話をしよう。
 それは今から一年前……いや、半年前だったか。
 まあいい。
 僕にとっては昨日の出来事だが、君たちにとっては多分、今日の出来事だ。
 彼女には百八式の名前があるから、どう呼んでいいのか……。
 たしか最初に会ったときには、

【魔女っ娘イライザ、華麗に参上!】

 そう、彼女は最初から言うことをきかなかった。
 団長の言うとおりにしていればな……。

 まあ、いい奴(?)だったよ。 



 だから本当に許してサーセン。



courante



【一日目】

 ある晴れた昼下がり。
 今日も今日とて、ネルの執務室で仕事をしていたフェイトのところに、一人の来客が訪れた。
「失礼します」
 何度も来ているうちに、自然と通いなれてしまった連鎖師団【土】の四級構成員アイーダであった。
「あれ、今日は早いね、アイーダ」
「大変申し訳ありませんが、かくまってください」
 そう言うなり、すたすたと歩いて机の陰に隠れる。
 フェイトとネルは顔を見合わせて疑問符を浮かべたが、その疑問はすぐに晴れた。ばたばたばた、と足音を大きく立てながら近づいてくる誰か。そして扉が勢いよく開く。

「魔女っ娘イライザ、華麗に参上!」

 フェイトは頭が真っ白になった。一方のネルは苦笑するばかりだ。
 そう、彼女はイライザ・シュテンノ。自他共に認める【魔女っ娘】である。露出の多いフリフリピンクのワンピースに、律儀に抗魔師団【炎】のマフラーをつけている。こう見えてもれっきとした【炎】の二級構成員だ。
「珍しいじゃないか、イライザ。こっちに来るなんて」
「むむっ! そこにおわすは秘密結社【闇】を束ねるネル・ゼルファー様ではござらぬか! ねるネルって何か食べ物みたいですな!」
 話がつながっていない。しかもなんだその秘密結社って。
「何か用事かい?」
「だがしかし! たとえ【闇】を相手にしようとも、その【闇】を照らすのは【光】! わが【光】の技の前に【闇】は屈する定め!」
「あんた【炎】だろ」
「ぐはっ!」
 ネルから的確な突っ込みを受けてその場に倒れるイライザ。なんだこのコント。
「こ、この私にかくも強大なトラウマを与えるとは、さすが【闇】のネル・ゼルファー。只者ではござらん!」
「この程度でトラウマになるんだ」
「しかし! 私は退かぬ! 媚びぬ! 顧みぬ! 魔女っ娘に逃走はないのだ!」
 すみません、もうおなかいっぱいです。
 フェイトがため息をつくと、イライザは指をびしぃっとフェイトに突きつける。
「ぬうっ、そなたはフェイト・ラインゴッド!」
 あまり関わり合いになりたくない相手だった。
「そなたに会ったら、一つだけ言わねばならぬことがあった」
 あまり愉快な出来事ではなさそうだ。
「フェイト・ラインゴッドに物申す!」
 はいなんでしょう。

「サイン、くだされ!」

 ……。
「当方、かのアーリグリフ戦役のときからフェイト殿の大ファンでして! あ、こちらによろしくお願いします。【イライザちゃんへ(はぁと)】と書いてくだされ!」
 助けてください。
「書いてやりなよ、フェイト。書けば終わるわけなんだし」
「……分かったよ」
 何かに負けた気持ちになりながら、フェイトは潔くサインを書く。
「それで、いったい何をしに来たんだい」
「おお、そうであった!」
 ぽん、と手を叩いて再びフェイトをびしぃっと指さす。
「この部屋にアイーダが参ったであろう! 尋常に引き渡していただきたい!」
「アイーダがどうかしたの」
「どうもこうもござらん! 今日こそあの魔女に対して鉄柱をくらわしてくれる!」
「魔女って自分だし」
「ぐはっ!」
 再び崩れ落ちるイライザ。
「こ、この私に対して二度もトラウマを作らせるとは、さすがネル殿が将来の伴侶と定めたフェイト・ラインゴッド殿……」
「勝手に決めないでおくれよ」
 ネルもやれやれとため息をつく。
「アイーダなら今日は来てないよ。出直してきたらどうだい」
「むむう」
 すっくと立ち上がるとイライザは三度指をさす。
「このままで終わると思うなよ!」
「何その負け台詞」
「魔女っ娘は、魔女っ娘は、永遠に不滅です!」
 もう何のネタが混じっているのかまったく分からない。イライザは勢いよくそのまま飛び出していった。
「ありがとうございました。フェイトさん、ネル様」
 出ていったのを見計らって、アイーダが陰から出てくる。
「何があったんだい、いったい」
「いえ、いつものことですから」
「いつもの?」
「はい」
 フェイトはネルを見つめる。が、ネルも首をかしげるばかり。
「また君の【除霊】に関することかい?」
 アイーダはこの聖都シランドに救う悪霊を倒す『ゴーストハンター』である。ただ、普通の人間にはゴーストを見ることができない。アイーダは周囲に被害を出しながらもゴーストを退治していくことになるので、傍から見るとアイーダがたった一人で破壊活動をしているようにしか見えないのだ。
「まあ、誤解されるのはいつものことなので。ただイライザ様だけはそれが度を過ぎてしまいますから」
 何しろ【正義】の名の下に自分の気に入らない人間を次々に葬る魔女っ娘イライザだ。
「私から注意をしておくよ。アイーダにかまうなってね」
 ネルが苦笑しながら言う。
「いえ。ネル様にご迷惑をおかけするわけにはいきません。これは私の問題ですから」
 だが、つれなくアイーダは断ると「ありがとうございました」と言ってネルの執務室を出ていく。
「問題だね」
 出ていってからネルが呟く。
「ああ。アイーダを理解してもらうのは難しいからね。何しろ、誰にもゴーストは見えないんだから」
「違う違う。私が言っているのは周囲のことじゃない。アイーダ自身のことさ」
 フェイトが顔をしかめる。
「アイーダはずっと一人でやってきた。だから、こうやって人を頼るってことを知らない。理解者が増えればまた違うんだろうけどね」
「アイーダのことを知っている人っていうのはいるのかい?」
「いないだろうね。何しろアンタに言われるまで、私ですら知らなかった。師団長のノワールだって知っている風じゃない。あとは仕官学校時代の同期メンバーだけど」
 そのときの優秀者がファリンにイライザ、そして主席がクレセント・ラ・シャロムとかいったか。
「ファリンさんは知らないみたいだったし、イライザも当然知らないみたいだけど、クレセントって人はどうなんだろう?」
「知らないと思うよ。まあ、駄目元で聞いてみるかい?」
「可能なら」
「普段はペターニにいることが多いからね。諜報活動でグリーテンに行ってなければ話を聞くこともできると思うよ」
「頼むよ」
「そう、それさ」
 ネルは苦笑する。
「アイーダはそうやって他人に任せることができない。それが問題なのさ」
「そうだね」
 フェイトも頷く。
「せめて僕が手伝ってやらないと」
「その意気その意気。彼女を大事してやりなよ」
「まだアイーダからはいい返事が聞けてないんだけどなあ」
 お互い、何となく相手を気に入っているというのは通じ合っている。だからといって恋人同士になるとかいうのとはまた何かが違う。それはこれまでにかけてきた時間がまだ短いというだけのことだろう。
 何度も会話して、信頼を深めていけばまた違う展開も出てくる。フェイトはそう思っている。
「そのアイーダだけど、最近はあまり破壊活動とかしてないみたいだね」
「ああ。小さいゴーストはけっこう退治してるんだけど、大物があまり出てこないみたい」
「ふうん? 何か理由でもあるのかい?」
「例の光王のゴーストが一時的にとはいえ力を失ったということで、この辺りに強いゴーストハンターがいることをゴーストたちが恐れている、そんな風にアイーダが言ってた」
「なるほど。ゴーストも強い相手を怖がるのか」
 ネルが笑顔を見せる。
「ただ、明日あたり大きな捕り物をするって言ってたかな。よく分からないけど」
「大きなって、どれくらいだい?」
「さあ。覚悟を決めてきてくださいねって言われたから、相当だと思う」
 当然『覚悟』の意味くらいは分かる。命がけということなのだろう。
「まあ、死なないように祈ってるよ」
「僕もネルにまた会えるのを願ってるよ」
 するとネルはマフラーに顔を埋める、いつものポーズになった。こういうときのネルはいろいろと思案をめぐらせているときだ。
「どうかしたかい?」
「いや、アンタの無神経さにちょっと苛ついただけだよ」
「何故!?」
 フェイトが声を上げるがネルは無視した。



【二日目】

 次の日の昼下がり。
 今日も今日とて、ネルの執務室で仕事をしていたフェイトのところに一人の来客が訪れた。
「失礼します」
 何度も来ているうちに、自然と通いなれてしまった連鎖師団【土】の四級構成員アイーダであった。
「今日も早いね、アイーダ」
「大変申し訳ありませんが、かくまってください」
 そう言うなり、すたすたと歩いて机の陰に隠れる。
 またか。
 ふう、とため息をつく。ネルを見ると顔に疑問符を浮かべていたが、おそらくは昨日の続きなのだろう。ばたばたばた、と足音を大きく立てながら近づいてくる誰か、というか彼女。そして扉が勢いよく開く。

