命の雫


「……」
 フェイトは、何か騒々しい物音に目が覚めた。
 ラーズバード家で与えられた、フェイトの部屋だ。 またアドレーかな? などと思いながらも、ゆっくり体を起こし、ストレッチをする。 頭の中が覚醒するまで、少々時間が必要だったが、それでも、ごそごそとベッドを抜け出して着替え始める。 この家に世話になり初めてから数ヶ月、静寂という名の平穏は、どこか遠くにいったような平和な日々を、フェイトは送っていた。
 アドレーがシランドにいなくても、あれは急に現れるし、娘は娘で対応にはっちゃける。
 この国に永住を決めた時、アルベル、ロジャー、ネル、アドレーからお呼ばれしたが、今となっては ネル・ゼルファーの家でもよかったかな、などとどうでもいいことを考える。ラーズバード家の騒動は、 確かに、騒がしいといえば騒がしい気もするが、慣れてしまえばどうということもなく、その騒動には親しみを持てる。
「よし」
 着替えも終わると、最後に眼鏡をかけて部屋を出た。時折、廊下ではメイドや執事とすれ違い、礼儀正しく挨拶をされる。 最初はそれが慣れなくて、いちいち挨拶を返していたが、使用人一同から“フェイト様は、そんなに畏まらないで下さい”と 指摘をされたので軽く挨拶をする程度になった。と、言ってるそばから挨拶をうける。
「おはようございます」
「おはよう、クレアさん達は?」
「はい、お二人とも食堂の方に。そろそろ朝食の時間にございますので、フェイト様もお越し下さいませ」
「うん。ありがとう。顔洗ったらいくよ」
「畏まりました、失礼します」
 礼儀正しく頭を下げられて、恐縮しながらフェイトもその場を後にする。洗面所で顔を洗ってから、食堂へと向かった。

「ですから。お父様はもう少し、思慮深くですね……」
「何を言うか。ワシの行動に、まったく無駄はないのだぞ?」
「ダイレクトすぎです!」
(……いやまったく)
 食堂に近づくと、この屋敷の主ともいえる人物と、その娘の声が聞こえてきて、思わずフェイトは同意した。 脚は止まることなく、食堂に入った。食欲をそそるすばらしい香りが、彼を出迎える。
「おはようございます」
「おお、婿殿」
「お父様ッ!!」
 アドレーに、クレアが顔を真っ赤にして吼えた。朝だというのに、元気なものだ。 それを苦笑いしつつ、フェイトも席につく。毎度毎度のこと、ご苦労な話だ。
「クレアよ、朝の挨拶もないのは関心せんな」
「……誰のせいだと思っているんですか」
 まったく、と心労が大きそうな娘であった。しかし、くるりとフェイトのほうに向くと、笑顔に転じる。
「おはようございます、フェイトさん」
「婿殿、孫はまだかのう?」
 この時、クレアが ガッ!! とフォークを握り締めたのを尻目に、アドレーは逃走を開始し、 フェイトは見て見ぬふりと席につくと、パンをちぎり、口の中に放り込む。 メイドが「紅茶をどうぞ」と注いでくれた。「ありがとう」と素直に礼を延べておく。
 クレアは、食堂の出入り口までのしのしと追いかけたものの、、肩を落とし自分の席に戻る。 やはり、気苦労が大きそうだなぁと思いつつ、紅茶を飲みながら。フォローを入れておく。
「あはは……お疲れ様です」
「ええ……朝から騒々しくてすみません」
 頭を抑えて、はーっ……と、ため息をつく。メイドが涼やかな顔で、クレアの紅茶を注ぐ。 ラーズバード家に奉公するだけあって、この家の使用人達は皆図太い。 クレアやアドレーが一悶着起こしただけでは、動じるような姿は見せないのだ。流石である。
「ほら、朝から怒ってると、一日が損した気になりません?」
 そつない笑顔でフェイトがクレアをとりもってみると、
「……そうですね、すみません」
 なんとかなった。以前、取り持つことに失敗して、重い空気でアドレーは居ない、クレアは怒りで黙ったまま、 という最悪な食事になっていた。ラーズバード家の朝は、ある意味、死活問題だ。 無論メイドや執事達も助け舟を出してくれることもあるが、基本は静かにしているから。……やっぱり、死活問題だった。
「今日は、フェイトさんも城のほうですか?」
「はい、そうですね」
 ちなみに、それ以外の選択はペターニ、ないしシランド内のギルドだ。 アーリグリフとの戦中に始まったブランドが、今や大絶賛大人気だというのだから、結構な話である。 一応、メインの仕事は城での施術兵器開発部門担当、だ。いわゆるディオンの後釜である。
「よければ、城まで一緒に行きませんか?」
「ええ、喜んで」
 さきほどまでの怒りはどこへいったのか。一輪の花が咲いていた。 そんな笑顔を向けられると、きれいだな、と思わざるえないフェイトは紅茶に逃げる。
 くすくす微笑むクレアには何もかも見透かされているような気がして、とてもじゃないが、敵いそうになかった。

食事を終えると、支度を終わらせて、クレアを邸宅の外で待つことにした。
(うわ……)
 邸宅を出て、フェイトを迎えたのは、燦々と降り注ぐ暖かな陽気の日の光。少しまぶしくて、手を翳し、目を細めた。
「すみません、お待たせしました」
 邸宅からクレアが出てきて、二人で並んで歩く。
 門の入り口の所で、メイドや執事達に“いってらっしゃいませ”をされて、二人は家を出る。 こればっかりは、慣れないとつくづく思う。フェイト自身は地球にいた時、一般階級であったし。 なにより、クレアといるとそういうことを、益々思い知らされる。それを言うと、笑われてしまうので ポーカーフェイスに徹するのであった。
「いい天気ですね、フェイトさん」
「そうですね、こういう日は居眠りには適しそうです」
「まぁ、司令官にそんな告げ口を言って、知りませんよ?」
「現場を見られていませんので」
 そうやって城までの道のりを歩いていると、色んな人から挨拶をされる。
 城の兵、城下町の人々。尤も、それはクレアだけに限らず、フェイトも、だが。 国の司令官たるクリムゾンブレイドの一翼を担うクレア・ラーズバード。そして、戦争を終結へと導いた救国の英雄たる、 フェイト・ラインゴッド。二人とも、超大物である。
 そんな二人が並んで朝から歩いているのだ。噂が立つ。 良い噂、と言っておこう。
 城門をくぐり、多くの挨拶をしながら城の中に入ると一人の人物が目に付いた。
 ネルだ。
「おはようございます、ネルさん」
「おはよう、ネル」
「おはよう、ご両人。いい朝だね」
 爆弾を投下したような気がしないでもない、気がするがクレアの表情がおかしかった。
「もう、それどういう意味よ」
「おや? 朝から二人で仲良く姿を見せたんだ……違うのかい?」
 というネルは、やれやれだぜ。といった風であり、クレアもまんざらでもなさそうに見えたが。 肝心のもう一人が、それを押し潰した。
「何言ってるんですか、ネルさん。僕とクレアさんが恋人とかそんな関係な訳、無いじゃないですか」
 ネルは無言で固まって、クレアはクレアで、「ピシッ」と音を立てて固まった。南無三。 ある意味、シビアすぎる気がしないでもない。
「僕とクレアさんじゃ釣り合いがとれませんよ。それに、僕はラーズバード家にお世話になっているだけで、 もしもゼルファー家にお世話になっていたら、ネルさんが同じように言われるんですよ?」
 嫌でしょう? ――というフェイトを尻目に、ネルは曖昧に「あ、ああ……」とだけ答えていた。 内心満更でもないような気がしなくもないのだが、今は、目の前で、今にも風化しそうな相棒が心配だった。
「それじゃ、僕はここで失礼しますね。ネルさん。クレアさん」
「ああ……また」
 ネルはとりあえず返事をしておいた。フェイトは踵を返し行ってしまう。
「……あんたも大変だね。クレア」
「……ううん、平気よ。でも、釣合いがとれないって……」
 朝っぱらから凹みまくりな相棒を見ながら、ネルは深々とため息をついた。
「フェイトのことだから、自分を卑下してるだけだよ。クレア。別にあんたじゃフェイトに合わない、なんてことはないよ。安心しな」
「……うん」
 なんだか、今にも泣きそうなクレアの頭を、よしよしとネルは撫でておく。 夜勤明けなのに、自分はなにやっているだろうと、静かに、ため息をついておいた。




 朝、九時少し前から働き始めて、12時。昼休み。フェイトもデスクワークをこなして、一端休憩とばかりに食堂へと足を向けた。
 以前、ラーズバード家のメイドがお弁当をお作り致しましょうか? と恭しく聞いてくれたこともあったが、 それもさしあたりなく辞退しておいた。理由は後述する。多分。

