ある日の昼下がり。
 木漏れ日の射す散策路。
 そこで聞いた言葉が自分の運命を決定的に変えることになろうとは、フェイトは思いもしなかった。

『では、フェイトさんは『霊』というものを信じますか?』



OVERTURE



 シーハーツで暮らし始めて半年。フェイトは二人のクリムゾンブレイドの小間使いとしてせわしなく働いていた。
 世界が平和になったからといって、フェイト自体は宇宙に居場所がなくなってしまった。
大学は無期限休校、もっとも仮に大学に行けるとしても、宇宙連邦から『要人』として認定されてしまった フェイトが今まで通りの暮らしを続けることができるはずもなく、一度身を隠すのがいいだろうということになった。
 シーハーツはそんなフェイトを受け入れるのに何の問題もなく、知識も力もあるフェイトを優遇することになった。 今では六師団の団長たちみんなから信頼される良き相談役となっていた。
「あれ、この資料って、何だい?」
 大量の紙資料。手書きで人物名と数値が羅列されている。
「ああ、それは各師団員の数値だね」
「数値? 何の?」
「政治力や武力、血統限界値なんかを一覧にしてあるのさ。誰がどの任務に適しているか、それを見ながら判断する」
「へえ」
 ぺらぺらと紙をめくる。なるほど、膨大な資料だ。何千、何万という人物に関する評価資料がこの紙束なのだ。
「ふうん、血統限界値って、あまり高くならないものなんだね」
 見ると、ほとんどの師団員が10から20の間に収まっている、というより20という数字をまず見ない。 時折20という数字が見えると、それはほとんどが二級、一級構成員だ。
「この国では施力の強さが位の高さみたいなものだからね。 タイネーブみたいに血統限界値が大きくないのに二級構成員まで上り詰めたのは稀な例さ」
「へえ」
 封魔師団『闇』だと、ファリンが28%、アストールが22%、タイネーブは3%しかない。 確かに上級の構成員でこれだけ低いのは珍しいのだろう。
「ヴァンさんでも18%か。ルージュさんが33%。すごいや」
 そうして連鎖師団『土』の最初のページを見る。すると、
「え、30%?」
 20%どころか30%の人物が存在した。それなのに階級は四級と低い。
「ネルさん、この人は?」
「ん、ああ。アイーダか」
 するとネルは少し顔を曇らせた。
「血統限界値が高いのに四級って珍しいね」
「珍しいというより、その子くらいだよ。そんな妙な人事が成立しているのはね」
「そうなの?」
「シーハーツ六師団には、血統限界値30%を超えている者は三級構成員からスタート、っていう内規があるんだ」
「じゃあ、この人は」
「そう。三級を授与しようとしたんだけど、それを正面から断って四級構成員になり、 その後も何度昇級させようとしてもそのたびに断り続けている変わり者さ」
「へえ。断るなんていうことが可能なんだ」
「まあ、普通はないけどね。でも昇級するくらいなら辞めるとまで言われたらね」
 ネルは肩をすくめる。つまり、このアイーダという人物は上の階級を目指す意思が全くないということだ。
「なんでだろう」
「まあ、彼女は本当に『変わり者』だから、上の階級になられるよりはありがたいところもあるんだけど」
「さっきから『変わり者』って、他に何かあるのかい?」
「まあ、話してみれば分かるよ。行ってくるかい?」
「行くって、この人のところに?」
「ああ。この子は連鎖師団だけどシランド勤務。探せば会えるだろうさ。 そういえばここ一ヶ月くらい、町の横手にある公園に一人でよくいるって聞いたよ。ほら」
 と、ネルは近くにあった階級章を手渡す。
「これは?」
「三級構成員の階級章。会いに行くといっても理由が必要だろう?  三級構成員への昇格を受けてくれって頼まれたって言えば話もしやすいだろ」
「でも、受け取ってくれないんだろ」
「多分ね。そこはアンタの口先次第さ」
 フェイトは首をひねる。だが、この変わった経歴の人物は確かに気になった。
「分かった。話してみるよ」
「ああ。でも、本当に変わってるからね。面食らうんじゃないよ」
「ああ、気をつける」
 そうしてフェイトは階級章を手にとって立ち上がる。
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
「ああ。ゆっくりしておいで」
 そうしてフェイトを見送ったネルもまた肩をすくめた。
「ま、徒労に終わるのが関の山だろうけどね」


 手の中には階級章。
 ただ、それが何故か、徐々に重く、冷たくなっていくようにフェイトには感じられていた。
 最初は気軽に引き受けただけだったのに、それが時間の経過と共に何か、 自分が間違った方向に進んでいるかのような錯覚に陥っていく。
(ただ階級章を渡してみて、話を聞くだけなんだけどな)
 それなのに、何だろうこの動悸は。ただ、あの資料を見て、アイーダという女性の評価に触れてから 確実に何かのスイッチが入ってしまった。ゲームでいうならば、イベントのフラグが立ったというところだろうか。
(落ち着け落ち着け。これはもうゲームじゃない。とっくに現実なんだから)
 少し頭を整理するだけで、少しずつ自分の気持ちが落ち着いていく。そうして彼は東の公園へとやってきた。
(本当にいるのかな)
 木々の間を小鳥が飛びまわり、散歩に来ている老人や、遊んでいる子供たち。 語らう恋人もいる。ここは憩いの場。誰もがここで安らぎを得られる。
 だが、アイーダらしき人物はいない。ネルは、ここに一人でいる、と言っていた。 となると、どこかのベンチか、散歩をしているかくらいしか考えられない。
 公園の奥、高い木が何本も連なっているところに足を踏み入れる。 公園として使われるのは手前側で、奥の方は散策のコースになっている。
 まあ、とりあえずは一周してこようと思い、歩き始める。
 散策はほんの二キロくらい。歩いて三十分もかからない。ネルはゆっくりしてこいと言ったから、 それこそ今日一日、ここでゆっくりしてもかまわないだろう。
「いいところだな」
 木漏れ日が葉の間から差し込んでくる。小鳥の囀りが聞こえる。 同じように散策している人とすれ違うときに会釈すると、相手も会釈してくる。
 公園に来ることはほとんどなかったが、また来たくなる場所だった。
 木々の手入れはしっかりとされている。これも光牙師団の仕事なのだろうか。
(あれ)
 その、木々の間。
 注意しないと、うっかり見過ごしてしまいそうなところ。一本の木に背を預けて座りこんでいる女性の姿があった。
 黒いショートカットの髪と、真っ白な肌。人形細工のようなきめ細かい顔の造り。 それを形容するなら『綺麗』以外の何ものでもなかった。
(この子だ)
 フェイトは頷くと、その木々の間に足を踏み入れた。その足音に、彼女の体がぴく、と動いてゆっくりと目を開けた。
 深い、漆黒の瞳。
「こんにちは」
「……おはようございまふ」
 ふぁ、と口を小さく丸く開けて欠伸する。子供っぽい仕草が妙に可愛かった。
「そうですか」
 と、突然彼女は頷く。
「え、何が」
「はじめまして、フェイト・ラインゴッド様」
 彼女は立ち上がってシーハーツ式の敬礼をした。
「あれ、僕の名前を知っているんだ」
「おそらく六師団で、フェイト様のことを知らない人はいないと思います」
「へえ。僕って有名人?」
「クリムゾンブレイドのお二方と同じくらいには」
「あまり実感がないや。そういう君は、アイーダ、だよね」
「違います」
「あれ」
 フェイトは首をひねった。
「そっか、ごめん。ここにアイーダがいるって聞いたから、来てみたんだけど」
「冗談です」
「え?」
「すみませんでした。私がアイーダです」
 無表情で言う。冗談を言っているようには見えない。ときどきこういう人がいる。 本人は冗談を言っているつもりなのに、あまりに本気で言っているように見えるから冗談に聞こえない人が。
「……またやってしまいました」
「何を?」
「笑えない冗談を言うことです」
「いや、うん、冗談を言う場面じゃなかったと思うけど、えーと、たとえば他には」
「そうですね」
 すると、アイーダは再び敬礼するポーズをとった。
「アイーン」
「……」
「……」
「……」
「……」
 ふう、とアイーダはため息をつく。
「今のは、アイーダとアイーンをかけてみた上に、シーハーツの敬礼とアイーンのポーズを」
「ああ、ごめん。僕が悪かったから許して」
「いえ、やはり私には冗談を言う資格がないようです。大変申し訳ありませんでした」
 ぺこり、と頭を下げる。
 なるほど、納得した。確かにこの子は変わっている。
「ところで、話は変わりますが」
「え?」
「三級構成員の件ならお断り申し上げます。私は階級を上げるつもりはありませんので。 せっかく足を運んでいただいたのに恐縮ですが」
「え? え?」
 突然自分が訪れた目的を当てられて、フェイトは完全に動揺する。
「ど、どうして」
「フェイト様の手に、三級構成員の階級章が見えました」
「え、あ、これか」
 納得した。フェイトは動悸を抑えつつ、アイーダに向き直る。
「別に強引に押し付けるつもりはないよ。もしよければ、理由を教えてくれないかな」
「理由、ですか」
 彼女の表情はまったく変わらない。人形細工。
「四という数字が好きなんです」
「……ええと、それも冗談?」
「いえ、本当です」
「いや、えーと」
 どう答えていいものか。フェイトが悩んでいると、冷たい表情のまま逆にアイーダが尋ねてきた。
「私が三級を受け入れないのは、それほど問題ですか?」
「いや、そんなことはないよ。ただ、君がどうして固辞するのかが気になっているだけで」
「そうですね。四が好きというのが一番の理由ですが、他にもあります」
 四好きというのは譲れないラインらしい。
「私はこういう性格ですし、人付き合いもうまくないので、人の上に立つ資格がありません」
「それは、人の上に立ってみて実際に指示を出してみてから考えることだと思うけど。 それに、アイーダが高い能力の持ち主なら、そうした人を動かすスキルも身につけてほしいと思うよ」
「人を動かすことなら、できます」
「そうなの?」
「はい」
 そう言って、アイーダは右の人差し指を、まっすぐフェイトに向ける。
「あっち向いて、ホイ」
 アイーダの指は左へ。だが、フェイトの顔は動かない。
「……動きません」
「いや、それは」
「これはフェイト様が動かない方がルール違反だと思います」
 なんだろう、この究極マイペース症候群。
「いや、人を動かすっていうのはそういう意味じゃないんだ」
「そうですね。冗談がすぎました」
 冗談だったのか。
「いずれにしても、私が人の上に立つことはできません。すみません」
「その理由を教えてほしいんだ。駄目なのかな」
 アイーダは少しだけ目を細めると、試すように言った。
「では、フェイトさんは『霊』というものを信じますか?」
「霊? 霊って、幽霊とか、そういうの?」
「はい」
「アイーダは信じてるんだ」
「信じているというより、私の目には見えていますから、信じるも信じないもありません」
 そのお人形さんは、抑揚のない口調で言う。
「私は人の上に立ちたくないというのではないのです。人と接する機会を少なくしたいだけなんです。 人と接していると、いろいろな霊に出会って、その霊たちはたいてい苦しいものを背負っていますから、それが私に伝わってしまう。 だからあまり人と触れ合いたくないんです」
 何と答えるべきなのか。
 フェイトが困って考え込んでいると、アイーダはふう、と息をついて言った。
「冗談です。あまり、真に受けないでください」
 ぐ、と閉口する。
「もし、本当に今のが冗談で言ったのだとしたら、君はかなり嫌な人間だよ、アイーダ」
「そうですね。今度から気をつけます」
「本当のことくらい、冗談に濁して言うことはないだろう」
 え、と逆にアイーダは驚いた顔を見せる。
「君の考えは分かった。ただ、僕の方も少し落ち着いて考えたい。また来させてもらうよ、アイーダ」
「私のことは、あまり気にかけないでください。私は自分の職務だけを淡々とこなすだけですから」
「悪いけど」
 フェイトはアイーダに指差す。
「僕は、自分の納得のいかないことは、徹底的にやる性質なんだ」
「はあ」
「あっちむいて、ホイ」
 フェイトが下を指差すと、つられてアイーダも下を向く。
「人を動かすのは、僕の方が得意みたいだしね」
「いえ、それはただ単に私が動かされやすいだけですから」
「それじゃ、また今度」
 フェイトは踵を返すと、来た道を戻る。
 その足が、徐々に早まる。
(なんてことだ)
 今、彼の心の中は、好奇心で満ち溢れていた。
(いったい、何者なんだ、彼女は)
 徹底的にやる。その宣言は嘘ではない。