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 悪を倒せと私を呼ぶ! 私は悲しみの姫、仮面ライダー・イライザ! R! X! ロボライダー!」

 今日は魔女っ娘じゃないのか。それにしてもいつの時代だ、そのキャラクター。しかもかぶってるし。
「珍しいじゃないか、イライザ。こっちに来るなんて」
「くっ、貴様は秘密組織【闇】を束ねるネル・ゼルファー! ねるねるねるね!」
 もう商品名まで出てきた。やりすぎだろうそれ。
「何か用事かい?」
「だがしかし! たとえ【闇】を相手にしようとも、その【闇】を照らすのは【光】! わが【光】の技の前に【闇】は屈する定め!」
「アンタ【炎】だろ」
「ぐはっ!」
 またこのコントか。さすがに連日見せられると食傷気味というか。
「二人とも昨日と同じやり取りがよくできるね」
 すると、イライザはともかく、ネルは顔をしかめた。
「昨日?」
「ああ。昨日もイライザがここに来ただろ」
「ほほう。フェイト・ラインゴッド殿は昨日、私に会ったとおっしゃるか!」
 イライザがにっこりと笑って言う。
「夢に見るほど私のことを考えてくださるとは、このイライザ感謝感激!」
「いや、そうじゃなくて」
「だがしかし、そこまで想われるとさすがにネル様に申し訳が立ちませぬ。私はネルクレ投票はネル様に賭けてますからな!」
 堂々としてるなこの人。
「悪いけど、その賭けは成立しないよ」
「ほほう?」
「こいつの本命は別の女だからね」
「ちょ」
 突然何を言い出すのかこのクリムゾンブレイドは。
「そうであったか。それほどまでに私のことを」
「いやいやいやいや」
「まあ私としては一向にかまいませぬ! 当方、フェイト殿の大ファンゆえ!」
 ありがとうございます。
「というわけで、サインくだされ!」
 何がというわけなのか分からない。というか、
「昨日も書いたのに、また必要なの?」
 イライザが疑問符を浮かべる。隣にいるネルと視線を交わす。
「さっきからフェイト、あんた何を言っているんだい?」
「いや、だから」
「私は昨日はシランドにはおりませんでしたぞ?」
 ──what?
「わんすもあぷりーづ」
「私は昨日はシランドにはおりませんでしたぞ?」
「だって、昨日」
「夢でござろう」
 夢?
「ですが、夢で私が出てきたとなると、それは予知夢なのかもしれませぬな」
 予知夢。
 そんなことが過去にあったわけではないが、もしも本当に予知夢だとしたなら、心当たりがひとつだけある。
「おお、そんなことよりここにサインをひとつ!」
 さらさらと書き上げる。
「それから、ここにアイーダは来ておりませぬか?」
「いや、来てないよ」
「ぬぬう、いつまでもこの仮面ライダー・イライザから逃れられると思うなよ!」
「仮面つけてないし」
「ぐはっ!」
 ああ、これは昨日の流れだ。
「このイライザにトラウマを負わせるとは……さすがはフェイト殿」
「うん、だいたいタイミングと返し方がわかってきた」
「だが、これで勝ったと思うなよ。お前は自らの手で親友を殺したのだ……一生、苦しみ続けるがいい。次期創世王はこの私だ!」
 ああ、ライダーつながりなのか。
「ええと、とりあえずゴルゴムの仕業だって言っておけばいいのかな?」
「おにいちゃんのばかぁっ!」
 突然妹キャラになられても困るし。
 ばたばたばたと出ていくイライザ。ため息をついたところでアイーダが出てきた。
「ありがとうございました、ネル様。それから──」
 アイーダはやおらフェイトの手を取る。
「ちょっと来てください」
「え?」
「いいから、早く」
 そのままアイーダは強引にフェイトを連れ出していく。いったい何がどうなっているのか。というか手を引かれているのが他の師団員たちに見られていて生きるのが辛い。
「さきほど、夢を見たと言いましたね」
「ああ、やっぱりアイーダのせいかい?」
「人聞きの悪い。フェイトさん、あなたは自覚するべきです。あなたはまた何か、別のゴーストを活性化させている可能性があります」
「いや、アイーダと出会う前にはそんなことは一度もなかったよ?」
「とにかく今は、あなたの安全が先です」
 えーと、そこまで逼迫してるんですか。
「光王といい、ヴォックスといい、あなたが目覚めさせたゴーストがどれほど強大だったか、自覚がありますか」
「いやヴォックスは僕のせいじゃないし!」
「とにかくあなたは自分の身に何かが起こっていることを自覚してください」
 それはもうとっくの前から。
「それで、アイーダは僕をどこへ連れていくつもりだい?」
「花壇です」
「花壇?」
「はい。先ほどの話だと、フェイトさんは予知夢を見たということでしたね」
「そうなるのかな」
「それもかなりリアルな。一度も会ったことがないはずのイライザ様の顔が出てくるような」
「よく一度も会ったことがないって分かるね」
「以前話した感じで。イライザ様は見ての通り、人の印象に残ることにかけては天下一品ですから」
 まあ、あれほどのキャラクター性のある人物はそうそういるものではない。
「アイーダとイライザさんは士官学校時代の知り合いだったっけ」
「……ええ、そうですが」
 つないでいた手がぴくりと震えた気がする。
「何かあったの」
「士官学校時代は、イライザ様と、クレセント様と、ファリン……様と私の四人でよく一緒にいました」
「えっ、そうだったの?」
 アイーダとファリンはあまり仲好さそうに見えなかったのだが。
「イライザ様はその頃から私を目の敵にしてました。いえ、私だけではなくてクレセント様もですけど」
「一緒にいたのに目の敵?」
「嫉妬といってもいいかもしれません。イライザ様はファリン……様が大好きですから」
「す、好き?」
「もちろん友人としてです。変な意味でとらえないでください」
「それはアイーダの言い方に問題があると思う」
「とにかく、ファリン……様と一緒にいる私やクレセント様のことが気に入らなかったんです。特にクレセント様でしょうね。ファリン……様はクレセント様のことが大好きですから」
「その、クレセントっていう人はよくわからないけど、なんかファリンさんと今のイライザさんとか、アイーダが一緒にいるっていうのがあまりピンとこないんだよな」
「私だって好きで一緒にいたわけじゃありません」
 勘違いしないでください、というように話す。
「ずっと私が一人でいたところに、ファリン……様とクレセント様がやってきて、そこにイライザ様が割り込んできて、という感じです。私から交友を求めたことなんてありません」
「ところでさ、アイーダ」
「なんでしょう」
「どうして三人のうち、ファリンさんだけ、様をつけるのが遅れるんだい?」
「それはっ」
 少し声を荒らげてアイーダが足を止める。だがそれからしばらく何も言わず、少し震えてから「理由はないです」と落ち着きを取り戻して答えた。
「なんでもなくはなさそうだけど。この前、ファリンさんと一緒にアリアスに行ったときから気になってたことだし」
「本当になんでもありません。それに、もし何かあったとして私がこう言っているのだとしたら、それは話したくないということです。それを強引に暴くのがあなたのやり方ですか」
「強引には暴かないよ。でも教えてほしいとは思ってる。アイーダのことをもっと知りたいから」
「それはセクハラですか。それともパワハラですか」
「むしろパワハラは僕がいつも受けてる気がするんだけど」
 はあ、とため息をついたアイーダがさらに歩いていく。
「こちらです」
 話はそこまでということらしい。アイーダはフェイトを花壇へと連れてきた。
「こんなところに花壇があったんだね」
「知っているのに感心するのはあまりよいことではないですね。まあ、私も場所を知っているだけで来たことはなかったのですが」
 そうしてアイーダはあたりをきょろきょろと見回す。花というよりも、花壇そのものを見ているような感じだ。
 やがて一通り見終わると、花壇の一つに近づいていった。
「フェイトさん、この花がわかりますか」
 いや、初見。
「月の三女神くらい、フェイトさんもご存知でしょう。イリス、エレノア、パルミラ。それぞれの女神を冠した花飾りがあるのもご存知ですか?」
「ああ、知ってるよ。確か、イリスの巫女花、パルミラの千本花、それから、エレノアの花冠だったっけ」
 二つまでは実際に目にしている。花冠だけはうろ覚えだったが。
「はい。実は、他にも女神の名を冠する花飾りがあるのです。姉妹神のシャール、レイリアはご存知ですか」
「名前だけはね」
「彼女たちにちなんだものです。ちなみにこれがレイリアの花です」
 ほのかに紫づいた小さな花だった。スミレのようにも見える。
「一本、いただきましょう」
「え、でも」
「花を手入れしている庭師さんには申し訳ないですが、フェイトさんの命にかかわるかもしれません」
 そう言われては返す言葉もない。
「この花をおもむろに紙にはさみます」
「えーと、押し花?」
「はい。レイリアの押し花。悪夢から身を守ると言われています。」
 つまり、御守りとして持っておけということか。
「押し花は御守りとして寝るときに携帯してください。押し花に使い終わった花は食べてください」
 ……はい?
「食べるの?」
「食べます」
「花を?」
「そうです」
「僕の人生では花をまるごと食べるっていう習慣はこれまでなかったんだけど」
「そうですね。私もありません」
「いやいやいやいや」
「ですが効果はあります。多分」
「確証ないんだ! 僕は実験台なんだ!」
「騒がないでください。仕方がありません、試す機会など今までになかったのですから」
 確かにそうだが、ならどうしてそんな方法が伝わっているというのか。
「効果は明日、確認してみましょう。今日はゆっくりと休んでください」