 研究室から、階下へと降りて、さらに食堂に入ると、これまた師団の人間で溢れかえって、凄い人数だ。
「……何にしようかな」
 自分のポケットに入っている銀貨を確認しながら、適当にサンドイッチと飲み物を買って、適当な席についた。
 そのまま無言でサンドイッチを食す。気にならない、といえば気にならないが、救国の英雄という称号は嬉しくも 悲しくも人を引き寄せるらしい。よく食事をしていても、誰かに見られている気がしたし、よく話しかけてくる者もいた。 誰かの視線をうけるというのは、なかなか鬱陶しいと思うが、もう慣れた。サンドイッチをもぐもぐと食べつつ、 一口、二口少なくなるとぽいぽいと口の中へ放り込み、飲み物で流し込む。
 ラーズバード家の食事に慣れすぎると、こういう普通のものに違和感を覚えるから恐ろしい。 気をつけないと、と思いつつ次のサンドイッチに手を伸ばそうとした時、声をかけられた。
「やっほー。元気? フェイトくん」
「ルージュさん」
 だった。意外な人物だ。今はアリアスで復興作業の陣頭指揮を執っているはずの人間だ。
 何せ、『炎』のトップだ。
「んもう、ルージュさん。なんて酷いなぁ。愛を込めて! ……ルージュでいいってば」
「愛は込めませんし、年上の方を呼び捨てにはしません」
 そういいながら、口の中にサンドイッチをぽいぽい放り込んでいく。
「寂しいなぁ、お姉さん飢えちゃうぞ?」
 にょろーん、とポーズをとってみるものの、フェイトは無反応だ。スルーされたことに内心焦りながら、向かいの席に腰を落ち着けた。
「相席、いいかな?」
「どうぞ」
 遅いとは思わないあたり、ルージュだ。
 彼女もサンドイッチで、フェイト同様、口の中に放り込んでいく。
「っていうかさ、あれは?」
「あれ?」
「ほら、巷で噂だった愛妻の手作り弁当」
「……誰が愛妻ですか」
「クレアだよ。クレア。グレアーじゃないよ。やだなぁフェイト君」
「生憎、クレアさんにも、ラーズバード家の人にも、お弁当を作ってもらったことはないですよ」
「ええ、なんでよ。愛妻だよ? 愛妻〜こう、愛しの妻がはいあなた、おべんと〜って、ハートマークの鶏そぼろ」
「何の話ですか、それに、僕はまだ愛妻なんていませんし、交際相手もいませんよ」
 そういいながら、ごく普通にサンドイッチをぱくつく。ルージュは固まっていた。
「本気で言ってんの? フェイト君」
「本気も何も、愛してる人もいないのに、本気も何もありませんよ」
「うぇ、君。クレアのこと好きなんじゃないの? ラブラブなんじゃないの?」
「……どこの噂か知りませんけど、僕はラーズバードの家にお世話になっているだけで、クレアさんと交際をしたりしてませんよ」
「じゃ、クレアのこと嫌い?」
「嫌いじゃありません」
「じゃ、好き?」
「友好関係うんぬんで言うなら好きです。でも、異性として意識しているかと聞かれれば、NOです。まだ聞きます?」
「……いえ、結構デス」
 地雷を踏んだか、とルージュはどことなく思った。
 ぽいぽいと、残ったサンドイッチも食べ終えて、飲み物も一気に飲み終えると、フェイトは立った。
「お先に失礼します。ルージュさん、また」
「あ、うん」
 蒼髪が去ってから、肘を突きながらどことなくため息をつく。
「クレアも前途多難だね〜……」
 私が付け入るスキなんて、どこにもないじゃん? とかなんとか、ため息は益々重くなっていった。 サンドイッチをぽいと口に運んだら、ハムがべちょっと落っこちた。
「……えんがちょ」




「……こんなもんかな」
 PM9:30、夜も更ける頃、職場での仕事に、没頭していたフェイトは一息ついた。
 上司Eは「それじゃあ後はよろしくね、フェイト君」と、定時であがってしまっていた。
 アーリグリフとの戦争、もとい。バンデーンのお陰で、ディオンを初めとして、施術兵器開発の人間も少なからず減った。 そのせいで、作業の進捗状況が、好ましくなかったりするのだが、そこはいる人間達でなんとかしなければならない。 今日も一息つけた所で、フェイトはとりあえず帰ることにした。
「お疲れ様」
「お、おつかれさまです〜……」
 なんぞ、死屍累々な声が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにしよう。 フェイトは研究室を出ると、早足に廊下を歩き、城を出た。
「……」
 もう、子供がうろつくような時間ではない。シランドの城下町の繁華街では、一般の酒の絡む店が多く繁盛している。 フェイトの脚も、自然とそちらに向いた。ただ、場所はもう決まっている。
 理由は一つ。 でも深い理由では、ない。
 喧騒をぬけて、やや静かな、小さなレストランの扉を開いた。
「すみませんもう閉店なんですよ……って、なんだフェイトか」
 元気よく? 挨拶して、途中で声が裏返った。あきれた、というものに近い。
「なんだはないだろ? 折角来たのに」
「はいはい、それじゃーいつものね。……って言いたいけど。いい加減にしないと太ってクレアさんに嫌われちゃうよ?」
「余計なお世話だ。いつもの」
「はいはい」
 ここでのやりとりが、「マスター、いつもの」「かしこまりました」というような内容ならいいのだが、 生憎、いつもの、というのはただのステーキだ。格好良さもクソもない。そして、 そのステーキを焼き始めたのは、なんともまぁエプロン姿がよく似合う、ソフィア=エスティードだった。
「ねぇねぇ、ラーズバードのおうちで晩御飯食べないの?」
「出るけど食べない」
「フェイトなんか貧しい人達に10回殺されればいいんだよ」
 じゅううううと、焼き始めた肉が音を上げるが、ソフィアが手にしたフォークでぐーっと肉を押さえると、 益々焼ける音が甲高く響く。それはまるで、肉が「ぎょえええ」と悲鳴をあげているようだった。
「違う違う、そうじゃない。……今日はアドレーもクレアさんもいないから、一人で食事っていうのが」
(何も変わってないじゃん)
 フォークが肉をぐさーっと刺した。鉄板で焼ける肉の脂がぶちゅぶちゅ跳ねる。肉のタップは叶わなかった。 ため息ものだ。
「それで? 今日はどうしたの?」
「……いやさ、僕とクレアさんって。付き合ってるように見えるのかな……って」
「は」
 ソフィアのもつフォーク、が逆手になり、ぐさぐさ肉を突き刺す。 さらに、肉を突き抜けて鉄板をガチガチつついてた。おそろしや。
「フェイト」
「ん?」
「黙ってるのと、何も言わずに帰るの。どっちがいい?」
「なんだよ、それ」
「あのね! どうして・……! ……ぁー……」
「?」
 そうだった、この男はとことん恋愛というものに関して、にぶちんだったことを思い出す。 頭が痛くなってくる。もうあきらめて肉をひっくり返す。ちょっと、こげていたのは内緒だ。
 また、じゅーといい音が聞こえてきた。
「ねえフェイト」
「なんだよ」
「クレアさんは、フェイトのこと好きなんだよ」
「……」
「嘘だと思ってる?」
「……」
「何も言わないとお肉消し炭にするよ」
「……ん、いや……」
「消し炭?」
「勘弁してくれよ。ただ、困るだけだ」
 この野郎、今すぐステーキで往復ビンタしてやろうか。ソフィアの顔が一瞬こわばった。
「じゃあ、どうしてフェイトはラーズバードの家にいるの」
「アドレーに誘われたから」
「……ッ!!」
 この時、ソフィアが軽くぶちぎれた。焼いている途中にも関わらず、目にも留まらぬ速度で肉をスライスして、ざっと 皿の上に盛るとカウンター越しの、フェイトの席にたたきつけた。
 ばんっ。
 テーブルの上で、音がこだまする。
 そして目の前には、ソフィアならぬ般若。
「お……」
「食べたら帰って!!」
 それだけ言い残して、ソフィアはエプロンをはずし、厨房からばたばたと出て行った。
「……」
 フェイトの前にはスライスされたステーキがあるだけだ。 とりあえずフォークでぷすりと一突き、食べてみる。
「……」
 片面半生、片面やや焦げ気味の最悪っぷりだった。顔をしかめて、まずいと思った。
「……」
 えらくまずい。 それでも、手は止まらず、全部食べてからお代を置いて、フェイトは帰宅の途についた。

 店を出て、彼から出たのは満腹の吐息ではない。ただのため息だ。
 ラーズバードの屋敷に戻ると、食事をしない旨を伝え自室の、ベッドの上にダイブする。
「ふう」
 腹の中は半端ステーキのお陰で半端に膨れている。何も食べる気はしない。何もする気もしない。 もう寝てしまおうか。そう思いながらも、いつの間にか、うとうとして、彼は眠りに誘われていた。
 眠りが、彼を抱いた。 心は、うずくまったまま、そっと彼に寄り添う。