 連鎖師団四級構成員アイーダ。彼女のことを、徹底的に調べ上げてみせる。


「ああ、随分と早かっ──」
 ネルは戻ってきたフェイトに声をかけようとしたが、その様子があまりにおかしいことに口をつぐんだ。 怒っているようにも見えるが、それだけではない、相手の感情が完全に読み取れず、何を話せばいいか分からなかった。
「ネルさんの言った通り、かなり『変わった』人みたいだね」
 憮然とした物言いに、よほど怒っているということが分かる。 ただ、それだけではない何か別の感情がそこに混ざっていることも。
「興味を引かれたかい?」
「正直に言うとね。あんな変わった人がいること自体びっくりだよ。 というわけで、ネルさん。あの子がどういう子なのか、教えてくれると助かるんだけど」
「惚れたのかい?」
「さすがに少し会っただけでそれはないよ。でも、興味を引かれているのは間違いない。 あんな変わったことはそうそういないから」
 そう、変わっているというレベルではない。何なのだ、あの達観した見方は。
「ネルは『霊』って信じるかい?」
「なんだい、やぶからぼうに」
「アイーダが最後に言ったんだ。冗談ということにされたけど、最後だけは彼女の本気があったように思う」
「霊っていうのは、神の使者としての精霊とか悪霊とか、そっち方面かい? それなら過去にいくらでも出現例があるけど」
「いや、幽霊とかそっちの類」
「それは分からないね。人は死んだらアペリスの下に還るとされている。 もちろんオカルトでそういう存在があるのは知っているけど、実在するかとなると、見たことがないものを信じる気にはなれないね」
「僕もさ。でも、アイーダはそのとき、目に見えるものに対して信じる、信じないという疑問はないって言ったよ」
「まさか」
 ネルは苦笑した。
「じゃああの子には、目に見えないものが見えているっていうことかい?」
「冗談でないとしたらね」
 フェイトはだんだん分かってきた。これから自分が何を調べればいいのかということが。
「彼女の経歴と、言動を知りたい。どうすればいいかな」
「連鎖師団『土』の団長に聞くのがいいんじゃないかい? ノワールならちょうどシランドに来ているよ」
「会ってもいいかな」
「アンタに会うのを拒否するような団長はいないよ」
 ネルはマフラーに顔を埋めて言う。それだけフェイトが誰からも信頼されるようになったということだ。
「じゃあ早速」
「ちょっと待ちなよ。いくらなんでも、すぐにってのは急ぎすぎだよ。 私からノワールに言っておくから、今日中には話をさせてあげるよ。 それよりも先に、ここにアイーダの経歴があるから、こっちを見ておきな」
「ありがとう、ネルさん」
「礼はいいよ。いつもアンタはそれ以上のことをしてくれてるからね。 たまには恩返しでもしておかないと罰が当たるってもんさ」
 ネルはそう言って執務室を出ていく。残されたフェイトは手渡されたアイーダの経歴を見た。


 連鎖師団『土』四級構成員アイーダ

 出身地:ペターニ
 年齢:19
 指揮:47
 武力:62
 政治:78
 人望:46
 血統限界値:30%
 特記:士官学校次席卒業。士官学校時代の成績、および血統限界値から卒業と同時に軍三級構成員が授与される予定であったが、 本人が固辞したため四級構成員となる。勤務地はシランドを希望。連鎖師団『土』において事務の仕事を受け持つ。