 ちなみに、その花はすりつぶして料理に混ぜてみたが、異常なまでに苦くて吐くかと思った。



【三日目】

 翌日。
 胃もたれするお腹をかかえながら仕事開始。ネルが心配そうにしてくれた、とりあえず大丈夫とことわって書類のチェックからスタート。程なくしてアイーダが様子を見にやってきた。
「どうでしたか」
 もちろん夢を見たかどうかという話だ。
「何もなかったよ」
「それはよかった。私のおかげですね」
「いや、どうしてそうなるのかがよく分からないんだけど」
「私が対応策を考えたわけですから当然のことだと思います」
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
 そんなやり取りを聞いていたネルが横でくすくすと笑う。
「あんたたち、本当に仲良くなったね」
「ネル様の前で、申し訳ありません」
「なに、私なら何も気にしてないよ。それより──」
 ネルが話をしようとしたところで、大きな音をたてて扉が開く。

「光あるところ、必ず影あり。私はいつも、あなたの後ろにいる。超級戦士イライザ、参上!」

 もちろんやってきたのは【炎】の二級構成員、イライザ・シュテンノ。というか登場台詞がメリーさんの怪談みたいで怖い。
「……とても残念な人が来てしまいました」
「残念な人ってゆーな!」
 どんな意味で言ったのかはあえて触れないでおこう。
「ここにいたか、我が宿敵よ! いつまでも私の包囲網から逃れられると思っていたら大間違いだぞ!」
「ところでフェイトさん、昨日のことなのですが」
「無視するなーっ!」
 超級戦士がアイーダに絡みつく。なるほど、これは単に子供が甘えているだけのようにも見える。
「私の邪魔をしないでくださいと言ったはずですよ、イライザ『様』」
「いやみったらしく『様』ってつけるな! そんな気持ち微塵もないくせにっ!」
「とにかく、邪魔をしないでください。私は大事な話をしている最中なんです」
 冷たい目で睨みつける。イライザは突然、泣き出しそうな表情を見せた。
「あ……」
「あ?」

「あんたなんかにやさしくしてもらいたいなんておもってないんだからねっ!」
 
 叫んでイライザが部屋の外へダッシュで出ていく。いったい何をしにきたんだ。というか今のはツンデレのつもりだろうか。もしそうなら考え直した方がいい。今のは単なる負け惜しみだ。
「騒々しいですね。まったくいつになったら治るのやら」
「アイーダはイライザさんには冷たいんだね」
「別にイライザ様に対して冷たくしているつもりはありません」
 つんとそっぽを向く。どうもこの世代の四人組は何か含むところがある。
「まあ、それはともかくとして昨日のことです。例のレイリアの花のことです」
 言ってからまじまじとフェイトを見る。
「え、何?」
「ここは笑うところです」
「え、なんで?」
「例のレイリアの花……もういいです。やっぱり私には冗談を言う資格がないようです」
 もう一度言われてようやく理解できたが、それでもあまり面白くないしかけられているわけでもないと思う。
「ごめん、やっと分かった」
「冗談が理解されるにはいくばくかの時間と知識が必要です」
「それはもう冗談とは言わないと思う」
「はい。それで、レイリアの花です。庭師の方に聞いてみたのですが、レイリアの花を対を成す花があるのはご存知ですか」
 レイリアと対だから当然。
「シャールの花、ということかな」
「そうです。姉妹神の姉の方ですね。時を司る神レイリアに対して、姉は水を司る神シャール。そのシャールの花が今年、狂い咲きをしているそうです」
「狂い咲き?」
「時期外れに咲く花のことですね。本来秋に咲く花なのに、何を間違えたかこの春に一気に。というかここ数日でいきなり咲き始めたっていうことですから、庭師の方もたいそう驚いていました」
「ここ数日でねえ」
「分かりませんか、フェイトさん」
 ずい、とアイーダが近づく。
「え、何が?」
「少し前に私たちがシランドで何をしたか、です」
「ああ、光王の」
 ネルには既に事情を説明済みだ。話したところで何も問題はない。
「それが原因となっている可能性は大きいです。このシランドは一見、何も変わっていないように見えますけど、先日のことがあってから霊場としてはたった一言『混沌』につきます。今後、怪奇現象は山のように増えてくるでしょう。狂い咲きもそうですし、フェイトさんの夢のこともそうです。それらの事件は何も関係性がないかもしれない。ですが大元は、私たちが光王の霊を還したことが原因です」
「ええと、僕は悪いことをしたのかな」
「いえ。それは単に一つの秩序が崩壊して、次の秩序が出来上がるまでの混乱期と考えていいです。悪いことなど何もありません。ただ、霊たちが騒いでいるのは間違いないことです」
「で、僕はどうすればいいんだい」
「狂い咲きの現場に行ってみようと思います」
 当然、そうなるだろう。もしそこに霊がいたら戦闘になって、自分はまた戦闘に巻き込まれるのだ。だからといってアイーダを一人で行かせるわけにはいかない。
「仕方がないね」
「はい。というわけでネル様、少々フェイトさんをお借りしてもよろしいですか」
「ああ。こきつかってやってくれ」
 じっと黙って話を聞いていたネルだったが、尋ねられると少しの間もなく承認した。
「ところでネル様はどこまで話を知っておられるのですか?」
「あんたとフェイトが倒してきたゴーストの報告は全部もらってるよ」
「そうですか。ゴーストハンターはあまり知られるわけにはいかないのですが」
「ああ、そうフェイトからも聞いている。だから私のところで全部止めている。あんたたちがこの間、城で破壊したものも全部私が処理した。大変だったよ」
「申し訳ありません」
「何、フェイトが減俸になるだけですんだから安いものだよ」
「聞いてないし!」
「冗談だよ。アイーダ、冗談ってのはこういうふうに使うんだ」
「なるほど……勉強になります」
「違うから! 人をいじめてるだけだから!」
 滝の涙を流すフェイトだが、女二人を相手には立場が弱い。
「さて、それでは許可も取れたことですし、参りましょうかフェイトさん」
「もう好きにしてください」
 というわけで、二人はもう一度、宮廷の花壇のところへ行くことになった。
「これかい?」
「そのようですね」
 濃い水色の花びら。五枚の離弁花で、花びらの真ん中に縦に白い筋が通っている。形は桜に近いが、大きさは一枚が手のひらの半分ほどもある。かなり大きな花が密集している。
「なるほど。これは確かに狂い咲きですね」
「秋に咲く花なんだっけ」
「そうらしいですね。私も詳しくは知りませんが、日照量が減った頃から徐々に花が開く多年草の花だったはずです。一つだけ花開くことはあるかもしれませんが、全体的に咲いたのだとしたら、これは何か問題がありますね」
「たまたま日があたらなかったとか」
「庭師が管理していてそれはありえません。季節の花は季節になってから咲くように管理されているのですよ。日照量が少なければ、それこそ施術で光を起こすくらいのことはやってのけます」
「じゃあやっぱり、光王のゴーストのせい?」
「もしその前から咲く素振りがあったというのならそうなのでしょうが、光王がいなくなってから咲き始めたとなると、やはり何か霊が関係している可能性が高いですね」
「光王がいなくなったから、別のゴーストが現れた。ゴーストは熱エネルギーを周りから奪うから、もしもこの辺りにゴーストがいるとすれば……」
「熱ばかりではありませんね。光エネルギーを吸収したのかもしれません」
「ああ、だからシャールの花が咲いたのか」
 この花壇の中に降り注ぐ陽光の二割も吸収したとなれば、花からしてみると明らかな季節変化といえるだろう。
「ここは“霊場”なのかい?」
 霊場とは、ゴーストの現れる場所のことを言う。アイーダは「間違いありません」と答えた。
「というか、昨日来たときに霊場だと分かったので、もう一度庭師の方に話を聞きに行ったのです」
「そうだよねー。意味もなく庭師に話なんか聞かないよねー」
 ぐったりとした感じでフェイトが言う。
「で、ゴーストは出てきそうかい」
「いえ。昨日もそうだったのですが、ここが霊場であることは分かるのですが、まったく気配を感じません。私たちをおそれて隠れているのだと思います」
 へえ、そんなことができるんだ。
「かなりランクの高いゴーストですね。知恵もありそうです。おそらくは四〇から五〇くらいの」
「うわー、光王の半分もあるんだー。いやだねー、いやだよねー」
 何しろランク十は人を殺せるランクだと聞いた。四〇ってどれだけなのかと。
「大丈夫です。それでもヴォックスよりは低いですよ。あれでおそらく七〇くらいではないかと」
 自分がかなり死にそうだったということを改めて実感。
「とにかく、今日はこのあたりで引き上げましょう。これから一応、毎日ここへ顔を出しますが、フェイトさんも必ず同行してください。私一人では手に負えないかもしれません」
「がんばります」
 気合を入れなおして答えた。