(どうしたものかねぇ……)
 執務室の机に向かいながら、ネルは僅かに姿勢を直し、椅子少しを軋ませた。 フェイトと、クレア。二人の関係が、上手くいってくれることには、大いに喜びたいところだが、そう上手くいかないのが現実だ。
「……他に誰か好きなのでも」
 それを思いながら、マリア、ソフィア……スフレ? といった旅を共にした面子をぽこぽこ思い出す。 でも、宇宙組に意中の相手がいるならば、シーハーツに残る必要なんてどこにもないし、 ただアドレーに礼を感じてラーズバードの家にいる、……というのもないし。
「……まさか私とかね」
 一人苦笑いをこぼしながら、なんでやねん。ないわそれと突っ込んでしまう。
「しかし、あの子も難儀だねぇ……」
 クレアとフェイトだ、国としても二人が婚約をするなりすれば、いいニュースだろう。 英雄と国のトップの人間だ。明るい話題を拒む理由もなく、だが。
(せめてフェイトがねぇ……)
 クレアの気持ちに気付いてくれればいいんだけど、と思う。いっそ寝込みを襲って聞いてみようか?  と考えたこともあるが、後が怖いのでやめた。大いに恐ろおどろしい。
「フェイトの好きな相手……」
 やっぱり私か? ……と、また悪循環に嵌りそうになった時、部屋にノックの音が聞こえてきた。 また、やれやれとばかりに、どうぞと促す。
「失礼します、……今平気ですかネルさん?」
「……ああ」
 その、いろんな意味で意中の相手がきた。フェイトだ。手には多くの書類を持ち、また面倒くさそうなものと来訪してきたものだ。 ちなみに、まだフェイトはネルのことをさん付けで呼ぶ。この星に居つくことが決まり、ネルでいいよ、と言ったにも関わらず、 彼は苦笑いしながら辞退した。余程フランクに話す相手と言えば、ソフィアか、……はたまたあの股チラ変態か、 それぐらいだった。そこだけが、ネルがフェイトに対する苛立ちの根だったりする。
「エレナさんからの書類です。すみませんが目を通しておいて下さい」
「期限は?」
「早めに、来週の頭の会議で質問があると思いますので」
「解った。ありがとう、見ておくよ」
 それじゃ、失礼しますというフェイトに、ネルは待ったの声をかける。
「今時間平気かい?」
「少しでしたら」
 座りなと示すと、適当な椅子に腰掛ける。
「あんたさ……」
「?」
「クレアのこと、好きなんじゃないのかい?」
 間引きしたように、空気が固まった。
(ス、ストレートすぎたかな)
 もう少し回りくどい方が良かったかな、とも思う思う言ってしまったものはしかたない。
 何も答えないフェイトに、詰んだ。
「どうなんだい?」
「昨日もソフィアに言われたんですけど」
 目をどこかに泳がせながら、フェイトは頭を掻いた。
「僕はラーズバードの家にお世話になっているだけで、別に、クレアさんとはそういうんじゃ、ないですよ」
「クレアは、あんたのこと好きなんだよ」
「……それも、昨日ソフィアに言われました」
 それを聞いても、反応もどこか淡々としていて、どちらともつかず、ため息が漏れた。 「クレアじゃ駄目かい? 私としては、上手くいってくれることを願ってるんだけどね」
 やれやれとばかりに手を掲げて降参のポーズを取る。
「確かにクレアさんは綺麗だと思いますし、魅力的な女性だとは思います」
「釣合いがとれないって?」
「それをいうのでしたら、勿論僕が」
「はっ。よく言う、国で五本の指に入りそうなの相手に、のたまうもんだね」
「誰にとやかく言われるつもりはありません。ただ、あんまりしつこいようなら、ラーズバードの家も出ようと思います」
「その先は?」
「小さな家でも建てるか、ギルドに住み込むか、借家か」
「まあ、待ちな。そんなに結論を急ぐこともないだろう。好きな相手でもいるのかい?」
「ネルさんです」
「は?」
「冗談です。今の所、気になる異性の方はいませんよ。当面、交際の申し込みをする予定も、結婚の予定もありません」
そう言いながら、席を立った。
「それじゃ、そろそろ戻ります。エレナさんが本を散らかす前に」
「……ああ……悪かったね」
 それじゃ、また。 簡単な挨拶をしてフェイトは退室していたが、ネルは閉ざされた扉を見つめたまま、受け取った書類を僅かに指でなぞる。
「入りなよ」
 閉ざされた扉を見つめたまま言葉を投げかければ、ゆっくりと、扉は開き。 ふらふらと銀髪の相棒が、入ってくる。扉を閉めて、今しがた、フェイトが座していた席に腰を落ち着ける。
「……一人で空気を、重くしてるね」
「……いいわね、ネル。フェイトさんが好きだって。おめでとう。お祝いしないといけないわね」
 長い銀の髪を顔面にたらし、見えない口元からうふふふふと笑いが漏れてくる。気持ち悪い。 貞子クレアにはやれやれ、だ。
「馬鹿、あれは冗談だよ。それに、私はあいつを仲間としか見てないよ。確かにいい男かもしれないけど、 付き合おうとは考えたこともない」
「……そう」
 なんだか、呪い殺されそうな気分になる。それでもしょうがないかと、ネルが大げさなため息をついた。
「でも……まだ解らないよ、クレア」
「何が? 貴方とフェイトさんが結婚するのが?」
「……いい加減、そこから離れなっ!」
 がーッ! とコーヒーでもぶっかけてやろうかと、手元のカップを手に取ったが、やめた。 一息に飲み込む。苦さとうまみと熱さが一気に、ネルの喉を迸り腹に収まる。
「隠密相手にポーカーフェイスなんて、10年早いってことさ」
 カップをテーブルに置く。
「……?」
「私としても、あいつがあんたとくっついてくれたほうが都合がいいのさ」
「???」
 そう言いながら、書類をピンと指で弾き、羽ペンを取ってちょちょいとインクにつける。
「小僧一人相手に遅れを取る隠密じゃ、まだまだ二流だね。……って、そこ!! 溶けるんじゃないよ!」
 椅子にズルズルへばりついていく相棒に渇を入れる。
「ううう……フェイトさん……」
「全く」
 呆れながらも、ネルは羽ペンを一枚の手紙の上で走らせた。 一枚噛ませようというなら、ネルはフェイトのうざさを買った。ネル・ゼルファー、やるならばとことん、だ。致し方あるまい。 大切な相棒のためだ。




「フェイトくんは、マリアちゃんとソフィアちゃんとネルちゃんとクレアちゃんとファリンちゃんとタイネーブちゃんと ルージュちゃんとクレセントちゃんと……」
「なんの話ですか」
「あ、それとも全員? あ、それから私は駄目だよ?」
「……」
 だからなんの話だ、フェイトは頭が痛かった。ネルの執務室から戻ってくると、 何やらエレナがにこにこ顔で嬉しそうに話しかけてくる。 他の研究員も話しには参加していないものの、耳だけはきっちり参加していた。
 へんてこな職場だ。
「ねぇフェイトくん、男の子はね。家族を守ってこそ一人前なんだよ」
「なら僕は今の所半人前ですね。もしかしたら一生半人前かもしれません。それは精進しないといけません、頑張ります」
「あらあら、自己完結されちゃったわ」
「エレナさんにも、仕事が待ってますよ」
「見逃して? 駄目かしら」
「後でラッセルさんに怒られても構わないのでしたらどうぞ」
「ケチ」
「違います、上司想いと言って下さい」
「……全然優しくないなぁ」
「ディオンと僕とで、二人分ですので」
 そういってフェイトもまた仕事に没頭し始めた。愚痴っている暇は、どこにもない。
「じゃ、クレアちゃんかな?」
「……まだいいますか」
 フェイトはジト目にエレナを睨む。それを、ひらりとかわすあたり、エレナだ。
「好きじゃない?」
 昨日から、ソフィアといいネルといい、そればっかりだとフェイトは思った。
「駄目だよフェイト君? 待ってる女の子をスルーなんて。ねぇ?」
 たまたまエレナと席が近かった子が同意を求められ、曖昧な苦笑で逃げる。壁に耳あり、障子に目あり……どころではない。 やれやれとばかりにため息をついた。
「ねえフェイト君」
「なんですか?」
 エレナの顔も見ずに、作業に望んだまま返事だけ返せば、
「振られるのが怖い?」
「エレナさん、仕事をさせたくないんですか?」
「それは頑張って欲しいかな。でも私としては、口と手を両方動かしてくれたら嬉しいんだよ」
 難しい注文でもないよう気もするが……。
「何もしないままでいると、クレアちゃん誰かに取られちゃうよ?」
「別に誰がクレアさんを娶ろうと、僕には関係ありませんよ。その時はお祝いさせて頂きますし、御目出度いことだと思いますが」
「フェイト君、ささくれてるね」
「違います。っていうか、僕には好きな人がいませんから、こういう話をいくらしても」
「不毛だと思う? 女の子はこういう話、好きだと思うけど」
 ねぇ? と、また別の人に振られる。曖昧な笑顔がごろごろ転がった。
「でも」
 誰かが言った。
「フェイトさんとクレアさん。本当によくお似合いだと思いますけど」
 そんな優しい言葉をかけられて、顔をあげたフェイトがみたものは、なんだったのだろう。 一重に、お前には似合わないと言ってくれたほうが優しかったのかもしれない。 彼にしてみれば、嬉しかったのだろうか。
 だから、
「まさか」
 否定した。
 うんざり感が出てきた。どうしてこうクレア、クレア、クレア、クレアと名が出てくるのだろう。そんなにくっつけたいのか。
「エレナさん」
「ん?」
「気分悪いので早退します、明日までに必要な書類は全部揃えていますので」
「ん、解ったよ」
「すみません」
 それだけ言って、早足に研究室をでていった。
(……)
 静かな廊下を歩きながら、まだ出てくる、クレア、クレア、クレアと僅かな苛立ちを隠しながら階段を降り始めた所で、
「あ、フェイトさん」
「……クレアさん」
 実物のクレアと、出会ってしまった。クレア、が、現れた。
「すみません、気分が悪いのではけます」
「大丈夫ですか?」
 クレアの手が、フェイトに伸びる。
 その手が、届く前に僅かに身を引いた。
「……すみません。大丈夫ですから。ほんとに、すみません。失礼します」
 拒んだ。謝ってばっかりのようで、フェイトはさっさと階段を下ってしまった。 階段の踊り場には、きっとまだクレアがいる。でも、振り返らない。
「……」
 解ってる、何もかも、解ってるつもりだ。気分なんて悪くもない、それでも、今は施術開発研究室にいる気にもならなかった。 こんな人間関係を組むのならば、どこぞの森の奥でひとり生きるか、餓死なり自殺なりしてしまった方がうよっぽど素敵だ。 なんて無様な、なんて、惨め。
「……ッ」
 早足に城を出る。涙がでそうだった。少しの寒空を彼は仰ぎ見る。 救国の英雄たる人物が、泣いている姿を、町の人達に見せていいものか。 ただ空を仰ぎ見ながら、早足にラーズバードの邸宅へと戻った。空でも見ていないと、涙が頬をぬらしそうで、苦しかった。
 なんて、哀れな子なんだろう。




