 恥らっている様子がまたいい、とフェイトはおっさん臭いことを考えた。
「やっぱり似合う〜。僕の見立ては間違ってなかったよねっ!」
 一人ご満悦の彼を前にし、ネルは再び苦笑。彼が喜んでくれているのならそれでいいのかもしれないとも思う。
「いいよね〜、うんうん」
「もう……バカなんだから」
 そう呟きながらもネルは彼にぴったり寄り添った。 服を着ていない分、いつもより余分に互いの体温を感じる。 こんな恥ずかしい格好をしていることの副産物だろうか?
 心地好いぬくもりを抱きながら、彼らは爽やかな海風をその身に感じた。 短い休暇期間ではあるけれど、その全てが夢のごとく幸いなる時間となりますように――。


−Fin−














おまけ、読んじゃう?


















おまけ 女王様の夏

 こちらは女王陛下がおわす天幕――マリア・トレイターなる人物もちゃかり居座っていたりするが。
 陛下は一行の中心人物であるだけに、必然的にその御座所が全ての中心になる。 近くに――といっても陛下の視界を妨げるほど近くではない―― に大きな日よけ傘ビーチパラソル白く塗られた寝椅子ビーチチェアを設置した一組の男女。 どちらも見事な金髪をしている。クリフとミラージュの両名だ。
 その片方、クリフの逞しい肉体を見て何かを思い出し、悪戯っぽく微笑んだ一人の女性がいた。
 ロメリア・ジン・エミュリール様その人である。
「ラッセル、ここは海なのですから貴方も彼らを見習って水着とやらに着替えなさい」
 彼女の口から飛び出た言葉は明らかに一国の女王らしからぬセリフだった。
 それに返される言葉も臣下らしくないものだった。
「また妙な妄想に取り付かれましたね。だから“どーじん”なるものを読むのはお止めなさいと、常々お諌めいたしたのですぞ」
「でもラッセル、貴方は先代女王陛下の御前で惜しげもなく裸体を披露したと申していたではありませんか?  わたくしにだけ見せないのは納得がいきませんわ」
 にやりと笑う女王陛下。そこにはいつもの清廉なるシーハート27世の姿はどこにもなかった。 幼い頃に仕入れた話をネタにラッセルをからかいたくて仕方が無いという様子である。
「あ・れ・は、事故ですッ! あの筋肉……もとい、ラーズバード殿が無礼な振る舞いをした余波にすぎませんッ」
 ぷんぷん、ぷんすかぷん。当社比較でいつもの1.5倍眉間に皺が寄っている。
 そんな彼の様子に物足りない陛下は、近くにいる人間を巻き込むことにした。
「マリア殿、ラッセル兄様とわたくしにまつわる内緒話をお教えしましょうか……。 そうあれはわたくしが女王に即位して間もない頃……」
「陛下ぁぁぁ――ッ!」
 ぜぇぜぇ、はぁはぁ。ラッセルはものすごい勢いでロメリアの口を塞いだ。 彼の手のひらの下ではロメリアの唇がもごもごと動いている。
 手の平に触れる感触に気が付き、慌てて手を離すラッセル。
 見せ付けてんじゃねえよ、このバカップル。 絶対零度の瞳で――でも立場上、そうと悟られないような営業スマイルで――マリアは彼らを見て、考えた。 このVIPらしからぬやかましい二人を黙らせるには、女王の望みをかなえてやるのが一番早いようだ、と。
 そう結論づけたら即行動。どこからともなくフェイズガンをとりだすと、寸分の狂いもなくピタリと照準を合わせる。
「ラッセル様、水着になられた方が身のためかと――」
 口調だけは丁寧に、その心はさっさと脱げ、っていうか逝けとばかりの半眼でラッセルに語りかけた。
「お脱ぎなさい、ラッセル」
 マリアのナイスアシストに気を良くしたロメリアは、にこりと微笑みながら命令した。
 そう、“命令”なのである。――こんな時ばっかりは、ね。
「むっ、む………………承知」
 敗北を悟ったラッセルはがくりと肩を落とした。

 で、レプリケーターでちょいちょいと作成した水着に着替え、やってきたラッセルを待っていたものはというと。
「へ、陛下ァァァ――ッ! なんというはしたない格好をしているのですかァァァ!」
 ちゃっかり水着に着替えたロメリア様だった。 アペリス神の御加護か、実年齢よりもぐっと若く見える彼女の身体に水着は良く似合っていた。 普段は布をたっぷりと使った服に身を包んでいるために、あまりはっきりとしない身体の線もバッチリ判る。
 これぞまさに、女王様の夏。
 ありがとう、陛下。ありがとう、アペリス様。全国の女王陛下ファンクラブ会員の人はそう叫んだに違いない。

 逝ってよし――そんな単語を、誰かが呟いた。
 誰かって? もちろん青い髪のひとー。


−Fin−


執筆者:くろ☆管理人