(やっぱり、当たり障りのないことしか書かれてないな)
 経歴しか書かれていないのだから、当然といえば当然だ。
 それにしても、自分と同い年とは。人は見た目では判断できない。
 あとはいろいろな人間から話を聞くしかない。となると、この時期の仕官学校卒業者となると──
(ええっと、ファリンさんがそうなのか。あとそれから、首席卒業がクレセント・ラ・シャロム?  風の二級構成員だっけ。それからイライザ・シュテンノって、あの魔女っ娘を自称している子だよな)
 ということは、この代の士官学校卒業者は優秀だ。上位がそろって二級構成員となっている。 その三人よりも血統限界値が高いアイーダが四級のままというのは、本人がそれを望んでいるからか。
(まあ、ファリンさんに聞いてみるのが一番かな。他の人たちってあんまりよく知らないし)
 というわけでファリンを探しに行くことにしたが、考えてみればどこにいるのかはよく分からない。
(そのうち見つかるか。先に連鎖師団の人たちに話を聞いてみるのもいいし)
 フェイトはそう結論づけると立ち上がって連鎖師団の詰め所へと足を向けた。
 シランド城内は六師団の詰め所がきちんと分かれて存在している。 さすがに光牙師団『光』はシランドを勤務地としているため、全員がこの城内にいるわけではない。 城内にいるのは数名の事務方と、二級構成員以上の管理職だ。
 連鎖師団の詰め所に来ると、全員が立ち上がって敬礼してくる。さすがにそこまでのVIP待遇を期待していたわけではないのだが。
「こんにちは、ちょっと話を聞きたくてきたんだけど、いいかな」
 フェイトが連鎖師団の構成員たちに話を聞こうとすると、そこにいた三名の構成員たちは笑顔で答えてくる。
 そうして話を聞いたところ、アイーダの評判はすこぶる悪かった。
 曰く、自分の仕事以上のことは絶対にせず、周りと協力しようとしない。
 曰く、話しかけても答えない。明らかに邪魔そうな態度を取られる。
 曰く、連鎖師団の団長ノワールとは仲が悪い。
 曰く、軍が保有していたルムを一頭、意味もなく殺していた。これについては始末書を書かされたとのこと。
 エトセトラ、エトセトラ。
「フェイト様はアイーダに興味があるんですか? だったらやめた方がいいですぜ。 あいつは確かに外見は美人でも、人間らしい感情がまるでない。おとなしくネル様と付き合っておくべきです」
「いや、僕とネルはそんなのじゃないから。っていうか、勝手にそういう噂を流さないでくれないかな」
「そんなことないですぅ。も〜、六師団ではフェイト様を口説き落とすのはネル様かクレア様かで、 賭けの対象になってるんですからぁ」
「あ、駄目だよそれを言ったら!」
 男一人と女二人。シーハーツは女性の師団員が多いが、特に事務方はその傾向が強まるようだ。
 だが、その三人ともに嫌われているアイーダというのが少し可哀相ではある。 もっとも、仲良くしようとしないアイーダの方にも大いに問題はありそうだが。
「ありがとう、いろいろ参考になったよ」
「また来てくださいよ。フェイト様ならいつでも大歓迎ですから」
「ネル様よりサービスたくさんしてあげますからぁ」
「お勤め、お疲れ様です」
 今まで話したことがない人でも、こうして会話をするだけでつながりが生まれていく。 些細なつながりはやがて大きな結束となる。国づくりというのはそこから始まる。
「あ、フェイトさ〜ん」
 と、連鎖師団を出たところで目的のファリンに出くわした。
「あ、ファリンさん。ちょうどよかった」
「え? もしかしてフェイトさん、私を探してくれてたんですかぁ?」
「ええ、ちょっと聞きたいことがありまして」
「スリーサイズなら上から──」
「いやいやいやいや! そうじゃなくて、別のことです! っていうか、今本当に言うつもりだったんですか!?」
「フェイトさんなら、あ〜れ〜って言いながらお相手してもかまわないですよ〜?」
「ええとですね、アイーダのことについて聞きたいんです」
「アイーダ?」
 きょとん、とファリンは目を丸くした。
「アイーダがどうかしたんですか? また問題起こしたんですか?」
「また、ってもしかして、ルム殺しの件ですか?」
「アイーダの武勇伝はそれくらいじゃないですよ〜。夜中に施術を連発して城や建物を破壊するのはいつものことですからぁ」
『いつものこと』だから、連鎖師団のメンバーは何も言わなかったんだろうか。 それよりもルム殺しの方が彼らにはインパクトが強いのかもしれない。
「なんでそんなことをするのか、理由を聞いたことはありますか?」
「いいえ〜。アイーダには何を聞いてもろくに返事してくれませんからぁ。付き合いづらいんですよね〜。 それに私には親友がいましたから、余計に話すことは少なかったですぅ」
「親友? タイネーブさんですか」
「いえいえ〜。アレはネル様の部下になってからの付き合いですからぁ。 私は仕官学校時代からずっと他に仲のいい子がいるんですぅ」
「そうだったんですか。初耳です」
「フェイトさんにも今度紹介してあげますね〜。クレセントって子なんですけど、とっても可愛いんですよぉ〜」
 にこにこ笑いながらファリンが言う。こんなに彼女が笑顔で誰かのことを話すのは初めて見る。 なるほど、よほどその相手のことが好きなのだろう。
「ファリンさんが紹介してくれるならいい子なんでしょうね。ぜひ今度紹介してください」
「そうですねぇ、勤務地が基本ペターニかグリーテンですからぁ、機会がなかなかないですけど、絶対今度紹介しますからぁ」
「楽しみにしてます。それはそうと、アイーダのことって詳しいのは誰か分かりますか?」
 ん〜、とファリンは頭をひねる。
「誰もいないと思いますよぉ。だってぇ、アイーダ、誰とも話そうとしませんからぁ」
「会話をしたこともないですか?」
「そりゃ、何度かはありますけどぉ、なんかうまくはぐらかされてるっていうか、馬鹿にされてるっていうか」
「……どんな話だったんですか?」
 だいたい想像はつく。それでも聞いておきたい。
「なんでしたっけ、霊がどうこう言ってたような覚えがありますけどぉ」
 やはり。
 彼女にとって、その質問には何か意味がある。
「分かりました。ありがとうございます」
「ふぇ? もういいんですかぁ?」
「ええ。アイーダについてどれくらいご存知なのか聞きたかっただけですから」
「そうですかぁ。じゃあ、次は私のスリーサイズの話でしたねぇ」
「いやいやいやいやいやいや!」
 発表でもしたいのだろうか。フェイトはなんとかファリンと止めると、その場から逃げるように立ち去る。
 フェイトはそうしてネルの執務室まで戻ってくると、既にネルも戻ってきていた。隣には『土』師団長ノワールの姿もある。
「よう、フェイト! アイーダの件で聞きたいって?」
 『土』師団長ノワール・フォックスは六師団長の中でも一番若い。その割に背が高く、体もしまっている、完全な戦闘タイプ。 どこかクリフに通じるところがある。その名前の通り、漆黒の髪を短く刈り上げている。
「お久しぶりです、ノワールさん。今日はありがとうございます」 「なあに、お前さんの依頼なら断る理由はねえよ。それよりまたブルーも誘って飲みに行こうぜ」
 ブルーというのは『風』の団長だ。先日、三人で飲みに行ったところ、ノワールだけが酔いつぶれたという結果に終わった。 紋章遺伝子のせいか、フェイトは酒に酔っても酔いつぶれるということがない。 まあ、そのフェイトに付き合うことができるブルーもたいしたものだが。
「で、なんだ。アイーダだったか」
「はい。どんな人なのか、詳しく聞きたいと思いまして」
「あいつなあ。なんだ、もう会ったのか」
「ええ。でも、どうも要領を得ないんですよね」
「冗談ばっかりで煙に巻くのがあいつのやり方だからな」
 話していると確かに分かる。ノワールは間違いなくアイーダを嫌っている。
「話に聞きましたけど、ノワールさんはアイーダとあまり仲良くないらしいですね」
「誰から聞いたんだよ。っていうか、まあそれなりに知られちまってるしな」
「何があったんですか?」
「たいしたことじゃねえよ。あいつが会うなりいきなり『女遊びはほどほどにしないと火傷をしますよ』なんて言うから、 ついカッときてな」
 それはまた、会うなり言われるのはあまり嬉しくない。
「ところでノワール。それはいったいどういう状況で言われたんだい?」
「え?」
 びく、とノワールが反応する。
「女遊びの帰りだった、なんていうオチはないだろうね」
「な、何言ってるんすかネル様! 俺はそんな女遊びなんて最近はあんまりやってませんよ!」
「最近?」
「あんまり?」
 語るに落ちるとはこういうことか。ネルがため息をついて叱責する。
「っていうことは、してるってことだね。全く、上に立つものが風紀を乱すなってあれほど言ってるのに」
「いや、でも、本当にここのとこは全然ですよ!」
「それもアイーダに言われてからっていうオチかい?」
 ぐ、とノワールが詰まる。
「でも、そうなるとアイーダは、ノワールさんが女遊びをしていたことを知っていたっていうことか」
「そうなるかな。そういうのは正直に言うと、気味が悪いな」
「アイーダがノワールさんのことを好きでストーキングしていたっていうのでないとしたら」
「俺は美人は好きだがストーカーは嫌いだぞ」
「偶然ですね、僕も以前、美人のストーカーもどきに会ったことがありますけど」
「……マリアが聞いたら怒るんじゃないのかい」
 ネルが苦笑しながら言う。フェイトは肩をすくめた。
「アイーダの場合はストーカーとは違うみたいですね。僕も会った瞬間に言われました」
 三級構成員の階級章ならいらない、とアイーダは言った。本来知らないはずのことを知っている。 そうした秘密がアイーダにはある。
「少なくともアイーダには相手のことが分かる、何らかの方法があるってことだね」
 少しずつ分かってきた、アイーダの秘密。
 だがまだ分からないこともある。夜中に突然施術を乱発したり、ルムを殺したりと、問題行動も多い。
 それを全部、確かめなければ。
(ここまできたら、正面突破だな)


 それから二日。フェイトはまた公園へやってきていた。
 公園の奥まで行くとなると、一時間程度の休憩では時間が足りない。 アイーダは休暇のときには公園まで出かけているということになる。だとしたら休みの日を確認して向かえばいい。 それほど難しい作業ではない。
 日差しの良い昼前。今日も散歩の人たちは多い。前に見かけた人がまた歩いている。 相手も気づいたようで会釈。こちらからも会釈。
(さて、この辺りだったよな)
 と、散策コースに入って、木々の中を見回してみる。
 すると──
「!!!!!!」
 その、大きな木の下。
 太い枝に吊るされたロープ。そのロープが、その下の人物の首に絡まっている。
 黒い、ショートカット。反対側を向いていて、その顔こそ見えないが、それはまぎれもなく。
「アイーダ!」
 慌てて彼女のもとへ駆けつける。足取りが重い、遅い。
「アイー……」
 すると。
 その体が、くるり、と回転して、開いた目が自分を見つめた。
「なあんちゃって」