 屋敷に戻ったフェイトは、自室に戻るなりすぐにベッドに飛び込んだ。 寝よう、そして普段の自分を取り戻すんだ。今の自分は忘れればいい……、そして寝た。
 日も落ちて、また夜も深くなってから、彼を起こしたのは、部屋に響いたノックの音。 コンコンと連続して叩かれる音に、意識も叩かれた。
「……」
 目覚める、ノックに応じ声をかけると、見慣れたメイドが一人。
 ぼんやりした頭で時計をみれば、6時間少々は、寝ていたようだ。
「就寝中失礼します、ネル様と、アルベル様が起こしになられています」
「ネルさん……そう」
 再び寝てしまおうとした。あくびをかみ殺し、こちらはまだ寝ている途中なのだ。申し訳ないが、また今度に、と思った矢先。
「……今、アルベルって言った?」
「はい。お越しになられましたのはネル・ゼルファー様、アルベル・ノックス様のお二人です」
「……?」
 どういうペアか解らなかった。ネルはアルベルを嫌っているし、アルベルも余程の用がなければ、ネルと行動をしようとは、 思わないだろう。なにせ、あの男は口を開けば糞蟲糞蟲。
「……解った、顔洗って直ぐ行くから二人に伝えておいて」
「畏まりました」
 メイドは扉を閉めて去った。フェイトもやれやれとばかりにベッドを出ると、顔を洗って自分を起こすと、 二人が待つであろう居間に向かった。

「……」
「……」
「……うわ」
 思わず、口に出た。
 紅と股チラ男が、隣同士で座っているのが妙な光景に見えた。どちらもおとなしく座っているのが、とても奇妙な光景に見える。 アルベルの個人感情は兎も角、ネルは股チラを嫌っていると認識していたフェイトにとって、やはり奇妙な光景だった。
「お……おまたせしました」
「やあ、寝ていた時に悪いね」
「え、ええ……でも、もう平気です」
 返答しながらアルベルを見るが、相変わらずの模様だ。
「そうかい、なら寝起きで悪いんだけど」
「?」
「飲みにいかないかい?」
「ええ??」
 思わず、声が裏返った。この場にいるのがアルベルじゃなくて、クレアなら、戸惑うこともまだないが、何故、アルベルなのか。 そのまえに、何故アーリグリフにいるはずの人間がここにいるのか、さっぱり解らなかった。
「……この国との会議で、こっちに来てただけだ。深い意味はねぇ」
 糞蟲だなんだとは、言わない。 でも素っ気無いアルベルというのも、少し怖かった。 フェイトには興味はないようで、すぐぷいと顔を逸らしてしまう。
「たまにはいいじゃないか、行こう」
「え、ええ……」
 席を立ったネルに押される形で、フェイトはなすがままにされてしまった。 アルベルはもっそりと立ち上がり、黙ったままそれに続く。 なす術もなかったような、あったような。
 男二人はネルに導かれるがままに、シランドの、とあるBARにつれていかれる。
(こんな店あったんだ……)
 キョロキョロとしている間に、バーテンダーと思わしき人が、姿を見せる。
「いらっしゃいませ」
「やあ、マスター」
 ネルは、マスターだったか。その人と挨拶を交わしながら、席につく。二人もそれに倣った。
 その店は、騒ぎながら飲むというよりも、静かに会話を楽しみながら飲む、という店に見えた。 シックなデザインに、少し古めかしい感じが、落ち着きをもたらす。
「お久しぶりですね、ネル様」
「最近忙しくてね、なかなか来れなかったよ」
 そんな会話をしていた。クレアも来た事があるのか、なんとなしにフェイトは思ったが、解らなかった。 「それじゃ、私はいつものを。あんた達はどうする?」
「僕も、ネルさんと同じのを」
「強いやつ、くれ」
「畏まりました」
 バーテンダー、もといマスターは手際よく酒の用意をする。その道のプロの手際というのは、見ていて、 ほとほとに関心してしまう。一種の芸術だ。
 酒は、ほどなく三人のそれぞれの手に、収まる。
「それじゃ」
「何に乾杯だい?」
「……何でもいいだろう。そんなもの」
「あんたねぇ、……それじゃ、今日という日に」
「? ……乾杯」
「……」
 アルベルは、黙したまま、ネルとフェイトは声に出して、乾杯の合図と共にグラス達に小さな声を 揚げさせて、それぞれの酒を口にする。ただ、アルベルだけは一気に飲み干して、
「同じものを頼む」
「畏まりました」
「……」
「……」
「んだよ」
 ネルがジト目で、フェイトは苦笑いでそれを見る。アルベルらしい、と思う反面、この場にクリフと アドレーがいれば、もう少し雰囲気は違ったのかもしれない。あれらは騒ぎながら楽しく酒を飲むタイプだし、 多分、張り合ってガバガバ飲んでいただろう。 その点、ネルとフェイトは雰囲気を楽しむ、ということを知ってそうな面子である以上、 ……もう、笑うしかない。
「しかし久しぶりだね、こう、まとまって会うのは」
「当たり前だろうが、お前等はシーハーツ、俺はアーリグリフ。気安く会える立場でもねえ」
「……そうだね、ロジャーとも、ずっと会ってないや」
「あの豆狸なら、放っといても、勝手に騒いでるだろうよ」
「その点は、あんたも同じだろうね」
「ああ?」
「ま、まぁまぁ……。でも、アルベルも少しは変わったんじゃないのか?」
「何がだ」
「いや、色々とさ。好きな人とか、結婚の話とか、そういうの無いのかよ」
 それをふられても、アルベルは鼻で「ふん」と笑い、一笑に付す。
「お前、俺にそんな話があると思ってるのか?」
「いや、全く。でもお前だって、ノックスの家を背負ってるんだから、いずれは誰かと結婚しなきゃいけないんだろう?」
「いずれはな。だが恋愛だ結婚だなんて話、これっぽっちもねえ」
「……そっか、ネルさんは?」
「私の恋人は仕事だよ。今は男の恋人なんてノーサンキューさ」
「ハッ! 気付くとババァになってるんだから、世話ねえな」
「あんたみたいに戦う事しか能の無いチンピラが、国のトップにいるなんて、世話ないね」
 ちなみに、二人ともショットグラスだったのだがぐいぐいと飲み干し、カウンターにたたき付けた。
「次だ」
「マスター、おかわり」
「畏まりました」
「……」
 苦笑い、すら、でてきやしない。
「だいたいね、そっちの政策はもっと農業に力をいれたらどうなんだい!? うちの支援に頼りきりの体勢でいるっていうのが おかしいんだよ! 国が民を食わせていく気概もないから、あんな戦争が起きるんだよ!」
「ほざけ糞蟲が。うちの国でどれほど厳しい環境と、作物の不作を知っての発言だろうな」
「ああ言うさ、略奪して万々歳なんて馬鹿げた結果で満足しそうな国の事情ぐらいねっ」
「農業政策に力を入れさせなかったのはあのヴォックスだ。文句を言うなら墓前で呟いてろ」
「へぇっ、あんたが農業、笑っちまうね。刀より鍬を振るう方がお上手かい?」
「お前の首を刈り取るぐらいにはな。糞蟲」
「糞蟲糞蟲五月蝿いんだよあんたは!」
「うるせぇんだよ糞蟲、糞蟲に糞蟲といって何が悪い?」
「殺されたいらしいね」
「自殺願望があるなら叶えてやる」
「……」
 この人たちは、一体何をしにきたんだろうと、フェイトは頭が痛くなってきた。
 ちなみに、二人の話がヒートアップしてる間にも、二人は酒を、飲む、飲む、飲む。飲み干していく。 フェイトもちびりちびりとは飲んでいるものの、二人の国のトップの言い争いにびびりまくりで、酔うに酔えなかった。
 そんな、二人に、マスターから酒が渡された。何故か、すごい量が少ない。
「どうぞ」
「ありがとう、って聞いてるのかい!?」
「知るか糞蟲が、うちの国のことでお前の指図を……」
 二人は言い争いながらも、その酒をグッと飲み干して、会話が止まった。
「……?」
 フェイトが訝しげな顔で二人を見てから、マスターを見ると、
「スピリタスです。世界最高のアルコール度数の酒ですね」
「……えっと、どれくらい強いんですか?」
「96度ですので、相当なものです」
 それでも、マスターの顔はニコニコ。改めて二人を見ると、二人とも、顔を突っ伏して一時的に沈んでいた。
「フェイト様には、こちらを」
「……?」
 一杯の酒が出た。カクテルに、見えるが。
「これは」
「マティーニにございます。クレア様が、ここに来られるたびに。よくお飲みになられます」
 それを聞いて、ほんの少しだけ、フェイトの顔色が翳った。それをみてか、マスターは詫びる。
「申し訳御座いません、差し出がましい真似をしました」
「いえ、……とんでもない。ありがとうございます」
 マティーニの杯を手にとって、口付ける。
「甘い……ですね」
「はい、ベルモットベースのマティーニです。甘い味わいで、どなたでも呑みやすいようにしています」
 それを口にしながら、”おいしいですね”と、フェイトの脳裏には、クレアがこの酒を飲み喜ぶ姿が浮かんだ。
 でも、その酒を一息に飲み、終わらせてしまう。
「ありがとうございました」
 杯を戻すと、丁度ネルが復活しかけていた。まだ、アルベルは沈没したまま。
「そうだ。フェイト。あんたはどうなんだい?」
「え?」
「え、じゃないよ。クレアとはどうなんだい」
「……ネルさん」
 それは、この前も言ったような気がしないでもない。ニコニコと微笑むマスターに助けてもらいたかったが、 そうもいかないらしい。
「生憎、僕とクレアさんはロミオとジュリエットの関係にすら、なりえませんよ」
「何を言ってるんだい? クレアのことを、見ているくせに」
 その一言が、フェイトに楔を打ち込んだ。 ネルを見つめたまま、動けなくなる。
「……なんてね、あの子は嫌いかい?」
「ネルさん……」
 心臓に、悪かった。
「前もいいましたが、クレアさんのことはきらいじゃありません。でも、」
「友好関係でみるなら、好きかい? 嫌い嫌いは好きのうち……って、ねぇ?」
 素直になったほうがいいよ、とやけに絡んでくるネルの様子がおかしい。 酔っているのか、どちらにせよ、アルベルに助けを求めるのは無謀だし、手の内にある 酒に逃げるぐらいしか、フェイトにはできなかった。その後も、彼にしては随分とハイペースで飲み続けて、 ネルが止め始めた頃には、手遅れになっていた。