【四日目】

 その翌日だった。
「どうでしたか」
 この流れは何となくよめた。
「それはもしかして、夢を見ていたのかどうかっていう話かな」
「もちろんです」
「一つだけ確認したいんだけど、僕が押し花をして食べたのは昨日? それとも一昨日?」
「昨日です。フェイトさんの中では一昨日なのですか?」
「話が早くて助かるよ」
 便宜上、今日を【四日目】としておこう。そうしたら僕が押し花を食べたのは【二日目】だ。
「それではフェイトさんの中では今日はどのような日ですか?」
「これからまずここに──」
 直後、大きな音をたてて扉が開く。

「宇宙にきらめく流れ星、マジカルジェットで敵を撃つ。魔法の国からこの星のために落ちて流れてこんにちは。星くずういっちイライザ! 華麗に推参!」

 今度は【星くずういっち】とやらになってしまいました。めーるめるめるめるめるめるめーって掛け声でもかければいいんだろうか。隣でアイーダが大きなため息をつく。
「……とても残念な人が来てしまいました」
「残念な人ってゆーな!」
 盛大にため息をつくアイーダと、それにたいして感情をあらわにして食いかかるイライザ。
「だがしかし! 我が宿敵(とも)よ! この私に見つかったが最後、積年の恨みをここで晴らしてくれるわ!」
「ところでフェイトさん、昨日のことなのですが」
「華麗にスルー!?」
 星くずういっちが盛大にこける。どことなく微妙に昨日とは違う。
「私の邪魔をしないでくださいと言ったはずですよ、イライザ『様』」
「そんな『様』だなんて……私とアイーダの仲じゃないのよ」
 うふん、とかわいこぶるイライザ。
「気持ち悪いからやめてください。私は大事な話をしている最中なので、邪魔をしないようにお願いします」
「ば……」
「ば?」

「ばかばかばかばかっ! アイーダなんかもうしらないんだからねっ!」

 そしてまた脱兎のごとく駆け出していくイライザ……細かい台詞は違うのだが、展開はまったく同じ。いったいどうなっているのか。
「騒々しいですね。まったくいつになったら治るのやら」
「でもアイーダは、イライザさんのことが嫌いじゃないんだよね」
 前回とは違う話をふってみる。
「どうしてそうなるんですか」
「確かにイライザさんに対して冷たい感じはするんだけど、アイーダの雰囲気がいつもと違ってリラックスしてる感じがしたから」
「あのキャラクターを前にすれば、誰だってそうなります」
 つんとそっぽを向く。今度、ゆっくりとこの四人の話を聞いてみたいところだ。最後の一人、クレセントという人物にも是非会ってみたい。
「ところで」
「例のレイリアの花のことだよね。というよりシャールの花の方かい?」
 アイーダはそれを聞いてため息をついた。
「また予知夢ですか」
「そうみたいだ。今のやりとりも昨日実際にあったことだよ」
「フェイトさんにとっては昨日のことかもしれませんが、私にとっては今日の出来事です」
「たしかにそうだろうけど、僕にとっては一度経験していることだから」
「それからフェイトさん」
「何だい?」
「その冗談、面白くありません」
「先に考えていた人間に言われたくない!」
 アイーダは少しだけ顔を赤らめた。彼女としてはちょっとした反抗だったのだろう。
「昨日の私はどんな話をしましたか」
「花壇に植えられている多年草のシャールの花が狂い咲きをしているっていうから見に行った。そこが“霊場”だっていうのも聞いた」
「ゴーストは出たんですか」
「出てない。ゴーストは隠れているって昨日は言ってたよ。ランクは四〇から五〇くらいって言ってた」
「そうですか。倒せない相手ではないのですが、私一人では荷が重いですね」
 困ったように首をかしげる。
「いずれにしても今の私が見なければわかりません。おつきあい願えますか」
「もちろん。ネル、ちょっとはずすよ」
 ご自由に、という返事があってフェイトはアイーダと共に花壇へ向かう。
 到着するなりアイーダはあたりをきょろきょろと見回す。この動作は一昨日、というと混乱するのでフェイトにとっての二日目のときもやっていた。
「ああ、そういうことだったのか」
「なんでしょう」
「今見ていたのは、この場所の確認なんだね。“霊場”としての花壇、さらにはゴーストがいないかどうか」
「よくわかりましたね」
「アイーダの動作には意味があるんだね。覚えておかないと」
「けっこう無駄な動きもありますが」
「いや、よく考えて動いてると思うよ。周りに無駄に見えるように意図して動いているだろう」
「買いかぶりです」
「アイーダは本当に褒められるのに慣れてないなあ」
「仕方ありません。そんな経験がありませんから」
 少しむくれた様子だが、もしかするとそれは照れ隠しなのかもしれない。
「それで、どんな感じだい?」
「確かにかなりランクは高そうですね。知恵もありそうです。私たちをおそれて隠れているのもわかります。しかし、腑に落ちないことがあります」
「それは?」
「もし日照量が原因だというのなら、他にも狂い咲きの花があってもおかしくないように思います」
 なるほど、それは一理ある。
「じゃあ、この花だけが特別っていうことかな」
「そうでなければ説明がつきません」
「花に問題があるのかな。それともここにいるゴースト?」
「あるいはその両方」
 だが、ここであれこれ話していても分からないものは分からない。というわけでアイーダはその花を一輪抜いて、また持ち帰ることにした。
「これを調べてみようと思います。むしろこちらの方が問題かもしれません」
「了解」
「ところでフェイトさん。一つだけうかがってもいいですか」
「なんだい」
「レイリアの花。昨日は食べたんですか」
 まさか。食べたのは一昨日。
「食べておいてください。ゴーストの仕業だとしたら、フェイトさんの命に関わる可能性だってあるのですから」
「おいしくないんだよなあ、それ」
「そんなことを言っている場合ですか」
 食え、と無表情で花を突き出してくるアイーダ。しぶしぶフェイトは手にとる。
「きっと明日はまた胃が荒れそうだ」
「胃腸薬を準備しておいてくださいね」
「他人事だと思って」
「他人事なんかじゃありません。フェイトさんのことですから」
 あれ、と思ってアイーダを見る。その顔が真っ赤に染まっている。
「失礼します」
 早足になって花壇を出ていった。いや、出ていこうとして扉にぶつかった。
(なんだ、照れてるのか)
 慣れないことを言って、困ってしまったのは自分の方だったらしい。案外、かわいいところのある相手だった。



【五日目】

 胃は最悪だったが、日は無事にまたいだらしい。
 一日目と三日目が夢だったと片付けるならば、二日目、四日目と毎日順調にあの花を食べているわけだから、胃の調子が良くなるはずもない。
「どうしたフェイト、ぼろぼろじゃないか」
 執務室で待っていたネルはフェイトに向かって言った。というか、ネルがその手に持っているものを見て何とも反応できなかった。
「ネル、なんだい、その、手に持ってるやつ」
「ああ、これ?」
 妙な杖。杖の先にはハート型の何かがついている。
「これは、杖だよ。イライザの持ってきた魔女っ娘の証だとさ」
「それをどうしてネルが持っているのかが問題なんだけど」
「さあ。イライザが私に『ネル様もこういう洗練されたものを持っ──」
 とネルが話している最中にまた大きな音を立てて扉が開いた。