 世界が、凍りついた。

「……」
「……」
「……は?」
「すみません、冗談です」
 アイーダは自分の首に絡まったロープを自分の手で解く。よく見たら、しっかりと足がついていた。どうして気づかなかったのか。
「いいかい、アイーダ」
「はい」
「君の冗談は度が過ぎている。それに、冗談っていうのは気心の知れた相手じゃないと、やっても効果がないんだ。 気味の場合は逆効果。相手を怒らせても仕方がないよ」
「そうなのですか」
 無表情で小首をかしげる。
「それは失礼いたしました。今後気をつけたいと思います」
 やはり。
 彼女は今の一連の行動をわざとやっている。それもただ、相手を怒らせるために。
 それなら、こちらも対抗手段をとらせてもらう。
「なるほど」
 そして、フェイトは言った。
「君はそうやって、相手に嫌がられるような言動をわざとすることで一人になろうとしているのか」
「……何を根拠におっしゃるのですか?」
「君の後ろにいる『霊』が教えてくれたよ」
 すると、アイーダは珍しく勢いよく、ばっと後ろを振り返る。それからもう一度自分を見て、尋ねてきた。
「本当に見えるんですか?」
「いや、冗談」
 すると、アイーダの白い顔に、朱色が差した。瞬時に、彼女の手が動いて、自分の頬が叩かれる。
「そのような冗談を言わないでください!」
「……なんだ、君もからかわれたら怒るのか」
 自分が我慢したというのに、この差はなんなのか。さすがにムッときた。
「なんですって」
「君も冗談で相手を傷つけているだろう。それなのに自分のときだけはやられたら怒るのかい?」
「い、今のは、フェイト様の方に悪気があったでしょう!」
「あったね。じゃあ聞くけど、悪気がなければ相手を傷つけてもいいのかい?」
 う、とアイーダが詰まる。
「君が今まで人にやってきたことっていうのはそういうことなんだよ。 悪気のない冗談なら許されるなんて、そんなことを考えられたら困る。現実に周りの人たちはみんな、 君の冗談に巻き込まれて気を悪くしているんだからね」
 するとアイーダはしばらくうつむいてから、そのままうなだれるように頭を下げた。
「すみません」
 小さなアイーダがますます小さくなる。
「反省していればいいよ。別に僕だって君を傷つけたいわけじゃない。ただ分かってほしかっただけだから」
「それでも、すみません」
「ああ。そうしたら、話を始めようか」
 ようやくこれで話が始められる。それに、今の反応からすると、やはりキーワードはそれに違いない。
「いきなり本題から聞くけど、君は『霊』が見えるの?」
「は?」
 小さなアイーダはきょとんと黒い目を丸くする。
「どうしてそんな話になるんですか?」
「アイーダは他の人にも霊について尋ねてみたことがあるみたいだから。 つまり君は、霊というものに対して興味関心を持っているか、でなければ本当に見えたりするかのどちらかだと思った」
「確かにオカルトは嫌いではありません」
 アイーダは頷いてから目を伏せる。
「つい一ヶ月前のことです」
 静かな声。妙な迫力を持ってフェイトの耳に届く。
「若いカップルがこの公園の散策コースを歩いていました。昼時で、天気も良かったのですが、突然男性の周りが暗く、 寒くなり、そして何も見えなくなったところに声が聞こえてきました。それは女性の悲鳴でした。 何があったのかと、男性は目をかっ、と見開きました。すると──」
 フェイトがその話に真剣に聞き入る。
「そこは、病院のベッドの上でした」
「は?」
「日射病です。医者はそう判断していました。悲鳴は、倒れた男性の相手の女性が上げたもの。そう診断されています」
「……それで?」
「おしまいです」
 これについてどう答えろと言うのだろう。
「オカルトの話なんだよね?」
 するとアイーダは真剣な表情を浮かべながら、ぽん、と手を叩いた。
「そういえばそうでした」
「いやいやいやいや」
 フェイトもさすがに疲れてきた。先ほど冗談は言わないと約束したばかりなのに──
(……?)
 どうも会話がおかしい。いや、違う。
 今の場合、間違っているのは。
「アイーダは、その男性が倒れたのは日射病のせいじゃないと思っているのか」
 アイーダは何も表情を変えない。
「どうしてそう思いますか?」
「医者の判断に対して懐疑的な言い方をしたのが一つだけど、よく考えたらおかしいよね、こんな場所で日射病なんて」
 散策コース。高い木が何本も連なっている。今日もほとんど雲はない。
 そして、葉の間から木漏れ日が差し込んできている。
「こんな少しの日光で日射病なんてありえない。もし本当に散策コースで倒れたのだとしたら別の理由だ」
「そうでしょうね」
 アイーダはそれから二度頷く。
「意外です」
「何が?」
「今のではぐらかすことができると思いました。フェイト様は意外に人の話をよく聞いています。 まあ、気づくまでに随分時間がかかったみたいですが」
「それはアイーダがきちんと説明してくれないからじゃないかな」
「きちんと説明しても、誰も聞き入れてくれませんから」
 アイーダは冷めた目でフェイトを見る。
「その男性が倒れた理由が日射病なんかじゃないと主張しても、医者はそう診断しているし、 別にその男性が死んだわけでも体調を悪くしているわけでもない。今までどおりぴんぴん生活してます。 そんなことを掘り返しても誰も何も得をしません」
「そりゃそうだろうけど。でも、アイーダはじゃあなんで」
「私の目的が、そこにあるかもしれないからです」
 アイーダが目を閉じる。
「フェイト様」
 そして目が開く。その目が──
(色が)
 先ほどまでの黒じゃない。どこか紫がかった、妖しげな目。
「もしも、男性の意識を奪ったのが霊だとしたら、どうしますか。その霊はまだこの場所にいるかもしれない。 次に通りかかった誰かにまた悪さをして、意識を奪うかもしれない。何も問題がなければいい。 ですが、次は襲われた人が死なないとも限らない。それを知ったとしたら、フェイト様はどうしますか」
「それが本当なら、退治しようと思うよ」
「それが普通です。ですが、私の言うことなんて、誰も気にとめません。私は昔からずっとこうでしたから、 私が何を言ったところで霊退治などしてくれる人は一人もいません」
 それは当然だ、とフェイトは思う。
 何しろ根拠が薄弱だ。日射病にかかるのは場所的におかしい。それは確かにそうだが、 その原因が霊などという非科学的な話になるのも変だ。
 昔から同じような話ばかりしてきたのなら、確かに人付き合いができなくても仕方のないことだが。
「霊の仕業だっていう根拠がアイーダにはあるの?」
「普通、そういう話になりますよね」
 次にアイーダを見たときには、その目は元に戻っていた。
「フェイト様から見れば、私は変なオカルトにはまっている変わった子、もしくはかわいそうな子、というところでしょうか」
「いや、そんなことは」
「かまいません。ずっと昔から同じように見られてきましたから、今さらそれが一人増えようがどうしようが私には関係のないことです。 でも、これで分かったのならもう行ってください。私はこれ以上、フェイト様と話す必要も理由も何もないですから」
 そう言って、アイーダは再び木のところまで行くと、そこに腰を下ろした。
 嫌われてしまった。それは自分の発言が全てだ。
 フェイトは何も言うことができず、その場を立ち去ることにした。
(でもこれで、霊にこだわっているのは間違いないことが分かった)
 彼女は『根拠』と言ったら怒り出した。つまり、根拠がなくても彼女は信じている。いや、
(もしかしたら彼女には本当に見えているのかもしれないな)
 見えていて、それでも『根拠』などと言われたらどう思うか。
 他の人には見えない。自分だけには見える。そんな存在。
(怒るのも無理ないよな)
 霊が見えるという冗談を言った。もしも彼女が霊を見ているのだとしたら、霊を見ることができる初めての仲間ということになる。
 彼女にとってはあまりに辛い冗談ということになる。
(でもまさか、本当にいるわけが……)
 ない。のだろうか。
(それなら確かめてみればいい)
 フェイトはそう思って、次の作戦を開始することにした。


 夜。
 フェイトは散策コースの木々の間、昼にアイーダがいた場所に同じように座った。
 真っ暗な森林は怖い。人気がないのは当然だが、少しの風でまわりがざわめき、それがいっそう不安を駆り立てていく。
(もしこんなところにアイーダがずっと一人でいるのだとしたら、すごい度胸の持ち主だよな)
 夏とはいえ、さすがに夜ともなれば少々肌寒い。
 水筒の水を一口飲む。それで少し心が落ち着く。
(さて、我慢比べだ)
 そうしてフェイトはしばらくその場に留まっていた。
 それから一時間、いや二時間もしただろうか。
 誰かの足音がする。こんな時間に散歩もないだろう。だとしたら、だいたい想像はつく。
 舗装された道を歩く一人の女性。
(アイーダ)
 ぴくりとも動かず、その女性を見る。が、その女性はぴたりと足を止めて、こちらを見た。
「そんなところで何をなさっているのですか、フェイト様」
「あれ、見つかっちゃったか」
 気配は隠したつもりだったのだが、まだまだ甘かったか。
「もしかして、隠れて私を驚かせるつもりだったのですか」
「いや、そんなつもりはなかったけど」
「なるほど。そして驚いた私の弱みをにぎり、ばらされたくなかったら言うことを聞けと、 いたいけな私にあんなことやこんなことを」
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
 どうしてこの子はすぐに話を拡大したがるのか。
「冗談です」
「分かってるよ」
 さすがにもう慣れた。この程度では動じない。
「それで、昼に私に言い負かされたフェイト様がどうして夜にこんなところにいるんですか。 もしかして待ち伏せですか。言い負かされたのをうらんで、覆面をして私に後ろから襲いかかるつもりだったのですか。 そして『アデュー』とか言いながら立ち去って」
「もうその話はいいから。僕は単に、本当に霊がいるのなら見てみたいって思って来ただけだよ」
 放置しておくといつまでも話し続けそうだったので、適当なところで区切る。
「そうですか。フェイト様はすっかり私に対して興味をなくしたものかと思っていました」
「別に興味があるとかないとかじゃない」
 フェイトは苦笑した。
「納得のいかないことは明らかにしないと気がすまないのさ」
「そうですか」
 すると、アイーダはフェイトの隣に腰を下ろした。
「アイーダの方こそ、僕のことが嫌いだろう?」
「ええ」
 あっさりと肯定する。ちょっと凹む。
「ただ、これだけ失礼なことをしてもまだ私に構おうとするフェイト様には、少し興味があります」
「む。ということはもしかして、アイーダは僕がここにいることを知っていて、僕の弱みをにぎって僕をいいように──」
「脳は大丈夫ですか?」
「──なるほど。今度からそう切り返すよ」
 苦笑した。本当に、変わった子だ。
 そうしてフェイトが背中を木に預けたそのとき。