 体が、ただ熱く。こんなに酒を飲んだのは始めてじゃないか、というぐらい、フェイトは飲んだ。 どんなに深く息を吸い込んでも、何を考えても、ぐるぐると、何か変なものが自分の中で蠢いているようだった。 自分は正常だ。そう思うも、頭はくらくら、体は水を欲する。
「平気かい?」
 隣を見ると、相変わらずネルと、その奥に、アルベル。二人ともまだいる。
「平気です……」
「水、飲むかい?」
「ええ……」
 ネルから手渡されたグラスの水を、フェイトはゆっくりと口付けて、飲み込んでいく。 火照る体に冷たい水が染み入る。水は全て飲み干され、一息ついた。……アルベルは、それを横目にまだ、酒を飲んでいる。
「珍しいね、あんたが、こんなになるまで、飲むなんて」
「……すみません」
「いいんだよ、何か理由でもあるのかい? 無茶苦茶になるほど飲みたい理由がさ。 今日は珍しくアルベルもいるんだ。いいんじゃないかい? 相談ぐらいしても」
 ゲシッ!
 ネルの足がアルベルを蹴る。
「ッ……そうだな」
 痛みは顔にださないものの、アルベルも物静かに応えた。普段ならば「何しやがる糞蟲!!」と、 切り捨てているところではあるの、だが。 今日はおとなしい。というよりも、復活していたらしい。
「……」
 肝心のフェイトは、顔を真っ赤にしたままネルの顔を見つめていた。
「ネルさん……」
「なんだい?」
「アルベルのこと、好きですか?」
 流石に、この台詞には奥のアルベルも吹き掛けた。それでも、吹かないあたりは、流石と言おうか。
 一瞬。ほんの一瞬、ネルも動揺の色を滲ませたが、泥酔のフェイトには、解りもしなかっただろう。
「いや……生憎、恋愛の対象ではないね」
「……そうですか」
 そう言いながら、フェイトはグラスに手を伸ばした。ブルーハワイだったりする。
「……僕は……」
「うん?」
「……この国に……」
「………………」
「……………………」
「……………寝たな」
 次第に、フェイトの静かな寝息が聞こえ始めた。 その寝顔は穏やかとはいえず、顔を真っ赤にしながら、目尻から、僅かな涙を滲ませている。
「……すまなかったね、あんたも忙しかったろうに」
「……酒のついでだ」
 そう言いながら、自分の杯の残りを、一気に飲み干した。
 ネルは酔い潰れたフェイトを見ながら、ため息をつく。何が、ここまで彼を縛るのだろう?  誰もが、酒に呑まれた。ネルは氷の入ったグラスを静かに傾け、氷を鳴かせた。何も聞こえないこのBARで、 彼女のため息はひっそり飲み込まれた。




 コーヒーは何度飲んでも苦い。それでもクレアは口にする。香りと、味が、自分のエネルギーだと言い聞かせてよく飲んでいた。 今も、コーヒーカップを両手に包みながら、あることを考えていた。
“……すみません。大丈夫ですから。ほんとに、すみません。失礼します”
 差し伸べた手も、存在も。拒まれた。
 昨日、階段の途中で出会ったフェイトは、早足に去り、クレアは数秒の間、その場に棒立ちとなって、ろくすっぽ動けないままでいた。 体当然のことは、頭はなに一つとして動いていなかった。ただ、 体から何かが抜け落ちたように、その場に釘付けになっていた。さらに数秒がたつと、 とりあえず自分の執務室に戻って、席について、コーヒーをぐーっと飲み干してから、
「はぁ……」
 一息ついていた。
 今も、昨日も、コーヒーあった。あの時のフェイトはフェイトさんは気分が悪かっただけだ、平気だ。 切り替えろ、仕事は山ほどあると自分に言い聞かせる。手を動かし、頭を回転させる。やらねばならぬことは山程ある、 それでも、フェイトの後姿だけは、脳裏に焼きついていた。
 ため息は出さない。
 残ったコーヒーを一息に飲み、山積みになっている書類に着手した。頭の中は、しこりが残ったまま。
 クレア・ラーズバードは、フェイト・ラインゴッドを異性の相手として、意識しているのだと思う。 同じ家に住んでいるものの、会う機会はあまりないが、よく目で追い、話す機会があれば、積極的に話しかけている。つもりだった。
 フェイトは優しい。 でもそれはクレアに特別優しいわけでもなく、誰彼隔てなく、優しいのだ。時折、その優しさを見ていると、 悲しいものが見える気が、した。空虚というか、まるで彼は、虚無そのものにも、クレアには見えた。 なんだか、危うい気がして、そういう時は妙な気分になる。 抱き締めたくもあり、愛しくもあるが、それもできない。葛藤は大きい。
 クレア・ラーズバードは、今も昔も、多分この先も。 恋というの名の、大いなる隔たりは、強大な敵となるのだろう。相方と揃って、そこだけは、初心だと言わざる負えない。 どうしたものかと思っても、仕事は待ってくれないのだ。
 とりあえず目の前の仕事を片しながら、黙々と作業に没頭する。
 昼の時間がきた。空腹のような気がしたが、とりあえず無視して作業を続行。 日が落ちても、とりあえずコーヒーを飲みながら作業を続けた。部屋が暗くなると、ランプをつけてまた書類に向かった。 腹が減っている気がした。どうでもよくなってきた。
 時折誰かが部屋に入ってきて報告をしていく、作業、報告、コーヒー。そんなの繰り返していたら、
「この時間なら、空いてるかい?」
 ネルが来た。時計と外を見る。時刻は、深夜零時を過ぎていた。
「ええ……少し休憩にしようかしら」
 数時間手にしていたペンを置いて、ぐっと体を伸ばす、しばらく同じ姿勢でいたから、骨がコキコキ鳴った。 微妙に残っていたコーヒーを口にすると、完璧に冷えていた。それでも、最後の一口は飲んでおいた。
「フェイトなんだけどね。……ああ、前以って言っておくと、これは私の勘だよ?」
「?」
「多分、あんたのこと好きだよ。あいつ」
 コーヒーの最後の一口は、既に飲み込んだ後だった。これが飲んでる途中か、よほど熱いコーヒーだったならば、 クレアはコーヒーをたらすか、ネルの顔面に吹いていただろう。
「……多分だけどね、確証はないよ」
 そう言いながらネルは少し首を捻って見せた。
「ネル」
「昨日、私はアルベルとフェイトと飲みにいったのさ」
「……そうなの?」
「そうなんだよ、頼むから。そこでむくれないとくれ。酒の力を借りて、あいつの本心を聞こうと思っただけさ」
「まあ」
「でも、それもあいつのクレアに対する態度に違和を感じたからさ」
「隠密の勘かしら?」
「いい分野違いの勘さ。で、結局昨日あいつは、本音を漏らさなかった」
「……それで?」
「私があいつを酒に誘ったのは、その違和を知りたかったからさ。でも、あいつはその違和を見せるだけで本音は見せようとしない。 それでも、その違和をちらりと見せてくれたよ」
「…………」
「珍しくあいつが泥酔して眠りこける前、こう言ってたよ。“……来るべきじゃ、無かった”ってさ」
 その一言を聞いて、クレアの胸が、僅かにどよめく。
「それは……」
「シーハーツに来るべきじゃなかった。……そう考えているんだろう?」
 そのままを言い当てられ、言い返すことは何もできない。その通りだ。
「私にはこう考えられることもできるよ、クレア。“クレアを、好きになるべきじゃ、なかった”  家柄もあるだろうし、あれで繊細なところもあるしね。悩むところも多いんじゃないのかい?」
 言葉に詰まる。 だが、それはあくまでも、仮説だ。ネル自身が言った前者の言葉も考えられないわけでもないのだ。
「クレア」
「……何?」
「今フェイトがこの国に来るべきじゃなかったことしか、考えてないだろう?」
 それを言われると、確かにそうだ。先程から痛い話である。
「常に最悪の状況を想定した上で動く、それは解るけど」
「ネル」
「すまない、少し意地悪だった。でも、クレア。あんたは今盲目になっているだけさ。 仮に、あんたが第三者的立場になったら、そこまでブルーなことは考えないだろう?」
「……恋の話をしているとしたら、それは当事者でしか解らないでしょう?  第三者は楽観している立場の人間に過ぎない。違うかしら?」
「違わないね、でも、あいつは自分からじゃ動かない。あんたからじゃなきゃ、駄目だ」
「でも……」
「あいつが嫌いな人間ってのは生憎見たこと無いけど、私の勘からしてみれば、 あいつはあんたを好きになっている、でも何かとっかかりがあって、悩んでいるだけさ」
 そんなこと、クレアには考えたことも無かった。 仮に人を好きになって、「あいつは私を好きなんだ。そして悩んでいるに違いない」と考えられる人間がいれば、 それはそれで大物だろう。
「動かなければ何も始まらないし、胸の中の気持ちも、そのまま」
「なんだか、随分上から目線ね。ネル」
 僅かに微笑み、そりゃそうだと答えた。
「私は悩んじゃいないからね。、誰かを本気で愛したこともないし、あんたの気持ちも解らないよ。 でも、あんたが悩んでいるなら、協力してあげようという気持ちでは、あるね」
「それはありがとう」
「で? いつ言うんだい??」
 逃げられないらしい。
「ちょっと、ネル」
「早いほうが良いって言うだろう? ああ、でも今日は無理かもしれないから、明日にでも……」
「ちょ、ちょっと待って。まだ気持ちの準備もできてないんだから!」
「そんなの、なるようになるよ。善は急げっていうだろう?」
「でも」
「結果報告、楽しみにしてるよ」
「あ、ちょっと」
 待ちなさい、という暇を与えなかった。ネルはさっさと退室してしまった。
 ネルが去れば、誰も、話す相手などいない。なんとなしにコーヒーカップを手に取るも、中は空だ。 カップを戻し、なんとなしにため息をついた。よく言う、恋は盲目だと。自身を省みればそうなのだろうと、クレアは思う。 でも、何も考えられなくなるぐらいに人を愛せるというなら、それはある意味幸せだ。
 目を瞑る。今日はこのまま、仮眠を取ろうと、思った。
「ああ、それと」
「?」
 ドアをノックしながら、ネルがひょいと顔を出す。
「言い忘れてたことが、一つ。あったよ」