「美少女戦士イライザ! 三つの月に変わっておしおきよ!」

 扉の向こうから中のこちらに向かって決めポーズ。痛い。かなり痛い。
「そんな登場で大丈夫か」
「問題ありません! 大丈夫です! とうっ!」
 その掛け声でジャンプするのではなく、走って入ってくるイライザ。
「ちなみにイライザの名乗り口上ってどれくらいあるの?」
「聞いて驚くなかれ! 私の登場シーンは百八式まであるぞ!」
 どこのテニスプレイヤーだそれは。
「それにしても今日も仲よさそうですな!」
「それはどうも。アンタも毎日ここに来て、何の用なんだい?」
「私はアイーダに用事がありまして。昨日はうまくはぐらかされましたが、今日こそは!」
「いや、あれは自分から出ていっただけだよね」
「ぐほぉっ!」
 ボディブローをくらったような動きを見せて、それからゆっくり、その場に倒れる。
「ささやき……いのり……えいしょう……ねんじろ!──アイーダ、復活!」
「いやもうネタはいいですから。というかその流れは普通灰になるところ」
「灰になったら元に戻らないじゃないですか! まったくフェイト殿は面白い方ですな!」
 いや、面白いのはどうみてもイライザ。
「残念だったね。今日は本当にアイーダは来てないよ」
「そのようですな! まったくアイーダのやつ、どこをほっつき歩いておるのやら!」
「ところで、これなんだけどさ」
 ずい、とネルは魔法のステッキをイライザに返そうとする。
「さすがに押し付けられても困るから、戻しておくよ」
「いやいや! それはネル殿に差し上げたもの。ずずいと受け取っていただければ!」
「いや、こんなものをもらっても困るから」
「ふむ!? これでは不満とおっしゃられるか。では、これでいかがであろうか!」
 イライザが指を鳴らす。とたん、そのステッキから煙が出て、その煙が晴れるころにはなんとそのステッキは花束に変わっていた。見事な手品だった。
「イライザ、今のは──」
「よし分かった説明しよう。これは花だ。神が創り出した知恵の一つ、いや、植物か。人類が決してたどり着くことのできない神の叡智として、神が人間に与えたものだ。昔、神々がまだこの大地にいたときにな……あのときはほんと、参ったよ」
「誰だお前、何歳だ今」
「さ、まずは広げてみるか」
 と、おもむろにイライザは花の一つに触れる。
「見てのとおり、美しい色彩だろ?」
 そこでようやく気づいた。この、青い花弁に白い筋が通っている。これは──
「【シャールの花束】か。まさかこんな季節にもらえるなんて、思ってもみなかったよ」
 ネルがとてもいとおしげにその花束を見る。
「何かご利益のあるものなのかい?」
「それはもう! シャールの花束といえば、結婚式のブーケにも使われるもので、これを送るというのは最高の賛辞といわれるものですからな!」
「へえ、初耳」
「秋口になるとあちこちで咲き始めるからね。結婚をしたいと思う女性はみんな集めてこうやって花束にするのさ。また、結婚することだけじゃない。水を司るシャールの花ということで、この花束には清らかなイメージがある。女性にとっての幸せの象徴ともいえるものさ」
「じゃあ今度、僕もネルに送るよ」
「もしそんなことをしたら、お前とは絶交だ」
「なんで!?」
「男性が女性に送るのは、婚約を申し込むのと同義だ。お前、そんなつもりないだろう?」
 顔が真っ赤に染まった。当然、今の自分にとって一番気になる相手はネルではない。
「だったら、女性が女性に送るのは?」
「それはもちろん、求愛行動に他なりませぬ! つまりそれは、私がネル様を──」
「っていうのは真っ赤な嘘で、相手の幸せを心から願うという意味なんだよ。これをもらって喜ばない女性は、シーハーツにはいないよ」
(地球でいうバラの花束みたいなものかな)
 すっかりネルが幸せになったところでイライザは「それでは私はこの辺で!」と立ち去る。
「あ、イライザ。一つだけ」
 ネルが呼び止めると、くるりとアイーダが振り返る。
「なんでござろう!」
「花束のお礼に。さっき、アイーダを花壇のところで見かけたよ」
「感謝御礼!」
 ダッシュでイライザが部屋を出ていく。やれやれ、とため息をつく。
「やっぱりあの子が帰ってくると、シランドもにぎやかだね」
「今までは【炎】だったから、アリアス?」
「だったらアリアスがにぎやかになってるだろ。いろいろあって辺境に飛ばされてたんだよ。ま、ルージュが怒りたくなる気持ちも分かるけどね」
 怒る、ということは左遷ということか。だがそれでも帰ってくることができたということは、よほど有能な人物ということなのだろう。
「なんだい、今度はイライザに興味があるのかい?」
「いや、さすがに彼女とうまくやっていく自信はないよ」
「だろうね。おそらくあの子とやっていけるのは、同じ趣味の持ち主だけだろうさ」
 と、そこへ別の来客があった。今度はアイーダだった。
「あれ、花壇じゃなかったの?」
「よくご存知ですね、フェイトさん」
「ネルから聞いたよ。ついさっきイライザも向かったんだけど」
「……何か私に含むところでもあるんですか」
 白目でにらんでくる。そこまで怒ることもないだろうに。
「すまないね。話したのは私の方だよ。プレゼントをもらったからね」
 と、手に持っていたシャールの花束を見せる。
「大量になくなっていたと思ったら、こんなところにあったのですか。イライザがこれを?」
「ああ。ま、もらって悪い気のするものでもないからね。しばらく飾っておくよ」
「大変申し訳ないのですが、もしよければ譲っていただけますか」
 真剣な表情でアイーダがネルを見つめる。
「ん、別に問題はないけどね」
 ネルのこと、別に自分のものを人に渡したくないとか、そういうことではないだろう。おそらくは人からもらったものを他人に渡すことに不義理を感じているのに違いない。
「いけませんか」
「いや、どうしてもっていうのならかまわないよ。アイーダもこういうのをほしがるんだね」
「ええ」
 アイーダはそっとその花束を手にする。
「フェイトさん」
「なんだい」
「ちょっと用事があるのですが、来ていただけますか」
 フェイトは、もちろん、と言いかけて頭の中で危険信号が鳴るのを感じた。

 アイーダと一緒に行く⇒シャールの花束を贈ったのが自分だと周りから勘違いされる

(いや、別にかまわないけど……さらし者になるのはちょっとなあ)
 どうしたものかと考える。別にアイーダとの仲を勘違いされて困ることは何もないのだが、それでも見世物になるのはあまり楽しいことではない。
「ええと、現地集合では──」
「ナメてますか」
「──だめですよね、はい」
 まあ、それについてはあきらめることにしよう。
「で、どこに行くんだい」
「昨日、城内を歩き回って気づいたのですが、ゴーストの動きが活発化しているところがあるんです。花壇とは別に。そこに行ってみようかと」
「はいはい。どこへなりとも、お姫様」
 するとアイーダがまたにらんでくる。
「そういう冗談は好きではありません」
「ごめん。でも、その花束を持っているアイーダと一緒に歩く僕の立場も分かってくれると嬉しい」
 アイーダは手元の花を見る。なるほど、とうなずいた。
「フェイトさんは、私との仲を誤解されるのが、そんなにも嫌なんですね」
「いやいやいやいや」
 普段はそっけなくしているくせに、たまにこういう態度をとるから本当にやりづらい。この小悪魔め。
「フェイトをいじめるのもその程度にしておきなよ、アイーダ」
 ネルが楽しそうに言う。
「はい、すみません」
「ネルの言うことなら素直に聞くんだもんなあ」
「上司ですし、シーハーツ軍の仲で数少ない尊敬できる相手だと思っていますから」
「嬉しい評価だね」
「それではいきましょう」
 そうして部屋を出る。時折すれ違う人が、みんなこちらを見ていく。そりゃそうだろう。シャールの花束を持っている女性と、一緒に歩く男性。どう考えてもプロポーズ直後。
(ごめん、ギブ)
 フェイトは胃が痛くなるのを感じた。精神的に苦痛を伴いながら、やがて目的地に到着する。
「ここです……が、フェイトさん、ずいぶんとやつれてますね。大丈夫ですか」
「一番いい薬を頼む」
「神は言っています。さっさと働け、と」
「鬼」
「とにかく入ってください」
 アイーダが先に入り、後からフェイトが入る──が、その直前で気づいた。
「この部屋」
 もちろん、忘れるはずがない。この部屋は──
「ディオンの部屋じゃないか」
「ディオン?」
 知らない名前だというふうに、アイーダが首をかしげる。
「アーリグリフ戦役のときに亡くなった技術者だよ。僕とは仲がよかった」
「そうでしたか。ここで?」
 亡くなった場所を尋ねているのだろう。
「ああ。それに、彼の婚約者も」
「そうですか」
 アイーダは部屋の中を見回す。きれいに整理整頓されている部屋。あれからこの部屋はずっとそのままで保存されていた。
「害を成そうとは思っていません。もしよければ、出てきていただけますか」
 ベッドの方を向いてアイーダが言う。その傍らに、一体のゴーストが具現化した。
(まさか)
 フェイトの心臓が早鐘を打つ。
(まさかまさかまさか)
 二人の魂が、まだこの場にいるというのか。
 かつて亡くなった二人が、ここに。
 ゆらり、とゆらめいたのは単なる人魂。それを見て、フェイトとしてはある意味ほっとした。もし彼らの姿がそのまま現れたのなら、自分は取り乱していたかもしれない。
「そうですか。それが心残りなんですね」
 人魂は青く、ときに緑に色を変化させながらゆらめく。
「分かりました。お任せください。フェイトさんが見えますよね? あなたたちのために、必ず果たしてみせます」
 いったい何を話しているのか分からない。
「アイーダ。ここにいるのは──」
「はい。アミーナさんです」
 ああ、やはり。
 それこそ面影などまったく何もない。だが、そこにアミーナがいる。あのやさしかった少女が。
「アミーナ」
 その彼女に向かって声をかける。
「アミーナの心残り、必ず僕が何とかしてみせるよ」
 すると、人魂は黄色に変わってそのまま消えた。
「浄霊したのかい?」
「いいえ。問題が解決するまで、姿を隠しているだけです。行きましょう、フェイトさん。やることが増えましたよ」
「ああ」
 二人の間でどんな会話がされたのかまったく分からないが、それでもアミーナがここにいて、何かのメッセージを受け取ったことには違いない。
「話の内容を教えてくれるかい?」
「はい。フェイトさんに聞けば分かるとおっしゃってましたが、パルミラの千本花、覚えてらっしゃいますか?」
「ああ。ディオンもアミーナも集めていたはずだ」
「足りなかったそうです」
「は?」
「二人あわせて九九九個。あと一つ足りなかったことが心残りなのだそうです」
「なるほど。それをあと一つ、集めてほしいというわけか」
「はい。今までは光王のゴーストのため活動できなかったのですが、ようやく動き回れるようになったと」
「アミーナが集めようとしているの?」
「いいえ。ディオンさんの方だそうです」
「なるほど。じゃあ、とにかくパルミラを集めればいいわけか」
「そうなんですけど、問題があって、今はまだパルミラの季節じゃないんです。秋から冬にかけての花ですから」
「そういえばアーリグリフ戦役は冬だったね。アミーナもパルミラを集めてたよ」
 いや、ちょっと待て。
 今の話を総合すると、どういうことになる?
「もしかして」
「はい」
「花壇で狂い咲きの花が出た原因ってもしかして──」
「もしかしなくてもディオンさんです」