 急激に、周りの温度が下がった。

 異変に先に気づいたのはアイーダだ。すぐに立ち上がると、周囲に視線を配る。
 フェイトもまた同じように立ち上がった。木を背にしたまま、急激に冷え込んでいく周囲に違和感を覚える。
「これは……?」
「静かに」
 闇の中。
 隣で、アイーダの目がまた、紫に輝く。
「どうやら、ビンゴ、ですね」
「な、何が?」
「霊現象が起きるとき、普通、温度が急激に下がります」
「へえ、初耳」
「霊というのは一種のエネルギー体です。今まで何もなかったところにエネルギー体が生まれるわけです。 その分のエネルギーを他から吸収しなければなりません」
「それで、どうして温度が下がるの?」
「周りの空気も含めて、すべての物体には熱エネルギーが存在します。つまり、その熱エネルギーを奪い取って、 霊現象が発動するのです。いわゆる、吸熱反応、という奴です」
 さすがはオカルトマニア。知識が細かい。
「来ます──そこっ!」
 アイーダは右手に持ったナイフを投げつける。そのナイフは施力がこもっているのか、鈍い光を伴っている。
 そのナイフが、空中に刺さった。
「な」
 あまりの現象に、フェイトは目を疑う。
 その、ナイフが刺さった空中に、徐々に何かの異形が姿を現し始めた。
「ゴースト……これは、予想外です」
 アイーダが首をひねった。
「な、何が?」
「予想以上に、大きな捕り物になりました」
「大きいって、どれくらい」
「現界する際の温度低下、そして現界したものの体積から考えて、ランク15は下らないでしょう」
 高いのか低いのか分からない。
「不運でしたね、フェイト様」
「何が!?」
「もしこれほどのゴーストに本気で襲われていたら、フェイト様は既に冷たい躯になっていたはずです」
 まだ生きていることに感謝。
「そのあたりに漂っている無害な霊ならランクがどれほど高くても2。悪さをするようになるのはランク5くらいからです。 ランク10くらいまでくると普通に人を殺せます。これほどの力のあるゴーストが、 男性を殺すことなく意識を奪う程度にとどめたとは、その男性はよほど運が良かったですね」
「それで、どうしてアイーダはそんなに落ち着いているの!?」
「え? ああ、それはですね」
 すると、アイーダは右手を構える。人差し指と中指だけぴっとそろえて立てて、残り三本の指はしっかりと丸める。
「それを倒すのが、私の使命だからです」
 その右手に光が灯る。
 そして、完全に現れたゴーストに対して、右手を向けた。
「アイー……」
 その姿を見たフェイトは絶句した。
 彼女の目が紫に輝いているだけではない。ショートカットだったはずの黒い髪は腰まで伸びている。 いったい何が起こっているのか分からないが、これはただごとではない。
 ただごとではない。が──なんだろう、この神々しいまでの気は。
 そして、彼女が宣言した。
「『去ね!』」
 右手から放たれた光が、ゴーストに刺さったナイフに当たる。すると、そこを起点として光がゴースト全体に広がっていく。
 そして、ゴーストは消えた。
「終わりです」
「え?」
「とりあえず、異界に返しました。消滅させたわけではありませんが、もうこの散策コースに霊が出ることはないでしょう」
 瞬く間の出来事だった。
 突然現れたゴースト。そしてそれを一瞬で消し去ったアイーダ。
「いったい、何があったの?」
「霊が現れて、それを私が異界に送り返しました。それだけです」
「霊って、今のが? でも、確かに何かそれっぽいのが見えたけど、でも」
「フェイト様はそれを確認しにいらしたのでしょう?」
 見ると、既にアイーダの姿は元通りだった。髪もいつものショートカット。目も黒に戻っている。
「えっと、アイーダ。君は……」
「あのゴーストが見えたのなら、フェイト様には正体を明かしておいた方がいいでしょう。 シーハーツ軍連鎖師団『土』の四級構成員は世を忍ぶ仮の姿。その正体は」
 フェイトは息をのむ。
「シーハーツに現れる『霊』と戦うゴーストハンター。その、六代目です」
「ゴーストハンター?」
 アイーダは小さく頷く。
「私がシランド勤務を強く希望したのも、このシランドが霊の出現地になっていることが理由です」
「じゃあ、三級構成員を引き受けないのも、ゴーストハンターの仕事ができなくなるのを防ぐために」
「いえ。単に四という数字が好きなので」
 そこでそうくるのか。思わず力が抜ける。
「君のことはいろいろ聞いたけど、夜中に破壊活動をしたとか」
「霊と戦ったときのものですね。一度や二度ではありません」
「僕が階級章を持っていったのを分かっていたり、ノワールが女遊びをしていることを知っていたのは」
「後ろにいる守護霊の方から聞きました。フェイト様の守護霊は随分と力がありますね」
 それは喜んでいいところなのだろうか。
「ルムを一頭殺したっていうのは」
「逃げた霊がルムに取り付いて襲い掛かってきたんです。おかげで始末書を書くことになりました。大切なお給料が大幅ダウンです」
 さすがに給料が下がるのは残念らしく、はあ、とため息をつく。
「ゴーストハンターの仕事は給料がないの?」
「ありません。霊と戦うことができる力を持った者が、先代にその技を鍛えられてなるものですから。 そこに霊現象があったら解決するのがゴーストハンターです。依頼を受けたりとか、そういったことはありません。 シーハーツを影ながら支えるのです。ちょっとかっこいいでしょう?」
 無表情で言われても、本当に喜んでいるようには見えない。
「じゃあ、ここで男性が襲われたのは、どうして霊現象だって分かったの?」
「霊が出現する場所は、ゴーストハンターには見れば分かります。ただ、いつ現れるかということだけは予測できませんので、 頻繁に訪れるしかないんです」
「だから仕事の合間にここまで来ていたの?」
「はい。散策コース通いも今日で終わりですね」
 つまり、霊を消滅させるためだけに、毎日ここまで来ていたということだ。
「シーハーツのためにそんなにしているのに……」
 それなのに、誰もアイーダのことは評価しない。霊を倒して、シーハーツの安全を守っているアイーダ。 だが、彼女が活動すればするほど、霊のことが分からない人には煙たがられる。
「まあ、そういう存在ですから。先代からもはっきりと言われました。ゴーストハンターになるということは、 一生孤独な存在であるということだと。唯一他者と交流できる機会があるとすれば、それは次代を見つけたときだけだと」
 つまり、先代にとってもアイーダと会えたことは喜べることだったということか。
「その先代っていうのは?」
「先のアーリグリフ戦争で亡くなりました」
「そうだったのか」
「だから一つ、問題が出来てしまいました」
「問題?」
「はい。私は先代から霊術の技を全部習得してないのです」
「技、っていうと、さっきの『去ね』ってやつ?」
「はい。技はいくつかあるのですが、私がまだ体力的に弱いこともあって、力のある技を習得することができなかったんです。 だから、おそらく私は過去のゴーストハンターの中でも、最弱だと思います。先代なら、きっと破壊活動もしなければ、 ルムを殺すようなこともなかったはずですから」
 自分の力不足を素直に認める。なるほど、素直な子ではあるらしい。
「ですが、今回は驚きました」
「今回?」
「はい。フェイト様がいらしてからここ数日、『場』に乱れが出ていました。おそらく近々現れるだろうと思っていたんです」
「場?」
「はい。霊が現れるところを『霊場』といいます。フェイト様が最初にいらっしゃったとき、 この辺りの場が異常に揺らめいていました。もしかすると、フェイト様は霊を引き寄せるような特別な力があるのかもしれませんね」
 少しもありがたくない。
「なるほど」
 うん、とアイーダが頷く。
「そのタイミングで頷くのは僕にとってあまり嬉しくなさそうな予感がするんだけど」
「いえ、たいしたことではありません。ちょっと付き合っていただけますか」
「まさかとは思うけど」
 フェイトはおそるおそる尋ねる。
「他の『霊場』に連れていこうとか思ってる?」
「多分、フェイト様の考えていらっしゃることとは少し違うと思います」
 すると初めて、彼女はにっこりと笑った。
「シランドの『霊場』のすべてを回ろうと思ってます」
「じゃ、ちょっと急用を思い出したのでこれで」
「逃がしません」
 にこにこと笑いながら、アイーダはフェイトの服の袖を掴む。
「さ、行きましょう。まずはゼルファー家の裏手にある『霊場』からです」
 逆らいがたい力でフェイトは引きずられる。
 不用意にこの少女に近づいたことが大きな失敗だったと、今さらながらに理解していた。