 それから数日後の、とある夜。 クレアを前にして、フェイトはぺこりと頭を下げた。
「すみません」
 ネルに言われるがまま、ではないが、クレアが、フェイトに想いを打ち明けると、 それはもう、至極簡単に、とでもいえばいいのか。あっさりと断られた。
「残念です、でも。ぎこちない関係でいるのも嫌ですから、これで、さっぱり諦めたいと思います」
 また、すみませんと言いそうになったフェイトの口を指で制する。
「駄目ですよ、フェイトさん。そういう時は、ありがとうって。言ってくれないと」
 クレアに申し訳ない気もした。 でもフェイトは、苦笑しながら、やはりすみませんと口にした。
「それじゃ、今日はもう失礼しますね」
「……はい、お休みなさい」
 同じ家に暮らしているというのに、隔たりがある。 クレアはフェイトの部屋を辞して、廊下を歩きながら思った。確かに、ネルが言った通りに、断られた。でも、
「あれ……?」
 ポトリと、涙が落ちる。目尻といわず、毀れ落ちるような涙が、止まらなかった。
「まだ、まだ終わってないのに……」
 この告白には、まだ続きがある。まだ、終わった訳じゃない。 まだ、フェイトに対しての想いは変わってわけでもなし、消えようともしない。 それでも、
「馬鹿……」
 解った上での拒絶でも、面と向かって言われて、普段通りにいられるほど、安くもなかった。 自分に言い聞かせながら、クレアは涙をゴシゴシ拭いながら、自室に戻る。
 一途なのは、何も、彼女だけじゃない。 フェイトもまた、自分の部屋に取り残されたまま、小さな溜息をつく。

「……疲れたー」
 ソフィア・エスティードは、カウンターの席に腰掛けながら、ぐでーっと座っていた。 時刻は遅くなりつつある、先程最後の客も帰って、ようやく落ち着いた所だ。そろそろ クローズの看板を出そうか、という時になって、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませー(こんな時間に来ないでよもうっ……)」
 客商売とはなんたる因果か、だが客を追い返すわけにもいかずパッと立ち上がれば、
「なんだ、フェイトか」
「……お前、そればっかりだな」
 見知った顔の青年が、やってきた。
「はいはい、いつものでいい?」
 やれやれとばかりに、ソフィアは腰をたたいて厨房の方回ろうとするが、
「いや……今日はいいや。少し、話がしたくて」
「なに、またクレアさんとのこと?」
「まあ……そうなんだけど」
 相談窓口じゃないよ、と思いながらも、自前のエプロンを外して、コップ二つに水を二つ入れて、カウンターの席に腰掛けた。
「座ろう、立ったままだと冷凍ステーキで叩いちゃうんだから」
「…………」
 本気なのか解らないが、とりあえずフェイトも腰掛けた。
「それで? 今日はどうしたの」
「いや……」
 何か言い淀むのを見ながら、ソフィアは呆れた。
「フェイトはここに悩みにきたの?」
「話をしにだよ」
「じゃあ話して」
 その言葉で、フェイトはようやく覚悟を決めたらしく、水を一口だけ飲んだ。
「クレアさんにさ」
「うん」
「好きだって、言われた」
「それで?」
「断った」
「……なんで?」
「…………」
 ように、そこが悩みどころらしい。
「僕は別に、クレアさんのこと好きじゃないから」
「私はフェイトのこと、好きだよ。どう? クレアさんが駄目なら、私のこと好きになってくれる?」
「そういう問題じゃないだろう」
「なら、何を話しにきたの? クレアさんに想いを打ち明けられて、断って、別にフェイトはそれでよければ、いいじゃん」
 それに対し、フェイトは無言だった。 しょうがないなぁ、とソフィアは思う。
「そうじゃないから、そうやって悩んでるんじゃないの?」
「いや、僕は」
「好きなんでしょ? クレアさんのこと」
 そこも、やはり沈黙だった。
「素直じゃないなぁ」
 そこが限度だった、ソフィアは手にしていたコップの水を、フェイトにぶっ掛ける。
「冷っ!? って何するんだよッ!!」
「素直じゃないフェイトにお仕置き。もしも相談してるのがマリアさんだったら、ビンタで、ミラージュさんだったら、 グーのぱんちか、やくざキックだったかもしれないよ?」
「……」
 嬉しいのやら、悲しいのやら。水気滴るいい男。
「みんな知ってるよ? フェイトがクレアさんのこと、好きなの。そんなの、今更だってば。 ねえ、今からでも遅くないから、ちゃんと返事してあげなよ」
「しないって」
「恥ずかしいとか言うなら、追い出すよ」
「違う。そうじゃなくて。……ごめん、ソフィア。やっぱり帰る」
 席を立った、早足に去ろうとするフェイトだが、ソフィアは椅子をくるりと回し、去ろうとする背を見つめた。
「逃げるのは簡単だよ。フェイト」
 簡単に、足は止まった。
「何かに理由をつけて、逃げるのは簡単なんだよ。勇気を出して告白をしたクレアさんと違って、フェイトは逃げるんだ」
「違うッ!!」
 振り返った。怒気を孕むその顔を見て、ソフィアは静かに笑う。
「違わないよ。楽な方を取ってる、惨めな自分が無様で哀れ? 私に一体何を相談しにきたの? 今のフェイトは、みっともないだけだよ」
「お前に何がわかるんだよ。ソフィア」
「解らないよ、フェイトのことなんて、これっぽっちもね。私はフェイトのこと好きだったけど、何一つ解ってあげられなかったし。 他人を完璧に理解しようなんてこと、できやしないよ。それが例え恋人でも家族でも、親友でもね。 でも、他の人を、一所懸命に理解しようとするのが人なんだよ? 人は互いに歩み寄って生きていかなきゃ、生きていけないんだよ。 今のフェイトは、クレアさんにも、自分の気持ちにも遠慮してる、小さな子供にしか見えないよ。 まずは自分を認めて、好きだって言ってあげなきゃ、何も始まらないよ?」
「……違う、そうじゃない」
「何も違わないよ」
「違うッ!!」
「もう……、自分の図星も認められない人に言うのも無駄かもしれないけど、クレアさんは待ってるんだよ。 自分の中で勝手に苦しんで、馬鹿だよ。フェイトは何も解ってないんだよ。何もしないで、自分の気持ちを、自分の中に ため溜め込んだままでいるだけの人の気持ちなんて、私は、解りたくないな」
「……」
「クレアさんが可哀想だよ、フェイト。きっとフェイトのことだから、断った理由も言ってないよね?  ……断るにしても、もう一度、ちゃんと話した方がいいと思うよ」
「……なんだか、凄く見透かされてる気がして、反抗する気が、失せた」
「何年一緒にいたと思ってるの?」
 馬鹿フェイト、と思いながらタオルを渡す。
「……ずっと」
 濡れた髪に、そっとタオルで拭く。
「そう、ずっとだよ。私はフェイトのことをずっと見てたけど……。って、そんなことはどうでもいいから、 クレアさんの所に行ってあげなよ。待ってるんだから、絶対」
「ん……」
「まだ悩む?」
「少し」
「そう、それじゃ出て行って」
「は?」
「あのねフェイト。私は明日も、朝から忙しいの。恋の悩みでうじうじしてる人を構ってるほど、暇じゃないんだよ?  はい、店閉めるからでてって!」
「……ソフィア」
「何?」
「ありがとう」
「……それは私じゃなくて、クレアさんに言ってあげるべきだよ」
 ため息に送り出されて、店を後にした。
「馬鹿フェイト」