 そいつはまいった。

「で、アイーダはどうするつもりだい」
「どうもこうもありません。説得してやめていただけるのなら、それが一番です。でも、おそらくディオンさんの執念はただごとではないでしょう」
「たった一本のパルミラの花を集めるために、花壇そのものの季節感をぶちこわしていくわけか」
「花壇のごく一部です。シャールの花と一緒の花壇にパルミラも少しですが植えられていました」
「つまり、一つの花壇の季節を丸ごとずらしていって、冬前に咲くパルミラよりも、中秋に咲くシャールの花の方が先に咲いたということ?」
「説明が上手ですね」
 だから花壇のところで出てこようとしなかったのか。迷惑をかけているのが分かっていたから。それでもやりとげなければいけないから。
「どこかでパルミラが狂い咲きしてないかな」
「無理でしょうね。もし近辺で見つかっているなら、ディオンさんがとっくに見つけていると思います」
「どこかでこの季節まで保存しているとか」
「パルミラ一本だけですか? そんな酔狂な人がいるとは思えません」
「じゃあもう、パルミラが咲くまでとりあえず待つ?」
「その方法がないわけでもないですが……」
 別にディオンが誰かに迷惑をかけているわけではない。庭師が花壇一つ分だけ困る程度の問題だ。さすがの女王も、花壇の世話一つ失敗した程度で王宮庭師をクビにしたりはしないだろう。
「放置しておいて問題がなければいいのですが、必ずしもそうとは限りません」
「というと?」
「ディオンさんが人間に迷惑をかけないうちはいいですが、もし悪霊にでもなったらどうしますか。あの花壇にいたゴーストなら、軽く何十人と殺すことが可能でしょう」
「だからといって除霊するなんて考えてないよね」
「もちろんです。もしそうしたら間違いなく戦いになりますね。布都御霊のないフェイトさんではかなわないでしょう」
「ていうか、ディオンに剣を向けるなんて絶対嫌だよ」
「当然ですね。私はディオンさんのことを知りませんが、フェイトさんの友人を相手にしたいとは思いません」
「なら、どうする?」
「どうしましょうか」
 手詰まりになった。フェイトもアイーダも、これ以上の考えが思い浮かばない。
「それに、フェイトさんの体の問題もあります」
「僕の体?」
「予知夢のことです。自分のことなんだから少しは気をつかってください」
 ディオンのアミーナのことですっかりと忘れていた。
「今日もきちんと花を食べてくださいね」
「あれ、本当においしくないんですけど」
「そうですか。ご愁傷様です」
 フェイトは泣きたくなった。