 翌朝。
 フェイトは寝不足でネルの執務室へやってくる。
「おはよう……って、すごい顔だね。寝てないのかい」
 まだ若いので徹夜の一日や二日、たいしたことはないのだが、問題は徹夜の内容だ。 何しろ一晩中『霊場』を連れまわされたのだ。全部で七ヶ所。そのうち、すぐに霊が現れたのが二ヶ所。 空間に『揺らぎ』が出たのが三ヶ所。最後の二ヶ所は手ごたえがなかったらしい。
「まあ、いろいろあってね」
 昨日のことをどうやって報告すればいいものか。だいたい、何が起こったのかをうまく説明できる自信などない。
 分かったことは、アイーダが人知れずこのシランドを守っているということと、霊現象が実在するということだけだ。
 フェイトは自分で紅茶を入れて飲む。眠い頭に心地よい。
「アイーダがらみかい?」
「どうしてそう思うんだい?」
「今朝方報告があったよ。アンタとアイーダが一緒に歩いているところを見たって」
 考えてみれば一晩中歩き回っていたのだから、誰かに見られていても仕方がない。
「それにしても、もうそこまで進んでいたとはね」
「何が?」
「夜に一緒にいたってことは、もう付き合ってるってことだろ?」
 ぶふっ、と吹き出す。
「な、なんだい突然」
「ごほっ、ちょ、ちょっとどうしてそうなってるの」
「いや、普通はそう思うんじゃないのかい? だったら夕べはアイーダと何をしていたのさ」
「それなんだけどさ」
 本当にどうやって説明すればいいのだろう。だが、素直に説明しても信じられるとは思えない。 何しろ、昨日三回も霊現象を見たというのに、いまだに自分が信じていないのだから。
「僕は、自分が見たことがまだ信じられないでいる。僕はそれをそのままネルに話してもいいんだろうか」
 素直に尋ねてみた。なるほど、とネルは頷いてマフラーに顔を埋める。
「よっぽどのことみたいだね」
「まあ、あんな体験は二度としたくないけど」
「分かった。とりあえずアンタの言うことだ。考えてみれば星の船に乗ってこの世界を滅ぼそうとしていた 創造主を倒したっていうのも、今となっては眉唾だからね。とりあえず話半分程度に聞かせてもらえるかい?」
「ああ。でも、本当に僕もよく分かっていない。それをふまえてだけど」
「それでいいよ」
 ネルは少し微笑んでフェイトの話を聞く。だが、話を聞き終えると考え込んでしまった。
「ゴーストハンター、か。そういうのがあるっていうのは聞いたことがないね」
「アイーダは六代目だって言ってた。多分、本人たちしか知らないことなんじゃないかな」
「アンタは霊を実際に見たのかい?」
「見た、と思う」
 最初の一回が一番はっきりしていた。自分と同じくらいの大きさのゴースト。それがアイーダの一撃で葬られた。
「アイーダは力を使うとき、目が紫色になって、髪が伸びるんだ」
「それも信じがたい話だけどね。ただ、アンタが言うんだからまあ、嘘ではないんだろうさ。 ってことは、ルムを殺したり破壊活動をしたのも?」
「霊と戦った結果だっていう話だよ。そんなことを言っても誰も信じてくれないだろうからって、本人は説明する気もないみたい」
「当然だろうね。私だってそんな理由で破壊活動していることを認めるわけにはいかないよ。 何しろその言い分だと、アイーダ以外の人間には霊が見えないっていうことだろう?」
「ああ」
「だったら、アイーダが嘘をついている可能性だってある。もしそれを認めたら、シランド城そのものを爆破しておいて 『霊を倒すためだった』なんて言われても認めることになってしまう」
「ああ。被害が大きくなかったのが幸いだね。でも、アイーダはこれからも霊を倒すために戦い続けるはずだ」
「私らがバックアップできればいいんだけど、アイーダにしか見えないものを手伝うわけにも──」
 それからネルは、まじまじとフェイトを見る。
「フェイト」
「ストップ。昨日もそうだったけど、こうして話していて、突然相手が何かに気づいたときって、たいていいいことがないんだけど」
「正解」
 断る余地はなかったらしい。
「アンタ、アイーダに協力してやりな」
「いや、だからさ」
「本当に霊の仕業だっていうんだったら、それこそ特務師団を作ることだって検討してもいい。 霊光師団『空』なんてどうだい。アイーダが団長、アンタが副団長だ」
「本気で勘弁してください」
 泣きそうになった。


 というわけで、フェイト・ラインゴッドは悩んでいた。
 安易な気持ちで関係を持つことになったアイーダだが、彼女とこれからも共に行動するべきなのか、 それとも何もなかったことにしてしまうのか。
 正直、霊というわけのわからないものに関わりたくはない。しかも、自分の力が及ぶようなモンスターならともかく、 自分の力が全く通用しないのだ。赤子同然だ。それこそアイーダがいなければ自分はあっさりと霊にとりつかれて 殺されてしまうだろう。
 だが。
『ゴーストハンターになるということは、一生孤独な存在であるということ』
 アイーダの言葉が耳に残っている。
 彼女は別に、望んで孤独なわけではないのだろう。ただ、自分のことを誰も理解してくれない。 そして自分の活動で誰かを巻き込んでしまうかもしれない。それを怖れて、自分から誰にも近づこうとしないのだ。
 ここで彼女を一人にしたら、彼女はいつまでも一人のまま、孤独のままだ。
 そして、彼女を孤独にさせないためには、彼女のことを理解できる人物が必要になる。
 すなわち、自分。
(僕しか、アイーダを分かってあげられる人はいないんだ)
 ネルは状況を理解してくれている。だが、あのゴーストを見ていないものに、アイーダの孤独は分からないだろう。
 ただひたすら、シーハーツに災いをもたらすものと戦い、そして誰からも感謝されることがない。
 そんな孤独でかわいそうな英雄を、どうして一人にしておけようか。
(それに、僕が協力できることはある)
 本当に『霊場』に対して影響を与えることができるのなら、アイーダにとってもそれはありがたいことのはずだ。
(よし)
 覚悟は決まった。
 ネルの前ではまだ決まってはいなかったが、一人でゆっくりと考えてみればそれほどたいした問題ではなかった。
 確かに霊は怖い。自分が何をするでもなくただ殺される。そんなのは絶対拒否したいところだ。
 だが、その恐怖とただ一人で戦っている少女の心境を思えば、その程度で怯むわけにはいかない。
「こんにちは」
 そうしてフェイトは『土』の詰め所にやってきた。
「あ、フェイトさん!」
 すぐに『土』のメンバーが近づいてくる。
「今日も何か御用ですか。フェイトさんのためなら──」
「あ、いや、ごめん。用があるのは一人だけなんだ」
 そしてフェイトはその人物のデスクまで向かっていく。
「こんにちは、アイーダ」
 アイーダは顔を上げてフェイトの顔を見てから、またデスクの資料に目を戻す。
(あれ、無視?)
 昨日、あれだけ協力したのに全く無関心な態度とはどういうことだろう。
「おい、アイーダ! 挨拶くらいきちんと返せよな!」
『土』の一人が言うと、体がびくんと反応して、もう一度顔を上げる。
「ああ、フェイト様」
「……もしかして気づいてなかったの」
「いえ、作業に没頭していて、認識するのが遅れました」
「認識?」
「フェイト様がここにいるという認識です。私の目にフェイト様は映ったのですが、 どうしてここにいるのかとか、そういう方向に頭が回りませんでした」
「そっか。でも、挨拶してくれたら嬉しいな」
「そうですね。そういえばフェイト様の声が聞こえたような気がします。ご挨拶してくださったのですね。 それでは改めて──おはようございます、フェイト様」
「もう昼だよ」
「そうですね。昨日はフェイト様が眠らせてくれませんでしたから」
 その発言に『土』の師団員たちが異常にどよめく。
「誤解を招く発言はやめてくれ」
 頭痛がする。
「というより、寝かせてくれなかったのはアイーダのせいだよね」
「今のフェイト様の言葉の方が余計な誤解を生みそうですが、まあいいでしょう」
 小さなアイーダは立ち上がってもやっぱり小さい。頭がフェイトの肩までもない。
「それより、昨日で懲りたと思いましたが、案外しぶといですね、フェイト様」
 なるほど、あれだけ付き合わされたのは自分がそれで根を上げると思ったからか。なら余計に離れるわけにはいかない。
「僕は気になったことがあったら最後までとことん調べる癖があるんだ」
「研究者向きですね。ネル様のところで働くより、エレナ博士のところの方がいいのではないですか?」
「はは、それも考えたけど、エレナさんのところだとなかなか気が休まらないだろうからね」
「ネル様の傍なら安らげる、と。つまり、それだけフェイト様はネル様のことを愛してらっしゃるのですね」
「そういうふうに僕を誰かとくっつけようとするのはやめてくれないかなあ。前もここのみんなに言われたばかりだし」
「フェイト様がクレア様とネル様のどちらとつきあうか、賭けの対象になっているそうですよ」
「知ってる。それもこの間聞いた」
「ちなみに私はクレア様に一万フォル賭けてます」
 『土』の師団員たちがどよめく。アイーダが賭けているということにも動揺するだろうが、それより一万フォルという金額だ。 普通は百とか二百とか、お遊び程度の金額だろう。
「意外にそういうところ、興味があるんだね」
「賭け事が大好きなんです」
「意外すぎるよ。アイーダはもっと堅実なのかと思った」
「堅実ですよ。賭け事用の金額をきちんと準備しているだけです。それも本命に賭けるのは好きではないので、 対抗や穴の一点勝負です」
「クレアさんは本命じゃないんだ。自分のことながら妙な感じだけど」
「その様子では、ネル様もクレア様も、あまり見込みがなさそうですね」
「僕もそうだろうけど、ネルもクレアさんも、僕のことをそんな風に見てはいないよ」
 実際、さっきもネルが平然と『アイーダと付き合うことになったのか』と聞いてきた。 自分のことを憎からず思ってくれているのなら、そんな言い方はしないだろう。
「なるほど。それでは意外な伏兵に賭けておくべきかもしれませんね」
「他にもいるのかい?」
「さあ。ただ、フェイト様が誰と付き合うことになるかを当てたら、当選者で掛け金を分配、としか聞かされてませんから」
「……胴元は?」
「エレナ博士です」
「オッケー。ちょっと後で問い詰めておく」
 本当にFDの人たちというのは何を考えているのか。
「席を移しましょうか」
 アイーダはそう言うと詰め所から出ていく。さすがに同僚に聞かれながら『霊』の話はできないと考えたのだろう。 それはフェイトとしても願ったりだ。
「それで、私に何か用ですか、フェイト様」
 閑散とした大聖堂の椅子に腰かけて話し始める。
「君に協力したい」
 フェイトがはっきりと伝えると、アイーダが顔をしかめた。
「何のことでしょう」
「君がやっていることを手伝いたいって言ってるんだよ。昨日みたいにね」
「私としては協力者がいてくださるのはけっこうなことですが、お断りします」
 小さく会釈する。
「どうして?」
「簡単なことです。フェイト様はよく分かっていらっしゃらないかもしれませんが、私は少し、いえ、かなり変わっています。 先ほどのみなさんを見ればお分かりでしょう」
 アイーダに対する奇異の視線。特に、フェイトを独り占めしているということへの反感が確かに存在していた。
「まあ、それはアイーダが悪いところもあるからね。何かというと人をからかう冗談ばかりだから」
「それについては反省してます。いろいろと考えることがありましたから」
 どこまで本気なのかは分からないが、まあ口に出すだけまだいいということか。
「ただ、私に協力するということは、もしかしたらフェイト様に破壊活動を手伝ってもらうことになるかもしれませんよ?  あと、ルムを殺したりするかもしれません」
「そうならないように、できる限りのことをしたいと思っているよ」
「死ぬかもしれません」
 その言葉にも、フェイトは怯まない。覚悟を決めた以上は、何があっても貫く。
「それも考えた。覚悟の上だよ」
「私と一緒にいることで、他のすべての人から憎まれ、嫌われるかもしれません」
「だから一人で憎まれ役を引き受けるのかい?」
 アイーダが言葉に詰まる。
「だったら、僕が半分を請け負うよ。アイーダ一人でそんなものを抱え込む必要なんてない」
「私は望んでゴーストハンターになりました。でも、フェイト様は違います。フェイト様は私に巻き込まれただけ。 私に付き合う必要なんてどこにもありません」
「君を一人にさせたくないんだ」
 真剣な表情で言う。すると、アイーダがため息をついた。
「まるで告白ですね」
「でも、君には伝わらなかったみたいだ」
「ええ。過去、私の美しさに同じようなことを言った人が何人もいますから」
「自分で言うか」
「私の見目が良いのは自覚してます。だから余計に、他人に冷たくしないといけなかったんです」
 なるほど。確かに見目がよくて、しおらしければ、男なら誰でも『守りたい』と思うに違いない。
「でも、しばらくすればみんないなくなっていきました。霊が怖いのか、私が可愛くないのか、まあ両方でしょうけど、 だから私に告白しようとする男性は信頼できません」
「なるほどね」
 フェイトは頷く。
「お分かりいただけたなら──」
「いや違うよ。分かったのは、アイーダが考え違いをしていることだよ」
「私が考え違い?」
 アイーダは首をかしげる。自分の考えのどこに間違いがあったのかと。
「アイーダはまだ十九歳だったよね」
「ええ」
「付き合った人数はどれくらい?」
「三人ほど」
「僕も、自分がいたところではそれくらい付き合ってたよ。でもみんな別れた」
「プレイボーイですね」
「いやいやいやいや。そうじゃなくてさ、結局人っていうのは、いろんな人と付き合ってみて、 それで合うか合わないかを確かめてるんだよ。合わないと思ったら別れるし、合うと思ったらそのまま結婚するんだろう。 要するに今までアイーダが付き合ってきた人っていうのは、アイーダとは合わないと思ったから別れただけのことさ。 それがたまたま『霊』っていう条件で別れたのかもしれない。でもアイーダがゴーストハンターじゃなかったとしても、 別れる人とは別れてたし、付き合っていける人なら別れてなかったと思うよ」
 アイーダは真剣に聞いてから頷く。
「まあ、理屈は分かります。納得はできませんが」
「それも分かる。今までアイーダはそういう経験をしてきたからね」
「ただ、フェイト様が私のことを深く愛し、慈しみ、そして生涯の伴侶としたいという気持ちは伝わりました」
「ごめん、そこまでは言ってない」
「私にそこまでのことを言うということは、それくらいの覚悟がなければいけません」
「いやいやいやいや。せめて友人から始めてください、つかお願いします」
「冗談です」
 アイーダは苦笑する。
「でも、ずっと孤独だったところにそんな風に手を差し伸べられたらよろめいちゃいますね。気をつけてください」
「僕なの?」
「ええ。フェイト様はおそらく無自覚にたくさんの女性を助けていると思います。 ネル様もクレア様もそんなフェイト様がお好きなのでしょうし、おそらくフェイト様の知らないところでたくさんの女性が ハンカチを涙でぬらしたことでしょう」
「詩的な表現はやめてくれないかな」
「特別な女性以外には、あまり優しくしすぎないことです。フェイト様が手助けするのをやめたとき、 その女性たちは拠所をなくしてしまいますから。気をつけてくださいね」
「気をつけるよ」
「さて、そうしたらそろそろ始めましょうか。ちょうど、いらっしゃったようですし」
 と言ってアイーダが立ち上がる。
「始めるって、何を」
「もちろん決まってます」
 アイーダはナイフを構える。
「『霊』退治です」
「いきなり!?」
「『霊』は時を選んでくれないんですよ」
「場所も選べないよね!? てことはアイーダはそのつもりで僕をここに連れてきたんだよね!?」
「あまり騒がないでください。みっともない男は好かれませんよ」
「気持ちの問題だよ!」
 すると、空間が歪曲し、急激に温度が冷え込む。尋常な寒さではない。夏だというのに、これでは氷点下まで下がる。
「これは」
 アイーダの顔から余裕が消えた。
「昨日までの雑魚とは違いますね」
「違うって、どれくらいのランク?」
「そうですね、推測になりますが」
 昨日は最初のゴーストがランク15。その後に退治したゴーストたちがランク3と4。普通はそれくらいのものらしい。
「おそらくランク100はくだらないかと」
「帰る!」
「もう手遅れです。私の後ろに」
 アイーダがフェイトの前に立って、その歪曲する空間にナイフを投げつける。
 だが、歪曲する空間に達したところで、そのナイフは完全に破壊された。
「これは随分とディフェンスに定評のあるゴーストですね」
「定評って何!?」
「破邪の力を受け付けることがない、身を守る力が尋常じゃないほどに高まっているゴーストです。 どうやら、お目当ての相手のようですね」
「お目当て?」
「はい」
 そして実体化していく。その空間に光が集まる。
 直視するとまぶしくて目を開けていられない。
「このシーハーツにゴーストハンターが生まれることとなった元凶です」
「それって、かなりの大物?」
「大物も大物。ラスボスクラスです」
「僕は生きて帰れますか」
「そうですね。もしもここで私以外のゴーストハンターがいたとしたら」
 アイーダが頷いて答えた。
「生きて帰れたかもしれません」
(僕はもう駄目かもしれない)
 協力をかって出たことをいきなり後悔するフェイトだった。
「アイーダはそのゴーストの正体を知っているの?」
「当然です」
 集まった光は、やがて人間の女性の姿に近づいていく。
「あれは、光の王と呼ばれた女性。光王シーハート二十四世陛下のゴーストです」