 夜道。
 一人フラフラ歩きながら、少し悩んだ。
(……自分の気持ちは、他の人に言わなきゃ解らない……か)
 言い得て妙だった。そんなこと、当たり前の話だが、散々悩んだ自分が馬鹿だったような気も、少しした。 それでも、自分の中の奥底の自分は、まだ、否定する。
「……あれ」
「うむ?」
 たまたま、ラーズバード家までの道程を歩いていると、アドレーと出くわす。
「フェイト殿は今帰りか」
「ちょっと、ソフィアの店に寄ったんだけどね」
「ふむ」
「水、ぶっかけられちゃった」
 それを聞いて、アドレーは高々と笑った。思わず、フェイトも声を忍ばせて笑ってしまう。 その声は、まるで自分の闇を追い払ってくれるようで、頼もしかった。
 二人でラーズバード家までの、道程を歩く。なんだか一人は髪が湿っているし、一人は上半身裸のジジィだし。 変なコンビだった。名を知れば、誰でも、知っている有名人だというに。
「ねぇ、アドレー」
「なんじゃ?」
「あのさ」
「うむ」
「……僕、クレアさんを泣かしたと思う」
 それを言った時、殴られるだろうな、となんとなく思った。娘を泣かしましたと言われて、怒らない父親がどこにいるのだろう?
「フェイト殿」
「ん?」
 ぐーのパンチが……
「飲みに行かぬか?」
 来なかった。 来たのは少々予想外な御誘いで、どこかに飲みに行こうという話しになった。
 それでもラーズバード家に、お酒っていっぱいあるんじゃないの? という提案にそうじゃった、と豪快にアドレーは笑う。 二人は自宅へと戻り、メイドに適当なものを作ってもらい、何故かアドレーの部屋で、飲みが始まった。
「乾杯じゃ」
「乾杯」
 グラスとグラスを小さく口付けて、なんとも豪快に、アドレーは杯を煽った。 やることなすこと、この人は豪快だとフェイトは思う。そして、新たな酒が注がれていく。
「飲まんのか?」
「いや、飲むよ」
 別に、アドレーに感化されたわけではないが、ぐいと一息に酒を飲み干す。
 にやり。
 どぼどぼと、新しい酒が注がれた。ボトルの酒がどんどん減っていく。 ぐい、ぐいと。酒は消えていく。
「何か、あったか?」
「……ん」
 熱が体を焼く。
「ごめん、クレアさんに好きだって言われたのに、振った」
「フェイト殿は、好きな女子でもおるのか?」
「いや、いない。どちらかといえば、僕も、クレアさんのことが好きなんだと思う」
 言葉の尻は濁した。フッと、アドレーに笑みが浮ぶ。
「青いな」
「……そうかな」
「ああ、青い。とてもじゃないが娘をやることなぞ、できやせん」
「…………そっか」
 そういって酒を飲もうとした所を、無理やりアドレーが注いできた。当然溢れる。
「むぅ、そこは抵抗してほしいところだが……確かに、貴族のぼんくらにクレアと結ばせるというなら、話は変わるが、 お主の青さというのは、駄目な青さではない。常に一人で迷い、一人で立ち向おうとする青さだ。 周囲の人間に対しての気配りはピカイチだがな。自身を省みた時、お主はまだまだ、青さがある。 しかしそれは、まだまだ育っている青さでもあり、思わず食べたくなる青さでもあるな」
 うむ、締めるアドレーに、食べられたくないと言えば、笑いが木霊した。
 酒が進む。
「フェイト殿、何故クレアを振った?」
 その理由を、口にするかしないか惑った。
「立場とか、そいうのじゃないけど、ちょっと」
「おっと、すまなかったな。だがそれも構わん。ワシはあくまで助言をするだけだ」
「?」
「確かに、ワシとしてはお主にラーズバード家に、来てほしいとは思う。 だが強制をしてまで、ワシはクレアとお主を結婚させようとは思わん」
 げふんげふんと咳込む姿は、妙だと、思った。 じゃぁ今までの騒ぎはなんだったんだと聞きたかったが、やめておいた。
「クレアさんのことは好きだけど、……僕じゃ駄目なんだって、思う。その駄目な理由を、僕自身が一番良く知ってて、悩む。 本当は、この家を出るべきなんだろうって、最近よく思うよ」
 本当は、シーハーツおろか、この星から出て行くべきだ。
「随分と自虐的になっておるな」
「それは自分でも解ってるんだけどね。こればっかりは」
「成せば成る。成さねば成らぬ時がある。……では、ないがな。成せることも成せないと思っているようでは、 到底ことは成せないであろうよ、フェイト殿」
「……でも」
「うむ。結婚する気になったか」
 それを、苦笑いで逃げる。
「ねぇ、アドレー。僕はどうしたらいいと思う?」
「本心を語らずして、わしに答えを求めるか若僧?」
「……すまない、聞かなかったことにしてほしい」
「良い。酒の席だ」
 酒の瓶が次々と空いていく。尤も、フェイトも飲んでいるとはいえ、大半を飲み干しているのは、アドレーだが。
「言うたが、ワシに限らず、他人にできるのは助言だけだ。フェイト殿。人は迷い。人は困り。 人は時に振り向いても、再び歩き出す。その繰り返しだ」
 夫婦というのもな、と付け加えて膝を打ち、声高らか。
「夫婦というのは連理の翼よ」
「……アドレー、それを言うなら連理の枝じゃ……」
「対、というのが肝心だな」
(聞いてないよ……)
 酔っ払い恐るべし。
「しかしだフェイト殿、お主もまだまだ、クレアのことを解っておらんな」
「え……?」
「クレアは、お主一人の悩みを包みきれぬと思うか?」
「……それは」
「考えたことも無いか、お主もまだまだだな。己を省みることを己の常とするならば、伴侶のことも考えるのが……」
 くどくどと、耳が痛かった。
 でも、
「……悩むな、とも言わん。だがフェイトよ。女という生き物は、偉大だとワシは思う。 数ヶ月もの間、腹に子を抱え、子を産み、新たな命を芽吹かせることができる。男なぞ、ちっぽけなものよ。 女がいなければ、何もできん。女がいてこその男だ。ましてや、ワシの娘だ!」
「……うん、まぁ、ラーズバード家は偉大だと思うし、女の人は凄いと思うけど」
「ワシの娘はもっと凄いぞ?」
「…………」
「うぉっほん!! ……なんにせよだ。安心せい、お主が思っている以上に、女というのは強いぞ。フェイト殿。 それにこの国は女流社会だしの」
 アーリグリフよりもな、と肩をバシバシ叩かれる。
「それに、今のおぬしも解ってるのではないのか? クレアと共にいることの、心地よさというものを。 ワシも妻との婚前はそうであったがな」
 高々と笑いもひとしおに、
「クレアも、待っておるだろうよ」
 そう言いながら、アドレーはベッドに寝転ぶと共に、高々といびきを掲げ、眠ってしまった。

 フェイトは思いを馳せた。
 ソフィアにも、アドレーにも助言を貰った。
 だが、自分はどうだ?
 胸の中が、苦痛で雁字搦めになる、まだ、気持ちが晴れることは無い。心の楔に指を触れれば、酷く痛む。 棘の鉄線を握り締めるように、心は悲鳴を上げる。苦しい。声も上げずに呻く。
 一人、フェイトは俯いて、涙が零れ落ちた。床を涙が叩く。
 アドレーも煩く寝てる。部屋には一人。
 涙が、止まらなかった。




 あの後、自室に戻った。窓を開いて、外の冷たい空気を吸い込んで、酔いを落とした。 火照る体に、冷たい空気は心地よい。それでも、肌寒くなると、窓を閉めて吐息を落とした。
 酔いも落としてから、軽く湯浴みをして、ベッドに潜り込んだ。寝よう、そう思いながら瞼を閉じる。 灯りも無い、暗い部屋の中で眠りにつく。心の疲れと、彼自身と、色々なものが彼を、直ぐ眠りにつかせる。
 安からかな寝息が聞こえて始めてから、数時間、来客が訪れたのに、彼は気づけなかった。 ドアノブを捻る音が僅かに部屋に聞こえた。一度、躊躇われた様に止まったが、それから、再びドアノブは回り、 ドアがゆっくりと開かれる。人影が、暗い部屋の中にするりと忍び込んだ。また扉はゆっくりとしまっていき、 ドアノブがまた、少しだけの小さな音を立てた。
「……」
 心臓が酷く弾む、初めて人を殺した時の境遇に似ていたのが面白おかしい。でも、人殺しに慣れてからの、殺す前の冷めた感覚とは、 どこか違う。
 当然か。
 音立てぬように足は進み、人影はフェイトのベッドの前に立った。当然、フェイトは寝ていた。 見下ろす、その寝顔を自身は求めていた気がする。心臓は、未だ昂ぶっていた。今一度、自分を落ち着かせるように、 今一度息を殺して呼吸を正すとそっと、フェイトのベッドに腰を下ろし、かけていた毛布を僅かに、ずらす。
 寝巻きをまとう、彼の体が現れる。少しだけ様子を見ていると、胸が上下するのが見える。 と、忘れていたとばかりに、手にしていたあるものをベッドの脇に置いて、小さくを火をつける。 でも、火は直ぐに消えて、代わりに何かの香がふわりと周囲に泳ぎ始める。
 改めて、心臓が強く弾み始めた。もう後にも引けず、クレアの顔は、真っ赤だったりする。
 己がまとっていた、襦袢を、するり脱ぐ。