【六日目】

 やはり胃は最悪だったが、日を無事にまたいだようだ。
 問題はこれが実際には何日目なのかということだ。その結果が知りたいということもあり、フェイトはさっそくネルの部屋へと向かう。
「どうしたフェイト、ぼろぼろじゃないか」
「騙された」
 がっくりとフェイトは膝をつく。今のセリフは昨日のセリフとまったく同じ。ということは、花を食べても結局、同じ一日をもう一回繰り返すことは変わりがないということだ。
「それで、そのステッキはイライザが持ってきたのかい?」
「ん? ああ、魔女っ娘の証なんだとさ」
「ネルが魔女っ娘になるのかい?」
「まさか」
 という会話のあとで、大きな音を立てて扉が開く。
「陽の光浴びる、一輪の花! キュア・イライザ!」
 今度はそっち方面か。それにしても毎回本当にいろいろなバリエーションがあるものだ。
「それにしても、いつも仲よさそうですな!」
「それはどうも。アンタも毎日ここに来て、何の用なんだい?」
「私はアイーダに用事がありまして。昨日はうまくはぐらかされましたが、今日こそは!」
「残念だったね。今日は本当にアイーダは来てないよ」
「そのようですな!」
 この辺りは昨日とまったく同じやりとり。さて、自分がここにどうやって口を挟めば昨日と違う展開になるのだろうか。
「ところで、これなんだけどさ」
「ストップ」
 と、フェイトはそのステッキを取り上げる。それをじっと見て、逆さにしてみたりいろいろ調べてみる。だが、何の変哲もないステッキだった。
「おや、フェイト殿は魔女っ娘の持つステッキに興味がおありかな!?」
「魔女っ娘は興味ないけど、このステッキがどうやって花束に変わるのかには興味があるよ」
「花束?」
 ネルが顔をしかめる。言っている意味が分からないということなのだろう。
「フェイト殿は何やら、本来知らないはずのことを知っているみたいですな! ささ、どうぞネル様、このステッキを手に持ってくだされ! そしておもむろに、ワン、トゥ、スリィ、素敵なステーッキ!」
 指を鳴らすとステッキから煙が出て、ネルが持っていたステッキがシャールの花束に変わる。
「シャールの花束だね」
「おお、フェイト殿はよくご存知だ! いかにもいかにも、これはシャールの花束! 一瞬で見分けるとは、フェイト殿もシーハーツの風習によく馴染んでおられる!」
「秋口になると咲き始める花のはずだけど、今年は狂い咲きみたいだね」
「いかにもいかにも! せっかくなのでごっそりといただいてまいりました!」
「花壇から?」
「庭師の方に無理を言いました!」
 そりゃそうだろう。花壇は観賞するものであって、摘むものではない。
「それにしても、そんなものをもらってもいいものなのかな」
「私の愛の証ですので、ぜひずずいとお納めくださいませ!」
「愛はいらないけど、花束はもらっておこうか。あとで飾っておくよ」
「ちょっといいかな」
 そこでフェイトが割り込みをかける。
「なんでござろう?」
「うん。イライザさんはどうしてシャールの花束を作って、それをネルに贈ろうと思ったんだい?」
「敬愛するクリムゾンブレイド殿に差し上げただけですが?」
「だからって、狂い咲きした花壇の花をプレゼントしようって思ったの?」
「それはもう! ネル殿にぴったりと思いまして!」
 そうだろうか。ネルに青い花、そんなに似合うとは思えない。もちろんその花束の意味はよく分かっている。ネルだってもらって嬉しくないはずがない。
 このイライザの行動は、まるで納得できるものではない。
「では、それだけでしたらこれにて!」
「ああ、アイーダならさっき、花壇のところで見かけたよ」
 ネルが言う。「感謝御礼!」と叫んで、イライザは飛び出していった。
(結局昨日と似た展開になってるんだな)
 どうしてこういう流れになるのかは自分にはわからない。展開が若干異なるのは、自分が前の日の記憶があるからだろう。
「やっぱりあの子が帰ってくると、シランドもにぎやかだね」
「辺境に左遷されてたんだっけ」
「左遷ってほどじゃないけどね。ま、師団長と喧嘩したのはまずかったね」
 ネルが苦笑しながら言う。イライザのことだし、どうやら面白い事件でもあったのだろう。
「それにしても、イライザのこと、ずいぶんと詳しいんだね」
「ま、いろいろと話を聞いたから」
「ふうん。興味でもあるのかい?」
「今はアイーダで手一杯かな」
「おやおや、ごちそうさま」
 ネルが苦笑する。そこへ昨日と同じようにアイーダが到着した。
「おっと、噂をすれば影だ。フェイト、あんたのお姫様だよ」
「なんですか、その『お姫様』というのは」
 やってきた途端にアイーダは不機嫌そうな目でネルを見る。
「なに、フェイトがアンタのことを熱く語ってたからさ」
「そうですか。あとで反省会ですね」
「何の!?」
「それより、さっきイライザが花壇の方に向かったけど、会わなかったのかい?」
「イライザ様が? いえ、お会いしていませんが。すれ違いでしょうか」
「そうか。つくづくあの子もアンタに縁がないね」
「そんなに縁があっても困ります」
 はあ、とアイーダがため息をつく。
「それよりアイーダ、確認があるんだ」
「なんでしょう」
「昨日から活発化しているゴーストがいないかい?」
 先手を打って尋ねてみる。すると「驚きました」とまったく驚いていない表情で答が帰ってくる。
「フェイトさんもゴーストを感じたのですか?」
「いや、アイーダなら今の僕の現状をわかってくれてると思ったんだけど」
 するとアイーダが「ああ」と思い出したように言う。
「フェイトさんにとっての『昨日』、それを知ったわけですね?」
「そういうこと。で、そこにいるゴーストの心残りも聞いてるよ」
「何でしたか?」
「パルミラの千本花。この城で亡くなった恋人たちが、二人であわせて九九九個までつないでいたんだけど、最後の一個が見つかる前に二人とも亡くなってしまったんだ」
「なるほど、それは心残りも激しいですね」
「パルミラは初冬の花だから、どうすればいいかって昨日は悩んでた」
「ちょっと待っておくれよ」
 二人の会話になっていたところにネルが割り込んでくる。
「その話は聞き覚えがあるんだけど、もしかしてディオンとアミーナのことかい?」
「ディオン? アミーナ?」
 初耳という感じでアイーダが尋ねる。フェイトは二人のことを簡単にアイーダに説明した。
「なるほど。フェイトさんのご友人たちですか。それで花壇の狂い咲きの原因が男性の方のゴーストなわけですね」
「そうらしい。アミーナは今もその部屋にずっといるみたいだから」
「となると問題はパルミラを一輪集めることができるかどうかということですね」
「一輪くらいなら手に入るんじゃないかい?」
 ネルがもう一度口をはさむ。
「どうやって?」
「持ってる人に譲ってもらえばいいだろ。シーハーツでどれだけの人数がパルミラを集めてると思ってるんだい。保存してあるパルミラなんて探せばいくらでも出てくるだろ。たった一輪くらいなら譲ってくれる人がいてもいい」
 なるほど、確かに。
「城内にゴーストがいるのならてっとり早く解決してしまおう。まずはこの城にいる師団員全員に声をかけてみるよ」
「でも」
「こういうのは上が一声かけるのが一番手っ取り早いもんさ。安心して待ってな」
 こういうときのネルは本当に頼りになる。ありがとう、とフェイトは頭を下げた。
「では今日のうちに私はアミーナさんに会ってこようと思います」
「それは僕も同行しろってことだよね」
「当然です。フェイトさんがいなければゴーストが具現化してくれませんから」
 はいはい、とフェイトは手を挙げる。
「それじゃ行こうか」
 先にネルの部屋を出る。アイーダは首をかしげてその後ろについてきた。
「フェイトさん、何か急いでいませんか?」
「いや、そんなことはないけど」
「そんなことはあります。何か都合の悪いことでもありましたか」
 ある。おおいにある。もしこのままネルの部屋にとどまっていたならば、あのシャールの花束をアイーダが持ち歩くことになってしまう。そうしたらまた自分はさらし者だ。
 そうして二人はディオンの部屋にやってくる。中に入るとやがてゴーストが現れ、アミーナとアイーダとが会話をする。
「アミーナ。君の心残りは必ず解決してみせるよ」
 最後にフェイトがそう言うと、ゴーストは再び消えていった。
「おおむね、フェイトさんの言った通りでした」
 アイーダが首をかしげる。
「便利な能力ですね、予知夢というのは」
「でもどうして予知夢を見るのかは分からないままだよ。昨日だってレイリアの花を食べたのに、結局予知夢扱いになった」
「そうでしたか。案外アテにならないものですね」
「うわ、あっさり」
「私は私でフェイトさんによかれと思って勧めただけですから。効果のほどを確かめていたわけではありませんし」
「ですよねー」
「それよりディオンさんにも会っておきたいと思います。花壇へ来ていただけますか」
 おや、これは昨日はなかった展開だ。
「OK、ここまできたら何でもつきあうよ」
 そうして花壇へ移動。シャールの花がたくさん植えられていた花壇が少々残念なことになっている。きっと残念な人の仕業だろう。
「どうだい?」
「やはりフェイトさんが来ると、霊がざわめきますね」
 アイーダはその花壇に向かって話しかけた。
「ディオンさん。出てきてください」
 ゆらり、と空気が少し揺らいだ気がする。
「ご友人のフェイトさんを覚えてますよね。フェイトさんが必ずパルミラの花を持ってきてくださいます。ですから、この花壇の季節を狂わせるのはやめていただけませんか」
 突如、まわりの空気が一気に寒くなった気がした。いや、気のせいではない。
「どうしたの、アイーダ」
「失敗しました」
「何が?」
「ディオンさんが実体化します。戦いになりますよ」

 ……。

「は!?」
「戦いになりますよ。聞こえませんでしたか」
「なんでどうしてWHY!?」
「パルミラを集めるのを邪魔していると思われたようです。心外ですが」
「いやいやいやいやっ!」
 だがそんな軽口をかわしている間にもゴーストは一気に実体化していく。
 その姿は人型。だがディオンの面影はない。
「追い払いますよ、フェイトさん」
「でも、ディオンなんだよね!?」
「ええ。ですが、このままではこの花壇どころか、人間にまで危害が出てしまいます」
「だからって」
「いずれにしても、ディオンさんは私たちを逃がすつもりはないようです」
 ゴーストが近づいてくる。確かにこのままでは危険なのはよくわかる。
「やるしかないのか」
「そう言っています」
 アイーダはいつものように力を放出する。髪が伸び、目が紫に輝く。
「『縛』!」
 ゴーストのまわりを黄金色の光が取り囲み、その動きを封じる。だが、ガラスの砕ける音と同時にその封印の光が砕け散った。
「さすがにランクの高いゴーストは一味違いますね」
「冷静に言ってる場合じゃないよ!」
「食い止めてください。何とかします」
「食い止めるって」
 相手はディオンなのに。とはいえ、確かにこのままにしておくわけにもいかない。
「ディバインウェポン!」
 とにかく武器を構築。するとその武器にひるんだのか、ディオンの動きが止まる。
「ディオン、大丈夫だ。必ず僕がパルミラを持ってくるから」
 だが、その言葉で逆に覚悟が決まったのか、速度を上げてフェイトにせまる。
「このわからずやっ!」
 剣を振って威嚇する。だが、こちらに攻撃意思がないのをわかっているのか、そんな剣などないかのように近づく。
「駄目です、フェイトさん!」
 ゴーストから伸びる手がフェイトの体に一瞬触れる。

「──!」

 今までに感じたことがない衝撃と脱力感。体中に電撃が走って痺れ、さらには生気を奪われたかのような感じがした。
 まだ何もしていないのに、肩で呼吸をしている。
「なんだよ、今の」
「ゴーストの通常攻撃手段です。エナジードレインといって、相手の生命力を奪います。何度も触れられていると死にますよ」
 いや、そんなことをさらりと言われても。
「じゃあどうすればいいんだよ。ディオンを除霊するなんて嫌だ」
「だからといって自分たちが殺されていい理由にはなりません」
「だったら倒せっていうのかよ、ディオンを!」
 そう言っている間にもディオンが近づいてくる。今度は触れられないように距離を保って攻撃を回避。瞬間的にスピードが上がることはあっても、それが持続することはないようだった。
「こうなってしまってはもう勝負をつけるしかありません。こっちが倒れるか、向こうが消えるかです。引き金になってしまったことなら後でいくらでも責められます。ですが、あなたが死んでしまっては何にもならないではないですか!」
 叱咤。確かにアイーダの言いたいことは分かる。だがそれでも、友人に剣を向けることはできない。
「相手を倒すことができないなら、相手を説得すればいいじゃない」
 と、突然声が聞こえた。そのゴーストにどこからか飛んできたナイフが刺さる。実体化したゴーストにナイフが刺さるのを見るのはこれが二回目だ。
「どうして、あなたが」
 アイーダの紫の瞳が信じられないように相手を見つめている。