 光王シーハート二十四世。今から四代前の女王であり、アペリスの聖女を兼任した人物。かつて女王と聖女を兼任したのは、 開放女王シルヴィア一世と光王シーハート二十四世、そして現女王シーハート二十七世しか存在しない。
 今から約五十年前、当時のシーハーツは大きな戦乱はなかったが、そのかわりに国内において内乱があった。
 時の女王シーハート二十二世には二人の娘がおり、姉のアルトリアは気立てが良いながらも 王者の資質を兼ね備えた女性であったのに対し、妹のミネアは教養に疎く、国王としての器量はなかった。
 もちろん、女王を継ぐのは本来であれば姉であり、妹が王位に就くことはない。 だが、姉はアペリスの聖女となってしまった。強い施力があったのは幼い頃から分かっていたが、 アペリスの御使いが降臨し、彼女に神託を与えてしまった。それゆえアルトリアは聖女とならざるを得なかった。
 権力欲の強い妹ミネアは、かわりに自分が国王になると言い出した。確かに聖女と女王を兼任するのは簡単ではない。 歴代の聖女はアペリスの御使いから下されるさまざまな指示を聞くために東奔西走することになった。 とても女王の任務をこなしながらできるものではない。
 だから姉はミネアに位を譲ることにした。そして二十二世の崩御があってから、シーハート二十三世として 妹ミネアが国王となったのだ。
 だが、それから国は荒れた。税金が上がり、治世はめちゃくちゃとなった。諌めようとした家臣は残らず処刑された。 いわゆる絶対王政時代である。
 ミネアの即位から五年。シーハーツは完全な恐怖政治となっていた。
 諸国をまわって戻ってきたアルトリアはその国内の状況に愕然とした。 たった五年で荒廃しきった国を見て、ミネアに直接進言した。
 だが、ミネアにとっては自分より優秀な姉が気に入らなかった。姉をすぐに捕らえると、同様に処刑してしまおうとした。
 アルトリアは死を覚悟したが、そこにまたアペリスの御使いが現れた。そしてミネアを倒し、 この国に秩序と繁栄を取り戻すよう神託を受けた。
 だがそれは、妹を殺すということになる。アルトリアは自分の体を痛めつけられてもなお、妹を殺すことをためらった。 だが、心ある者がアルトリアを助け、そのかわりに処刑されてしまった。これでアルトリアの心は決まった。
 アルトリアの挙兵。これにより、シーハーツ王国は完全に二分した。
 当時、クリムゾンブレイドの二名は空位になっていた。 ミネアに進言したために処刑されてしまっていた。そのため、六師団は各々が監視、抑制しあうようになっていた。
 ミネアについていけば、自分も甘い汁が吸えると思っている者。
 それに対して、アルトリアの元で正しいシーハーツを取り戻そうとする者。
 六師団が完全に二つに分断され、そして争いが起こった。
 一年に渡る内乱の結果、ついにミネアは捕らえられた。捕らえられたミネアが最後に言い残した言葉は 『姉上さえいなければよかったのに』という怨嗟であった。
 ミネアは流刑となり、アルトリアはシーハート二十四世として即位することとなった。 そして荒廃した国土を立て直し、シーハーツに秩序と繁栄を取り戻した。 彼女の治世は二十年以上にも渡り、やがて彼女は五十三歳で亡くなった。
 死因は病死と発表されている。
 だが、その死にはいくつかの疑問が残されていた。
 まず、前日まで女王は具合が悪そうな素振りすら見せていなかったこと。
 そして、女王が亡くなった三日後、妹のミネアもまた亡くなっていたということだった。
 人々は二人の死に何らかの関連性を求めたが、当時の『闇』の調査でも結局何も分からなかったため、 単なる偶然で終わることとなった。
 だが──