 ぬるま湯につかって、ゆれているような。心地よい何かに包まれていると、フェイトは感じた。 気持ちいいとそれに体を委ねる。でも、それがなんだろうと気になって、わずかに意識が、揺れ動いた。
 瞼が揺れ、瞳が動いた。
 誰かがいる、それが薄惚けた、不鮮明な意識では誰だか解らなくて、それに気分も何か変だった。 自分に馬乗りになる形になっている。 その人は酷く、クレアに似ていて、
(夢、なのかな)
 劣情を催したか。自分も興奮している気がした。だから、成すがままに、流れる銀の髪に指を入れた時、 夢の中のクレアと、目が合った。
「クレアさん……」
 名前と、もう一つ。フェイトが何か呟いた時、夢の中の、クレアの瞳が、揺れた。
「嬉しい……です」
 掠れたような、小さな鳴き声に似た囁きが、フェイトを撫でる。我慢できるほど、できてもない。 滑らかな髪と、人肌のぬくもりに酔いしれ、ぐいとクレアを引き寄せて、口付けを交わす。 大胆にも、絡むのは唇だけでなくて、熱い口付けをかわしている最中、フェイトはふと気づいた。
(……泣いて……る?)
 クレアの瞳からは涙が落ちて、自分の頬をぬらしていることに気づいて、
「…………」
 気づいて、
「…………」
 気づいた。意識が覚醒する。夢じゃない! 身の毛が総立ちするような、感覚に襲われる。
 絡めていた舌の片割れの動きが止まり、フェイトの腕が、クレアの細い二の腕をぐっと掴み、止めようとするが、
「……ッ!」
 止まらない、だから、最後の手段にでた。悪いと思いながらも、フェイトの歯が、クレアの舌に噛み付く。
「ッ!?」
 流石に、唐突な痛覚を受けて二人の体は離れる。 フェイト自身も、自制するように、舌の端を噛み千切る。煮え滾る劣情を押さえ込むように、血の味を飲み込んだ。
「……クレアさん」
 流石に、夜這いを受けるとは、思ってもみなかった。
「……お断り、したはずです」
「私は、まだあなたの本当の言葉を聴いてはいません」
 そう、言われても、フェイトは即座に顔を逸らした。
「違う……」
「フェイトさん」
「……違うッ!」
「でしたら、先程私に言ってくれたあの言葉も、違うのでしょうか?」
 今し方の、睦みごとの間際、クレアの名を呼び、フェイトの本心を曝け出したものと踏んでいた。
 名を呼び、
「今、私のことを好きだと言ってくださったのは、嘘なんでしょうか?」
「……ッ」
 それこそ、他でもないフェイトの本心だ。寝ぼけていた半分、それでも夢心地にクレアの相手をして、 愛しくて彼は夢の中のクレアを抱こうとしていた。
「クレアさん、お願いですから……っ」
「私は、どんなことでも受け止めてみます」
 ただ、彼は出て行ってくれと言いたくて。
 ただ、彼女は通じ合いたかっただけだった。
 真っ直ぐな瞳の、クレアの存在がまぶしかった。余りにも重々しい。そして、己の胸の内を抉っていく。
「私は逃げません、どんなことでも」
 やめろ、やめてくれと心はまだ喘ぎながらも、彼自身は、まだクレアを望んでいる。 ソフィアに言われて、アドレーにも言われて、それでも尚、胸の内を明かせずにいた。
「一人で苦しまないで、フェイト。私は、貴方が私を拒む理由を知りたいの。 私がどんなに貴方を愛しても、貴方は好きといってはくれない。でも、貴方は私を見てくれている。 ごめんなさい。私は、どっちつかずの板ばさみで、あなたと共にいるなんて、できやしない。 でも、フェイト。私はあの父の血を継いでいるのですから、見た目以上に、我侭な所もあります。 私は、あなたを手に入れたい。今、天秤にかけられた状態ならば、無理にでも、あなたを手に入れたいと思います。 それが例え、天秤が反対に落ちたとしても。あなたを、……いえ、貴方に、誰よりも愛していると伝えたいんです。フェイト」
 俯いたままのフェイトに体を寄せる。額に口付けを、落とし、抱き締める。 ぬくもりが、少しは心を解かしたのか。
「違う……、違うんだ。僕は怖いだけだ。力が、君を、消し飛ばすのを。それに、なにより。 今の環境に甘んじてしまっている自分自身にも、辟易する……ッ」
 吐露が、落ちた。
 彼の双眸からは止め処なく涙が毀れ落ちていく。
「クレアさんをいつも目で追っていた。抱きしめたいって、いつも傍にいたいって思ってた。どうしようもないぐらい好きだったんだ。 でも、この力がある。好きだと言ったとしても、愛した人を、消してしまうかもしれない恐怖と、板ばさみの生活なんて、 とても耐えられない。駄目なんだ。それに、もし本当に消してしまったら」
 頭を抑え、震え、涙を流す。
 隠していた心を、初めて見せてくれた。でも、その心は危うく、張り詰められた琴線で保たれていて、 今も、無理やり引きずり出しているようなものだ。ここを逃せば、また彼は、彼は心を抱いたまま、心の淵に覆い隠しているだけだろう。 誰にも知られないように、自分の心をそっと抱きしめたまま、静かに目を瞑る。彼は泣いていて、心は哭いていた。 助けてと誰にもいえず、自分の中だけに包み込み、誰にも知られぬように包み込んでいる、その声のない慟哭を表すように、涙を落とす。
 感情はない、クレアはそっと、フェイトの髪に指を入れて、梳く。 触れる感触は酷く柔らかい髪質で、流された指は額に触れた。少し暖かくて、少しひやりとする。
「聞いてください、フェイトさん」
 微動だにしない、堅く閉ざされた心にも触れながら、そっと語りかけていく。
「私は、貴方に消されるならそれもいいと思います。怪我、病、事故、今はこうして生きていても、いつ何時この命を落としてしまうか、 解りません」
 ましてやクリムゾンブレイドですしね、という微笑みが落ちる。
 クレアの手が、フェイトの手を取った。抵抗はなかった。それでも、少し震えている手を、自らの胸に、導く。
「音を、きいて下さい」
 フェイトの手は、ゆっくりクレアの胸に触れた。それは、酷く暖かくて、そして、手から、クレアの心臓の鼓動が彼に伝わる。
「例え、フェイトさんの力が、私を消し去ろうとも...私は、構いません。どんなに短い間でもいい、私は、自分で想い、 愛した人に愛されたいのです。恋愛などという、似つかわしからぬものを、求めていたわけではありません。 でも、それでも私は、私は貴方を愛したいんです。例え、消されたとしても」
「…………ッ」
 フェイトは、抱き締められていた体を、引き剥がす。
「そんなの……ッ。どうしてそんな事がいえるんですかッ!? 貴女が……、貴女が一番、よく解っているはずですよ!?  残す者、残される者の辛さは! あなたが一番……、一番……よく解っているはずでしょう?  戦争でもどれほどの人が亡くなったんです!? どれほどの兵の家族が、取り残されたんだ!?  愛してる人の苦しみが解らない貴女じゃないでしょう!? 悲しみに打ちひしがれ、悔やんで、一体どれほどの人が、 涙を流したと思っているんだ。愛した人を失って得られるのは、延々と続く悲しい感情だけじゃないか。 それが解っていながら、僕に、手を差し伸べないでくれ……ッ」
 開いた心から出るのは、悲しみの汚濁ばかり。
 涙が溢れ、クレアの胸に当てられた手が、打ち震えながら落ちた。 硬く握り締められ、打ち震える。まるで、自分の首を絞める様に。
「怖がらないで。例えどんな結末になろうとも、私は、貴方を愛しているわ。忘れないで、私は、ずっと貴方の傍にいるもの」
 するりと近づく。 クレアの手が、フェイトの顔を包み、指は髪を梳き、再び頭を抱いた。 二人の距離が近づく。それでも、フェイトの抵抗の意志は見えずとも、声だけは、苦しくも、彼女を拒んでいた。
「……もう、いい。もう……ッ」
 涙ばかりをこみあげる瞳には、つらさが滲んで見えて、ただ、それだけが心を苦しめた。
「フェイト。先のことは誰にも解らないわ。私にも、貴方にも。私の運命が、例え貴方の力に消される運命であったとしても、 私は、私の運命という人を取りたいもの」
「……ッ」
 そこから、抵抗はなかったもののどうあっても、やはり彼の涙が止まることはなかった。 ただ、ぐっと強く、目を閉じる。それでも、目尻から涙が堕ちていた。
 心の叫びすくい取る。怯える子供を慰めるように、平気だよとあやす母親は、口付けを落としながら包み込む。
 フェイトの涙は、止まることが無かった。




 誰にでも、平等に夜明けは来る。
 フェイトは朝の日が昇るのを、ベッドに体を横たえたまま、見つめていた。女性は偉大だ。アドレーの言った言葉が、 なんとなくわかる様な気が、フェイトにはした。
 彼は自らの力を制御する術を模索し、励もうと、誓った。万が一にも、彼女を吹き飛ばさないように、と。彼は硬い意思を胸に。 それでも引きずるあたりフェイトなのだろうか。
「おはよう」
「……起きてたの?」
「ええ、少し前から」
 クレアは、もぞもぞとベッドの中で姿勢を変える。それがどこかくすぐったい。
「クレア」
「なに?」
「好きだ。大好きだ。本当に愛している」
「あら、ありがとう。でも昨日までは、僕とじゃ、なんていってたのに」
「……耳が痛いな」
「でも、嬉しい」
 人は誰かを好きになる、それは下心があるから。でも、それはいつか、愛に変わる。 下心があったものは、誰かを抱き、守りたいという真心を、己の胸に抱いて、愛しい人を抱きしめる。 少し順番が違ったような気もするが、いいだろう。
 眼を瞑る。
「僕の力は、君を消し飛ばすかもしれない」
「ええ」
「それでも、僕も……君を、愛したい。他のどの女性よりも、貴女だけを見つめ、何者でもない、貴女と生きていたい。 正直、色々あると思うけど……」
「フェイト」
「ん?」
「長いわ、もっと短くしてくれないかしら」
「酷いな、人生一度の予定なのに」
 笑う。だから笑った。
「僕と一緒に、生きてほしいんだ、クレア」
「ええ、あなたを守る為に。喜んでお受けするわ、フェイト」
 また、笑う。
 でも、良かったとなんとなくフェイトは思った。その形というのは、やはり表すべきものなんだと思う。
「クレア」
「何かしら?」
「ありがとう、愛してる」
 口付けて、互いの指を絡ませた。二度と、心が離れぬように抱き寄せる。
 互いに、人肌のぬくもりが、心地よかった。


「フェイトのばーか! 何がクレアさんのことは嫌いよ!? 嫌いな相手と結婚とか馬鹿じゃないの!?  私は悩み事相談のお地蔵様じゃないわよ! ばかばかばかばか!! 1000回死んじゃえ!!」
「わっはっは!! めでたいのぉ!」
「どこがですか!!」


※どんな少量だとしても、お酒の一気飲みは止めましょう。
 責任はとれません。ついでにスピリタスを飲む際は、火元に注意しましょう。
 引火します。お酒は、用法、容量に注意し、楽しく飲みませう。


−Fin−


執筆者:汀