「シンケンレッド、イライザ・シュテンノ! 天下無双の侍戦隊、シンケンジャー! 参る!」

 ついにそこにきたか、と別の意味で脱力する。というか一人なのに戦隊って。
「むむっ、フェイト殿は宇宙刑事シリーズの方がよかったですか?」
「そういう問題じゃないから! っていうか、イライザさんはどうしてこの状況に普通に馴染んでるの!?」
「細かい話は後にいたしましょう! まずはこのゴーストを退治することが先!」
 するとイライザは一枚の紙を取り出した。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
 イライザは何やら唱えて、その紙をナイフで刺すとそのままゴーストに投げつけた。直後、ゴーストの体から青白い炎が上がる。
「な、まさか、陰陽道、ですか」
 アイーダが信じられないものを見たという様子で言う。
「ほら、アイーダ! ぼさぼさしてないで、追撃!」
「あ、は、はい!」
 我に返ったアイーダが集中力を高める。そして──
「『去ね』!」
 その言葉にゴーストが花壇の向こう側まで吹き飛ばされる。
「ちょ、アイーダっ! どうして本気でやらないの!?」
「本気でした」
「だって、その技じゃ」
「そのゴーストはフェイトさんの友人です。滅ぼすわけにはいきません」
 毅然として答えた。つまり、滅ぼすのではなく、一度この場から立ち去らせようとしたということか。
「アイーダ」
「勘違いしないでください。知り合いを除霊したら寝覚めが悪くなりますから、そうしたくなかっただけです」
「いや、ありがとう」
 そしてフェイトは剣を構えてゴーストに向き合う。
「でも、決着は僕がつけるよ」
 そしてそのゴーストが再び近づくのを待つ。

 スピードが上がる。自分に向かって手が伸びてくる。

 だが、その攻撃をフェイトは見切る。そして懐に入る。

「ヴァーティカル!」

 ゴーストを上空に切り上げる。

「エアレイド!」

 さらに浮き上がったゴーストを剣で地面にたたきつけた。

「すごい」
 アイーダが目を丸くする。
「ほわー、フェイトさんってすごいのですね!」
 イライザも同じように驚く。
「いや、まだだ」
 ゴーストがさらに立ち上がってくる。さすがにランクの高いゴーストは簡単には滅びない。
「どうすればいい、アイーダ」
 アイーダは目を細める。
「フェイトさん。もしものときは──」
「ああ、わかってる」
 ここまできて、覚悟を決めないわけにはいかない。
 アイーダはうなずくと、さらに集中力を高めた。
 そして、魔法が発動する──

「どうやら、間に合ったようだね」

 が、その技が発動する前にもう一人の来客があった。
「ネル!」
「ふうん、それがゴーストかい。実際に見るのは初めてだけど、あまり怖くないもんだね」
 平然としている。さすがにこれまでいくつもの戦いをくぐりぬけてきた戦士だけのことはある。
「ほら、パルミラの花だよ。ディオン、アンタがほしがってたやつさ」
 ゆらり、とゴーストがゆらめく。その口が、動く。

(ぱ、る……み……ら……)

 確かに聞こえた。
 ディオンの声だ。フェイトにもはっきりと聞こえた。
 その手がそろそろと伸びる。ネルは身動ぎもせず、その花をディオンに差し出す。
 そして、ディオンがその花を手にした。

(これ、で……)

 浄霊の光がディオンを包む。そしてゴーストが徐々に光の中に消える。
「ディオン。今度こそ」
 安らかに。
 そう言おうとしたが、何を言いたいのか伝わったのだろう。
 ゴーストはかすかにほほ笑んだように見えた。それを最後に、完全に消えてなくなった。



「ありがとうございました、ネル様」
「何てことはないよ。師団員の中で集めてる連中を探したらすぐに持ってきてくれたよ。っていうか、あっという間に私の部屋だけで千は集まってるんじゃないかな」
 はあ、とため息をつく。
「それから、気になっていたのですが、イライザ様はいったいどこであの技を」
「知りたい? 知りたい?」
 なぜか嬉しそうに尋ねなおしてくるイライザ。こう言われると逆に聞きたくなくなるのはなぜだろう。
「教えてほしかったらアイーダは明日一日、私に付き合うこと!」
「……理解に苦しみます。どうして私と」
「決まってるじゃない。友達だからよ」
 さらりと言った。だが、髪がもとに戻ったアイーダはため息をついて答えた。
「それはそれは、初めて知りました」
「このっ!」
 イライザがアイーダの首に腕を回した。
「仲がいいんだね」
「そうだね。僕もアイーダにこんな友達がいるなんて知らなかった」
 まあ、アイーダに話し相手がいるというのは悪いことではない。ずっと一人だったのだ。少しは彼女にも友人がいたっていいだろう。



【八日目】

 というわけで、この日は無事に次の日になった。
 昨日の段階でアミーナの気配もなくなっていた。できればお別れを言いたかったのだが、無事に浄霊されたのであれば、それが一番だ。
 いつものようにネルの部屋で仕事をしていたフェイトだが、ネルが所用で席を外している間にかの騒動娘がやってきた。
「余は! 大魔王、イライザなり!」
 今度は魔王か。本当にバリエーションが絶えない。というより、ここまで毎日すべての名乗りが違うというのも──
「あれ?」
「どうかなされましたか、フェイト殿!」
「いや、今ふと思ったんだけど、どうしてイライザは毎日名乗りが違ってたのかなって」
「それは私が百八式の名乗りがあると申したではないですか!」
「そうだね。確かに──?」
 あれ。
 イライザが百八式の話をしたのは、いったい、いつだったっけか。
「イライザさん」
「なんでござろうか!」
「どうして夢の中の名乗りと、現実の名乗りが違ったんですか?」
 そうだ。
 イライザがその話をしたのは五日目。つまり、自分の夢の中での出来事だったはず。
「夢の中でまで名乗りが違っているとは、私も大したものですな!」
 だが、いい笑顔でイライザが答える。だが、その答え方で確信が持てた。
「もしかして、僕に予知夢を見させていたのは──」
「おおっと、そろそろ行かなきゃいけない時間ですな! 名残おしいところではありますが、任地へ戻らなければなりません! 今日はそのあいさつをしに!」
「あいさつ?」
「ええ! 四泊五日のシランド勤務も本日で終了! また辺境に逆戻りなのですよ! とほほほほです!」
 全然落ち込んでるように見えない。
「アイーダのことはどうするんですか?」
「どうもこうもござらぬ! こればかりは私がどうこうできるものではありませぬからな!」
 イライザが笑顔で言う。
「でも、イライザさんはアイーダと離れたくないんですよね」
「仕事の前に友情などはかないものですぞ!」
「そんなことはない。イライザさんはこっちに戻ってきてから、毎日アイーダを見にきていたじゃないですか」
 そう。たとえ仕事があったとしても、毎日会いに来るなどということがどれほどの労力か。ネルとクレアですら、毎日会っているわけではないというのに。
「それに、イライザさんがどうしてあんな技を使えるのか。僕はまだ教えてもらっていませんよ」
「くっくっく、純粋無垢な乙女には秘密がつきものなのですよ!」
「何その悪役笑い。アイーダには教えたの?」
「いえいえ! アイーダと私とでは立場も使命も違いますからな! お互い教えられないことは山ほどあるのですよ!」
 そんなに元気よく言われたら聞きようがない。やれやれ、とフェイトはため息をつく。
 話が一段落したところで扉が開く。そこで入ってきたのは部屋の主であるネルとアイーダだった。
「おお、ネル様! 今日も麗しゅう!」
「ああ、ちょうどよかった。イライザ、アンタを探していたんだ。フェイトもね」
「私をですか?」
「僕も?」
 二人が顔を見合わせる。そしてアイーダがため息をついて言った。
「辞令です」
 何の? と二人がまた見合う。

「フェイト・ラインゴッド。アンタを【闇】直属から配置変更し、新設する秘密機関、対霊師団【空】の師団長になってもらう。【空】はシランドを中心とし、シーハーツの霊現象に関する問題を解決する組織となる。【空】の存在は極秘とし、構成員およびクリムゾンブレイドだけが知るものとする。【空】の対外的所属は【闇】となる。構成員として【炎】からイライザ・シュテンノ、【土】からアイーダが編入することになる。ま、よろしく頼むよ」

 ……。

「ちょっと待って何それほんと勘弁してくださいぷりーづ!?」
 だって霊だし! とり憑かれたら危険だし! 死ぬし!
「ほわわわわ、もしかして私、シランド勤務ですか!」
 初めて聞いた二人に対して、すでに聞かされていたのだろう、アイーダが強く強くため息をついた。
「本当に、残念な人事です」
「残念っていうな! 失礼でしょアイーダ!」
「ま、そういうわけなんでこの二人をよろしく頼むよ、フェイト。何しろ二人とも師団長から嫌われてるからね。でも才能はあるからほったらかしにするのももったいないし、アンタが率いてくれるなら安心ってもんさ」
「拒否権は?」
「まさか私の頼みを、断ろうっていうんじゃないだろうね?」
 ネルはマフラーに顔を埋めて上目使いで見る。うわ、ここにアイーダを上回る小悪魔がいた。
「というわけだ。明日からだからね。部屋は準備しておくよ」

「いやだあああああああああああああああっ!」



 これは、ゴーストハンター・アイーダとその協力者フェイト・ラインゴッドの物語。
 ですが、どうやらそこに一人、加わったようで。
 第二幕、ひとまずこれにて。


−Fin−


執筆者:静夜