「真実は違います」
 光王シーハート二十四世のゴーストを前にアイーダが言う。
「アルトリア様はミネア様に殺されました。そして最後までミネア様と和解することができず、 ミネア様に殺されてしまったことを悔やみ、このようなゴーストとなってしまわれました」
「でもそれなら、他人に迷惑をかけるようなことはないだろう」
「いいえ。アルトリア様が亡くなった後、一ヶ月の間に当時の内乱に参加していたメンバーのうち、 六人が急死しています。敵だけではありません、味方だった人間までも、です」
「何故」
「歴史の裏に何があるかはその当時を生きていた人でなければ分かりません。ですが、アルトリア様は恨んでいた。 自分とミネア様を引き離した『何か』に。その『何か』に対する恨みが、ゴーストになるという選択に結びついてしまった」
「つまり、アルトリア女王のゴーストが、その人たちを呪い殺したってことなのか」
「代々のゴーストハンターにはそのように伝わっています」
「代々って……」
「初代ゴーストハンターは、そのときに誕生しました。六人が急死したあと、初代はふらりとこのシーハーツを訪れたそうです。 そしてアルトリア様を異界に返すことはできないまでも封じることはできました。 それ以来、アルトリア様を異界に返すことを、ゴーストハンターは最大の目標としてきたのです」
 シーハート二十四世のゴーストは光を放ちながらゆっくりとうごめく。
「フェイト様、よけて!」
 アイーダはフェイトを突き飛ばしつつ、自分も飛び退る。そこにゴーストが放つ光が突き刺さった。
「な」
 その光のあたった場所が、破壊されている。もしも直撃したらひとたまりもない。
「もしかして、アイーダが破壊活動をしたことの原因って、このゴースト?」
「いいえ」
 だがアイーダは首を振る。
「アルトリア様の部下の霊を相手にしたときのものです」
「じゃあ本命の方がずっと強いってこと!?」
「光王の二つ名は伊達ではありませんから」
「そこ! 勝ち誇ってる場合じゃないから! つかアイーダが勝ち誇る意味が分からないから!」
 次々に放たれる光。そして破壊されていく大聖堂。
「始末書確定ですね」
 そしてアイーダは指先に光を溜める。
 その彼女の髪が、長く伸びていた。霊術モードだ。
「『去ね』!」
 だが、その光はゴーストに吸収されて終わった。
「それなら」
 アイーダが両手を組んで力を込める。
「『散れ』!」
 そして放たれた光がゴーストの一部をかき消す。が、すぐにまた回復して元に戻る。
「なるほど」
 アイーダが頷く。
「どうした? 何かいい攻略法が?」
「いえ。ただ、全くダメージを与えられないのだな、と思っただけです」
「感心しなくていいから、何とかしてくれよ!」
「そうですね。フェイト様を巻き込んでしまったのは申し訳ないと思っています」
「だから!」
「お任せください」
 すると、アイーダは体中の力を溜めた。
「最強奥義でいきます」
「任せた!」
「任されました」
 シーハート二十四世の攻撃を回避して、最大霊術を放つ。
「『滅びよ』!」
 すると、シーハート二十四世のゴーストは粉々に砕け散る。
「やった」
 フェイトが言って、一安心する。
 だが、消えたはずの光が再び点灯する。そしてすぐに集まってきて、再びゴーストの形となる。
「任された結果がこれです」
「どうするんだよ」
「どうにもできませんね、これは」
 諦めが早い。早すぎる。
「くそっ、こうなったら」
 フェイトは剣を構える。もちろんゴースト相手に通用するはずがない。
「通常の武器ではダメージを与えることすらできませんよ」
「分かってるよ、でもこれなら──」
 フェイトは紋章遺伝子の力を使う。
「ディバインウェポン!」
 剣に光が宿る。そして、強く剣を振りぬいた。
 その剣が、確実にゴーストを切り裂く。
「え」
 アイーダが珍しく、呆然とその様子を見た。
 切り裂かれたゴーストは、ゆっくりとまたつながっていく。だが、戻りが遅い。
「通用するのか?」
 フェイトが自問すると、アイーダがようやく再起動した。
「フェイト様! もう一度お願いします!」
 そしてアイーダが全身に力を溜める。もう一度だ。
「分かった!」
 フェイトがゴーストに立ち向かう。だが、ゴーストもすぐに光を放ってフェイトの突進を止めようとする。
 一度、二度と回避するが、三度目はバランスを崩して完全に光を正面から受ける──
「フェイト様!」
 だが、フェイトはその光をディバインウェポンをまとった剣で弾く。それを見てアイーダがさらに愕然とする。
 その間に、フェイトはゴーストを射程に収めると、二度、剣を振ってダメージを与える。
「今だ、アイーダ!」
 愕然とはしていてもタイミングを外したりはしない。アイーダは再び霊術を唱えた。
「『滅びよ』!」
 そして、今度こそ、光王シーハート二十四世のゴーストは、粉々に散った。


「終わったのか」
 ぺたん、とフェイトはその場に座り込む。
「いえ、今のはただ追い払っただけです。エネルギーを蓄えたらまた現れるでしょう」
「ちょっと」
「大丈夫です。そんな、一日二日で現れるようなものではありませんから。フェイト様のおかげです。ありがとうございます」
 ぺこり、と頭を下げたアイーダはもう髪がいつも通りに戻っている。
「一つ気になったんだけど」
「はい」
「どうして、力を使うときに髪が伸びるの?」
「そういうものらしいです」
 つまりアイーダも理屈は知らないということだ。
「気になりますか?」
 うーん、とフェイトはうなる。
 こうしてフェイトを見上げてくるアイーダは確かに美人で可愛い。だが、
(髪が伸びて、紫の目をしたアイーダは、引き込まれるほどに魅力的なんだよな)
 それは既に恋愛感情に変わりつつあるのかもしれない。そのことに気づいてフェイトは苦笑する。
「それより、光王のゴーストは本当にもう出てこないのかい?」
「そうですね、あの様子だと半年は出てくることはできないはずです。ただ」
「ただ?」
「アルトリア様のゴーストはあまりにも強いので、シランドにいた他のゴーストたちはアルトリア様を怖れて まるで動く気配がなかったんです。これを機に他のゴーストたちの活動が盛んになるかもしれません」
「ちょっと待った」
「というわけで、これからもよろしくお願いします、フェイト様」
 くす、と笑うアイーダがとても可愛らしい。
「まあ、協力するのはもちろんだけど」
「というより、フェイト様がいてくださらないと駄目なんです」
 アイーダは真剣な表情だ。
「フェイト様はただ霊が見えるだけではありません。その剣にゴーストと戦う力を宿すことができる。 こんなことはゴーストハンターの歴史上、一度もありませんでした」
「先代から聞いてないだけとかじゃなくて?」
「霊術についての修行不足は認めますけど、先代から知識については先に全て教わっています。 ゴーストハンターの歴史、アルトリア様のこともそうですし、どんなゴーストを倒したかという記録まできちんとあるんですから」
「なるほどね。それなら僕のような存在が過去にあったかどうかはすぐに分かるよね」
「はい。過去のゴーストハンターの方々は常に一人で戦ってこられました。 フェイト様のような方がいらっしゃるのは本当に初めてのことなんです」
「全然ありがたくないけど、アイーダに協力できるんなら喜んだ方がいいのかな」
 するとアイーダは、うん、と頷く。
「どうかしたの?」
「いえ。ちょっと後で、エレナ博士のところに行かないといけないな、と思っただけです」
「どうして?」
「賭けの相手を変えておかなければいけないな、と思いまして」
 賭けというと、自分が誰と付き合うか、というやつか。
「誰に?」
「アイーダにしようと思います」
 正面から見つめられて、どきん、と胸の拍動を強く感じる。
「アイーダって」
「すみません。恥ずかしいことを言ってますので、ちょっと退散しようと思います」
 そして踵を返すと、アイーダは大聖堂から出ていこうとする。
「あ、そうだ」
 そして一度振り返って微笑む。
「ここの破壊活動については、うまくネル様にでも説明しておいてくださいね」
 そしてアイーダが出ていく。今、何を言われたかがよく把握できていない。
(まいったな)
 今のは不意打ちだった。あれほど風変わりな子が、一途に自分を見つめてくる。
(これで、完全に逃げられなくなったな)
 もはやアイーダに協力しないという選択肢はなくなった。これから自分はゴーストハンターの助手として 活動しなければならなくなった。
(ネルに新しい師団の設立、本気で相談してみようか)
 霊現象と戦う、非公開の師団。団員は自分とアイーダの二人だけ。
(ネルなら事情も分かってるし、ある程度融通をきかせてくれるだろうけど)
 それより、この大聖堂の有様だ。
 アルトリアの攻撃で破壊された場所が六ヶ所。そういえばもうすぐ、午後の礼拝の時間ではなかろうか。
 フェイトの顔が青ざめる。
「ていうか、なんで僕一人に後始末させるんだよアイーダっ!」
 ようやく正気に戻ったフェイトは、真っ先にネルのところへ赴く。事情を説明し、後片付けをしなければいけない。
 だが。
(今まで、霊のことは全部一人で抱え込んでいたアイーダが、今は自分に後始末を任せてくれている)
 それは、自分のことを信頼してくれているということではないか。
 確かに後始末は面倒だ。だが、それも相手からの信頼の証というのなら。
(まったく、僕一人でやるのは今回だけだからな!)
 これからも振り回されそうだが、とにかく今はここの惨状をどうにかするのが優先だった。


 こうして、ゴーストハンターのアイーダと、その協力者であるフェイト・ラインゴッドの物語は幕を開けた。


−Fin−


執筆者:静夜